日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

見えて来たコロナウイルス 20.5.26

 新型コロナ肺炎については、当初「治療薬がないので家で寝ているしかない」とか、「インフルエンザのようなもの」、「若い人は大丈夫」と言った解説が専門家と称する人たちからメディアを通じて盛んに流された。しかし、ご存じのようにこのウイルスは、高齢者や持病のある人ばかりでなく、中年や子どもも重症化させる、怖いウイルスであることが分かってきた。既に世界で34万人が死亡し、なお日々何千という人が亡くなっている。その一方で、日本ではその死者は839人(25日現在)であり、人口比率で言っても欧米に比べて極端に少ない。

 日本については、2,3月の超過死亡(隠れコロナ死)の問題もあるが、それを加えても死者数は少ない。この傾向は実は、中国沿岸部、台湾、韓国など東アジアに共通した傾向でもあり、謎の「ファクターX」としてBCG接種説などとともにも言われて来た。しかし最近、コロナウイルスに関する「免疫システム」の精密科学的な研究から、有力な説が出されている。同時に、コロナに対する「診断と治療」という従来遅れてきた分野の研究も急速に進みつつある。もとになったのは、東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授(医学者、生物学者)らの研究である。

 児玉氏は、コロナウイルスに対する研究成果や、今の政府のやり方に関してYouTubeなどで積極的な発言を続けているが、特に参考にしたのは5月16日の「コロナと闘う戦略図」(45分)と、私たち「サイエンス映像学会」が彼を招いて行った遠隔講演(5月23日)である。その内容は、抗体検査から見えて来た免疫の特徴、話題のアビガンなどの用い方、さらには経済を止めない感染防御政策など多岐にわたるが、理解出来た範囲で(従って、多少の誤りがあるかも知れないが)、その要点について私なりに幾つかにまとめてみたい。

◆既にコロナに対して免疫を持っている?
 児玉氏は、民間企業の協力で精密な抗体検査機器を導入して、ほかの大学などと共同でコロナウイルスに感染した人の抗体の現れ方を測定している。通常、人が初めてのウイルスに感染したときには、体内でウイルスと闘うIgMという抗体が作られ、次いでより強いIgGという抗体が増え、さらにその先に(ワクチンと同様の)中和抗体の発現にまで進めば、その人は半永久的に免疫を獲得したと言える。今回、日本人のIgMとIgGの現れ方を調べると何故か、多くのケースで、いきなりIgGがIgMを上回る形で出ていることが分かって来た。

 より強いIgG抗体が最初に現れる理由について児玉氏らは、かなりの日本人が既に新型コロナに対して“ある程度の免疫”を持っているという説を提示する。2003年のSARS流行以降、東アジアでは何度かコロナファミリーとも言うべき類似の風邪ウイルスが流行したが、それで作られた免疫システムが新型コロナに対しても有効に働くという説である。コロナウイルスに感染した場合、およそ80%の人が無症状か軽症で済み、重症者や死者が少ないのは、こうした理由からだと言う。精密な抗体検査の分析から見えて来た有力な仮説である。

 現在、民間企業の協力で最先端の抗体検査機を導入し、一日3000件まで調査できる体制(3大学病院、3研究所)を整えているが、こうした抗体やリンパ球の検査で、より正確な検証が出来るはずだと言う。ついでに言えば、いま政府がやろうとしている抗体検査は、擬陽性などのノイズまで計測してしまう、とても科学とは言えない“恥ずかしい”ものだともいう。さらに、こうした精密検査を拡充することによって「経済を止めない感染対策」も見えて来ているが、これに国の予算は使われていない。国の予算は、官邸によって恣意的に配分されているからだ。 

◆怖いのは、免疫反応の暴走による臓器不全
 では、重症化や死亡はどうして起こるのか。上の仮説から言うと、コロナに免疫を持つのは2003年以降に類似のコロナファミリーに感染した人で、全部ではない。免疫を持たない人は、弱いIgM抗体の発現が先行し、その間に体内でウイルスが大量に増殖して重症化してしまう。或いは大量にウイルスを取り込んだ場合は、免疫を持っていても重症化しやすい。この場合、怖いのは「キラーT細胞」という別の免疫細胞が、ウイルスに感染した自分の細胞をまるごと殺そうと暴走すること。「サイトカインストーム」と呼ばれる現象で、これが重症化の引き金となる。 

 コロナウイルスが血管を通して様々な臓器に回ったときは、「キラーT細胞」がそこの細胞を破壊する。肺に限らず、心臓や脳の血管、胃腸、腎臓など各所でこの暴走が起こると、最終的に多臓器不全で死ぬことになる。これまで高齢で基礎疾患がある人が重症化しやすいと言われて来たが、この「サイトカインストーム」に抵抗力がないためだろう。しかも、ウイルスの増殖を早期に抑えないと、「キラーT細胞」の暴走によって一気に重症化するというから恐ろしい。こうしたことから、児玉氏は命を救うための適切な診断と治療が必要と訴えている。

◆見えて来た診断と治療の道筋
 ワクチンがまだ開発されていない現在、児玉氏が描く治療法は以下のようなことになる。まず、咳や発熱などの症状が出てコロナと分かったら“瞬時に”抗ウイルス薬のアビガンを投与し、ウイルスの増殖を抑える。アビガンは軽症の時に良く効くという。それより症状が進んでいる場合は、これもウイルスの増殖を抑えるアメリカ発のレムデシビルを投与する。いずれも、症状の改善が報告されている薬である。さらに、ウイルスの繁殖が肺の奥や他の臓器にまで広がって炎症が起きている場合は、「サイトカインストーム」を抑える免疫抑制剤のアクテムラを使う。

 アビガンについては、その有効性について現在、試験と様々な議論が行われているが、開発の初期に関わった彼は、メカニズムが明確なので、副作用の見られる妊婦や青年への投与さえ止めれば、有効だという(これについて私は判断できない)。アクテムラは免疫を抑えると言うよりは、適正化する薬で、これで「キラーT細胞」の暴走を抑え、炎症を鎮める。以前のNスペでは、この他に抗炎症剤を使って生還した人が出ていたが、この段階では体内各所に広がる炎症を抑えることがポイントになるのだろう。

◆コロナとの闘いに必要な精密科学と総合力
 このように、免疫学や臨床をベースにした「治療の手順」が見えて来たわけだが、こうした考え方が早くに現場に浸透していれば、救える命も多かったのではないか。問題は政府の専門家会議が感染症対策や数理モデルの専門家が殆どで、免疫や臨床の専門家が少ないこと、政府との距離が近すぎて今や政府方針の追認機関になってしまった観のあることである。医療現場と情報共有をするには、どうしたらいいかというこちらの質問に、氏は日本医師会の有識者会議(永井良三座長)と情報共有を始めていると答えたが、その成果に期待したい。

 コロナウイルスとの闘いのポイントは2つある。一つは、最新のがん治療のように、その診断と治療は国際標準にも耐える精密な検査と臨床に基づいた「精密科学」でなければならないことである。こうした意見を聞いていると、今メディアで盛んに解説している専門家やコメンテーターなどは、こうした研究成果から余りに遠いと思えてくる。もう一つは、コロナウイルスの影響がこれだけ深く広いのであれば、その闘いには医学、科学、人文、経済、倫理など多岐にわたる専門家が協力する「総合知を動員する体制」が必要と言うことである。

 25日、政府は緊急事態宣言をすべて解除したが、何とか経済活動を再会させたいという前のめりにしか見えない。感染が減ったことを「日本モデル」などと言って胸を張るが、日本人は元々ある程度の免疫を持っていることを踏まえているのか。次に感染が広がったときに、最新の治療が受けられる体制は出来ているのか。児玉氏らは、抗体検査とPCR検査を拡大することで、経済を止めない感染防御策も提案しているが、これについては次回以降に書いてみたい。

出口の先に待っている世界 20.5.14

 新型コロナの感染対策の考え方に、Tomas Pueyo(米)が提唱した「The Hammer and the Dance」がある。ご存じの方も多いと思うが、新型コロナウイルスの急激な感染増加は医療崩壊をもたらすことから、ハンマーで叩くように、一日も早くLockdownのような強力な対策で感染者数を徹底的に減らすこと(積極的介入)が重要になる。ついで、ある程度感染拡大が抑えられた後は、ダンスを踊るようにウイルスと共存していく(持続的介入)、という考え方である。ハンマーが効けば効くほど、ダンスが踊りやすくなるというわけだ。

 これで言えば、世界は今、ハンマーの後に来るダンスの踊り方(出口後の戦略)で複雑な選択を迫られている。それだけ、このウイルスには専門家をして「謎だらけ」と言わせるような未知の性質が隠されているからだが、これからワクチンや対抗薬が行き渡るまでの数年間、世界はこのウイルスとダンスを踊って行かなければならない。その間に世界は、1930年代の大恐慌のような未曾有の不景気に見舞われないだろうか。今、世界各国がハンマー後の出口を求めて動き出しているが、ウイルスと共存する世界には何が待っているのだろうか。

◆アメリカ・パンデミックの現実
 5月14日現在、世界の新型コロナの感染者数は435万人、死者は30万人にのぼる。4月4日の情報では、世界の90ヶ国以上、39億人(世界の人口の半分以上)が外出制限などの措置を受けており、ILO(国際労働機関)はこれによって世界の労働者の8割が影響を受け、2億人近くが失業するとしている。特に過酷な現実に直面しているのがアメリカで、感染者136万人、死者8万人。失業者数は2050万人、失業率は14.7%に上る。医療や科学の先進国と思われているアメリカがこれほどまでにコロナに脆弱な理由はなぜなのか?

 理由は色々あるだろうが、第一に選挙のために経済を意識するトランプが「あんなものはインフルエンザと同じ」とコロナのリスクを過小評価したこと。医療の先進国と言いながら、それが国民全体のものにはなっておらず、保険制度も貧弱で劣悪な状態にあること。犠牲者の多くがNYのブロンクスのような貧困層や非白人層に偏っていること。これまでの生活習慣が邪魔をして、マスクをつける、手を洗う、部屋に入るときに靴を脱ぐなどの徹底が遅れたこと。高い失業率には、景気が悪くなると、すぐに従業員を解雇する資本家優先の社会構造もある。

◆「実効再生算数(Rt)」の背後にある難しさ
 トランプの迷走が感染拡大に拍車をかけた形だが、何より悲劇的なのはトランプがウイルスに関する科学的理解に全く欠けることである。今回のウイルスはインフルエンザなどと違って様々な謎がある。その特異な性質に専門家も頭を悩ましているが、そうした複雑性を理解するのは、トランプ(安倍も?)のような凡庸なポピュリスト政治家では殆ど無理と思われる。例えば、出口戦略の指標の一つとされる、一人の感染者が何人に感染させるかという「実効再生産数(Rt)」の計算式である。これが1以下なら感染が収束に向かうというサインになる。

 先日、その道の専門家の西浦博(北大教授)の講義(JASTJ主催)を聴いたが、これが私などには理解不能の複雑な積分の数理モデルなのだ。それはいいとして、その背後にある実態に驚いた。まず、このウイルスは感染してから発症までに平均5〜6日かかる。さらに現実には医療機関で陽性と確認されるまでに7〜8日、そしてそれが報告されるまでまた1〜2日遅れるという実態である。東京都などは、いまだにFAXで報告(従ってミスも発生)というお粗末さで、結局Rtの計算式で求められるのは、2週間以上も前のデータになるというのだ。

 従って、PCR検査が周回遅れの日本では、Rtを出口戦略の指標に使うのは現段階では無理。仮に改善されても、このウイルス特有の性質のバラツキ(後述)をどう評価するかは悩ましい要素になる。西浦教授は、数式が複雑なので分かりやすい近似値として、直近7日間の新規感染者数の平均を、その前7日間の平均で割った数字をあげ、これが1以下ならば感染拡大は抑えられつつあると理解できると言う。これなら簡単だが、問題はこれが仮に1以下になっても、傾向を知るのには有用でも、具体的に対策の何が効いているのかを評価することは出来ない。

◆対策を困難にするウイルスの謎
 新型コロナウイルスについては、謎が多い。感染してから発症するまでの期間は1〜17日とバラツキがある(平均で5〜6日)。50%以上が無症状で経過し、その間に感染させることも(ただし、感染力は不明)。発症しても多くは発熱や咳などの軽症だが、急速に悪化する場合がある。その症状は多様で、肺、心臓、血管系、消化器など様々なところに出る。子どもの中には川崎病に似た血管障害も起きている。このウイルスがもつあまりの巧妙さの故に、これが武漢のウイルス研究所から漏れ出たとする憶測があとを絶たず、米中の激しい対立を生んでいる。 

 そこでは、コウモリ女と言われる研究者(石正麗)が、各地の洞窟から採取したコウモリのウイルスを使って毒性を強めたり弱めたりする研究をしていたという(佐藤正久議員)。2年ほど前には米仏の研究者たちが、その施設や研究の危険性を指摘していたともいう(興梠一郎、ワイドスクランブル11日)。ウイルスが研究所から漏れ出た確たる証拠はない。しかし、傍証はかなりのもので、これが米中対立の火種にもなっているのだが、それも、ウイルスの性質の複雑さの故なのである。同時に、そんなウイルスを相手に共存のダンスを踊らなければならない人間の方も、極めて高度な知恵を要求されることになる。

◆出口後のダンスは油断が禁物
 3密を避け、接触を8割減らすといった「ハンマー政策」の経済的影響が余りに大きく、医療崩壊より経済崩壊しそうな状況の中で、日本を含めて世界各国は一日でも早く出口を見つけたいと焦っている。何とかダンス(持続的介入)に持ち込んで、経済の窒息を避けようとしている。政府も専門家会議も出口を目指す基準を色々あげているが、問題は踊る相手(ウイルス)の性質がここへ来て何か変ったわけではないことである。感染力も低下していないし、症状の出方の複雑さも変らない。出口を出たとして、この先をどのような段階を経ながら共存していくかである。

 あるいは、その間の感染実態をどのように把握していくかである。対策が進んだドイツや韓国でも第二の感染が起きているが、それをすぐに把握出来るのは検査体制が充実しているからである。その上で、規制を強めたり緩めたりしながら、経済も維持して行く。日本のように直近のデータがない国では気がついたときには、再び蔓延という状態にもなりかねない。山中伸弥教授によれば、ハンマーで0.5程に下がったRtを、ダンスの間中1以下に抑えていくには、接触を6割減にして行く必要があるという。まだまだ油断は禁物なのである。

◆世界はコロナによる分断を乗り越えられるか
 従って政府は今日、全国的な緊急事態宣言を解除するが、接触を6割減に保つ具体的な政策を国民に示さなければならない。その中で、どのように経済と生活を確保していくかである。これは日本だけでなく、世界各国にとっても未経験の局面だけに、様々な混乱と摩擦が起きてくるだろう。場合によっては、窮屈な規制に業を煮やしたポピュリスト政治家、経済界、それに若者を中心とする大衆によって、科学的合理性の放棄が起きてくる。そして、そこに出現するのは様々な形の分断になる。先進国と途上国の分断、格差や人種の分断。そして最もあり得るのは、老人と社会の分断である。 

 それは強者による弱者の分断であり、それを許して合理的な対策を放棄すれば、それは人間を新たな宿主とするコロナウイルスの思うつぼになる。この分断をどう乗り越えて、政治と行政が弱者を支えるか、国民がどう支え合うかに、これから数年は続くウイルスとの闘いの趨勢がかかってくる。それが、出口後の難しい舵取りであり、その複雑さ、難しさを政治家たちが正しく理解できるかにもかかってくる訳である。

コロナ時代を生き抜く知恵 20.5.5

 政府は4日、全国的な緊急事態宣言を月末まで延長しつつ、13の「特別警戒都道府県」を除いた「それ以外の地域」については規制を一部緩めるとした。会見で首相は、5月を「(緊急事態宣言の)出口に向かって真っすぐに進んでいく1か月」と意味づけ、規制を緩めた地域には、従来の3密を避ける他にコロナ時代の「新しい生活様式」を示した。感染再拡大を防ぐと同時に、自粛疲れや生活不安に答えようという気持ちをにじませたが、どうなれば出口になるのか、出口戦略の指針(基準)もデータも示さないことに戸惑いが広がっている。

◆出口後に待っているのは「コロナウイルスとの共存」
 出口とは、感染拡大を抑えるために国民に不自由な制限を強いる、緊急事態宣言からの出口であるには違いないのだが、いきなり以前のような生活に戻ることでは全くない。新型コロナの場合は世界的な収束が難しいので、日本だけが感染を押さえ込んでも元には戻らないからだ。従って、治療薬やワクチンが行き渡って、インフルエンザのように流行しても社会的不安を引き起こさない段階に達するまで、出口後も不自由な時代が続くことになる。それが「コロナウイルスと共存する」時代の現実であり、少なくとも数年は続くだろうとも言われている。

 世界は、この困難な時代をどう生きていくのか。それが問われている訳だが、今は各国ともそこに向かう出口のところで模索と混乱が続いている。日本も、出口戦略の判断基準をどこに置くのか、データは手元に集まっているのか、何より出口後の「コロナウイルスと共存する」時代がイメージができているのか。政府の説明を聞いているとすべてに曖昧で、緊急事態宣言が解除になれば、すぐに元の生活が戻ってくるかのような幻想を国民に抱かせてはいないだろうか。あるいは政府に覚悟がないのか。出口戦略とその先の課題を整理しておきたい。

◆指針(基準)とデータなき出口戦略
 出口戦略の指針(基準)には幾つかあげられてはいる。首相会見に先立つ専門家会議の提言(1日)では、感染者の数は期待通りには減っておらず、医療現場の逼迫も続いているので、新型コロナとの闘いは長丁場になると覚悟を促した。また、感染状況を探るデータとして、新たな感染者数の減少や医療現場の逼迫の度合いなどのデータの他に、感染者1人が何人に感染させているかという「実効再生産数」も示した。耳慣れない言葉だが、これが1以下なら感染は収まっていくと言う。東京都では4月10日時点で0.5まで下がっていた。

 専門家会議はこれに加えて、感染者数が2倍になる日数が延びているなどのデータをあげて、感染拡大は抑えられつつあるとしている。それなら解除すれば良さそうなものだが、ご存じのように、日本は感染者の動向を知る上で欠かせないPCR検査が極めて限られている。しかも、「実効再生産数」がどんな計算式なのかも公開されていない。海外では刻々変化する数値を出しているのに、専門家会議も自信がないのだろう。感染症予測はデータサイエンスと言われるだけに、根拠となるデータと計算式を国民に分かりやすく説明すべきではないか。

◆科学的データに基づく出口戦略を
 PCR検査については、専門家会議もしぶしぶ誤りを認めて方針転換しつつある。これも緊急事態宣言からの出口を探るために、日本各地の感染状況をより詳細に知ることが必要になってきたからだ。また出口戦略には、PCR検査の他にも、無作為抽出の抗体検査(既に感染した人の割合)も欠かせない。最近、一部の抗体検査(神戸市)から分かってきたことは、実際の感染者数は感染確認者数の150倍にもなるという驚くべきデータだ。これが本当なら、殆どの人は感染しても無症状で終わり、その間に周囲を感染させているということになる。何というウイルスなのだろう。

 日々の感染確認者数の増減に一喜一憂しているのが馬鹿らしくなるが、これもやってみて初めて分かったのだから、実態を知る上では必要だろう。またPCR検査についても、より簡便な検査キットが出て来たので、色々工夫して出来るだけ増やすべきだ。ただし、これは出口を探る上で必要なことであり、陽性と判定された人たちをどう扱うのか。隔離するための収容施設の拡充、重症化したときの迅速な対応などは別途議論する必要がある。この点で、もう一つの指針となるべき医療機関の逼迫の度合いについては、相変わらずの状況が続いている。

 症状が出てもPCR検査が容易に受けられない、救急車によるたらい回し、ウイルス防護品も圧倒的に足りない。医療スタッフの疲弊も続いている。政府もこうした状況を見て緊急事態の延長に踏み切ったわけだが、一方で、長引く緊張と生活不安を緩和するためには規制を緩めざるを得ない。ただし、一旦手を緩めても再び感染拡大が起きれば、そのたびに自粛要請と出口模索を繰り返すことになる。それが国民の納得を得るためには、PCR検査などに基づく「科学的な提言」を示せるかどうか。(心配だが)政府の覚悟と見識が問われる事態である。

◆高齢者を切り捨てる「悪魔のプラン」の誘惑
 さて、以上のような状況を見るにつけ、私のような老人はひたすら自己防衛に努めるしかないことを思い知る。何しろ、4月13日段階の死者102人の内訳を見ると、70歳代以上が8割を超えている。特に高齢の患者は重症化しやすいし、入院が長引けば院内感染にもつながるし、治療の過程で多くの医療者と機材を必要とする。コロナ以外の病気を抱える人たちの受診機会をも制限することになる。それを考えると、私たち老人はまずは感染しないこと、また他の病気にもならないことが何より大事になる。それがささやかな社会貢献にもなる筈だ。

 その一方で、新型コロナは危うい誘惑も作り出す。それは、経済を重視するために、高齢者や基礎疾患のある人々を切り捨てる「悪魔のプランである。高齢者や基礎疾患のある人々は、社会活動からすれば重荷でしかないから、彼らがコロナで死ねば、医療費や福祉費の削減にもなり、経済的な活力にもつながる。しかし、それは社会の分断を一層進め、若年層を宿主とするウイルスにとっては思うつぼになる。今のアメリカやブラジルの乱暴な政策、或いは官僚の無作為の背後に、こうした「悪魔のプラン」の誘惑がないかどうか、注意すべき視点ではある。 

◆コロナ時代を生き抜く「知恵の結集」を
 政府と専門家会議は4日、制限を緩める際の「新しい生活様式」を提案した。感染拡大を避けるために、3密を避けるスポーツや娯楽、レストランなどの指針だが、総じて従来の生活様式をただ不自由にするだけの注意点に止まっている感じがする。そうではなくて今必要なのは、社会の分断を避けながら、これから数年にわたって続く「ウイルスとの共存」の中で、どう生活を確保していくかという新たな知恵である。それは今、世界の知識人が模索している「コロナ後の世界」でもなく、もっと目の前に差し迫った生き方の知恵である。

 この1ヶ月ほどで、レストランは出前やテイクアウトに変り、タクシーが出前に参加し、テレワークでのウェブ会議もあっという間に浸透してきた。オンラインの飲み会やサロン、エンターテイメントや音楽の発信も試みられている。ウイルスがもたらした、この革新は様々な業界、業種に広がるだろう。経団連も知恵を出すと言っているが、ここで提案したいのは、それぞれの業界、業種の個々人が必死になって知恵を出し、全く新しいビジネスのあり方や便利な生活手段を考え出し、それを世界に公開することである。

 農業でも漁業でも、物流でも製造業でも、サービス業でも、「ウイルスとの共存」時代に有効な、様々な革新が生まれるに違いない。それを世界の集合知として共有すれば、それがコロナ時代の「ニューノーマル」(新しい日常)になる。ピンチは新しい生き方や技術革新を生み出すチャンスでもある。そうした知恵と工夫でこの困難な時代を生き抜くための、壮大な「集合知」の箱が欲しい。

危機があぶり出す政治劣化 20.4.27

 日本の新型コロナの状況は依然として瀬戸際が続いている。日本はPCR検査が圧倒的に少ないので、実際の感染者数を把握出来ていないが、目に見える死者数は何とか爆発的増加を抑えられている。これは、院内感染が多発している中で、医療関係者の献身的で懸命な努力が続いているからで、頭が下がる。全国への緊急事態宣言と東京都の12日間の「Stay home週間」が、どの程度の効果を上げるかにもよるが、この先、ウイルスとの共存(緊急事態宣言の出口)を探るには、広範囲のPCR検査や、地域ごとの無作為抽出の抗体検査を行って、実際の感染状況を把握する必要がある。しかし、日本はこの点でも出遅れている。 

◆時間稼ぎの利点を生かせるか。問われる学習能力
 もっとも、死者数の増加を抑え、ぎりぎり医療崩壊を抑えられていれば、検査で周回遅れの日本にも有利な点はかなりある。時間を稼ぐことで、世界の感染押さえ込みのノウハウ、医学的知見を対策に生かすことが出来るからである。4月25日放送のBS1スペシャル(「ウイルスVS人類」)、Nスペ(「緊急事態宣言〜医療と経済の行方」)の両方を見たが、ウイルスの解明、ワクチン開発、対抗薬の試験に関する知見、院内感染を防ぐノウハウなどについても、少しずつ科学的知見が蓄積されているのが分かる。何とか持ちこたえていれば、戦い方を少しずつ学習できることになる。

 問題は、医療分野での学習は進むにしても、それを政策で支援すべき政治と行政の遅さである。医療現場では相変わらず感染防護用品が足りないし、劣悪な条件で働いている医療スタッフへのサポートも出来ていない。PCR検査の拡充もまだるっこいままだし、抗体検査も無作為抽出でなく、赤十字社の献血者の血液で代用するなどの中途半端なものだ。政策を決定していくためには、日々刻々変っていく新型コロナの最新情報を常に把握していく必要があるが、対応の遅れを見ていると、政府も厚労省も危機意識をもって学習しているのか疑問になる。

◆危機は指導者の資質をあぶり出す
 的確な政策を実行できるかどうかは、その国のリーダーの危機認識力、科学的知見の学習能力、コミュニケーション力に負うところが大きいが、今回のパンデミックでは、各国の取り組みを指揮するリーダーの資質の差が話題になっている。「一人一人が当事者です」と言い、「命を守るために断固とした対応が必要」と国民に訴えたのは(理系の)メルケル独首相である。同国のウイルス学者から、「おそらく我が国最大の強みは、合理的な意思決定を高い次元で下せる政府が、国民からの信頼をしっかりと勝ち得ていることにある」とまで評価されている。

 理系かどうかは別として他にも、台湾、ニュージーランド、フィンランドのようにコロナ危機に際し、国民の心に響くメッセージを発して国民の心を掴み、成果を上げている指導者(何故か女性たち)も多い。支離滅裂な言動で顰蹙を買うトランプなどは論外だが、日本の首相もリーダーとしての資質を問われていることには変わりない。この点、総じて危機に際してはリーダーの支持率が上がるのが一般的だが、トランプも安倍も全然上がらない。危機は指導者の資質をあぶり出すというが、日本の政治・行政が力を発揮できない原因は何なのだろうか。

◆危機認識力のなさと人材不足
 今回のコロナ危機に関して言えば、指導者に必要なのはまず危機認識力である。新型コロナが日本や世界にとってどの程度重大なのか、という基本的認識である。危機をいち早く捉えて対策に乗り出したドイツや台湾に比べて安倍官邸の認識は極めて甘かった。観光地への打撃や中国への配慮による入国制限の遅れ、オリンピック開催にこだわった逡巡、そして業界への配慮から都の休業要請に待ったをかけるなど。真の敵に向き合う能力と勇気が足りなかったために、気を取られることが余りに多く、早期に断固とした対策がとれなかった。

 それが、怪しげな利権問題までささやかれているアベノマクスや自宅からの呑気なインスタ発信、給付案の迷走などに現れているが、これは安倍の人材登用にも問題があるのだろう。安倍はこれまで国の緊急事態には国家安全保障局(NSS)で対応するとしてきたが、経産省や警察官僚で固めてきたために、今回のコロナ危機では殆ど機能できていないという(「選択」4月号〜新感染症に無策の国家安全保障局)。思いつきを進言した官邸官僚も、不倫問題を起こした大坪寛子(厚労省官房審議官)などの官僚も足を引っ張る。非常時に優秀な人材を集められないのは、リーダーとして問題である。

◆コミュニケーション能力の不足と不誠実
 安倍自身のコミュニケーション能力の問題もある。今回のコロナ危機ではクオモNY州知事のように、リーダーたちが毎日のように国民、住民に話しかけている。人々の信頼を得るには自分の言葉で、その時々に変化する情報を隠さずに発表することが欠かせない。それに比べて、安倍の記者会見は明らかに少ない。それも官僚が書いた作文をプロンプターに映し出して読んでいるだけ。いかにも優秀な官僚が書いた言葉が踊った作文で、自分の言葉ではないのでこちらの心に響かない。もともと国民に訴えかけるという気持ちが薄いのかも知れない。

 しかも、その言葉は粉飾的な断言が多い。2/29にやっと開いた最初の会見では、「私の責任で」、「私がリーダーシップを取って」を連発し、「私が決断した以上、私の責任において、様々な課題に万全の対応を採る決意」と述べたが、「盤石な検査体制、医療体制を構築していく」、「医者が必要と考える場合には、すべての患者がPCR検査を受けることができる十分な検査能力を確保する。患者が大幅に増加する事態にも万全の医療提供体制を整える」などについて、安倍がリーダーシップを発揮した形跡は全く見えない。

◆危機に際して機能不全。政治劣化のツケは国民に
 4/7に安倍が「世界的にも最大級の経済対策」と胸を張った108兆円についても、実体は税金から出る真水は27.5兆円で、しかもピント外れのコロナ後の経済対策(GoToキャンペーン)が感染症対策(6700億)の2.5倍もある。安倍政権の危機感の薄さと不誠実な粉飾体質が現れた内容だった。「首相の意思がないから官僚に踊らされているだけ」(平野貞夫)、「責任は認めるが、実際には責任は取らない」(与良正男)などと手厳しく指摘されているが、日本の政治はどうしてこうも劣化したのだろうか。

 安倍を始め、今の政治家たちの多くは2世、3世の議員たちで、庶民感覚から遠い苦労知らず。官邸官僚たちも組織遊泳に長けたエリートたちで、視野には永田町や霞ヶ関の力学しか入らない。その彼らが、国家を動かす感覚で上から目線で危機に対処しようとすると、国民の痛みが分からず、真の危機に謙虚に向き合えずに機能不全を起こしてしまう。それが、「失われた30年」のぬるま湯の中で培養された政治の腐敗と劣化であり、それを許して来たのが、他ならぬ私たち国民である。ツケは国民に回ってくる。

◆危機に立ち向かう勇気と希望を与える政治を
 日本と世界は、この未知のウイルスと共存していくことが出来るだろうか。以前のような生活を取り戻すことは出来るのか。現段階で、その疑問に答えることは難しい。日本は世界の知見を学習しながら、確実に対応策を実行し、ワクチンや有効な薬が見つかるまで、出来るだけ時間を稼いで、ウイルスとの共存を模索していく。政治も医療か経済かといった単純な見方ではなく、謙虚にウイルスの脅威に向き合う必要がある。
 それが出来て初めて政治は、この難局に立ち向かう勇気と希望を与えることが出来るだろう。いま中央政治が迷走しているときに、(ばらつきはあるが)地方自治体の長たちが地域の医療や経済の現実と向き合って、独自の存在感を示し始めている。その中から、明日の政治のあり方を見いだせることを、今は期待することにしたい。

原因と解決策に迫る報道を 20.4.19

 大都市圏の感染レベルが、クラスターの感染源をたどって潰していく「レベルA」から、感染源が特定できない感染爆発の「レベルB」に移行し始め、対策を一段と強化しなければならない時を迎えている。全国的な緊急事態宣言もその一つだが、これには感染爆発による医療崩壊を防ぐための、あるいは、接触制限による社会的、経済的崩壊を防ぐための対策が同時に必要となる。この点では、新型コロナが未知のウイルスだけに、多少の試行錯誤があるのは仕方ないとしても、対策に責任を負うべき司令塔(国や政府専門委員会)が混迷の度合いを深めている。 

◆政府の迷走と現場の悲鳴。その時メディアは?
 今の政府のやり方を見ていると、一家に2枚のマクス配布のような首相側近の思いつきや、一人10万円配布のように与党間(自民VS公明)や党内(二階VS岸田)の政治力学から生まれたものなど、政策の決定プロセスが不透明で全く説得力がない。安易な楽観論から来る対策の遅れ、支持率をにらんだ場当たり的な思いつき、何が最重要課題かを見失った朝令暮改など、安倍政権のコロナ対応は迷走を重ねている。これは、(アメリカのトランプの場合と同じように)コロナ押さえ込みにとって致命傷になりかねない事態である。

 一方、政府の専門委員会の方も当初の「レベルA」作戦が破綻して、出遅れていた「レベルB」の対策に追われている。国民の感染状況を把握するPCR検査の拡大(ドライブスルー、PCRセンターの設置、検査技師の育成)、軽症者の隔離施設の確保、重症者用病床の増強、人工心肺や医療スタッフの確保などが急がれるが、現場から聞こえるのは医療用マスク、防護服などの不足、院内感染の不安、医師や看護師の疲労など、悲鳴に近い声だ。それが連日報道されているのに、国の対策は遅々として進んでいない。既に医療崩壊が心配される状況である。

 国が手探り状態に陥って頼りにならない時に、メディアの方はどうなのか。毎日発表される感染者数や症状の情報、生活者や事業者への影響、街の様子、観光地への影響、各種施設や教育現場の問題に加えて、医療現場の様々な悲鳴など。目の前に次々と発生する多岐にわたる現象を追いかけるのに精一杯で、国民が本当に知りたい情報について、自ら主体的な問題意識を持って掘り下げて伝えているだろうか。連日報道すべき膨大な情報に追われるあまり、総じて表面的なニュース報道に止まっているのことに物足りなさを感じるのは私だけだろうか。今はスタッフの感染も避けたい困難な状況だと思うが、敢えて気づいたことを書いておきたい。

◆足りないと言う情報だけでなく原因も解決策も
 例えば、医療現場での感染対策用品の圧倒的不足である。今日(19日)のNHKニュースでも報道していたが、これはもう1ヶ月以上前から連日のように報道されて来た話だ。それなのに、情報がこれ以上深まらないのは何故なのか。医療用マスク、防護服、ゴーグル、フェースシールドなどの必需品は、何故足りないのか。(中国から来ないとすれば)日本ではどこで作ろうとしているのか。生産の指揮をとるべき責任者(厚労省?)は誰なのか。日本はなぜ、感染症対策の後進国になってしまったのか。足りないと言う報道で思考停止したまま、同じ情報を繰り返す無策に呆れる思いがする。

 17日の首相会見で、安倍はようやく医療用品が足りないことを謝罪し、メーカーと協議しながら、近々(医療現場の要請を待たない)プッシュ型配布を行うと話したが、それで足りるかどうか分からない上に、とにかく遅すぎる。医療現場の声を受けたメディアが思考停止をせずに、もっと踏み込んで原因を探り、解決策まで当たっていれば、政府の重い腰をプッシュ出来たはずだ。こうしたメディアの踏み込み不足が、PCR検査の圧倒的不足にも言える。足りないという情報だけでなく、自ら問題意識を持って掘り下げた報道を行い、返す刀で責任部局の責任を問う位の役割を果せなかったのだろうか。

◆危機意識の低い人たちの本音取材と国民意識調査を
 8割の接触回避を目標にする緊急事態宣言だが、残念ながら現状は国民のすべてに危機感が共有されているとはとても思えない。スーパーに行けば、おばさんたちが素手で商品を触りまくっているし、パチンコ店や商店街も賑わっていると言うし、通勤者もそれほど減らない。或いは、生きて行くには自粛どころではないと思っている人たちもいるだろうし、万一感染しても大丈夫だと思っている若者たちも多い筈だ。メディアも東京都も連日、外出自粛を呼びかけてはいるが、果たしてこうした人たちには届いているのだろうか。

 まだ危機感を十分共有できていない人たちが何を考えているのか。対策を徹底するには、彼らのSNSなどから本音を探る取材に加えて、新型コロナに特化した国民の意識調査を是非やって欲しいところである。先日、(国が出さないので)東大医科研がなけなしの金を使って行った意識調査を見たが、そこから分かることは感染対策に有意義だったという。こういう調査は政府がやらなければメディアの仕事になる。独自の本音取材と調査結果を基に、そうした人々を分断するのではなく、社会全体ですくいあげるにはどうすればいいかを探っていくべきだろう。 

◆世界の対策成功例のノウハウ、科学的最新情報を共有する
 さらに、国が国内事情に足を取られて対策が後手に回っている時に、メディアにやって貰いたいことがある。それは、世界に目を向けて感染押さえ込みに何が効果的か、成功事例を集めることである。今は、世界中が新型コロナのパンデミックと懸命に闘っている。その中にはいち早く対策をとって感染を押さえ込み、死者数を低くしている(中国)、台湾、韓国、シンガポール、ドイツなどの事例がある。何が功を奏したのか、その広報システム、医療体制、検査体制、休業補償の仕方、あるいはリーダーのメッセージなどを専門家と共に項目別に子細に分析し、日本が学ぶべき具体的方法を国民に提言して欲しい。

 もう一つ、専門家だけに任せずにメディアも主体的に世界から集めるべき情報がある。それは、新型コロナがもたらす症状の全容、ウイルスの(遺伝的)特異性、症状の押さえ込みに効果がある治療法、ワクチン開発の見通しなどである。それらの情報いかんで、私たちはこの先どの位長期にわたって、コロナのパンデミックとつきあわなければならないかが分かってくる。政府は認めたがらないだろうが、来年のオリンピックも迫っている。報道するかどうかは別として、ある程度の展望を持って取り組むことができるだろう。

◆社内にコロナ問題の専門集団を作るべき
 上記以外にも感染爆発を押さえ込むために、いまメディアが取材し伝えるべきテーマは幾つもある。それは総じて言えば政治家はもちろん、国民各層にコロナとの闘いの覚悟を迫るものになるだろう。世界の多くの識者も模索しているようだが(BS1スペシャルなど)、コロナ後の世界(通常の生活に戻るには5年〜10年かかるという説もある)は、今までと大きく違った世界を生きることになる筈だ。年寄りが社会の中心から退場し、もっと若い世代が社会の担い手になって行く。その中で働き方や産業のあり方まで変っていくだろう。その新しい動きを探りながら、20代から40代の人たちにもっと我がこととして考えていって貰うために、メディアはどう伝えればいいかである。

 こうしたテーマも含めて、メディアが目の前の事象に追われるだけでなく、自らの問題意識を持って先駆的に取材し、今何が必要な報道なのかを考えて報道していく。そのためには、(既にやっているだろうが、ネット会議などでつながる)社内にコロナ問題の専門チームを作る必要がある。その上で、問題の原因と同時に解決策にまで迫る報道に持続的に取り組んで欲しいと思う。頼りにならない国の政策をあれこれ批評しているだけの段階は既に過ぎており、メディアも含めて様々な機関が連携して、国民全体の意識改革を促さないと、コロナにいいようにしてやられる気がする

パンデミックで問われる日本 20.4.11

 4月7日に政府は、遅まきながら緊急事態を宣言した。その内容については既にご存じの通り、8割の非接触をという自粛要請が主で、業種を指定した休業要請はしていない。休業要請をすると保障が発生するのでそれを避けたらしいが、自粛要請だけの対策については、海外からも手ぬるいと指摘されている。さらには自粛要請によって生活が成り立たなくなる、(特に)社会的弱者の人たちに速やかな手当をしなければいけないのに、その保障も手続きが煩瑣で支給が遅れると言う。政府がどこまで危機感を持っているのか、国民には良く伝わらない。

 現段階を本当の緊急事態と認識するなら、経済的影響と感染爆発による医療崩壊とを天秤にかける発想そのものが無意味で、必要なのは感染爆発を抑える最大限の対策をとりながら、その厳しい制約の中で暮らしと経済をどう維持・確保するかに傾注すべきなのである。そうしないと、内外の多くの専門家たちが警告するように、日本もあっという間にアメリカNYやフランス、イタリアのような医療崩壊状態に陥って死者が続出する。パンデミックの実例が示す怖さである。

◆パンデミックは、その国の脆弱性を突いて広がる
 新型コロナのパンデミックは、世界大戦にも匹敵する影響を及ぼす歴史的事象になりつつある。これは間接的には、人類がこれまで行ってきた地球温暖化や森林破壊による未知のウイルスの目覚め、そして経済システムや人の移動の急速なグローバル化の結果でもある。このパンデミックが、今後の人類の生き方にどんな変化をもたらすかはまだ分からないが、私たちは今、そうした世界的、歴史的事象に巻き込まれているということである。従って、一人日本だけが特別でいられるわけではないということを、まず自覚しなければならない。

 パンデミックがグローバル化の弱点を突いて拡大する他に、もう一つ世界共通に言えるのは、それが私たちの抱える社会の様々な脆弱性をも突いて拡大するという現実である。その脆弱性の根元にあるのは、社会各層に見られる危機意識の薄さであり、想像力の欠如である。或いは意味のない楽観論である。それは例えば、政治家や官僚を支配する「空気」にも現れている。政権中枢は経済界の顔色をうかがって思い切った政策を打ち出せず、官僚もそうした空気を忖度する。彼らは自分たちを取り巻く日頃の空気から抜け出られずに、専門家が抱いている深刻な危機感を共有しようとしない。

 その一方で、足元で起きている感染爆発によって多数の死者が出始めている自治体では、首長の危機意識は自ずと高くなり、政府との間でずれが生じる。一部のメディア関係者の危機意識の低さも問題である。政府専門委の一人も言っていたが、専門家と(特にワイドショーや政治部記者など)一部のメディアとは意思疎通が出来ていないそうだ。こうした危機意識のずれや足並みの乱れが、結果として国民の油断につながり、その隙間を突いてウイルスは拡大する。これは世界共通の現象でもある。 

◆緊急事態宣言が意図するもの(シミュレーション)
 手ぬるさはともかく、緊急事態宣言の意図するところは、前回書いたように感染のレベルを(感染源が追えない)爆発的感染「レベルB」から、もう一度(感染源を潰していける)「レベルA」に戻すことにある。それで感染者の増加をなだらかにしながら、ワクチン開発までの時間を稼ぐ作戦である。そのためには、3つの「密」を避けることと同時に、人との接触を8割減らすことを目指している。専門委員会ではさらに具体的に、外出を1日に1回に減らすとしているが、この根拠になっているのが、専門家たちのシミュレーションである。

 今回のウイルスでは、1人の感染者が平均2.5人に感染させるとする。それを10万人の集団に感染者1人が入ったとして感染拡大の数を計算するのだそうだ(4/10朝日)。人との接触が5割減でも1400人の感染者が出てしまうので、それより厳しく8割程度とする。しかし、1%の人が全く普段通りに行動していれば、抑えられる数の1.2倍になってしまうというから徹底することが重要だ。さらに東京や福岡など都市圏での現状では、人との接触を数%以下に抑えないと新規感染者をゼロには出来ないというから、収束はかなり先になりそうだ。

 本当は、こうした計算式がもっと国民に共有できれば、それこそ科学的な対応がとれると思う。素人考えで言えば、例えばこのウイルスの特性(潜伏期間や感染力)を変数として、それに人の集団接触率の変容を掛け合わせていく。そのような分かりやすい数値モデルがあれば、自分や社会全体の「行動変容」がいかに全体の感染者抑制に大事かが分かってくる。そんな科学的な説明の仕方があってもいいのではないかと思う。ウイルスは人と人が接触しない限り増えることは出来ないのだから、そのことを国民全体で認識することである。

◆社会的弱者に冷たい安倍政権
 一方で緊急事態宣言は、社会の様々な階層の困難をあぶり出す。シングルマザー、障がい者、ネットカフェ住人、雇い止めの非正規雇用者、風俗店従業員などなど、そうした社会的弱者はその影響をもろに受けざるを得ない。ウイルスとの(長期にわたる)闘いを持続して行くには、こうした人々の痛みを国民全体で共有して行くしかないが、肝心の安倍政権はこうした社会的弱者への生活保障にも及び腰で冷たい。政治が冷たくてそういう層を取りこぼしていたら、感染拡大はいつまで経っても抑え込めない。そのことを分かっているのだろうか。

 ついでに言えば、首相も大臣もつい最近まで、密集した政治部記者たちの「ぶら下がり取材」を受けていたが、あれを見ても政治家や記者たちの危機意識のなさがわかる。安倍は、「一ヶ月で必ず収束する。その後は経済のV字回復。オリンピックを新型コロナ克服の祭典にする」などと、ピント外れの楽観論を振りまくばかりで、現実を直視する覚悟が見えない。安倍の曖昧さと対照的に、零細な休業要請への協力金やネットカフェの住人にホテルを確保した小池都知事と都の職員たちの方がよほど覚悟を示しているように見える。

 先日知った専門家による国民アンケートでは、今信頼されているのは1位が都道府県知事、2位が専門家会議、3位が厚労省、4位が首相、という順位だったそうだ。さもありなんという感じだが、これはそれぞれの危機感の濃淡を国民が敏感に察知しているからだろう。この危機の時に国が信頼に値しないとすれば、自治体の長は住民の期待に応えるために最善を尽くさなければならないだろう。それぞれリーダーとしての資質が問われる場面である。

◆戦時中と同じ状況を支え合いで乗り切る
 シミュレーションも示すように新型コロナの感染押さえ込みには、国民の一致団結した行動変容が持続しなければならない。しかも、その闘いは(専門家に言わせると2〜3年もかかる)長期戦になる。一旦押さえ込んでも、油断すると第2波、第3波がやってくる可能性があるからだ。その意味で、各国のリーダーが言うごとく、「今は戦時中」なのかも知れない。従って、それぞれの関係機関や私たち一人一人は、(頼りない)国を当てするだけでなく、「ウイルスに勝つまでは、耐え抜く」という精神が必要になりそうだ。

 闘いの一体感を持つためには、まず前線で必死に闘っている医療従事者、自治体関係者、関係機関への感謝と励ましを忘れないことである。一方で、国の指示を待たずに、自分たちで生き残りを図りながら、何か出来ることを見つけてやっていく。そこが日本の戦時中とは違うところだ。社会全体で励まし合い、支え合う。その精神があれば、この危機を乗り切ることが出来るに違いない。さらに、その経験を国際的にも共有しながら、世界のパンデミック押さえ込みに寄与して行く。こうしたことが、新型コロナのパンデミックが日本に問いかけているテーマだと思う。

コロナショックを生き抜く 20.3.25

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響が世界中に広がっている。そんな切迫した状況で日本では、果たして政府の対策は適切なのか、政治家と専門家の間で認識は共有できているのか、第一線で事に当たる医療機関の体勢は十分なのか、各自治体はどのような体制を組んで独自の取り組みに備えているのかなど、様々な疑問と不安が広がっている。昼のワイドショーなども現場を知らないタレントがあれこれ言うばかりで知りたい情報が少ない。責任担当の首相も加藤厚労相も説明が曖昧で、質問に十分に答えないから余計に疑心暗鬼が募る。

◆Nスペ「パンデミックとの闘い」
 そんな中、Nスペ「パンデミックとの闘い」(3月22日放送)は、さすがにしっかりと作られていた。こうした国家的危機の場合に大事なのは、まずは指揮命令系統がどうなっているか、どういう人・組織・体制でやっているのか、という顔が見える情報である。今回は、厚労省内部に設けられた、およそ30人の専門家で構成される対策実行チーム「クラスター対策室」に初めてカメラを入れた。司令塔の押谷仁(東北大教授)たちの不眠不休の対応を取材しながら、専門家の強い危機感を伝えていた。多分、これが今の日本の現実なのだと思う。

 今の日本は、辛うじて感染爆発(オーバーシュート)を免れているが、それは単なる幸運に過ぎない。いつ感染爆発に移行してもおかしくない状況だという。対策班の顔が見え、司令塔の押谷教授が非常な危機感を持ってやっている状況が分かっただけでも、Nスペの意義はあったと思う。しかし、原発事故の時もそうだったが、これだけ大事なことをやっているのに、その組織環境のあまりのお粗末さである。いかにも間に合わせの机といすの狭い部屋。こういう時の後方支援(ロジスティック)の考え方が、日本の組織には圧倒的に足りない。  

 皆、不眠不休で明らかに消耗していて、この先大丈夫かと心配になるが、後方支援に当たる官僚たちにもその意識が欠如しているのだろう。専門家の一人も言っていたが、新型コロナウイルスは従来のウイルスと異質の特徴を持っているので、私たちの生活を劇的に変容させないと抑えきれない。欧米のような感染爆発を防ぐために、政治家や国民はどれだけ社会の劇的変容を受け入れる覚悟があるのか。どれだけの期間、その影響に耐えられるのか。このコロナショックを生き抜くために、現時点で見えて来た範囲で課題と問題点を整理してみたい。 

◆謎のウイルスの生存戦略。長期化する押さえ込み
 このウイルスがどこで、どのようにして発生したのかは様々な憶測があるが、謎のまま終わりそうだ。しかし、従来のものとはかなり異質な特徴を持った謎のウイルスであることは間違いない。一つは感染しても症状が出るまで4〜5日もかかること、しかも多くは無症状で過ぎてしまうために、その間、ウイルスは人に気づかれずに次々と感染の範囲を広げていく。ウイルスの方からすれば実に効果的な生存戦略で、(素人考えだが)野生のコウモリなどに寄生していたウイルスが、人間を宿主とするべく変異したのではないかとさえ思える巧妙さである。

 宿主を出来るだけ殺さずに静かに生存の範囲を広げていく戦略だが、人間の方から言えば、無症状の感染者を見つけて隔離するのが難しい極めて厄介な存在になる。しかも、感染者の8割は無症状ないし軽症だが、2割は重症化し、特に高齢者の致死率(80代で15%)が高い。この先、試験中の在来薬の適用で何とか致死率を抑えられたとしても、感染は国民にワクチンが行き渡るまでぐずぐずと長引きそうだ。仮に感染爆発が抑えられたとしても、気が抜けない状況がこの先、1年半〜2年は続くのではないか。そうなると、オリンピックの一年延期も微妙になる。

◆感染爆発を起こさずに持ちこたえる「レベルA」の作戦とは
 この厄介なウイルスと闘うために、押谷教授たちは、まずは何としても感染爆発を防ぐことに重点を置く。そのために、クラスター(集団感染)の周辺をPCR検査してつながりを潰し、感染爆発を押さえ込んでワクチンまでの時間を稼ぐ。もっとPCR検査をと言う声もあるが、クラスター潰しのための検査としては十分に機能していると言う。逆に、無症状の人たちにも検査の範囲を広げると、重症化した人への医療が足りなくなるという意見だ。重症患者を救うこうした作戦内容については、国民にさらに丁寧に説明する必要がありそうだ。

 思うに、肺炎などの症状が出やすい高齢者は、その周辺にウイルスの存在を知らせる「炭鉱のカナリヤ」のようなものだ。それをいち早くキャッチして高齢者の命を救うと同時に、感染ルートを追跡して軽症者も含めてクラスターを隔離する。現状の医療体制ではこれが最良の方法だとしているが、この戦術が可能なのは国民全般に正確な危機感が共有されて、感染者の発生が一定程度に抑えられる場合である。危機感が緩んで、感染ルートが分からない患者が急増すれば、この方法では間に合わなくなる。専門家たちの深刻な懸念はここにある。

◆若年層も「レベルB」の危機感を共有できるか
 仮に、感染者の発生が一定程度に抑えられ、持ちこたえている状況を「レベルA」とすると、「レベルA」が続く場合、どうしても楽観論が浮上し気が緩みがちになる。政治家はこうした声に敏感だから、必要な政治決断を躊躇するようになる。専門家と政治家の間に危機感の乖離が生まれると、待っているのは感染爆発の「レベルB」になる。死者の急増はもちろん、最悪の場合は武漢やNYのように都市封鎖(ロックダウン)も必要になる。そこには1千万都市における、(食料も含めた)生活手段の確保、莫大な経済的損失、困窮する社会的弱者、医療崩壊などの「想像を超える困難」が待ち受けている。

 各国の現状を見れば、この恐ろしい「レベルB」は日本でも目前に迫っていると言っていい。こうなるとその影響は、感染しても大丈夫などと思っている若年層をも直撃する。従って、「レベルB」への移行をなんとしても避けるために、若年層にも自覚をもって貰って率先して感染押さえ込みに協力して貰わなければならない。それは高齢者を救うだけでなく、若年層も含めた社会全体を救うための必須条件になるからだ。政治は今、「レベルB」への移行を食い止めるために、まず「レベルA」の痛みを分かち合う重要性を、率直に国民に語りかける必要がある。

◆責任者の顔が見える徹底的な情報公開を
 その点で学ぶべきは、Nスペで紹介された台湾の例だ。台湾では感染症対策の指揮官(陳時中)は毎日記者会見を行い、時には2時間もかけてすべての質問に答えている。人々の気持ちを一致団結させるには、何より情報公開を行って市民に安心感を与えることだという。日本も指揮官(スポークスマン)として誰が適任かを吟味して是非、徹底的な情報公開に努めて貰いたいと思う。

 その情報とは、「レベルB」に移行させないために、日本は現時点で何が必要になってくるのか。「密閉、密集、密接の3つの密」を避けるという抽象的なことだけでなく、具体的にイベントをどうするのか、電車通勤対策をどうするのか、学校はどうするのか、医療体制や社会的弱者への救済策をどうするのか。そして、その対策が半年、一年続いた場合の痛みを国民でどう分かち合うか。国民の生活を確保するために、どのような経済活動なら可能なのか。国民を一致団結させるには、こうした課題を研究し、情報を隠さず丁寧に伝えていく必要がある。

 Nスペの押谷教授は、日本が辛うじて「レベルA」に止まっているのは、保健所、感染症研究所、地方自治体、地方の衛生研究所、若手の研究者が不眠不休で頑張っているからだと言う。であるなら、メディアはこうした機関の連携や指揮命令系統に関する構図と、「顔の見える現場情報」をもっと伝えて貰いたい。オリンピック延期の話題に目が行きがちだが、それはゆっくり考えればいい。まずは、当面の目標である「レベルA」の状態をいかに保ちながら時間を稼ぎつつウイルスを押さえ込むのか。そのための徹底的な情報共有が重要になると思う。

安倍政治の「失われた8年」 20.3.10

 東日本大震災と福島原発事故から9年。今年8年目に入った安倍政権は、その震災後の政治の大部分を担ってきたことになる。この8年、政権は「福島の復興なくして、日本の再生なし」と折に触れて言って来たが、遅々として進まない汚染地域の帰還・復興にしろ、困難に直面している廃炉や汚染水問題にしろ、政治が目立った指導力を発揮することはなかった。特に福島以後の世界(西欧)は、原発から再生可能エネルギーに舵を切っているのに、日本は相変わらず出口のない原発再稼働と核燃料サイクルに固執して、新たな道に踏み出せずにいる。

◆「失われた8年」の間に、先送りにされた政治の重要課題
 むしろこの8年、政権でますます目立って来ているのは、先日の新型コロナウイルスでの記者会見の時もそうだったが、官邸の官僚が書いた内実が伴わない作文を読み上げながら、自身も何かやっている感になって高揚するという、上滑りの政治である。「三本の矢」、「拉致問題解決」、「1億総活躍」、「女性活躍」、「地方創生」、「人づくり革命」と言った聞こえのいいキャッチフレーズを乱発しながら、支持率と権力維持に腐心する。その上で恣意的に解散を打って一強状態を作り、民主主義の根元を腐らす「何でもありの政治」を続けて来た。

 公文書を書き換えさせる(森友問題)。公文書を破棄させる(桜を見る会)。政権幹部に近い議員の選挙違反やカジノ汚職に無反応を決め込む。或いは、森友・加計問題を裏から指揮し、関係者を不起訴にして政権に恩を売った黒川弘努検事長を次期検事総長に昇格させるために、異例の定年延長を図る。内閣が吹き飛ぶようなスキャンダルが次々と起きても、一強状態にあぐらをかいてまともに答えない。こうした政治の腐敗と空洞化が日常茶飯事になって国民が呆れている間に、真に取り組むべき重要課題が先送りにされて来た

 この8年の間に先延ばしにされた政治の重要課題は、近い将来、安倍政権が(どんな形にせよ)終わりを告げた時に、日本にとっても次期政権にとっても、大きな「負の遺産」にならざるを得ない。それは、いわば「安倍政治の失われた8年」が生んだツケでもある。今回の新型コロナウイルス危機でも、初動の遅れを批判された安倍は、慌てて「やっている感」を作って支持率キープに躍起だが、どれだけ科学的根拠に基づいて現実を直視しているのか。その成否を占う意味でも、政治の主な重要課題が先送りにされてきた「失われた8年」の意味を考えて見たい。

◆莫大な借金を積み上げたアベノミクス
 安倍政権は「経済再生なくして財政健全化なし」と言いながら、経済成長を図るために、異次元の金融緩和と財政出動の2本立てで何百兆円という金を市場につぎ込んできた。しかし、8年経っても金融緩和の目標(2%のインフレ率、2%の経済成長)は達成できず、却って莫大な借金(国債発行残高)を積み上げてきた。政権発足時には700兆円ほどだった国の借金は、現時点で1千兆円を超えている。この2年ほどは予算も連続して100兆円を超え(2020年度は102.6兆円)、そのうち税収は60兆円強なので、単年度の借金だけでも37兆円になる。

 政府は、(借金をこれ以上増やさないために)年度予算の黒字化(財政健全化)を目指してきたが、予定は次々と先延ばしされている。名目成長率3%と誰が見ても実現が困難な数字を前提にしても、黒字化は2027年度だと言う。その一方で、国家予算は無責任な青天井状態。100兆円超えの大盤振る舞いで、国の財政は健全化からどんどんかけ離れている。株価の方も、政府関連資金(年金、日銀)を投入して株高を演出するなど、アベノミクスの実体はGDPの200%を超える国の借金などで粉飾されて来たと言っても過言ではない。 

 このように、辛うじてプラス成長を保っている日本経済も、その内実は異次元の金融緩和と借金による財政出動によって支えられている、見かけ倒しの脆弱なものである。今回の新型コロナショックが、このアベノミクスの脆弱性を直撃した時、日本経済がどうなるのか。これまで国の借金はいくらあっても大丈夫だなどと言っていた人々の言説も、たちまち怪しくなりそうな気配だ。仮にそうならなくとも、安倍政権によって放置されてきた莫大な国の借金は、日本経済の脆弱性として次期政権に引き継がれ、深刻な「負の遺産」になる。

◆原発と石油にこだわって、温暖化対策に乗り遅れる
 国民に巨額の負担を強いながら、この8年、適切な政治決断がなかったのが原発問題である。2018年に閣議決定された第5次エネルギー基本計画での原発比率は2030年で20〜22%となっているが、現時点での日本の原発比率は僅か2%程度。計画達成のためには、40年超えの老朽原発を含めて30基程度、再稼働する必要があるが、震災後9年経っても再稼働したのは9基に止まる。それもテロ対策の不備を指摘されて、今年中に4基が再び停止に追い込まれる。

 計画は誰が見ても「絵に描いた餅」なのに、原子力ムラ(政財官学の利権集団)は原発を諦められずに、毎年巨額の原発維持費と、5.3兆円に上る安全対策費をつぎ込んでいる。そうした費用はすべて国民の負担に上乗せされる。その上、再処理工場の完成も見通せず、膨大な使用済み燃料の行き場がない。基本計画には、原発ありきの発想から抜け出られない官僚たちの空虚な作文が並ぶが、田中俊一(前原子力規制委員長)でさえ、「原発はいずれ消滅します」と言う「八方塞がり」の状況。政治の無策で原子力は確実に負の遺産になりつつある。

 政治が原発にこだわっている間に出遅れたのが、(温暖化防止の切り札となる)再生可能エネルギーである。風力発電でも太陽光発電でも、日本は今や技術的に先進国の周回遅れになっていて、風力発電の生産からも撤退を決めた。現在、日本では石炭火力が33%。それが温暖化防止に前向きな世界から批判にさらされている。昨年12月のCOP25(スペイン)で石炭火力の増設や輸出にこだわる日本は、「化石中毒」とまで言われる始末だった。安倍政権の8年に、既存の政策から抜け出られない日本は、ここでも世界から取り残されようとしている。

◆なぜ、重要課題を先送りにするのか
 安倍政権によって先送りにされた政治の重要課題はこの他にも、少子化による人口減少、その背景にある格差と再分配政策、予算削減による科学技術力の低下などがあるが、安倍はなぜこうした課題に果断かつ有効に取り組めないで来たのか。幾つか要因はあると思うが、一つには既存の利益集団を重視して、成長の幻影を追って来たこと。先送りのぬるま湯に浸って客観的な現実を直視せず、古い発想を転換出来なかったこと。また権力維持のために、身の回りを「安倍ファースト」の議員と官僚で固め、真のブレーンを集めてこなかったこともあるだろう。

 そして何より大きいのは、政治の停滞と腐敗を招いた安倍の資質である。先日のBS1スペシャルで渡邊恒雄(読売主筆)が中曽根元首相について言っていたが、自己研鑽に努め、自分がやるべきこと(国鉄、電電公社などの民営化)を研究し、ブレーンを集めてやりきった強い意志である。安倍が唱える憲法改正もここまで来ると、彼の支持母体(右翼陣営)をつなぎ止めるお題目にしか見えない。安倍は「私の後をやる人は大変だ」などと脳天気に言っているそうだが、彼が残したのは、むしろ「失われた8年」による「負の遺産」なのではないか。

◆コロナショックの先に何が見えるか
 その安倍の後を誰が担うのか分からないが、こうした「負の遺産」を処理するには、政治家として余程の智恵と決断力が必要になる。今の日本に、そうした政党、政治家が残っているか。政治家を支え、時代を転換させるような頭脳集団はいるのか。今回の新型コロナショックの先になるだろうが、この危機を何とか乗り越えた時に、新しい政治の可能性がぼんやりとでも見えてくるのを期待するしかない。

高齢社会を直撃する新型肺炎 20.2.28

 新型コロナウィルスで中国武漢市が封鎖されたのは、1月23日その前に武漢から500万人が脱出して中国各地に散らばってしまった。翌日24日から30日までが、民族の大移動と言われる春節だったが、その前後に武漢からもおよそ1万8千人の中国観光客が日本を訪れたと言う。その中には(チャーター機で帰国した人たちの1.5%の割合で感染者が出たことからすると)270人程度の感染者がいたと推測され(*1)、これが日本各地でウィルスを拡散させたものと思われる。

◆後手の対応と突然の方針転換
 その後、日本政府は中国各地の感染情報を見て、湖北省、浙江省と泥縄式に入国制限地域を拡大したが、問題のダイアモンドプリンセス号からの杜撰きわまる解放も含めて、水際作戦は失敗した。今の日本は感染ルートが特定できない二次感染、三次感染の段階に入っている。政府の初動体制が甘かったわけである。この状況を受けて24日、国の専門家会議は「見解」を発表、現在は国内の感染が急速に拡大しかねない状況にあり、これから1〜2週間が、急速な拡大に向かうか、収束できるかの瀬戸際になるとした。 

 これを受けて政府は25日、(加藤厚労相が)対策基本方針を発表したが、その内容は抽象的で曖昧。この1〜2週間が瀬戸際という割には、地方自治体、病院施設、教育機関ほかに対応と判断を丸投げする官僚的なものだった。25日の報道ステーションで後藤キャスターも、「北朝鮮のミサイルの時は国難と言って解散までしたのに」と、安倍政権の腰が引けた取り組みを批判していた。こうした批判を気にしたのか、安倍はここへ来て急きょ国内イベントの自粛要請、学校の休校などに踏み切ったが、突然の方針転換に戸惑いと混乱が広がっている。

◆日本は危機対応が苦手なのか
 一方のアメリカでは、トランプ大統領が27日午前(日本時間)に記者会見し、ペンス副大統領を責任者にして対策本部を設け、アメリカ厚生省やCDC=疾病対策センターなどの関係機関が連携して、コロナウィルス押さえ込みに政権を挙げて取り組むと表明。対策費として25億ドル(2700億円)規模の緊急の予算措置を行う、「議会がもっと出すというなら必要なだけ使う」と述べた。対して日本は予備費から135億円と、事態の捉え方が大きく違っている。海外メディア(ロイター)からは、「安倍はどこだ?」と影の薄さを揶揄されていた。

 日本は平和ぼけしていて非常時の対応が苦手なのか。今回の新型肺炎に関しても、情報の出し方、検査態勢、患者の受け入れ体勢、そして肝心の危機管理体制の構築に関して、9年前の原発事故の初期と同じような混乱が起きているように見える(*2)。原発事故も深刻だったが、今回の新型肺炎はウィルスの性質上、特に(高齢者の殆どが何らかの持病がある)日本の超高齢化社会を直撃する可能性がある。政府は、この重大性に気づいているのだろうか。状況は日々変化しているが、現時点での情報をせき止めながら、問題の幾つかを考えてみたい。

◆出遅れたウィルス検査体勢の問題
 特に問題なのは、ウィルス検査キット(PCR)の圧倒的不足である。25日放送の「報道1930」(BSTBS)でもこの点を厳しく指摘していた。検査キットの緊急承認によって1日2万5千件の検査が可能になった韓国では、既に4万件を超える検査を実施したのに対して、日本はたったの1700件に過ぎない。検査キットの数も検査施設の人手も足りない状況に陥っていて、医師が受けさせたいと思っても保健所が断るケースが出ている。当初の「中国しばり」(検査を中国からの渡航者に限る)から抜け出られずに出遅れている。

 上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)は番組の中で、「1ヶ月前から言っているのに、やる気がなかったのだろう」と政府の怠慢を指摘していたが、このPCR検査に関しては、専門家の間で色々議論がある。一つは検査精度の問題で、感染者でない一部の人まで陽性に出る可能性があること。症状が出ていない人までを検査対象にすると、陽性と判定された人で医療施設が満杯になることなどである。もっともらしい意見だが、感染ルートが特定できない患者が増えてきた現在では、潜在感染者を見逃す怠慢は許されるものではない。特に80歳台の女性患者のように、亡くなった後で陽性が分かったというのは怠慢でしかない。

◆限られた検査を有効に。戦略的な思考を
 検査の体勢作りでも重要なことがある。一つは、新型肺炎は重症化すると(人工呼吸器など)打つ手が限られてくるので、早期発見、早期治療が大事になる(上昌広)。つまり、重症化する手前で入院加療をする必要がある。そのためにどうするか。新たな検査基準を設けて、症状が出ている患者を優先して検査を受けやすくすることである。ここに来て厚労省は世論に押される形で、検査キットと検査体勢を増強するとしているが、「中国縛り」などを引きずらずに、情勢の変化に応じた体勢を早急に作るべきだった。

 もう一つ検査でやっかいなのは、症状が出ていない感染者である。検査の網を広くかけようとしている韓国と違って、検査体勢が出遅れている日本では、この人たちは無自覚のまま保菌者(感染拡大者)になる。従って、日本では急速拡大は抑えられたとしても、感染がいつまでも収束しない恐れがある。これに対しては、疑いのあるクラスター(集団)を優先的に検査して補足する。或いは、高齢者の集団感染を防ぐために、老人施設、デイサービス、老人病院などで働くスタッフを優先して検査するなど、「戦略的な検査」を検討する必要があると思われる。

◆楽観論を超えて。もっと具体的で親切な情報を
 さらに言えば、これから感染者が増えて行った場合。始めは在宅で様子を見るにせよ、重症化する手前で入院させる体勢を急ぐべきである。こうした患者の受け入れ体勢が全国各地でどうなっているのか。また、いざ入院と言う時に、移動手段がない人はどのようにして病院に行けばいいのか。そういう具体的な情報が殆どない。これについては、「佐々木淳医師のFBサイト」が翻訳したアメリカCDC(疾病対策センター)の情報の方が余程親切だ。国に予算が削られてきた国立感染症研究所も気の毒だが、見習うべきだろう。

 武漢が封鎖されてから1ヶ月以上。中国から多くの人が来ると分かっていて、水際作戦は何故失敗したのか。またその後、検査体勢の強化を含め、どうして対策が後手に回ったのか。そこには、「観光地への打撃を気にした。オリンピックを控えて余り大げさにしたくない。初動の失敗を隠すために、なかなか政策転換ができなかった。或いは、新型コロナウィルスも大方は軽い症状で治るのだから、検査を拡大して軽度の人まで医療機関に押し寄せたら大変だ」といった無意味な楽観論や迷いがあったに違いない。

◆高齢者を直撃する新型肺炎。的確な危機管理を
 しかし、上にも書いたように新型肺炎は特に高齢化が進む日本に深刻な事態を招きかねない。何しろ、昼間スーパーなどで見かける相当高齢の人たちはその殆どが何らかの持病があるように見える。佐々木淳医師によれば、新型肺炎の致死率は全体では数%だが、感染者の20%が重症化(肺炎)し、武漢のデータでは80代の14%位が死亡している。新型肺炎は特に高齢者を直撃する病気なのだ。

 ここへ来て、安倍は汚名返上とばかりに対策を急いでいるが、しっかりした専門スタッフを集めた危機管理体制を敷いてやっているのか。「風の日めくり」(2.22)の最後にも書いたが、新型肺炎は世界経済にとって「予期せぬ厄災(ブラックスワン)」になるかも知れない。そうしないためにも現政権に頑張って貰うしかないが、「安倍ファースト」の大臣(厚労相、文科相)とイエスマンの官邸官僚で周りを固めた安倍にそれが出来るか、心配ではある。メディアの的確な叱咤激励が望まれる。
*1)「世に倦む日々」(2.14)
*2)9年前に原発事故が起きたとき、私は事故直後のコラムで「もっと情報を」、「最悪のケースを想定して危機感を持て」、「顔が見える非常時の指揮官を」、「統合対策本部の機能強化と明確な指揮命令系統を」などという見出しで書いたが、それは、今回の新型肺炎の場合にもそっくり当てはまる気がする。

格差の拡大に手が打てるか 20.2.15

 アメリカ大統領選挙の民主党候補を決める予備選で、バーニー・サンダースが若者層の熱狂的な支持を集めている。その民主社会主義的な主張については、彼の自伝をもとに「サンダースが闘ったアメリカ」(18.7.26)に書いたが、今度の選挙でも、国民皆保険や大学の無償化などを訴えている。支持の背景にあるのは、現在のアメリカに広がる深刻な格差だ。いろいろ数字があって悩むが、納税者のトップ0.1%(17万世帯)の資産が、下位90%(1億1千万世帯)の総資産に匹敵するという超格差状態である。しかも、この格差は年々拡大している。

◆暴走する資本主義の弊害は抑えられるか
 巨大IT企業やそれに投資する国際金融資本が利益の総取りに走る中で、富はこれらを経営する超富裕層(スーパーリッチ)に際限なく集中し(*)、しかも彼らの資産は極めて税が低いタックスヘイブン(租税回避地)に隠れていて、税の補足が難しい。GAFAの創業者たちが富を積み上げる一方で、既存の産業で働いていた中産階級が職を失って貧困化すれば、全体の購買力が低下しGAFAは自分で自分の首を絞めることになる。*)「GAFAが世界を制覇する日」(20.2.3) 

 資産14兆円で世界トップになったジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)は、そのことに鋭く気づいていて、「最低限所得保障制度(ベーシックインカム)を採用すべきだ」などと言っているが、自分たちが雇用破壊をしているとか、税金逃れをしているとかは一切言わない。ギャロウェイNY大教授は、「おそらく私たちの社会は、中産階級を維持する方法を見つけなければならいということを諦めてしまったのだ」と嘆くが、GAFAだけでなく、グローバル化した金融資本も、世界各国で同じような富の集中と、格差拡大(貧困)をもたらしている。

 彼らは、世界のあらゆる事象を金儲けの対象にする。その額はタックスヘイブンがらみで3300兆円、為替取引に使われる資金だけで1日580兆円に上る(*)。この巨額な「資本の暴走」が、世界中に格差拡大や地球環境の収奪をもたらしているのだが、これは日本も無縁ではない。後で見るように日本でも中産階級がやせ細って貧富の差が拡大しているが、既成政党の中からはなかなか声が上がらないのが現状だ。日本は果たして、「資本の暴走」がもたらすこうした弊害に、有効な手を打てるのだろうか。*)「世界を食い荒らす強欲経済」16.6.15

◆格差拡大の原因の一つ、「企業ファースト」
 格差の拡大と中間層のやせ細りについては、日本でも様々な報告がされている。小栗崇資(たかし、駒澤大教授)は、企業で増え続ける内部留保が、雇用者に回っていない実態を指摘する(朝日19.9.25)。2011年から17年の間に、資本金10億以上の5千社では売上高は10%しか増えていないのに、内部留保は85兆円から216兆円(155%増)へと急増している。その内部留保の増加分(132兆円)がどこから生まれたかというと、殆どは人件費の引き下げ分(77兆円)と、法人税の減税分(39兆円)だというのだ。

 つまり企業は、消費税増税と引き換えに国が実施した法人税減税に加えて、非正規雇用を増やして人件費を削り、それを内部留保としてせっせと溜め込んできたのである。しかも、それは有効利用されていない。設備投資や研究開発には回らずに、金融投資や子会社の株取得、海外への直接投資(その多くはタックスヘイブン)などに向かうだけだ。小栗は、日本だけが人件費削減→消費冷え込み→国内市場の縮小→内部留保の海外投資へ→国内がさらに縮小という「負の循環」に陥っていると言う。日本の「企業ファースト」の政策が逆に経済を停滞させ、中間層の貧困化とやせ細りを招いている。

◆「企業ファースト」から「家計ファースト」へ
 この「負の循環」を断ち切るために、小栗は内部留保を賃上げや正規雇用化、研究投資などに回すべきだとし、そのためには内部留保への課税や法人税減税の見直しも検討すべきだと言う。法人税は、安倍政権になってから39.5%から23.2%へと大幅に減税されて来た。しかも、資本金100億円以上になるとあれやこれやの優遇策で、法人税が8%〜11%まで低下している(*)。内部留保の実態がここまで露わになると、その提言も当然で、富の再配分と言うよりは適正配分と言うべきだろう。*)「絶対利権は絶対に腐敗する」19.10.20

 一方、経済アナリストの中前忠は、この20年、家計の所得が抑えられてきたことが、景気低迷の原因だとする(「家計ファーストの経済学」)。2016年の家計所得はピーク時(1995年)に比べて13%も減っている。日本は企業の利益を優先して、「家計をいじめてきた」(中前)わけだが、この傾向は米、独、日3カ国の中でも日本が最大だという。従って、経済を活性化するためには、これまでの「企業ファースト」の政策を、家計に利益を回す「家計ファースト」に変え、中間層の購買力を上げてGDPの6割を占める個人消費を伸ばす必要があるとする。 

◆その他、富裕層への増税、消費税廃止など
 この他にも、格差是正の財源としては様々なことが考えられている。アメリカ大統領候補のウォーレン議員(民主党左派)が主張するのは、富裕税の導入だ。これは資産54億円以上のスーパーリッチ(7万5千世帯)に2〜3%の税金を課すというもので、10年間で330兆円の税収を見込むというものだ。日本の場合も所得税の推移で見ると、最高税率75%の時代(1974〜1984年)から徐々に下がって、現在は最高で45%だ。加えて、金融所得は一律に20%となっており、これも併せると一頃に比べて、随分と富裕層への優遇が進んでいると言える。

 こうしたことを踏まえて、日本でも富裕層への増税を検討すべきという意見が専門家から出ているが、スーパーリッチが欧米に比べて少ないため議論は低調という(毎日19.11.9)。あるいは山本太郎(れいわ新撰組)や中前忠のように、消費税を廃止して消費を活性化させるべきだという意見もある。一律10%の消費税は、富裕層には軽く、貧困層には重い税金なので、もし廃止されれば貧困層の方がその恩恵をより大きく受けるからだ。山本も中前も消費税廃止の財源として、法人税増税や富裕層への増税(累進課税の見直し)を上げている。

◆財源をどう使うか。政治のメスは入れられるか
 以上、格差是正のための財源はかなり絞られて来たが、問題はこうした財源をどう使うかということである。消費税廃止の他にも、例えば全世帯一律に一定の額を生活費として配る「ベーシックインカム」という方法がある。これはすでに、世界の幾つかの地域で試みられているが、将来、人工知能(AI)によって労働者の働き場所がなくなって行くことを考えれば、こうした実験が大事になるかも知れない。しかしその前に、私が一番共感するのは、井出英作(慶応大教授)たちが提唱する案である(「分断社会を終わらせる」)。

 それは、国民が人生の各段階で等しく必要とする、教育や医療、育児・保育、養老・介護といった基本ニーズに対して、国民誰もが平等に現物給付を保証される(つまりタダになる)という「共存型再配分」という方式である。国民誰もが平等に必要な現物給付を受けると言うことは、高所得層には低率だが、低所得層の人に対しては高い割合の「再分配」となって、格差の是正にもつながる。しかも、社会全体で支え合うという「共生」の考え方として、国民各層に受け入れられやすいという利点もある(「格差と分断から共生の社会へ」16.7.3)。

 問題は政治だが、政治は一部の富裕層に富が偏る「資本の暴走」の弊害にメスを入れられるか。アメリカのみならず、格差問題がこれだけ社会の大問題になった現在、格差是正に取り組み、国民中間層を復活させることは、民主主義国家の重要課題になりつつある。日本の政治家、政党も時代の要請をどれだけ敏感に受け止めて、具体的な政策を実行に移せるか。政治の可能性がそれによって決まる時代になったと言える。