沖縄の普天間基地をどこに持っていくかについて、民主党の判断が遅れて年を越しそうだというので、日米合意(辺野古への移転)の早期決着を求めているアメリカの怒りを招いているという。アメリカ大使が激怒したとか、アメリカ側の専門家が、この決着が遅れれば、基地の見直しはまた10年も15年も先に伸びるだろう、というような恫喝に近い意見を吐いたとか、マスコミが伝えている。
あちら立てればこちら立たず
この問題については、政府部内でも意見の相違が目立っている。年内決着を目指して来た防衛大臣(最近は軌道修正したというが)や外務大臣。基地の国外移転を要望して、沖縄の辺野古への移転に反対する社民党。社民党は政権離脱もちらつかせながら強硬に国外移設を主張している。社民党が政権離脱すれば、野党に参議院の過半数を握られていた前の自民党と同じで、政権運営はよれよれの状態になる。
また、当の沖縄県民も県内移設には強く反対している。特に、移転予定地の名護市(辺野古)で市民の反対は強い。来年1月24日投票の市長選挙では受け入れ容認派と反対派の一騎打ちが予定されているが、このままではどうなるか分からない状況だ。
ただし、その一方で普天間の方は「早く決めて欲しい。何時まで待たせるのだ、早く出て行ってくれ」という意見。
まさに、「あちら(アメリカ、自民党、普天間)を立てればこちら(民主党の一部、社民党、名護市)が立たず」の、針の穴を通すような政治的決断が求められる状況だ。その間に立って鳩山首相は年内決着を諦め、来年に判断を先送りした。
早期決着を迫るマスコミ
首相が決断しないので、マスコミは「鳩山首相は人がいいばかりに決断力がない」、「問題を先送りしても状況は悪くなるばかりだ」、「民主党は誰が司令塔か分からない」と、言いたてる。
さらに、「迷走する鳩山民主党」とか「遅れれば日米関係に重大な亀裂」とか言って早期決着を迫っている。(辺野古で決まればまた何かと文句を言いたい)新聞は立場を明確に言わないが、早期決着しろということはとりもなおさず日米合意の辺野古へ移転しろということ。マスコミが早期決着を言う裏側には、アメリカの機嫌を損ねたら大変という危機感、日米同盟が揺らげば日本はどうなるのかという(怯えにも似た)不安感があるのだろう。
しかし、ちょっと待ってもらいたい。早く決めろ、アメリカを怒らせるな、と言うばかりでいいのか。そんな、単純に急かせるばかりの記事を書く前にマスコミはこの問題の本質をどのくらい国民に知らせているだろうか。
不可解な移転計画
今、アメリカはグアムに太平洋司令部を作って極東アジアの防衛体制を大きく変えようとしている。それはアメリカの世界戦略の検討の中から出てきた計画で、日本が頼んだわけではないが、日本は沖縄からグアムへの部隊移転に関して多額の費用(61億ドル=約5400億)を出すことで合意している。ただ、金額は決まっているのに、その全体像がよくわからない。
普天間海兵隊(ヘリ部隊)の基地として辺野古への移転を日米で合意した1996年の「SACO合意」。沖縄のアメリカ軍のかなりの部隊をグアムに移転するとした「再編実施のための日米ロードマップ」(2006年)。また、すべての海兵隊ヘリをグアムに受け入れ可能とした「グアム統合軍事開発計画」(2007年)。
これら一連の計画の推移をみると、辺野古移転を決めた1996年の日米合意の後、アメリカの計画は大きく変化していることが分かる。現在は、グアムに太平洋司令部を置くだけではなく、沖縄の兵力(空軍、海兵隊)の大部分をグアムに移転させる計画であり、その中には、問題の普天間の海兵隊のヘリ部隊も含まれている。
その計画から見れば、辺野古に訓練用の基地などを作らなくてもグアムで十分対応可能だという。
辺野古移設を決めた「SACO合意」(1996年)は、当時、米軍の不祥事が頻発して基地撤廃運動が高まったことを踏まえて、日米で合意されたもの。しかし、10年以上たった現在、その後のアメリカ軍の世界的な再編計画の中で、合意の背景は大きく変質、辺野古移設の必要性は薄まっている。それなのに、日米とも意図的にこれを認めず、マスコミも全く伝えて来なかったのである。
*これらの驚くべき情報については沖縄・宜野湾市の伊波洋一市長が11月下旬、与党の国会議員に述べた内容として、同市のHPにかなり詳しく載っている。私は伊波市長の説明が鳩山政権の認識にかなりの影響を与えているのではないかと思っている。
なぜ、日米政府(アメリカと自民党)は厳密にいえば既に必要のなくなった「海兵隊ヘリの訓練用基地」を辺野古に置くことにこだわるのか。なぜ5000億円もかけて新しい滑走路を作るのか。この問題の背景には不可解な謎が多いのだ。
事実に基づいた踏み込んだ解説を
これは一つには、アメリカからすれば、日本の金でいつでも自由に使える基地ができるのであれば、それは確保しておいた方が便利だということ。もう一つは、日本からすれば、出来るだけアメリカの気に入る案にして、いざという時に日本を守ってもらいたいという願望があること、そして、あわよくば沖縄に落ちる建設費5000億の利権を手にしたいということ。
その上でアメリカは、日本側の入り組んだ思惑を利用して脅したりすかしたりしながら、グアム移転の費用を出来るだけ日本から引き出すために高等なパワーゲームをしている。大体こんなところだろうと思う。(以上は推測)
というわけで、この問題は伝えられているほど単純ではなく、新しい世界的な潮流の中で日米同盟をどうするのかという大きな問題とも関係している。しかし、その中で日本はどうすべきなのか、というような本質的な疑問に新聞は答えてくれない。
軍事問題は難しい。それぞれの陣営によって全く正反対の解釈がまかり通る。民主党を迷走だと決めつけて満足しているような政治記者では無理だろうが、そんなことを言う前に、新聞もちゃんとした軍事問題の専門家を育てておくべきだと思う。そして、推測ではなく事実に基づいた、分かりやすい解説をして欲しいと思う。
迷走大いに結構
さて、ここまで普天間基地の移設問題について書いてきたが、それはそれとして、私の言いたいことは他にもある。それは、「アメリカを怒らしたら大変だ」というところで、すべての思考が止まってしまう日本人の性癖についてである。
政権交代で鳩山首相が「対等な日米関係の構築」を言って以降、鳩山論文がどうの、海上給油の継続がどうの、普天間問題がどうのという時に、大新聞は(まるでアメリカの代理店のように)何かにつけて「アメリカが怒っている」と報道してきた。
来年は日米安保50年。日米同盟を再点検すべき時に、時代は冷戦の終結後、テロとの戦い、中国、インド、ロシアの台頭による多極化と、激しく変化している。加えて唯一の超大国だったアメリカに不況が押し寄せ、一極主義から国際融和を目指すオバマ政権が登場して変化の兆しが現れている。そういう意味で今は、日本はアメリカと新しい平和の枠組みを模索していく絶好の機会でもある。そういう時に、「アメリカを怒らしたら大変だ」と言って思考が止まってしまったら、新しい世界平和の枠組みなど考えようがない。
イラク戦争の失敗にしろ、リーマンショックにせよ、地球温暖化対策にしろ、アメリカの選択がいつも正義とは限らないことは既に実証済み。マスコミが常套句のように使う「アメリカを怒らせたら大変」は、水戸黄門の印籠ではなくなっている。
そんなことで一々思考停止せずに、アメリカの怒りはどういう結果を生むのか、それに日本は耐えられるのか、冷静に吟味しながら、日本とアメリカの関係を時代に合った、より建設的なものに育てていく。そのためには、多少の軋轢を恐れずに、日米で率直な議論を続けなければならない。私は、これが鳩山政権の重要なマニフェストの一つだと理解している。
とは言え、これは戦後60有余年(或いはもっとさかのぼってペリー来航以来)、日本の誰もがなし得なかったこと。そのために時間をかけること、大いに迷うことが必要で、「迷走」などという単純な批判には絶えるしかない。
仮に、新しい時代の枠組みを見つける強い意思があるのならば(つまり単なる優柔不断でないならば)、「迷走おおいに結構」だと言ってあげたい。
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