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  今週の鑑賞。定年後の身辺雑記

コロナ禍の日を淡々と冬隣 20.11.12

 いつの間にか11月半ば。コロナで明け暮れた2020年も大分押し詰まって来た。相変わらず自粛生活を続けながら、つくづく大変な年になったものだと思う。その新型コロナについては「ウイルス封じ込めに本腰を」(8.8)、「新型コロナとは何者なのか」(9.25)でほぼ言いたいことは書き尽くした感があったが、ここへ来て再び幾つかの新たな動きが出てきた。冬を迎えてヨーロッパでは一日の新規感染者が数万人という感染爆発が起こり、日本も北海道など各地で第3次の感染拡大という事態を迎えている。状況は切迫して来たと言わざるを得ない。

 最近では、今にもワクチンが実用化するようなニュースがある一方で、このウイルスの憂慮すべき性質も新たに明らかになりつつある。それは、このウイルスに感染した人々の間で100項目にも及ぶ広範な後遺症が出ているという驚くべき報告(Nスペ「新型コロナ 全論文解読」11/8)である。倦怠感や抜け毛、頭痛などの他にも、集中力が続かない、認知力が落ちるなどの「ブレインフォグ(脳の霧)」と呼ばれる脳機能障害も報告されている。こうした後遺症は、若い世代にも広がっているというから、いよいよ油断ならないウイルスである。

◆コロナ禍の日を淡々と
 それらはいずれ「コラム」の方に書くとして、ここでは近況を書いておきたい。基本的にはこれまでの「Stay home」状態を続けているが、それだけだとコロナブルー(鬱)になりそうなので、最近は感染リスクを気にしながら、おずおずと外出を試み始めている。と言っても「Go toキャンペーン」などではなく、ごく慎ましい試みである。先日は、およそ10ヶ月振りにゴルフを2回やった。地元のレストランに食事にも出かけた。1年ぶりに歯科に行って歯の掃除もして貰った。まるで、コロナの壁のちょっとした隙間から外気を吸うような感じである。

 いずれも人と接触するという点でリスクはゼロではないけれど、およそ5日経過して症状が出なければ、リセットになるという考えである。そして気持ちを少し解放する。それ以外は、リモート雑談会、会議、勉強会などネットを通じたバーチャルなつながりでしかない。後はウォーキング、ラジオ体操、市民会館での読書、座禅のまねごとなど、一人での日課をこなしながら、コラムを書き、FBに写真俳句をアップするという日々。「コロナ禍の日を淡々と冬隣(ふゆどなり)」と言うように淡々と過ごすうちに季節は秋から冬に入った。そんな俳句を以下に。

◆写真俳句、5ヶ月目
 「Stay home」なので、いわゆる吟行というようなこともなく、題材も近所に限られてきた感があるが、そういうものの中から幾つか拾ってみた。FBと違って写真を大きく出来ないのが残念だが。

『我が庭も 一鉢ごとの 紅葉かな』
 猫の額ほどの我が家の庭では、秋になると木蓮、花水木、ドウダンツツジ、ヒメシャラなどが紅葉しますが、狭くて地植えが出来ない百日紅、レンギョウ、南天などの鉢植えも一人前にそれぞれの色で紅葉しています。紅葉の名所などには比べようもない小さな秋ですが、これはこれで季節の移り変わりを知らせてくれます。


『ちりとりに 色とりどりを 今朝の秋』
 土曜日は燃えるゴミの日。ついでに、庭や道路の落ち葉を掃き集めて出しますが、集めた枯れ葉の色々にふと心ひかれて携帯で写真を撮りました。写真俳句を始めて3ヶ月ほどですが、普段なら見過ごすようなことに注意が向くようになった自分に気づきます。


『幼な日の 写真の色や 秋澄める』 

 古いアルバムを開いたら、懐かしい写真に出会いました。およそ70年前の、きょうだい4人の写真です。背景は太平洋、この海を見晴るかす丘の上に家がありました。季節は夏だと思いますが、夏の間中、毎日海に行って真っ黒になっていました。4人とも元気なことが何より嬉しいです。私は一番左、ちょっとすましています。




『天も地も 寂しき響き 秋深し』 
 今日の夕方の散歩で。いつもの遊水池公園の風景が一段と晩秋の趣であることを肌で感じました。空にある雲も地上にある葦もそれぞれが一体となってオーケストラのように響き合って秋の寂しさを奏でているような。季節が激しく回っています。


『山茶花の 見守る路地で けんけんぱ』 
 向かいの家の孫の双子ちゃんは年長さん。近所に住んでいるので、しょっちゅう遊びに来ます。隣の小学生のお兄ちゃんがいつも2人を面倒見ながら遊んでいます。路地一杯に「けんけんぱ」をチョークで書いて遊んだり、水鉄砲をしたり。路地は車の心配もなく、和やかな雰囲気になります。終わると、向かいのおじいちゃんがきれいに水でチョークを消してさよならします。

『人生は かくの如くか 冬の川』 
 夕方、少し風が止んできた頃にウォーキングに出かけました。いつもの堤防の上を夕陽を浴びながら歩いていると、夕暮れの川面をじっと眺めている老人を見かけました。その人は、この時間に何を考えているのだろうと思いながら写真を。その川も止まっているようでゆっくりと流れています。人生の時間のように。。

◆寄る年波の中でコラムを書き続ける
 先日、1年ぶりに歯科で歯の掃除をして貰ったのに続いて、今日は脳神経外科に行って2年ぶりに脳のMRIを撮ってきた。このところ夜中に目が覚めたときに頭痛がして困るからだったが、写真そのものは2年前と変らず。脳の萎縮も、微少脳梗塞の跡もなく、血管も動脈硬化の兆候はないという。それはそれで安心だが、睡眠時頭痛の原因は何なのか。2年ぶりの人間ドック(12月)で分かるだろうか。歳をとると身体のあちこちに経年疲労や故障が起きてくる。だましだまし行くしかないのだろう。

 コラムの発信の方は、よほど我が身を叱咤激励しないと続かなくなった。数えてみれば16年目に入って、20近いテーマで400本以上のコラムを書き続けてきた。コラムの方で最近書いた原発問題にしろ、地球温暖化問題にしろ、核兵器問題にしろ、もう殆ど書き尽くした感があるためかも知れない。それなのに、宮城県の女川原発2号機の再稼働に同意した村井知事が、「原発がある以上、事故が起こる可能性はある。事故があったからダメとなると、すべての乗り物を否定することになる」などと脳天気なことを言っている。

 原発事故と乗り物事故を同列に論じる浅はかさ。こういう人間が原発地元のリーダーであることを見て感じるのは虚しさに近い。それは民主主義が空洞化していく今の政治を見ても、それを擁護する評論家たちや、緩すぎるメディアを見ても同じ。もう老輩が出る幕ではないかと思いながら、先輩がくれたメール、「流されず、息長く、諦めず」に励まされて何とか続けている。

■ コロナの季節は夏から秋へ 20.10.17

 このところ秋雨がそぼ降り、あの猛暑の日々はどこへ行ったのだろうかと思うくらいの陽気になった。相変わらず、殆ど外出しない生活が続いている。社会とのつながりはスマホやPC、特にZoomやLineを使ったリモート交流が主になっている。友人たちとの定期的な談話会、TV制作会社の企画会議や幹部会議、そして学会や科学ジャーナリスト会議が主催する勉強会や講演会へのリモート参加である。最近は、免疫学者の宮坂昌之さん(阪大名誉教授)、温暖化研究の江守正多さん(国立環境研究所)の講演があったが、それぞれ勉強になった。

◆弟と家の思い出話をする
 しかし、そうして人々とつながっていても、気持ち的にはどこか膜が張ったように霞がかかっている。「Stay home」が長くなると、その感じはますます強くなる。そこで先日は、思い切って水戸に出かけて、およそ10ヶ月ぶりに弟と2人で墓参りをした。弟は日立市在住。車に乗り込むにも弟はマスクをし、私もマスクをして後部座席に。それでも墓参り、偕楽園の散策、そして食事と、様々な話が出来て気分が晴れた思いがした。特に嬉しかったのは、祖父母や父母の話があれこれ出来たことである。今回は、これを話したいと思っていたので。

 実は、これから5年ほど掛けて自分の家族の必要最小限の由来を子どもたちにまとめて残そうと思っている。何しろ、こうしたことについては、これまで殆ど子どもたちに伝えなられないで来た。子どもたちと一緒の墓参りも数えるくらいのもので、彼らは水戸の我が家の墓所にある(私も知らない、幼いときに亡くなった父の兄弟姉妹の)いくつかの墓も含めて何も知らない筈だ。弟との会話の中では、戦争でニューギニアに行って負傷した叔父の(祖母が武運長久を祈って縫った)血染めの腹巻きの写真なども見せて貰った。実家に残った弟の方が詳しい。

 父の兄弟姉妹8人の中で、男6人のうち長男の父を除いて5人が戦争に行った。熱心な仏教徒だった祖母は、子どもたちのために千人針を縫い、お百度参りして無事を祈った。そのためか、全員が無事生還した。その祖母や父が残した写経の数は千枚以上になって一部が残っている。そうした家族の由来は「ファミリーヒストリー」のように沢山あるはずだが、最小限のものを書き残しておきたい。と言っても、5年前に93歳で逝った母にはもう確かめようがない。弟などに聞きながら手探りでやるしかない。そんなことを話しながら帰って来た。

◆秋に入ってからの俳句
 涼しくなったので、天気が良ければウォーキングに出かけている。今は思いついたときだけになったが、それでも季節の変わり目に感じたことを俳句らしきものにして写真と共にFBにアップしている。その中から主なものを以下に。

『その空に 我つり上げよ 秋の雲』 
 秋晴れの一日。空が一気に高くなりました。見上げていると、天高く吸い上げられて、涼しい秋風に吹かれてどこまでも飛んでいきたくなりそうな気分です。「お〜い雲よ」というところでしょうか。


『秋入り日と 競いて歩く 老いの身よ』 
 夕方、思い立っていつもの元荒川沿いの堤防をウォーキングに出かけました。出かけたときはまだ明るかったのに、秋の日はつるべ落とし。帰る頃には暗くなっていました。日暮れる前に帰宅しようと、そのつるべ落としの秋の日と競争するように歩いている自分も、考えてみればつるべ落としのようなもので。。


『自販機の コーヒー一人 秋の暮』 
 夕方、散歩したあと近所の市民会館2階の喫茶コーナーでコーヒーを飲みました。ここはかつて喫茶室だったところですが、いまは自販機があるだけ。滅多に人は来ません。そこで、一人紙カップのコーヒーを飲みながら、窓の外の暮れゆく秋の気配を眺めていました。秋の日暮れの風情はことのほかですね。


『一歳が 兄のお絵かき 真似る秋』 
 孫の写真を載せるだけの句。久しぶりの娘の里帰りで、1歳半と4歳の孫の成長を実感しました。下のkotoちゃんは兄の行動を見ながら育っているせいか、もうこちらの言うことは殆ど理解するようになってきました。標準よりちっちゃいらしいけど、自己主張もしっかりします。思い白いですね。

『僅かなる 煩悩数え 長き夜』 
 人間の煩悩の数は108つもあると言われますが、歳を重ねてくると、それもあらかた消え失せて、残りは幾つか数えるくらいになってしまいます。それでも、最晩年に差し掛かって人生をどのように閉じるかなど、結構重たい煩悩もまだ残っています。夜中に目覚めてそんなことを考えていたときに浮かんだ句です。秋の夜長ですね。


『かく老いて 古木や秋の 空に立つ』 
 近所の小さな公園にある桜の古木が、秋の深まりとともに、僅かに紅葉したと思ったら、もうはらはらと葉を散らせ始めています。春には、爛漫の花を咲かせるこの古木も、今はただ空一杯に枝を広げるばかりです。我が身に引き寄せて、年老いた彼はこの秋に何を思っているのだろうと、写真を撮りました。


『雨冷えの 池には何の 命かな』 
 雨冷えとは、晩秋になると朝夕が冷え冷えしてくるのを言うそうですが(俳句歳時記)、特に雨が降るとその感は一層深い、とあります。今日はまさにそんな天気でした。いつものウォーキングコースにある水たまりは人気もなく静かでしたが、その見えない水底には冬に備えていろいろな生き物たちが息を潜めているのでしょうね。

◆最近の読書から感じた時代の転換点
 さて、最近の読書の方ではコラムにも紹介したが、今が時代の転換点にあることを認識させられるものが多かった。地球温暖化の破壊的進行と現代の資本主義が相容れない関係にあることを書いた「人新生の資本論」、その本著者である斎藤幸平と海外の知識人との対話「未来への大分岐」。ここでは、SNSで個人がバラバラにアイデンティティを寄せる集団に属してフェイクを流す民主主義の危機を。或いはそれと同じ問題意識を持った「リベラルの敵はリベラルにあり」などを読んでいる。気づかないうちに私たちは容易ならざる時代の転換点にいる。

 この「リベラルの敵はリベラルにあり」は、むしろ日本の野党である立憲民主党などにその傾向が良く当てはまって、納得させられる。今の菅政権を見ていると、かなりのスピードと破壊力を持って国民をどこかへ持って行こうとしている。それがどこなのかを見極める必要があるが、一方でそれを十分チェックすべき野党もメディアもすっかり力が落ちている。菅に怯えているメディアはともかく、監視する野党の方も存在感が見えない。その根本原因が何なのか、この本はかなり適確に指摘している。書いてみたいテーマの一つである。

猛暑の夏を自宅で乗り切る 20.9.26

 暑かった夏もようやく終わりを告げ、秋の気配が濃厚になった。この間、政治では7年8ヶ月続いた長期政権が終わり、菅政権が始動し始めている。コラムの方では、安倍政権に付き合って発信した70本を振り返って、よくもこんなに書いたものだと思いもしたが、それをざっくり分類して、安倍政治が放置した日本の課題や、長期政権で汚れた政治姿勢や政治腐敗について総括しておいた。終わってみるとあっけない感じもするが、次の菅政権が「安倍政治を継承し前に進める」と言っているので、こちらも同様に向き合って行くことになりそうだ。

 生活の方は相変わらず、遠出もせずにリモートの会議や講演に参加し、友人たちとリモート雑談を楽しんできた。ほぼ日課になった、近くの市民会館の(誰もいない)2階喫茶コーナーでの読書、お寺のお参り、座禅、昼寝といった日課で過ごしながら、梅雨の時期に始めた写真俳句をFBにアップしてきた。読書の方で興味深かったのは、前に先輩に推薦された「経済学者たちの日米開戦」。日中戦争の泥沼にはまりながら、政府と軍部がいかに絶望的な日米開戦に踏み切ったか、それを経済行動学や社会心理のレトリックで読み解く新鮮さがあった。

 これに合せて、友人おすすめの「昭和精神史」(桶谷秀昭)を読むと、戦争への道は誠に紆余曲折。戦争は「人為的な多くの錯綜した要因から起こる」(桶谷)ことに納得させられる。そうしたことを(半藤一利の「昭和史」も参考に)整理して、戦争大好き人間、陰謀好きの人間の織りなす「戦争への歯車を回す者たち」をいつの日か書いてみたい。そうこうするうちに、先日はおよそ7ヶ月ぶりに娘が2人の孫(1歳半と4歳)を連れて里帰りした。ちょっと覚悟がいったが、会ってみると、その成長ぶりに癒やされた。その時のも含めて主な俳句を以下に(最近の句から順に)。

◆最近の主な写真俳句から
『咲くときも 時計の如し 彼岸花』  『変らずに コロナ時代の 曼珠沙華』 
 彼岸花=曼珠沙華で2句。毎年、お彼岸の頃に一斉に咲く彼岸花ですが、今日行ってみると、やはり一気に咲いていました。彼岸花は花の形も針が円形に並ぶ時計のような感じですが、咲くときも几帳面に時に合わせて咲きますね。今年はいつもでない年ですが、それでもいつも通りに自然は巡ってくるものだと。

『70年を 隔てて孫と 秋彼岸』 
 連休を利用して、半年ぶりに一番下の孫たちがやって来ました。1歳半と4歳。こちらは、75歳。彼らの成長の早さをみていると、こちらにも同じスピードの時間が流れていることがちょっと信じられません。同時に、自分も70年をタイムスリップして童心に帰ったような感じもしました。自分にもこんな時代があったわけですね。ちょっと覚悟がいりましたが、会えて良かった。

『秋の蝶 いのちの果ての 美しき』 
 久しぶりに今にも降り出しそうな中をウォーキングに出かけました。その途中、草むらの中に羽を休める秋の蝶が。この時期にしては、意外なほどに鮮やかな、生まれたてのようなみずみずしい感じで休んでいました。しかし、近づいても飛び立つでなし、じ〜っとしていました。この蝶も秋の深まりと共に、寿命をむかえるのでしょうか。

『秋風が 吹き消したるか 夏の季語』 
 昨日、いつもの散歩道を歩いていたら、つい先日まで降るように聞こえていた蝉の声がぱったりと止んでいました。そして、遊水池に向かうと、ここも稲刈りを迎えて役目を終えた水が抜かれて底が見え、噴水も一面を覆っていた水草も消えていました。こんな風に夏の季語たち(蝉、水草、噴水etc)が、秋風と共にあっという間に消えて「秋立ちぬ」になった感じです。

『白鷺や 十羽十色の ポーズかな』 
 水が抜かれた遊水池。残った水たまりには、沢山の白鷺が餌の小魚を狙って来ています。しかし、その動作はいろいろで、ゆっくりと餌をねらって移動するもの、じっといつまでも動かないもの、群れから離れて遠方を眺めるものなど、まさに十羽十色です。白鷺は夏の季語らしいけれど、大目に見て貰って詠みました。

『萩の下 古き仏の 雨宿り』 
 昨日はほぼ雨。毎日参拝している近所のお寺では萩の枝が古い仏様を覆うように一気に伸び、花も咲き始めました。ここには、古い石仏や六地蔵もあっていい雰囲気を醸し出しています。昨日は涼しかったけど、きょうはまた暑さがぶり返すとか。早く秋らしくなって欲しいです。

『地球儀は 未知との遭遇 孫の秋』 
 昨日は、孫の4歳の誕生日でした。お祝いに両親から地球儀をプレゼントされて興味津々。一頃は電車、車でしたが、最近は恐竜にはまって数十種類の恐竜の名前を覚えて言ってくるので、こちらも大変。。地球儀ではどんなことを学んでいくのかな?そして、K君たちの世代は、この星(地球)にどんな未来を見ていくのでしょうか?



『列島を 震撼させて 野分去る』 
 最大級の警戒を呼びかけた台風10号が日本列島から離れていきました。事前の呼びかけが効いたのか、被害は思ったほどではありませんでした。地球温暖化が進む中、毎年、このような巨大台風で日本列島が震え上がるというのもやりきれない思いです。こちら方面も昨日は怪しげな雲が次々とやって来ていました。

『明日には ピカソを描くか 秋の雲』 
 九州には巨大台風が迫っていますが、昨夕の空にはこんな雲が。青い大きなキャンバスにさっと刷毛ではいたような描き始めのような雲がありました。明日は、重苦しい台風の前触れのような雲になるのか、それとも?

『耳鳴りに ふと響き入る 虫の声』 
 熱帯夜が続いた先日、夜中に起きてみると窓辺にコオロギの声が。いつの間にか季節は秋の盛りに入っていたのですね。耳鳴りはもう10年以上のお付き合いですが、シーンという金属的な音が常になっています。普段は気にしませんが、夜中に目覚めたときなどは、結構なものです。それでも、虫の声は涼しげに聞こえました。

『雲黙す 窓の向こうの 夏の果て』 
 近くの市民会館4階。クーラーが効いて誰もいないソファーで読書していて、ふと窓の外を見ると、雲がじっと動かず物思いにふけるように浮かんでいました。まるで額縁に入った風景画のように。ここから見ると夏の終わりを告げるような空と雲です。

『母がいる 句集懐かしき 夏の午後』 
 5年前に93歳で逝った母の晩年の趣味は俳句でした。それを2冊の句集にしたものが手元にありますが、開くと、生前の母がそこにいるような懐かしさがこみ上げて来ます。私がせっせとパソコンに打ち込み、美大卒の息子が挿絵をつけました。


『下闇を 探検の道と 孫の言う』 
 下闇とは、木下闇(こしたやみ)と一緒で夏の季語。夏の繁った木の下の暗がりを言うそうです。そんなぴったりのところが近くにあって、去年の夏は3歳前の孫とよく散歩しました。そこには、垣根の穴をくぐって通り抜けられる小道が出来ていて、そこを探検の道と言ったら、孫が覚えて「探検の道行こう」と言うようになりました。早く会いたいね。

いつまで続く?一日一句A 20.8.20

 コロナに加えて、このところの猛暑である。目の前の日課をこなすのも億劫で、この際と思って考えていた、絵の下書き、出版計画、終活などの中長期的な計画にも全く手がつかない。そんな中、「一日一句の写真俳句」の方は現在26日目で、一ヶ月まであと少しになった。しかし、自粛生活の暇つぶしにと思いつきで始めた俳句だが、これが意外に難物で、毎日俳句のネタを探すのに苦労する。下手をすると、寝ていてもあれやこれやと、言葉の言い回しに悩まされる。何とか一ヶ月までは続けたいと思うが、最近の拙い俳句とそれに添えた短い文章、写真(一部)を載せておきたい。

『遠き夏の 同じ日の吾 日記帳』  (8月20日)
 これまで60年以上、何とか日記をつける習慣を続けて来たのは、中学1年の時の夏休みに日記をつけて、担任の先生から感想を貰ったからだと思います。その当時の日記帳を持ち出して、今日と同じ8月20日に自分が何をしていたのか、ページをめくってみました。まあ、随分と幼い自分がそこにいました。62年前の私は、夏休み中、海に行って遊んでいました。

『今日の日の 無事のうれしさ 熱き夕』  (8月19日)
 猛暑の熱中症とコロナの感染拡大のニュースで一日が過ぎますが、夕方、少し暑さも和らいだ頃に、2人で近所のお寺にお参りし、遊水池公園を見に行きます。とてもウォーキングする感じではありませんが、それでもこのご時世に、今日一日を平穏無事に過ごせたことに感謝です。

『猛暑にも 季節を回す 歯車よ』  (8月18日)
 連日の猛暑ですが、その一方で夜になると秋の虫が鳴きはじめ、お寺の境内にはススキの穂が出始めています。気がつかないうちに、季節を回す自然の大きな歯車が動いているのでしょうね。そんな見えない力に呼びかける感じで詠んでみました。

『老い蝉の 激しくドアに 当たる朝』  (8月17日)
 蝉が地上に出た時の寿命は1週間というけれど、ひとしきり鳴いた後には老い蝉になって、何故か方向感覚を失うらしい。時々、玄関のドアや窓に激しくぶつかって、仰向けになって落ちています。今朝見た蝉は、そのままじっとしていましたが、起こしてやると我に返ったように、どこかに飛んでいきました。夏も終わりのちょっともの悲しい風景です。

『幾つかの 日課も捨てて 午睡かな』 (8月16日)
 
連日の猛暑。これは何も太陽のせいではなく、人間の欲がもたらした温暖化のせいとは分かっているけれど、太陽の日差しは容赦がありません。この暑さでは外出もままならず、ウォーキングはもちろん、読書もコラム書きも諦めて、とりあえず、クーラー効かして昼寝するしかない、そんな毎日です。


『終戦日 75年を 生きし吾』  
『敗戦忌 いくさは本で 知るばかり』
 
(8月15日)
 終戦直前に生まれた私は、敗戦の日本と共に戦後を生きてきて今年75歳になりました。あの戦争については、ジャーナリストの端くれとしてそれなりの関心を持って来ましたが、二度と戦争をしてはいけないという母の言葉をかみしめています。考えれば随分長い時間を生きて来たことに感謝です。

『遠き日の 潮騒想う 夏の雲』  (8月14日)
 その昔、浜辺まで歩いて5分の崖の上に住んでいたので、小学生の頃は一夏、毎日海で遊びました。夏休みが終わる頃には、真っ黒になったものです。潮騒は、崖の上の家までいつも聞こえていました。夏の雲を見上げると、その昔、寝転がって空を眺めながら聞いた潮騒を思い出します。

『緑陰の 誰に恩恵 誇るなし』  (8月13日)
 近所の遊水池に面して、ケヤキの大木が6,7本茂る一角があります。連日の猛暑ですが、そこだけは涼風が流れています。かなりの樹齢で遊水池が整備される以前からそこにあったのでしょう。そこの古びた木のベンチに時々、腰をかけている人を見かけますが、誰にその涼しさを誇るでもなく、ひっそりと立っているケヤキたちです。

『いかづちや 下界浄めて 別世界』  (8月12日)
 埼玉地方に、突然の雷雨がやって来ました。地上の猛暑やコロナの憂鬱を洗い浄めるように、豪勢な雷鳴と豪雨でした。停電も瞬時起きましたが、これで、ちょっとは気持ちが晴れるような別世界が見えればいいのですが。そういえば、急に、少し涼しくなったような気がします。

『ウイルスは 心も食うか 盆の里』  (8月11日)
 ロナの地方への感染拡大が止まりません。楽しみにしていた孫たちの里帰りもままならなくなり、田舎でもがっかりしているのではないでしょうか。里帰りも墓参りも出来ず、お盆の時期の雰囲気がコロナによってめげそうになっている昨今、油断するとコロナは私たちの心にまで感染の触手を伸ばしそうな雰囲気です。負けないように、自戒しないといけませんね。

『それぞれの 過酷を耐えて 夏の花』  (8月10日)
 梅雨が明けて一気に猛暑になった昨今。散歩途中の路傍には、それぞれの環境に適応して夏の花々が、精一杯に花を咲かせています。猛暑の過酷な乾燥にも耐えて、咲いている花々に逆に励まされる感じがします。



夕日影 今日の暑さを 刻印す』  (8月9日)
 ギンギンに暑い一日でした。夕方、ウォーキングに出かけようとしても、まだ日中の余熱が残っているような感じです。お寺わきの遊歩道と塀には、夕陽の木陰がくっきりと、まるで刻印されたように映っていました。

『四百年 寺の歴史を 蝉しぐれ』  (8月8日)
 毎日、お参りしている近所の真言宗の寺。般若心経を唱えていると、周囲の木々から今を盛りと、様々な種類の蝉の声が降ってきます。お寺の歴史は400年、蝉の命は一週間。それを年々つないで歴史を紡いで来たのが、何か奇跡のようにも思えます。

『人の距離 月ほどになる 熱き夜』  (8月7日)
 熱帯夜で眠れずに起き出してベランダから月の写真を撮りました。眺めているうちに、そういえばずっと人と直接会ってしみじみとした話をしていないなあ、短時間リーモートで話しても、それはバーチャルでしかない、ということに気づきました。人との距離がはるかに離れてしまったような。眠っている住宅地にも、そんな人恋しさや寂しさ、孤独感といったものが覆っている気がします。コロナの夏の特異さでしょうか。

いつまで続く?一日一句 20.8.5

 コロナの感染拡大が止まらない。メディアではその日その日の新規感染者数をもとに、専門家、解説者、政治家、タレントたちがあれこれ議論を闘わせているが、この感染状況が続く限り、「人間とコロナの共存」は、考えれば考えるほど難しいことが分かって来る。衣食住に関わる生命維持的な経済活動は出来るにしても、人間にとって本質的に重要な、各地の祭り、花火大会、アーティストや芸能のイベント、スポーツ大会といった、文化・芸術に関わる分野が、最も「コロナとの共存」が難しい。これは、人間の精神的生存にとって大きな問題である。 

 これを考えると、目の前の感染拡大防止策だけでなく、もっと中長期的で総合的なコロナ対策を考えるべき時に来ているのではないか。今のような、その場しのぎの対策ではなく、向こう半年から一年を視野に、科学を中心とした専門知識を総動員した体制で、本格的にウイルスとの闘いに挑む。コロナを完全制圧する。そのためには何が必要か。中途半端な議論を繰り返すだけでなく、日本の英知を集めた専門家集団が、(治療薬やワクチン開発の他にも)世界に誇る拡大阻止戦略を研究して発表すべき時期かも知れない。別途、コラムの方で問題提起したい。

◆久しぶりに始めた写真俳句の一日一句
 さて、生活の方は、相変わらずの「Stay home」の中。ほぼ定まってきた日課を過ごしながら、目の前の一日一日を出来るだけ平穏無事に過ごすことを考えている。午前中の読書、昼食の後の昼寝、座禅、夕方のウォーキング、プランター野菜への水やり、などの日課である。その中でつい最近、始めたことがある。一日一句の写真俳句で、ウォーキングの途中で撮った写真などに俳句をつけて、毎日FBにアップする。まだ、10日ほどだが三日坊主は脱した。いつまで続くか分からないが、とりあえず最近のものをここに再録しておきたい。

『コロナ禍のロビーひっそりと暮れる夏』 (8月5日) 
 夕方、散歩の途中で久しぶりに遊水池に面した市民会館の中に入ってみました。緊急事態解除後に開館したとは知っていましたが、中に入ってみると冷房が効いて外とは大違い。しかし、その広いロビーは写真の通り、ソファーにソーシャルディスタンスの張り紙があって、誰もいません。コロナ禍の異常な状態を物語っているようでした。

『もの言わぬ草もいとしき夏の夕』 (8月4日)
 猛暑の夏が始まりました。日中は、外に出る気が起こらず、夕方になって川風が涼しくなる頃に、近くの元荒川の土手をウォーキングします。その前には、家で50分ほどの座禅を組むようになりましたが、気持ちが穏やかになって川べりを歩いていると、辺りの風景もふと穏やかな調和を見せることがあります。昼の厳しい暑さに耐えた草むらを夕陽が輝かせています。

『昼寝覚む日差しの外はいかばかり』 (8月3日)
 今回は、怠けて身の回り、というより昼寝から目が覚めてソファーから窓の外を眺めただけの句。すだれやよしずで遮られた室内は薄暗く、暑さもそれほどではありませんせんが、外の日差しは見るからに強烈で厳しそう。とても外出する気力がわきません。そんな平凡な句でした。

『それぞれの煩悩包み夏日入る』 (8月2日)
 梅雨が明けたとたんに暑くなった昨日。昼間の暑さを避けて、川風が涼しくなった夕方の元荒川の土手では様々な人々が歩いたり、走ったりしています。この時期だからこそ、それぞれが悩みや願いを胸に運動しているのだと思います。その思い(煩悩)を柔らかく包み込むように、夏の夕陽が川向こうに沈んでいきます。

『この先の見えざる不安梅雨明ける』 (8月1日)
 長かった今年の梅雨もようやく明けました。昔ならこれから海遊びが始まる楽しい夏でしたが、最近の夏はまず、地球温暖化による猛暑、酷暑、そして大型台風の襲来が気になります。加えて今年は、新型コロナの感染が。。心配は心配ですが、子どもの頃の楽しい夏休みの思い出を胸に、一日一日を無事に元気に過ごして行きたいですね。遊水池公園の噴水も上がり始めています。

『地下鉄を出て圧巻の蝉時雨』 (7月31日)
 昨日は、久しぶりに渋谷のNHK近くで打ち合わせ。コロナの新規感染が東京で463人を数えた日で、かなり緊張して千代田線に乗り、代々木公園駅から地上に出たとたん、辺り一面降りしきるような蝉の声に包まれました。一瞬、驚きましたが、見渡せば周りはこんもりとした木々。都会の真ん中での蝉時雨にしばし圧倒されました。いよいよ梅雨明けですね。

『夏草を茂らす力見えねども』 (7月30日)
 ウォーキングコースの元荒川の河川敷。2ヶ月ほど前にはきれいに苅られていたのに、あっという間にこの有様。生い茂る夏草の生命力に圧倒されます。その生命力もまた、宇宙のどこかから降り注いでいるのでしょうか。最初、その繁殖力の始まりに触れて『夏草も種一つから生い茂る』とやっていましたが、上の句になりました。あと数日で、猛暑の夏がやってきますね。

『水草の細胞分裂夏の池』 (7月29日)
 いつもウォーキングしている遊水池に今年もまた、水草が繁殖し始めました。梅雨明けが遅れていますが、これが猛暑の夏になると一気に水面全体を覆い尽くします。まるで、がん細胞の増殖のようですが、『水草はがん細胞か夏の池』だと、ちょっと情緒がないのでね。住み始めた20年前には見られなかった現象ですが、やはり地球温暖化のせいなのでしょうか?

『長梅雨に地元野菜の健気かな』 (7月28日)
 「Stay home」で、カミさんが作った買い物リストを持って近所のスーパーに買い出しに行くことが多くなりました。スーパーの一角には、地元農家が出荷する小さな「地元野菜コーナー」があって、新鮮なので、ここにあるときは大抵こちらで購入します。今年の長梅雨で野菜作りも大変だと思いますが、地元の農家さんも健気(けなげ)に頑張っています。



『長梅雨やコンビニコーヒー日課とす』 (7月27日)
 梅雨がなかなか明けない中、小さな日課が続いています。雨の様子を見て、歩いて数分の真言宗の寺で般若心経をあげ、さらに歩いて数分のコンビニで110円のキリマンジャロのコーヒーを買って、雨が上がっていれば、お寺に沿った遊歩道のベンチでゆっくりと飲みます。こんなひとときも、コロナの憂鬱を晴らすのに少しは役に立っているかも知れません。

『厨房のトマト密かに色づけり』 (7月26日)
 ことし初めてプランターにトマト、ナス、オクラを植えてみましたが、この長梅雨でトマトはなかなか色づかず、オクラはまだつぼみのまま。ナスはOKでした。待ちきれずに青いまま収穫したトマトが4日目にして、台所でいつの間にか赤く色づいていました。今日あたり食べてみようかな。

コロナの暗雲の下で淡々と 20.7.6

 6月19日に県をまたいだ移動も解除になり、これで少しはコロナの霧も晴れるかと思ったのも束の間、むしろ暗雲が垂れ込め始めた。地元の越谷でも新規感染者がじわじわと増え始めて、浮かれて出歩くわけにはいかない状況である。7月に入れば大丈夫だろうと、友人たちと一泊温泉ゴルフを2回分も企画していたが、結局はキャンセルになった。母の命日に水戸の墓参りをしようと思っていたが、これも東京勢は諦めて、弟に代表で行って貰うことに。そんな、なかなか気が晴れない梅雨空の近況を書いておきたい。

 相変わらずの自主的「Stay home」で、週2回ほどの会議はリモートで参加し、いくつかのオンライン雑談会も続いている。また、コロナの情報をウォッチングしながら、「メディアの風」にコラムを書く生活も何とか続けている。しかし、有り余る時間を先の見えないコロナのことばかり考えて過ごすのも気鬱で、前にも増して時間の過し方の工夫を迫られるようになった。ありきたりだが、その一つが読書というわけで、最近は、毎日「声の便り」を届けてくれる友人(彼の電話はかけ放題の月額2000円なのだそうだ)が、送ってくれた本と格闘している。

◆コロナの中での読書生活
 映画監督で読書家の彼が送ってきた本は、かなり骨が折れるものばかりだ。江戸時代初期の武士で禅を極めた鈴木正三の「驢鞍橋」(ろあんきょう)、本格的な解説書「老子」(福永光司)、そして「ひとりの男」(オリアーナ・ファラーチ)である。中でも「ひとりの男」は小さな字で書かれた上下二段の大著で530頁もある。1968年にギリシャの軍事独裁政権に抵抗するために暗殺未遂事件を起こしたアレクサンドロス・パナグリス(1939〜1976)について、イタリアの女性ジャーナリストで彼の恋人だったオリアーナ・ファラーチが書いた実録である。

 逮捕されたパナグリスは、死刑執行直前に国際世論の高まりで死刑を免れ、その後の長期にわたる独房の中で徹底的な拷問を受ける。脱走計画の失敗と再度の拷問のあと、ついに釈放されイタリアに亡命。軍事政権が倒れた直後に帰国して議員となり、軍事政権時代の罪状を暴こうとして、謎の死を遂げる。その人物像について、思想について、彼をインタビューしに行って恋に落ちたファラーチが書き残した。彼の死まで僅か3年ほどのつきあいだった。その間に、彼女は膨大かつ詳細な「ひとりの男」の物語を聞き取り、驚くべき文章力で作品にした。

 読書について言えばもう一つ、最近AmazonのKindleで本をダウンロードして読むことを始めた。こちらは、軽く読めるものばかりだ。往年の特異なSF「ソラリス」(スタニスラフ・レム)、「コロナ時代の僕ら」「雪の花」(吉村昭)、「死という最後の未来」(石原×曽野)、「しあわせの値段」(角野光代)など。そのほか、著作権が切れているものはタダで読める。Kindleにつきあっていると、何となく乱読になってしまう。友人が送ってきた「老子」と「驢鞍橋」は、読み始めたばかりだが、こちらはじっくりと読まなければいけないだろう。

◆カミさんの病院通いに付き合う
 いつものウォーキングコースでは、アヤメも紫陽花も終わり。代わりに遊水池には睡蓮と水草が勢力を増している。そうした植物相の変化を見ていると時間の流れを実感する。植物と言えば、妙に納得したことがある。家庭菜園をやっている友人たちに話を合わせるために、5月末に初めてプランター3つにナス、トマト、オクラの苗を植えてみた。それが1ヶ月あまりでみるみる大きくなり、花が咲き、先日はナスの第一号を収穫した。トマトも実をつけて赤くなり始めた。それをみて、さすがに品種改良が進んだ野菜の実力を実感したわけである。

 毎日確実に成長している野菜たちをみるのは楽しく、家庭菜園に病みつきになる友人たちの気持ちが分かるような気もする。さて、そんなことをしているうちに、カミさんの病院通いが始まった。去年の夏に胸の診察で気になるところが見つかったのだが、コロナを理由にずるずると先延ばしにしていた。それを再開したわけである。ところが直前になって再びコロナが増え始め、2人で都内の病院に行くのに結構緊張した。電車、地下鉄を乗り継いで行く。呼吸器系の病院なので、待合室では咳をする人が結構いて、ここでもかなり緊張した。 

 先生は「コロナを理由に来ない人が多いけれど、持病の方が大変なのに」と言っていたが、呼吸器系に疾患がある人にとって、コロナは恐怖に違いない。幸いにこちらは、それほどの自覚症状があるわけではないが、そういうこともあって、カミさんはコロナの感染状況に人並み以上に敏感になっている。コロナがこれから先、どのような展開を見せるのか分からないが、ともかく診察を再開したからには、結論が出るまで緊張感を持って病院通いをするしかない。別の検査機関も含めて、あと何度か都内に通うことになりそうだ。

◆一日一日を淡々と重ねて行く
 今の世界には、コロナのパンデミックによる影響だけでなく、心配すればきりがないほどの大問題が揃っている。米中覇権争いや北朝鮮の自爆的な行為による核戦争の恐れ、(未知のウイルスの出現も含めて)地球温暖化の様々な影響、特に日本で心配される巨大地震や巨大噴火、それに伴う原発事故の可能性など。50年と言わず、数十年の間にも、これらの幾つかは現実のものになるかも知れない。しかしそれは今心配しても仕方がない。今のところはコロナに感染しないように気をつけながら、一日一日を出来るだけ淡々と暮らしていくほかない。

 たとえ、それが物足りなく退屈に思えても、1年が過ぎ、来年の今頃になれば、また別の風景が見えてくるだろう。それが今よりいい風景であることを願いつつ、この退屈な日々に耐えていく。人生の最晩年に差し掛かって来ると、時にこのままでいいのかという“迷い”も起きてくるが、今は耐えることだ。たとえリモートでも、家族、きょうだい、友人とのお付き合いを大事にしながら、日々を重ねていく。温泉にも行きたいが、さしあたって1年。コロナが収まる日々を楽しみにして、その他のことは、あれこれ考えずに。

◆あまり淡々でカビが生える?
 そういう状況では、世間の情報に必要以上に振り回されないことが大事になる。今は世間では、現役の誰もがそれぞれのゲームを夢中で闘っている。政治家は政治家で、どう権力を維持するか、どう権力に近づくか、目の前のゲームに夢中だ。一方、社会的に何者でもない私などは、そういうことと全く接点がない。安倍政権によるコロナ対策のいい加減さや、最近の解散総選挙の策謀については、一市民として腹に据えかねるので、コラムの方に書いたりするが、それ以外のことには、(ワイドショーみたいに)些末な関心を持っても疲れるばかり。  

 最近は、そういう情報過多の世間から少しでも離れるために、夕方、短時間の座禅を組むようになった。丹田に気を入れながら、できる限りゆっくりと呼吸する。もう自分が死んでいると思って、死後なら何も考えないだろうと頭に浮かぶ想念を止める。なかなか無念無想とは行かないけれど、友人に言わせれば、「老子」の“道”も、禅に通じるものがあるらしい。こんな生活では、ついにはカビが生えるのではないかと思うが、当面は、コロナの過度の心配、災害のニュースにもあまり振り回されずに暮らして行きたい。その淡々さ加減が難しいけれど。