東アジア海域での緊張が高まっている。東シナ海では、8月に入って中国漁船が大挙して尖閣諸島の接続水域に。それに乗じて中国海警局の公船が尖閣の領海侵入を繰り返す。漁船230隻は漁期を考えれば、特に多いとは言えないという見方もあるが、中国公船の活動はこれまでになく活発だ。これには、南シナ海で中国の領有権主張が国際法上の根拠がないと判定されたことから目をそらさせるためだとか、南シナ海問題で中国を非難し続ける日本への意趣返しだとか、来年の人事案件が議論されている中国・北戴河での要人会議に向けた強硬姿勢のアピールだ、といった解説がなされている。
日本政府は抗議を繰り返しているが、その時々の国際情勢(例えば来月のG20開催など)によって、中国が一時的に軟化することはあっても、その基本姿勢は確固として変わっていない。「海洋強国」建設を掲げる習近平体制は、外洋展開のための「第一列島線」(日本列島から沖縄、台湾へとつなぐ防衛ライン)や、「第二列島線」(グアムやサイパンまで拡大)を想定して着実に手を打っている。尖閣については、段階的に小さな行動を重ねて既成事実化する「サラミ戦術」に加えて、「領有権争いがあることを示す段階は終わった。次は実効支配だ」(軍関係者)という強硬意見も出ているという。
海洋強国を目指して「膨張する中国」に対しては、日本はもちろん、アメリカも参加して神経戦(心理的バトル)を戦っているが、これに最近の北朝鮮ミサイル発射問題、中国が神経をとがらす韓国への迎撃ミサイルシステム(THAAD)の配備問題、さらには対中国強硬派の稲田防衛相の就任など、様々な要素が加わって神経戦はさらに複雑な様相を見せている。神経戦が神経戦で止まっていればいいが、双方がヒートアップしてどこかで火がつけば、軍事同盟が起動して、東アジア海域全体が戦闘モードになりかねない。米軍元高官が言うように、その危険は日々高まっている。そうした事態を何としても避けるために、日本はどうすべきなのだろうか。
◆「ケタ違いの国」になる中国。日本人はイメージできない?
変化が激しい中国の全体像はつかみにくい。面積は日本の25倍、人口は13億(日本の10倍以上)。大陸沿岸には人口1億を超える広東省をはじめとして、5千万から9千万の省が幾つも並ぶ。GDPも2009年に日本を追い越したと思ったら、もう日本の2.6倍。アメリカの6割にまで迫っている。国防費もこの10年で4倍に増えた。中国との科学協力を進めている文科省の元官僚が口癖のように「中国はケタ違いの国になる」と言う位、中国は今や科学技術のあらゆる分野で財政的、人的投資で日本を圧倒しており、その豊富な資金を目指して世界から科学者も集まり始めている。
統計数字にいろいろ難癖をつける向きはあるにしても、世界はもうこの巨大な経済的・軍事的規模の国を無視するわけにはいかなくなっているが、日本人には中々それがイメージできない。一つには、戦後しばらくの間、日本は中国を援助する立場だったし、中国の貧しい時代を見過ぎて来たからだ。爆買いだって、この2,3年の事だ。何となく上から目線で眺めていた貧しい中国が、やがてアメリカと肩を並べる覇権国家になるかも知れないなんてと、その急速な変化が素直に受け入れられない。その甘い認識を危惧する言葉が「中国はケタ違いの国になる」なのだろう。
◆覇権を目指して膨張する中国。衝突回避は可能か
以前にも書いたが、中国のように経済的にも軍事的にも大国となった国家は、どういう政治形態を持つ国家であれ、必ず世界的な覇権を求めることになる。なぜなら、全世界に君臨して世界の安全を守ってくれる中心的な権威がない状況で、国家が生き残りを図るためには、相手より強くなることが最も合理的な方法だからだ。そのためには同じような力を持つ相手を軍事的にも地政学的にも、経済的にも超える必要がある。これは「中国が悪い国だから」、「文化的に問題があるから」ではなく、大国とは常にこう振る舞うものだというのがミアシャイマー、シカゴ大教授の説である(「大国政治の悲劇」)。
その時、中国が目指すのは第一に、アメリカの力をアジアから排除したい。第二に、アジアの覇権を握りたい。すなわち日本やロシア、インドといった周辺国より強くなって軍事的な挑戦を受けたくない。第三に、現在の領土体制(尖閣、台湾、南シナ海)を変えたい、ことだと言う。これは、現在のアメリカも日本も受け入れることが出来ない挑戦であり、米中は必ず衝突すると教授はいう。これは、いわゆる「トゥキディデスの罠(*)」を思わせる、米中に対する重大な警告と受け止めるべきだろう。
現時点では、アメリカは尖閣の領有権で中国と厳しく対立する日本と、THAADを配備しようとする韓国をカードに。そして中国は核実験とミサイルで日米韓との緊張を高める北朝鮮をカードにしながら、危険をはらんだ神経戦を戦っている。しかし、こうした神経戦が神経戦で止まっている保証はどこにもない。尖閣諸島や南シナ海での艦船同志の衝突、あるいは北朝鮮のミサイル誤射などによって武力衝突が起きたら、それぞれの軍事同盟に引きずられて、東アジアは核戦争の悪夢にさらされる。地域的な紛争が軍事同盟のネットワークによって世界規模の戦争になった第1次大戦の例を見るまでもなく、防衛のための軍事同盟あるいは安全保障は、何ら平和を保証するものではないのだ(「憲法の無意識」)。
◆内部事情にも目を向けて、硬軟取り混ぜた神経戦を
軍事的、経済的に強大になり、覇権を目指すことを運命付けられたような中国だが、一方でその複雑な内部事情にも目を向けて置かなければならない。ゾンビのような不良国有企業、地方政府の巨額の借金、少子高齢化の深刻な影響、権利意識に目覚める多民族国家。それに幹部同士の熾烈な権力闘争もある。こうした国内問題を抱えながら、一党独裁を維持し、世界の覇権を狙うのは容易なことではない。国内向けには対外強硬策を採ってナショナリズムを満たすと同時に、国外に向かっては孤立を避けるために、先進国としての上品な顔も見せなければならない。
覇権を目指す「膨張する中国」と複雑な国内矛盾に苦しむ中国。この2つの実体を冷徹に見据えながら、日本は、領土も守り戦争も避ける高度な作戦を立てなければならない。神経戦は熱くなった方が負けだ。どこかの右翼のように一々熱くならずに、冷静に作戦を練る必要がある。第一に重要なのは、中国をいたずらに刺激して、彼らの被害妄想をかき立てないことである。不用意な蔑視や中国敵視政策が中国のナショナリズムを刺激し、衝突の危険性を高める要因になる。中国には大国としての面子があるのだから、それなりの敬意を払う「度量の広さ」が日本には必要になってくる。
その上でやってはいけないことの一つは、アメリカと連携するのは大事だが、日本の方が先走って「中国封じ込め」などに走らないことである。中国が巨大化した今、それは幻想に過ぎないし、アメリカの覇権維持のために日本がカードとして使われるだけだ。覇権争いに巻き込まれたり、使い捨てにされたりする危険がある。二つ目は、先般、外務省が尖閣での漁船や公船の映像を公開したように、中国の理不尽を世界に訴え、国際世論を味方に付けることである。覇権を目指す中国にとって、国際的孤立は最も気にするところ。中国の理不尽なやり方に関しては、これからも世界を意識した宣伝に力を入れるべきだろう。危機回避のルール作りも大事だ。
さらには、中国との経済関係を深くしながら、どこかで中国と手を握る部分を見つけ、尖閣問題を相対的に小さくすることである。両国の間で、尖閣問題だけをクローズアップするのは得策ではない。その意味で、強硬派の稲田朋美を防衛大臣に起用したのはどうなのか。「毒をもって毒を制す」などと言う人もいるが、中国敵視政策と誤解されかねない稲田の起用は、中国の疑心暗鬼を生んでいる。
国際世論を相手にするには、日本も軍国主義の復活などといった言われなき批判をされないように脇を固めて、右手で握手しながら左手でけんかするような、硬軟取り混ぜた戦術を編み出す芸当ができないといけない。そうでないと、この歴史的な転換点での長く続く神経戦を勝ち抜くことは出来ないだろう。
*)「新興の大国は必ず既存の大国へ挑戦し、既存の大国がそれに応じた結果、戦争がしばしば起こってしまう」現象
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