日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

バブル時代の麻薬 2008.12.31

理不尽にも何の罪もない庶民を直撃している世界同時不況については、素人のそしりを恐れずに(義憤にかられて)しつこく続きを書くつもり。
 いま書店に行くと今回の金融危機をテーマにした様々な出版物が並んでいる。それらに色々目を通したが、サブプライムローンに端を発する今回の世界同時不況の原因は、「資本主義の暴走」、「癌化した資本主義」、「カジノ資本主義」などと指摘される「行き過ぎた金融資本主義」が原因だというのが今や定説のようになっている。

 しかし、アメリカの金融政策を進めてきた本家のグリーンスパン元FRB(アメリカの中央銀行)議長がさすがに失敗を認めたのに対し、その尻馬に乗って日本の「金融の自由化」や「規制緩和の構造改革」を進めてきた政治家(橋本、小泉)や経営者(宮脇オリックス会長)、エコノミスト(竹中平蔵)たちは、皆が口をつぐんで黙っている。これもいずれはっきり決着をつけなければならない政治的、経済的テーマに違いない。(元旦のNスペで天敵同士の金子勝と竹中平蔵が議論していたがこれについては、しっかり見直してから別途書きたい。)

金が金を生む金融資本主義
 この20年ほどの間に米英が進めた「金融の自由化」とは、ようするに投機の対象を増やすと同時に、資本家がうるさい規制を受けずに自由に金儲けが出来る仕組みを作ったこと。それによって金が金を生む仕組みを世界に広げてきた
 例えば、為替相場の変動を投機の対象とする為替取引の自由化、様々なリスクを何でも投機の対象にした金融商品(デリバティブ)の開発、少ない資金をもとに何倍もの資金を動かせるレバレッジ(てこ)の仕組み、銀行と証券会社の垣根を取り払ってうるさい監視の目が届かない投機に銀行も乗り出せるようにしたこと(陰の銀行)、などなどである。90年代以降、アメリカに習って日本もこの「金融の自由化」に追随した。

 しかし、このことで何が起こったかと言えば、実体経済が必要とする資金の何十倍もの金(一日に100兆円という)が投機の対象を求めてさ迷い歩くと言う、「世界的な金余り状態」である。それが次々にバブルを作りバブルを食いつぶす。
 実体経済からかけ離れたマネーゲームが住宅ブームのような虚構の実体経済を作り出し一気に破綻すると、今度は実体経済も崩壊する。前回、バブル崩壊から世界同時不況、円高までは一本道と書いたが、最近のバブル崩壊は金融市場と実体経済の収縮とが同時に起こる非常に怖い様相を呈していると言う(「閉塞経済」金子勝)。
 まるで、それまでの好調な歯車が一気に逆回転をし始めるような悪循環が始まる。今回のサブプライムローンでの例で見てみると。

世界同時不況への一本道
 まず、バブル崩壊によってサブプライムローン関連の様々な金融商品(金融デリバティブ)が値崩れした結果、普通ならそれと関連するとも思えないような金融商品まで値崩れが始まった。サブプライムローンが薄くスライスされて他の多くの証券と混ぜ合わされてきたので、どこまで損失が膨らむのか誰も分からず信用不安が一気に増大したからである。

 世界のファンドマネージャー(運用者)たちは、金融機関から運用のために預かっていた資金のほかにも、その資金をもとに何倍もの借金をして投機を行っていたために膨大な借金の返済を迫られることになった。この借金を返すために、彼らが手持ちの金目のもの(株、証券ほか)すべてを売り急いだために世界的な株安になり、これが株を持っていた銀行の自己資本比率や企業の資産評価を下げることになった。
 銀行の方では自己資本比率を上げるために、企業などに貸していた金を引き剥がしたり、貸し渋りしたりを始める。こうして、世の中が急激に金詰りになり実体経済にも大きく響いてくる。
 金融と実体の両方が絡んだ世界同時不況への一本道である。さらにこれが進むと、住宅ローン以外の各種ローンにも信用不安が広がるなどして、モノの需要が減少して生産も縮小するといった悪循環が加速する。

円高不況
 一方、この間の円高には2つの理由があるようだ。一つは、これまで日本がゼロ金利政策(金融緩和政策)を続けていたために、投機家たちは金利の安い円を借金して利ざやの大きい為替相場や金融商品に投資していた(円キャリー)こと。しかし、この金融危機で借金の返済を迫られた世界の投機家が返済用に多額の円を買ったために円が急騰したのだという。
 もう一つは、ごく最近、アメリカがドルの金利を下げたためにドルを売る動きがでて円が上がったこと。従って、この円高はアメリカ経済が破綻してドルが滅茶苦茶にならない限り、この先はそう急激に進むことはないだろう。
 いずれにしても、90年代のバブル崩壊から始まった日本のゼロ金利政策は、世界の金融危機の引き金になった「金余り状態」に一役かうと同時に、結果として円高を招いて日本の輸出産業の首を絞めるもとにもなっている。

繰り返されるバブルの悪夢
 実体経済から離れてマネーゲームをやっていた金融資本主義が実体経済に打撃を与え、絡み合って奈落の底に落ちていく。歯車の逆回転が始まっているわけだが、これを止めるにはどうしたらいいのだろうか。
 困ったことに、先の「閉塞経済」ほかの本を読むと、今各国で国際協調的に取られている金融緩和や財政出動などの応急処置は、再びバブルのタネを蒔いているようなものだ、というのである。
 バブルの崩壊→金融緩和と財政出動→金余り状態→バブルの発生→バブルの崩壊。「金融の自由化」が進んだ現代では、このバブル現象がますます世界規模になり、サイクルの時間も短くなって来ているという。

 現在、各国の中央銀行は金融危機で金詰りになった金融機関をすくう為に国の資金をつぎ込むと同時に、金利を下げる金融緩和策を取っている。そうすることによって、資金を必要とする企業にもお金が回り、低迷している株式市場にも投資が回るようにとの狙いからだ。
 しかし、一時はそれで資金不足が解消されるかもしれないが、金融資本主義の仕組みを放置したままだと、すぐにその資金がマネーゲームに使われて再び世界に「金余り状態」を作り出す。応急処置としての財政出動は、バブルの慢性病を一時緩和する麻薬(カンフル剤)のようなものだと言うのである。

どうすればいいのか
 こう見てくると今回の経済危機を教訓に、私たちは景気対策にどのような知恵を絞るべきかが少しは見えてくる。
 一つは、応急処置としての財政出動と金融市場の規制をワンセットに考えると言うこと。もう一つは、雇用対策など社会のセーフティーネットの修理と将来の成長産業と内需産業への投資を同時に考えること。そのためにはこの国をどういう国にしたいのかという、明確な「国のグランドデザイン」を持たなければならない。
 これらについては、情けないことに日本の政治は混迷を深めていて、一時的なその場しのぎ対策しか考えられていないし、世界に対しても何らの役割も果たせていない。この点については、日本の政治とも深く関係してくるので次回に廻したい。

不況が長引くわけ 2008.12.14

世界の不況は大方の予想通り、ますます深刻な様相を見せ始めている。今回の金融危機で世界経済が受けた傷の深さに比べると、日本政府が考える財政出動やアメリカの自動車会社救済などは目の前の大出血に絆創膏を張る程度の応急処置に過ぎないように思える。

 この不況はいつまで続くのか。この不況から脱するためには何をすればいいのか。また私たち市民の方は今回の不況に一体どういう覚悟でのぞむべきなのか。
 こうした疑問にこたえる手掛かりを探ろうとするのだが、目の前の動きがあまりに急すぎて浮き足立ってしまう。政府の対応だって的を得ているのかどうかあやしいものだ。
 こういう時は円高や株安のニュースに一喜一憂せずに、まず出発点に戻って今回の危機の本質を直視する必要があると思う。というわけで今回もおさらいになるが、「アメリカの住宅バブル崩壊がなぜ世界同時不況につながったのか」、「世界の不況はなぜ長引くのか」と言う点について情報を整理しておきたい。

住宅関連金融証券バブルの発生
 ご存知のように、今回の金融危機はアメリカの大手住宅ローン会社が、低所得者層向けに貸し付けた住宅ローン(サブプライムローンという債権)を様々な金融商品(社債や住宅関連証券など)に仕立てて世界中に売り出したことから始まった。

 その金融商品はアメリカの住宅ブームのお陰で実際にはリスクがあるのにリスクが見えなくなり、市場では確実な利益を生む金融商品として人気を呼んだ(そこにいわゆる金融工学も寄与したらしいが)。また、住宅関連証券は単体のものだけでなく、細かく切り分けられて消費者ローンや自動車ローン、中小企業ローンなど他の金融商品にも組み込まれて売られたために、サブプライムローンに関連した金融商品(金融派生商品=デリバティブ)の規模はアメリカの住宅バブルをはるかに越えたものに膨らんでいった。
 住宅関連証券の市場に多くの資金運用者(ファンドマネージャー)が値上がりを求めてマネーゲームを行う、一種の証券バブル状態となって行ったわけで、中には莫大な国家資金をファンドマネージャーに預けて儲けようとしたアイスランドのような国まで現れた。

資本主義が作る新手のバブル
 その一方で、アメリカの住宅ローン会社は証券を売って早くに資金を回収、世界から吸い上げたその金をさらに多くの貧困層に貸付けて住宅をどんどん作らせた。本当ならローンを返す当てのない貧困層まで借金して住宅買いに走ったために、アメリカは住宅ブームとなり住宅は値上がりを続けた。いわば意図的効率的に膨張を仕組まれた新手のバブルの発生である。

 そもそも経済的なバブルとは、対象は何でもいい。そこに次々と資金が投入される結果、モノが値上がりし続けると同時に、いつでも転売、現金化が可能で、売った時に簡単に値上がり分を儲けることが出来ると思われたときに発生する。(「すべての経済はバブルに通じる」
 ひと頃の日本の土地や住宅もそうだったが、値上がりが続いていつでも転売できるとわかれば、仮にローンが返せなくなっても買った時以上の値段で売れるのだから、皆が気楽に借金して土地や住宅を買う。

 皆が争ってモノを買うようになるとモノの価格はさらに高騰し、売ったときに(買った時との差で)利益が期待できるようになる。そこに金儲け目当ての投資家も参加して、土地ころがしや住宅ころがしをしながらマネーゲームに走る。そうなると、そのモノの市場は巨大な泡(バブル)のように膨らんでいく。
 現代のマネーゲーム資本主義は、このバブルが膨らむスピードをより増大させて来ている。

バブルの崩壊と金融危機
 しかし、このバブルはいつまでも続かない。アメリカ国内に需要を限っている限り、やがて必ず需要は止まって価格上昇は止まる。そうするとバブルを維持してきたメカニズムが破綻してローンを返せなくなる人たちが続出する。
 絶対にローンを返せない層までをも巻き込んだアメリカの住宅バブルはまさにこの道筋を突き進み破裂した。住宅バブルが終わると、当然のことながら住宅関連証券にも波及する。隠れていたリスクが顕在化し、信用不安が起きて一気に値下がりする。住宅関連金融商品のバブルの崩壊である。

 世界中から資金を預かって運用していたファンド運用者たちはサブプライム関連証券の値崩れによって莫大な損害をこうむることになった。いわゆる「資本主義の暴走」というテーマは次の機会に廻すが、彼らは預かった資金のほかにも、その資金をもとにさらに莫大な借金をして(それを可能にした仕組みがレバレッジと言うらしい)運用していたために巨額の損害を抱えることになった。

巨額の損害を抱えたファンドマネージャー
 ファンドマネージャーたちは、サブプライムローン関連証券が危ないということには、黄色信号が点り始めた昨年の夏くらいから気づいていたという。しかし、危険なマネーゲームと知りつつ、最後の最後までゲームを続けて皆で傷を深くした。
 彼らは、資金を預かった政府系ファンドや銀行、年金基金、国家などのお堅い基金から常に少しでも高い利益を上げるよう競争を強いられていたために、破綻のぎりぎりまで利益があったこのゲームから誰も最初に降りることが出来なかったのだという。
 近年のマネーゲーム資本主義の登場によって資本家と資金運用者が分離した結果というが、これも現代の資本主義が抱える病理の一つなのかもしれない。

問題は損害の大きさ
 住宅バブルの崩壊→金融商品の値崩れ→金融危機→株安。そして世界同時不況までは一本道である。円高もその道筋の一つだが、それついては次回に譲るとして、問題は今回の金融危機で世界が抱えた損害の大きさである。

 本当はもっと正確に知りたいところだが、今回の金融危機でファンドマネージャーたちの世界はどうも戦争直後のような焼け野原状態らしい。手持ちの金目のもの(株や証券)を売り払っても借金が返せず次々と経営破綻し、マネーゲームの担い手が無一文になって職を離れている。
 ファンドマネージャーたちは衝撃の大きさから立ち直れず、新たに株式投資やバブルの目のありそうなものに投資しようという資金もない。株安や金融商品の値崩れで世界が失った金はおそらく2,3千兆円(世界の株だけで2000兆円消失したので、他の金融商品の下落などを入れるとそれ以上になる)にもなるだろう。

 世界の金融機関は凍りついたようになっていて、投資に回らない。こういうことを考えると、この不況は出口が見えないくらい長く続きそうな気がするし、日本の政府の打つ手もピントがずれているように思えてならない。
 では、どうすればいいのか。そのことについては長くなったので次回に。

時代のマグマが動く 2008.11.23

世界的な金融危機と不況について引き続き情報の整理をして行きたいと思っているが、なかなか本編に進まない。というのも前回の「癌化した資本主義」の続きとして、「金融資本主義の病理」について書きたいのだが、「サブプライムローンに見るバブルの実体」、「住宅バブルを膨らませた金融商品のからくり」、「資本家と運用者(頭脳)の役割分離がもたらしたギャンブル」、「バブル崩壊から世界同時不況(株安、円高、不況)へのシナリオ」といった内容を2ページ程度に分かりやすくまとめるというのが意外に難しい。情けない。

 何しろアメリカが推し進めた市場原理主義(新自由主義、グローバリズム)の金融政策が世界で一日あたり100兆円もの巨額な投機マネーを生み出し、そのマネーゲームの果てに引き起こされた金融危機のために世界中の一般市民が苦しんでいるという理不尽な現実(これからもっと大変になる)がある。
 この現実を前にして、私たち市民は世界の首脳たちが集まって対策を協議したり、景気対策を巡って迷走したりしているのをただ遠巻きに眺めているしかないのだろうか。どうもそこのところが気にいらない。

世界はそれを正せるか
 先の主要20カ国・地域緊急首脳会合 (金融サミットG20)では、来年の4月ロンドンで、今回の金融危機に対する具体策について議論することになったが、多極化に向かう世界の中で誰が指導権を握るかも絡んで活発な駆け引きが始まっている。

 この期に及んでも市場の規制に抵抗を示すアメリカ(ブッシュ)に対して、新しく主導権を握ろうとしているフランス(サルコジ)やイギリス(ブラウン)、それに中国(胡錦濤)やロシア(メドベージェフ)、インド、ブラジルといった新興国。さらには、1月に登場するオバマ新大統領がどういう考え方を示すのか。
 世界が注目する中にあって日本(麻生)は「我こそ、公的資金投入による金融危機克服の先輩だから世界をリードする」などと胸を張って能天気にIMFに10兆円も差し出してみたが、世界の関心はすでに市場への監視策に移っていて哀しいくらい影が薄かったそうだ。

最良の方策を求めて
 この先世界はこの資本主義の暴走(行き過ぎた市場主義)をどうコントロールするのか。時間との競争の中で、世界が本当に最良の方策を取れるかどうか。
 まあ、難しい経済対策などは専門家に任せておけばいいという考えもあるが、この未曾有の世界同時不況に際して「市民の立場から見て何が望ましいのか」を考えていく視点もあるのではないか。
 というわけで冒頭に上げたような「金融資本主義の病理」についての理解を深めながら、何とか「市民の立場で」時代のゆくえに関心を持ち続けることにしたいと思う。

 そういう意味では、従来のように市場が人間を支配するのに任せるのではなく、また反対に国が市場を計画し支配するのでもない、第三の道、すなわち人間が市場を使いこなす道を探っている内橋克人の著作(「悪夢のサイクル」)なども参考になる。どうも世界では資本主義の新たな姿を探して様々な模索が始まっているようにも思える。

賞味期限切れの自民党
 それにしても、経済対策で右往左往している今の麻生政権を見ていると、本当に今回の経済危機の本質が分かっているのかと心配になる。このままでは、麻生政権は来春までも持つのかどうか。完全な死に体内閣になって総辞職による自爆的な解散に追い込まれるか、またぞろ首の挿げ替え(今度は直後に解散だろうが)しかないのではないか。

 今月の文春には「麻生総理と瓦解する自民党」(野中尚人)の論文が載っているが、最近の無能力ぶりを見ているとこの論文でさえ手ぬるい感じ。「金を全国にばら撒く自民党システム」、「二世議員と官僚政治家の集まり」、「既成の利益集団だけとのぬるま湯体質」、「政権維持だけが目的になっている」などなど、自民党は国民にとってとっくの昔に賞味期限が切れてしまっているのに、本人たちだけが気がつかない。
 世界的な同時不況を前にしてこれも日本の不幸の一つだが、この問題も整理しておく必要がある。何だか、時代のマグマが激しく動いていて追いつかない

がん化した資本主義 2008.11.16

今回の金融危機では日本のJAバンクや大手銀行、或いは年金や政府系ファンドなど、結構お硬い金融機関が何兆円ものサブプライム関連証券を抱えて傷を深くした。前回、「サブプライムローンが危ないと分かった段階でなぜ早く手を打たなかったのか不思議で仕方がない」などと書いたが、その後いろいろ読んだりしているとことはそう単純なものではないということも分かってきた。

100年に一度の歴史的出来事
 むしろ今回の金融危機の本質は、21世紀の資本主義が誰も制御できない危険な怪物になってしまったことにあるらしい。ところが、現在の資本主義がどのような問題点を抱えているのか、その実体を理解するのは私のような素人にはものすごく難しい。
 ただ、問題の本質の「影」ぐらいは知っておく必要があるとは思うし、こういう問題に対して、私たち一般市民はどういう参加の仕方(意見の持ち方)ができるのか、ということも考えていく必要はあると思う。

 なぜなら、自分らの関知しないところで起きている資本主義の変化が、巨大資本のマネーゲーム(ギャンブル)をもたらし、結局のところ不況や失業と言った形で自分たちの生活に多大な影響を及ぼしてくるわけだし、これから先、G20で議論しているような世界の対策や、2兆円のばら撒きとか株に投資を引き込むための優遇策といった日本政府が取ろうとしている対策にもつながってくるのだから。

 難しすぎて時間がかかっているけれど、何しろ100年に一度という歴史的出来事を目の前にしているのだし、これから何年も影響が続くと言うことだから諦めずにゆっくりと考えていこうと思う。

まず、病気の根本原因について
 しかしそうは言っても、この金融危機、株安、円高の3点セットから来る世界同時不況に対してどういう対策を取ればいいのか、などということについてはちょっと無理。大体、今月の文春記事「世界同時不況・日本は甦るか(未曾有の経済危機の核心を7人のエキスパートが論じつくす)」を読んでも、皆いうことがバラバラで何が何だか分からない。
 金利を下げるのがいいのか、円高を是正するのがいいのか、専門家だって意見が分かれている。同時に発生した症状の様々な重病人たちにたいして医者がよってたかって「薬を飲ませたほうがいい」、「いや即効性の注射がいい」、「いや栄養のある食べ物でじっくり」、「むしろ部屋を暖かくするのが大事」などと言い合っている感じ。

 そんなことより素人の私には、まず何故何人もの重病人が同時に発生したのか、その根本原因は何なのか、を知りたいと思うのだが。一時的な風邪のようなものなのか、対症療法では根治で出来ない癌のようなものなのか。
 そういうわけで今回の金融危機の原因について明快に教えてくれるものがなかなか見当たらない中、読んでちょっと「目からうろこ」の本に出会った。「すべての経済はバブルに通じる」(小幡績)という新書本である。

すべての経済はバブルに通じる
 この本は、今回の金融危機を「21世紀型の新種のバブルの生成と崩壊」と意味づける一方で、それをもたらした現在の資本主義の変化を「癌化した資本主義」と名づけている。
 アメリカで進化した(金融)資本主義は、人間が作り出した増殖するためのメカニズムの元で今や大国のGDPの何倍もの巨額の金融資本を生み出している。その巨額な資本が増殖の場所(バブルの対象)を求めて世界中をさまよっている。

 アメリカの住宅バブルはたまたまその増殖の現場の一つであり、増殖した癌ががその臓器を食い尽くして死滅するように一挙にバブルが崩壊したのだという。
 巨大に膨らんだ(金融)資本主義は、宿命的にバブルを求めるし、バブルを作り出しさえする。これは文明史的にも歴史的にも明快で興味深い話だった。

 「バブルを作り、維持するための精緻に仕組まれた金融商品」、「利益率の高いファンドマネージャーに固い大口資本が金を預けた(役割の分離)」、「ファンドマネージャーたちも巨額の借金をして売買に参加、競争を強いられていた」
 そんな中で、誰も金融商品がどのようなリスクを実際に抱えているのか現実を見なくなっていた。そして数々の危険信号が点った後は、「アメリカの住宅ローン関連の証券市場がいつか破綻すると皆が分かっているのに投資をやめることが出来ない状況になっていた」などなど。
 その上で、著者はそういう状況を生み出した資本主義の変質に触れていく。

資本主義の変貌
 著者はバブルの生成と崩壊のメカニズムについては、殆どの経済専門家も誤りを犯していると断言しているくらいだから、素人の私なども多分いろいろ誤解しているに違いない。ただ、「この問題の本質は“そもそも資本主義とは何か”というところに直結する」と著者が言うとおり、この本は今迄全く考えてこなかったテーマに目を開かせてくれたと言うこともできる。

 「うーん、なるほど。金儲けしたい人々が勝手に制度をいじくっていたと思っていた資本主義も、(その資本家たちをも滅ぼすような)厄介な段階に差し掛かっているんだなあ」。
 そういう風に問題をとらえれば、G20の世界会議や日本での景気対策がどの位ピントがあっているのか、ピンとはずれなのか見えてくるようにも思う。難しすぎて手に負えない感じもするが、とりあえず、(前置きばかりが長くて申し訳ないけど)素人の私が理解できた範囲で引き続き情報を整理していきたい。

アメリカ発の世界不況 2008.10.27

いやはや、このところのマスコミは世界的な株安と円高、そして不景気の話ばかり。恐慌前夜の様相に日本全体、いや世界全体が浮き足立っているようにさえ感じる。
 今回の世界同時不況は「100年に一度の大津波(グリーンスパン)」というが、むしろこれは大きなダムの決壊のようなもので(決壊する前に何故手を打たなかったかが不思議だが、決壊した後では)いくら世界の首脳が集まって対策を取ろうとしてもしばらくはダメかもしれない。

 月刊文春11月号の中の「恐慌前夜・ドル崩落が日本を襲う」によれば、サブプライムローンに端を発した経済危機はまだ始まったばかりだという。というわけで今回は(おさらいの意味で)まず、その危機の実態から始めたい。

巨額の不動産バブル崩壊
 アメリカ政府は9月にサブプライムローンの引き受け手で巨額の損失を計上した住宅ローン保証会社2社(フレディマック、ファニーメイ)に対して総額21兆円を投入して実質的に国有化したが、そんな程度では危機は治まらないらしい。
 住宅ローン保障会社2社のローン残高は540兆円もあるからだ。これは日本のGDP(560兆円)にも匹敵する額である。

 さらに驚くのは、全米の住宅ローン残高はこの2社のを含めて1200兆円にもなるということ。これまでアメリカ経済を牽引してきた住宅産業の大きさを物語る数字だが、そのローン回収にも危険信号が点り始めているらしい。
 不景気でローンが返せない人々が増えている上に、不動産バブルがはじけて住宅が軒並み値下がりして転売しようにも出来ないからだ。特に貧困層を相手にしたサブプライムローンが債務者の破綻によって次々と回収不能に陥っている。

世界に拡大するアメリカ発リスク
 問題はその影響がアメリカ国内に止まらないと言うこと。主にサブプライムローンを保障してきた2社の社債や証券が金融商品となって世界中にばら撒かれていて、その額がなんと160兆円
 中国や中東の保有額も大きいが、日本も民間(JAバンクなど)、政府(財務省や日銀)合わせて13.5兆円も持っている。日本の国家予算は83兆円だが、億でもピンと来ないのに、兆という巨額な単位の金が紙くずになるかもしれないという不安が世界のあちこちで発生している。

 さらに2社が発行した社債や証券だけでなく、それらを細切れにして組み込んだ多様な金融商品(その総額がいくらになるかは誰も分からない)も売られており、それらが信用不安から一挙に値崩れし始めて世界的な金融危機を引き起こしている。
 この一ヶ月ほどの金融危機と株安の影響で世界では2000兆円以上(現在ではもっと大きい)のお金が消えてしまった計算になると言う。

起きて初めて分かった?
 不思議なことにそんな危うい社債や証券が一頃までは米国債と並んで最も信用の高い利回りの確実な金融商品と考えられていたのだという。起きてしまってから分かったことだが、2社はかつて政府関係機関だったが、2,30年も前に株式を上場して政府保証などの義務はない株式会社になっていたのだと言う。
 今回はアメリカ政府が21兆円を投入して救済を決めたから少しは良かったものの、これで無事に済むかどうかは分からない。

 こんな初歩的なことを知っていればもっと早く、日本でもサブプライム問題がささやかれ始めた去年の段階で手放すべきだったと思うが、頭のいい人たちの集団が、後手に回って被害を大きくしてしまったのが不思議で仕方がない。

アメリカに対する信用不安
 さらにもう一つ大きな問題がある。それはアメリカが財政破綻して、アメリカが発行してきた膨大な米国債が値下がりしたり(極端な場合)紙くずになったりするという不安だという。
 というのも、今後アメリカ政府にのしかかろうとしている財政負担はちょっと想像つかないくらい巨額なものになりそうだからだ。まず、一連の金融危機でアメリカが既に支出を決めた財政出動は191兆円に上るが、これはアメリカのGDPの13%、国家予算の62%にも達する巨額なものである。

 すでにアメリカはイラク戦争で財政が悪化している上に、これから先さらなる財政投入の資金調達のために米国債を発行しても世界が買ってくれるかどうか。国債の発行ができなければ財政破綻だってありうる。
 すでに市場では米国債に対する信用が落ちてきているというが、米国債の値崩れが現実の不安になって来ている。

 困ったことに米国債を世界で一番保有しているのが日本(57兆円)、ついで中国(45兆円)。ヨーロッパは米国債を手放し続けていると言うが、皆が米国債を手放したらそれこそアメリカは破綻する。
 アメリカが破綻したら世界経済は崩壊する。そこで国としてはアメリカと心中するのか、アメリカと距離を置くのか、各国とも微妙な選択を迫られているらしい。

アメリカ型繁栄の終り
 ことほどさように、アメリカという巨大な虚構(バブル)が砕け始めた衝撃を受け止めることはそう簡単ではない。すでに先進国、新興国を問わず、金融危機が実体経済にも影響して深刻な景気後退に見舞われている。
 この先世界と日本がどうなるのか。円高や株安、そして不況がどこまで進むのか。アメリカ発の経済危機が短期的に世界にどのような影響を及ぼすのかは、色んな説が乱れ飛んでいて良く分からない。しかし、長期的にはキーポイントははっきりしている。

 それは、ここ何十年も世界経済を牽引してきたアメリカの役割が低下せざるを得ないとうこと。特にアメリカ経済の大きな部分を担って来た(虚構ともいうべき)アメリカ型金融システムとアメリカ型消費構造は間違いなく終りを告げるということである。
 そして、この先の世界を考えるにはこのことの意味を充分踏まえて考える必要があるということである。これについては次回。

世界で何が起きているか 2008.10.26

つい半年前には、まだまだ対岸の火事のように話されていた、アメリカのサブプライムローン問題だが、その深刻な影響が世界中に現れ始めた。アメリカや(サブプライムローンをまぶした様々な証券を大量に引き受けていた)ヨーロッパの金融危機、世界同時株安、ドルとユーロの値下がり、そして円高、その影響は輸出主産業や観光などのいわゆる日本の実体経済にも深刻な影響を及ぼし始めているという。

100年に一度の大変化
 あまりに動きが急激で、我々市民には何のことやらさっぱりだが、あれよあれよと言う間に世界は同時不況の様相を呈してきて、その上、様々に飛び交う情報によれば、これはほんの序幕に過ぎないと言う。
 現在進行中の経済危機は「100年に一度の大津波のようなもの(グリーンスパン)」であり、世界がこれを乗り切れるかどうか、経済新興国の中国もインドも頼りにするにはまだ力不足で、少なくとも向こう10年は世界的な不況が続くかもしれないなどという情報もある。

 欧米各国ともパニック気味に巨額な国家財政をつぎ込んで中核の金融機関を救う対策を打ち出しているが、金融機関の体力は一時辛うじて出血を止めることは出来ても、とても実体経済にお金を回すという金融本来の機能を果たすには程遠いものになってしまっているらしい。そのために製造、サービスなどの実体経済の先行きにも不安が重なって世界的な株安がさらに進行している。

 そして日本。政治は総選挙への突入モードだったが、思うように上がらない支持率を見て麻生首相の腰が引けて急にあいまいになってきた。日本にも経済危機の影響は押し寄せて来るのだろうが、緊急の景気対策と称してばら撒かれている国の金は本当に日本の活力につながる有効なものなのだろうか。
 むしろ目の前の景気対策を口実に総選挙を先送りにして日本の抱える構造的な制度疲労を放置しておくことの方が日本の将来にとってマイナスになるのではないだろうか。マニフェストを示して国民の信を問うという大きな宿題を片付けないと本格的な政治などは出来ないと思うのだが。

本質的な変化とは?
 何はともあれ、今アメリカで起きていること、世界に起きようとしていること、そして日本への影響、さらには日本が独自に抱える宿題との関連、などなどについてもっと知らないといけないと思って、テレビ番組、新聞雑誌、インターネットの各種のコラムを見ているうちに、感じたことがある。
 それは、(株も持たない)我々庶民は株安や円高などの日々の情報に振り回されるより、明日の日本(と世界)がどうなるかのほうが大事な問題。そのためにも今世界で何が起きているのか、その背景にあるもっと本質的、根本的な変化を知っておく必要があるのではないかということ。
 「いったい世界には何が起ころうとしているのか。世界はいま何を経験しようとしているのか。日本は大丈夫なのか。」といった疑問の答えを探ることである。

 もちろん自分の乏しい知識で考えるだけでは到底無理というもの。そこで雑誌の記事やインターネットの幾つかのコラムを参考に、自分なりに情報を整理した「仮説」をこれから数回にわたって書きとめておきたい。
 仮説なので当たるも八卦、当たらぬも八卦。ただ、こうした仮説を踏まえていれば、少なくとも100年に一度と言う大変化をある種の心構えをもって、長期的な視点で見るということにつながってくると思う。

 と前書きが長くなったが、今回はこれまで。次回は「アメリカという虚構が崩れたことによる衝撃」、またその根底にある「世界は資本主義の暴走をコントロールできるか」といった問題について情報を整理してみたい。

政治と政治家の劣化 2008.9.15

前回、安倍、福田首相の辞任の背景について書いた本(「官僚との死闘700日」)を紹介したが、この中で安倍前首相は特に公務員改革について確固とした信念を持った政治家のように書かれている。安倍はむしろ官僚たちのしぶとい抵抗に合って苦労する改革派首相として描かれている。
 しかし、公務員改革についてはそうだったかも知れないが、他の政治課題についてはどうもそう持ち上げたものでもないのが実体だったのではないか。公平を期す意味でも、ここは「官邸崩壊〜安倍政権迷走の1年〜」(上杉隆)で補っておく必要がある。

「チーム安倍」の内実
 この本は、1年前の安倍の「政権投げ出し」を予見したドキュメントとして話題になった。安倍は就任早々、政策を実行するために、主に安倍が気を許した側近政治家、政策新人類と言われる政治家、あるいは今改革派と称している政治家たち、それに官僚たちから構成された「チーム安倍」を立ち上げた。
 安倍が意気込む「戦後レジームからの脱却」(そういえばそういうこともあったなあ)を政策立案、実行するための強力な官邸チームを作ったつもりだったのだが、その「チーム安倍」は結局無残な崩壊過程をたどることになる。本はその内実を克明に描いている。

 安倍を支えるべき面々が「俺が俺が」、「私が私が」で目立ちたがり、互いに手柄を競って暴走したり足の引っ張り合いをしたりして、当初からチームはバラバラ。お人よしの安倍はこれらの動きを制御できずに結束力を保てない。様々な意見のハザマに入って決断ができず、懸案を先送りにする状態が続くようになる。
 いよいよ政権が落ち目になると、いわゆる改革派も次々と泥舟から脱出。そのようにして年金対策も遅れ、松岡農水相も自殺。政権は当然のように行き詰ってしまった。

「俺が俺が」たちの政治力
 そして1年後、今度は福田首相が国民に何をやりたいのかさえ示せずに、またまた政権を投げ出すことになった。「政治の劣化」、あるいは「政治家の劣化」が言われて久しいが、これはやはり政治と何なのか、政治家とは何なのか、という基本的なことさえ見えなくなってしまったためだろうか。

 いま自民党の総裁選に立候補しているのは、麻生のほかにはいずれも総裁を目指して政治家としての研鑽を積んできたとは言いがたい人たちばかり。改革派と称する政治家たちも「チーム安倍」の時の「俺が俺が」、「私が私が」の人ばかりで、肝心の政治力はどうか。
 本命の麻生は「自分が総裁になったら、他の候補者たちにも重要ポストで働いてもらう」と言っているようだが、これは自民党を割れさせないための方便。この候補者たちが何か大きな国家目標をなし遂げる政治力を備えているかどうかは、これまたはなはだ疑問ではないか。

政治の基本と政治力
 「政治の基本は、現実の課題をどのように解決するかということである。そして政治と政治家に対する評価は、その解決の能力があるかどうか、また、その解決が、本当の意味で国民の生活を守り、その向上を図るものであるかどうかという観点から、厳しく行われるものなのである。」
 後藤田正晴はその「政治とは何か」という本の中で、こう書いている。(マスコミが作った人気などでなく)現実の課題を解決するための能力がなければ政治家とはいえない。

 そして、その課題解決のために、政治家は政治力の限りを尽くすドゴール(元仏大統領)も「真の政治家は、権謀の時と誠実の時を使い分けなければならない。権謀と誠実の政略を少なくとも千回繰り返すことによって、全権の掌握ははじめて可能になる。」というくらいだ。(ニクソン「指導者とは」
 台湾の民主化を成し遂げた、前総統の李登輝も自分の思う国民的課題を成し遂げるためには「問題に直面したとき決して直線で考えないこと。最短距離を見つけようとしてはならない。」と言って時間をかけて粘り強く取り組んだ。
 そのためには、議員一人一人がどのような人物なのか、何が好みなのかと言ったデータベースまで作りながら対話を重ねたという。(「台湾の主張」

日本は真の政治家を持てるか
 まあ2度もあっさりした政権投げ出しを見せられた今の日本で、これほどの大物政治家を期待する方が無理かもしれない。しかし、21世紀の日本は課題山積。これからどのような国になるのか、何度も言うように「国のグランドデザイン」を描く時に差し掛かっている。
 その日本の舵取りをする政治家には今こそ、時代の先を読む先見力とこうと決めたら万難を排して課題を解決する政治力が必要になる。果たして、日本はこうした真の政治家を持つことが出来るのだろうか。

日本の真の改革 2008.9.7

福田首相の突然の退陣で自民党は候補者が乱立。にぎやかしの一方で、考え方の違いについての論争も始まろうとしている。しかし、この論争が実りあるものになるまで深まるだろうか。

官僚国家の行き詰まり
 それを判断する一つのヒント。去年夏の安倍首相の辞任から今回の福田首相の辞任まで、その裏で何があったかを実に分かりやすく解説している本がある。いま話題の「官僚との死闘700日」(長谷川幸洋)、「さらば財務省」(高橋洋一)だ。
 安倍首相時代に「道路特定財源の一般財源化」、「公務員制度改革」、「財政再建策と埋蔵金問題」などで霞ヶ関の官僚たちから徹底的な抵抗と攻撃を受けた改革派が描いた内幕だ。

 今の日本に必要なのは、明治以来続いてきた中央集権的な官僚国家の構造的改革といえる。今のように、国益より自分たちの省の利益しか眼中になく、少しでも自分たちの権益が侵されるような改革に執拗に抵抗を続ける官僚国家を変えることである。
 しかし、官僚たちは自分たちの権益を守るために、謀略的な情報をマスコミに流したり、官僚出身の政治家を使って改革派を追放したり、時には一国の首相の足元をすくうような罠も仕掛ける、といったあらゆる手段を使って改革案をつぶしにかかる。

対立の構図
 良くも悪くも改革を断行した小泉改革のゆり戻しの中で、安倍も福田も断固した姿勢を示すことが出来ずに行き詰ってしまった。
 そして、今様々な立場の政治家が出馬を目指している。今、マスコミは出馬した7人について、それぞれ「財政出動による景気刺激派」(麻生)、「増税派、財政再建派」(与謝野)、「改革派、上げ潮派」(小池、石原)などと色分けをしている。
 (マスコミ人間で上に上げた話題の本を読んでいない人はいないだろうから)こうした分類にもこれらの本が影響しているように思うが、それが当を得ているのかどうか、どうもいまいち皮相的なレッテル張りのような気がしてならない。
 (もちろん、自民党のいわゆる改革派が真の改革派なのかどうかは議論のあるところだが)これらの本を読む限り、小さい政府によって官僚の権益を縮小することを目指す自称改革派と、増税によって税金の配分権益を守ろうとする官僚の代弁者である増税派(与謝野)の違いは明らかに闘いであって、単に景気対策の違いなどといった生易しいものではない。

真の構造改革のための議論を
 今の日本に必要なのは、国民の納める税金が本当に国民のために有効に使われるための「真の構造改革」だと思う。今の日本の税金で本当に必要なところに有効な形で使われているのは70パーセント程度ではないか。多くは、霞ヶ関、永田町の利権とその周囲に作られたぬるま湯的な組織の中に消えていく。
 この状況を変えるには、(地方交付税などといった国のひも付き税金をやめて)地域で有効に使うための地方管轄の税金と、国家のために必要な税金をもう一度大胆に整理し、節税に努めなければならない。道州制の導入など、地方に出来るものは地方に、という考え方が必要になる。

 しかし、巨大になった霞ヶ関はこれにあらゆる手段を使って抵抗するだろう。当然、税金の配分で権力を維持したい政治家も官僚といっしょになって抵抗する。そうしているうちに日本は世界状況に対応できない古い官僚体制から抜けられない。
 マスコミによっては、これからの党内論争の中で、彼らの考え方、立場の違いがこれからの自民党の分裂、政界再編につながるというような指摘をするものもあるが、果たして自民党のようなヌエ的な組織でそこまで深く議論が出来るかどうか。暫くは見守りたい。
そして
その次の来るのは、自民党と民主党では「どちらが真の改革派なのかという」論争になる。

中国の環境汚染 2008.5.10

前回、中国を取り上げたついでに、現在の中国が抱えるとんでもない問題を例の「危うい超大国・中国」(前回説明)から紹介してみたい。今回はその一つ、中国の公害問題
 中国ではこの20年間、環境保護などというものは経済成長の足を引っ張る厄介者という扱いだった。その結果、現在の中国は世界最悪の大気汚染と水質汚濁の国になってしまった。
 その実体を示したデータを次にあげる。この裏側にある実際の風景や姿を想像すると頭がくらくらするくらいのものすごいことになっている。

 まず水。中国国土の三分の一で酸性雨が降り、河川と湖の7割以上、都市部の地下水の9割以上が汚染されている。七大河川を流れる水の半分が完全に使用不能、中国人の四分の一がきれいな水が飲めない。
 また、都市部のゴミのうちきちんと処理されているのは五分の一にしかならないというから、これらも川などに捨てられているのだろう。

 次に空気。石炭火力に頼る工場や木炭ストーブが出すばい煙、それに自動車の排気ガスのせいで道路の反対側が見えないなどという都市も中国には無数にある。
 都市人口の三分の一が汚れた空気を吸っており、世界で最も空気の悪い都市を上から20並べるとそのうち16は中国にある。北京もその一つ。北京の空気はスモッグでねっとりしていてオリンピックでも問題視されている。
 また、中国の300の都市で空気を検査したら、WHO(世界保健機関)が定めた(呼吸器と肺の疾患をもたらしかねない)大気中の微粒子の許容基準をクリアできない都市は三分の二近くもあった。

 そのほか化学物質による汚染もある。2005年には、中国東北部を流れる川に100トン以上のベンゼンが流れ込み周辺部の農民10万人が一週間も水を使うことが出来なくなったが、このとき政府はこの事実を10日間も隠していたという。
 最近では廃液を垂れ流している工場に対して農民が起こすデモが頻発している。

 本来住民側に立って公害監視を行うべき地方政府の役人たちの動きも鈍いらしい。中央政府が環境法を定めて規制を公布しても、地方政府の役人たちはこれをすべて無視してしまう。それも当然で、彼ら役人の出世は経済成長率と雇用創出の成績で決まるからだ。
 民主主義国家である日本からはなかなか想像できないことなのだが、このように中国では政府や官僚が国民に眼を向けにくい構造になっている。これは共産主義国家中国の権力構造、国家の成り立ちに由来するという。例の本ではなかなか興味のある解説をしているのだが、これについては次の機会にとりあげたい。

中国はどこへ向かうのか 2008.5.6

中国の胡錦濤国家主席が来日して、日中間の様々な懸案について話し合いが行われる。今回は、まず当たり障りの無い地球温暖化問題での話し合いを入り口に、お互いの友好関係を確認するといったところ(戦略的互恵関係)が主なテーマになるらしい。

日中間の懸案
 しかし、日中間には経済の協力関係という最大のテーマのほかにも、例えば、日中戦争に関する歴史認識の問題、尖閣諸島に関する領土問題、その領海付近での天然ガス掘削問題、毒ギョウザ事件にみるような輸入食料の安全の問題、著作権侵害の海賊版の取締まり問題などなど、様々な懸案がある。
 その他にも直接的ではないが、例えば公害や砂漠化などの環境問題、地球温暖化問題への取り組み、チベット問題、台湾問題などといった課題もある。

 中国は人口13億。人口で日本の10倍以上、面積で25倍以上の巨大国家だ。もう15年以上、年率10%前後の経済成長を続けており、GDPで3位のドイツに肩を並べ、やがて日本を追い抜くのは時間の問題だろうと言われている。
 世界は間もなく超大国・アメリカと新興の巨大国家・中国との競争の時代に入っていく。その両国に挟まれた日本は否応無くこの2つの大国とうまくお付き合いをしていかなければいけない。うまくやらないと最悪の場合、米中戦争に巻き込まれて国家の存亡にも関わってくる。

「危うい超大国・中国」
 最近のチベット問題についての中国人(漢民族)の抗議行動や、3年前に吹き荒れた反日デモなどのように、今の中国は何故、ナショナリズム(愛国主義、民族主義)に走るのか。何故、対外的に必要以上に強硬な態度に出ざるを得ないのか。そういう中国の政治的動向に関する疑問について、明快に解き明かしてくれる本に出会った。
 「危うい超大国・中国」(NHK出版)。著者はアメリカ政治学界きっての中国政治の専門家で、クリントン政権では国務省幹部として対中折衝を担当した、スーザン・シャーク氏(カリフォルニア大サンディエゴ校大学院教授)である。

 彼女によれば、いま中国は国内に都市と農村の大きな貧富の差、放っておくと国家がバラバラになりかねない民族問題、世界に類を見ない公害問題など幾つもの難問を抱えている。それは年間7万件以上の暴動となって吹き出している。
 リストラされた労働者たち、公害の被害に苦しむ住民たち、開発のために土地を奪われた農民、地方為政者の汚職に怒る住民たち、新興宗教・法輪功の信徒たち、そして自治や独立を求める少数民族などなどによるデモや暴動だ。数千人から何万人もを動員したこうした暴動が一日200件以上というから日本の常識から言えば桁外れの規模だ。

国内安定に苦慮する中国政府
 何でもありの市場経済を目指した中国では、もはや共産主義は国民を締め付けるタガにはならなくなっている。共産主義という国民共通の価値観が崩れてしまったために、あの天安門事件の時のように、国民の不満はいつ共産党政府に対する不満に変わるか分からない状況なのだという。

 中国の権力者たちは国民の反乱が自分たちに向かうことに常に怯えている。国内不満層の暴発を押さえ込んで、国内を安定させることこそ13億の人口を抱える中国政府の最大のテーマなのだ。
 それには、年率7%以上の経済成長が必要になるとともに、国民の不満の捌け口を外部に向けるのが手っ取り早い方法だ。しかし同時に、その不満行動が高まりすぎてテーマを変え共産党政権に向かうのは防がなければならない。
 かつてのように権力基盤が磐石でない為政者たちは、「綱渡りのような政治」を強いられているのだという。

ナショナリズムは両刃の剣
 そういう状況下で、ナショナリズムは国民の一体感を作るのに最も都合のいいもの。しかも日本はそうしたナショナリズムが向かう先として一番無難である。
 何しろ日本は先の日中戦争で多大な被害を中国に与えたにもかかわらず充分な反省をしていないし、この抗日戦線の中から今の共産党政権が生まれたのだから反日ナショナリズムは共産党への共感を呼び覚ますと言う効用もある。

 しかし、中国が巨大になるにつれ、このナショナリズムの向かう先はどんどん広がっているともいえる。チベット問題に同情的なフランス、台湾に同情的なアメリカなど次々と目先を変える。
 そうした時に中国政府としては外国に対して弱腰と見られるような態度は取れなくなる。民衆のナショナリズムが自分たちに向かうのを避けるためにも、外国に対して強く出ざるを得ないというのだ。

中国との付き合い方
 なかなか厄介な構図だが、この問題の処方箋も含め「危うい超大国・中国」はかなり説得力のある論を展開している。
 強い中国より弱い中国の方が危険であること。付き合う方は、こうした中国の抱える問題(御家の事情)を充分理解して付き合うことなどを提言している。その詳しい論点については、近々、まとめてみたいと思っている。