先日、訳あって久しぶりにカミさんと都内に出かけた。銀座や北千住の街中には結構な人出があってかなり活気を取り戻している感じがだが、99%以上の人がマスクをつけて歩いているのにある種の感慨を抱いた。多くの子どもたちまでマスクをつけている。日本人の律儀さを改めて認識したのだが、その一方で、ある病院のかなり密な狭い待合室で、高校生くらいの男子をつれた夫婦がずっと3人で談笑していたのには多少腹が立った。マスクをつけ、感染対策をしていると思っていても人それぞれで、その警戒感にはバラツキと緩さが目立つ。
マスクはつけていても、多くの人が病院内のドアの取っ手やエレベーターのボタン、電車のつり革、エスカレーターの手すりなどを素手で平気で触っている。テレビでやかましく言っているのに比べると、ウイルスが忍び込む余地はゼロではないように思える。まして、アメリカのトランプのようにマスクなしで3密状態にいれば、ウイルスにとっては絶好のチャンスだ。ウイルスは意思を持っているわけではないが、人間側の油断を見逃さない。たちまち忍び入ってトランプの場合のように、人類社会に計り知れない衝撃と影響を与える。
◆コロナショックの2つの側面
今のコロナショックには少なくとも2つの面がある。一つは、有り体に言えば、今の人類社会はその犠牲の大きさに耐えられないということである。犠牲と言っても、それは主に体力的に弱い高齢者や持病のある人々、そして十分な医療が受けられない貧困層、途上国の人々である。そうした人々の犠牲は社会のある層から見れば、却って社会の活性化につながる好都合という冷酷な見方(「悪魔のプラン」)も出来るし、或いはアフリカや南米の原住民の犠牲のように、遠い世界の悲劇として意識の外に追いやることも出来る。しかし、情報化時代の今はそれが難しい。
今は、世界各国の感染状況が、映像入りで毎日報道される時代である。それが感染爆発の恐怖として人類共有の感覚としてすり込まれる。まさに情報のグローバル化がもたらす「不安と恐怖のパンデミック時代」であり、その恐怖が世界の経済を麻痺させる。もう一つは、このコロナショックが私たちの政治、経済、生活の様々な局面に、大きな変化をもたらしていることである。それは、巨大な波となって人類社会に押し寄せつつあるのだが、私たちはまだその波頭に目が行くばかりで、背後にある大波の本質が何なのかが見えていない。
現在の世界にはコロナの影響による激しい変化が次々と起きている。私たちは、その意味が十分掴めないまま、その波に溺れそうになっているが、世界の識者(例えばエマニュエル・トッド)の中には、コロナショックが生み出すこうした変化を、「既にあった問題を表に出し、加速させる」と捉える人もいる。もちろん、その意味は後で振り返った時に初めて分かるようなことだと思うが、とりあえず今回は、最近の幾つかの事象をコロナとの関係で取り上げながら、「既にあった問題を表に表し、加速させる」とはどういうことか、私なりに探ってみたい。
◆国家の分断と科学的知見の無視のツケ
まずは今、世界が固唾を飲んで見ているトランプのコロナ感染である。仮にこれが元でトランプが退場でもすれば、コロナはまさに歴史を変えたウイルスとして名を残すだろう。そのくらいトランプの感染は衝撃的で、それがダメ押しになってバイデンが勝利すれば、進行中の米中の覇権争いにも大きな影響を及ぼすに違いない。もともと、このウイルスは中国に端を発したわけだが、対処の仕方において米中間で決定的な差を作り出した。強権的な統制で感染を押さえ込んだ中国に対して、世界最大の被害を出し続けているのがアメリカである。
アメリカが、世界最大20万を超える死者を出している理由については、幾つかあげられる。一つは、この4年間にトランプが国民の間に築いた分断の壁と、科学的知見の愚かな無視のツケである。コロナ対策を巡って、トランプの岩盤支持層と民主党の支持層の間の対立を煽り、一方はマスクを拒否し、集会も密になって続けて来た。トランプは黒人の貧困層などコロナの犠牲になる人々にも冷淡で、地球温暖化と同様に、科学的知見より自分ファーストの政治を優先させて来た。コロナはその愚かさのツケをトランプに払わせようとしている。
◆コロナがあぶり出した安倍政治の負の遺産
一方の中国はさておき、コロナが露わにした政治の問題は、日本でも大きい。第一に、安倍の退陣と菅政権の誕生である。安倍の退陣については今や、体調不良は口実で、コロナによって低迷する政権の体のいい投げ出しというのがもっぱらだ。コロナ対策の支持率低下を挽回しようにも、コロナで得意の外交でのアピールも出来ず、アベノミクスも絶不調。ここまで来ると、後は傷つかずにどのタイミングで政権を投げ出して菅に引き継ぎ、影響力を残すかを、安倍は事前に計算していた。さしもの長期政権も、コロナによってあっけなく倒れたことになる。
その一方で、コロナは安倍政権の負の遺産もあぶり出しつつある。先日、「女性はいくらでも嘘がつける」と言って問題を起こした、杉田水脈(自民党衆議院議員)。彼女を中国ブロックの比例議員に押し上げたのは、他ならぬ安倍であり、安倍にそれを強く押したのが右派の櫻井よしこだった。杉田は安倍のお気に入りの議員であり、その杉田が頻繁に問題発言をするということは、これら安倍グループの頭の中が、同じような構造であることを物語る。コロナで退陣した安倍らの極右体質が、問題発言によって図らずも露わになったケースである。
◆政治・経済の欠陥がコロナで加速する
さらに、その安倍政治を継承すると言った菅がまた、とんでもなく強権的な正体を表し始めている。日本学術会議のメンバー6人の推薦を菅が拒否した“事件”である。ご存じのように、その6人とは、安保法制、共謀罪、特定秘密保護法に関して学問の立場から反対した学者たちだが、それを菅が拒否した。学術会議は、その理由開示を求めて行くとしているが、この件に関して菅に理はない。学者集団を相手にした闘いの結末がどうなるか。あくまで強行突破しようとするなら、安倍政権の体質を受け継いだ菅の強権的、パワハラ性格が一気に露わになる。
果たしてそれで政権がもつかどうか。嫉妬が渦巻く今の自民党の中で、派閥を持たない菅の足元は言われるほど盤石ではない。少しでも揺らぐと、その足を引っ張る輩ばかりなので、この事件の展開次第では政局化もあり得る。これもコロナが加速させる日本の政治の欠陥体質だが、同時に問題なのは、菅政権がアクセルを踏もうとしている新自由主義的な規制改革の行方である。効率化によってあくなき経済成長を図る「貪欲な資本主義」についてはこれまでも書いてきた。それがひいては地球環境の収奪、地球温暖化を加速させるという指摘がある。
◆若い世代に託す未来
斎藤幸平(大阪私立大准教授)は、その著「人新生の資本論」で、地球環境を危うくする「資本主義の欠陥」を、コロナは露わにしたと言う。今年、米国の超富裕層は(「惨事便乗型資本主義」という)コロナ禍に便乗する形で60兆円もの巨額な金を手にしたというが、コロナは、現代の経済成長至上主義の資本主義が内包する欠陥を露わにし加速させつつある。斎藤は、資本主義が地球環境とは相容れない宿痾を持っていることを、分かりやすく説いている。その処方箋である「脱成長コミュニズム」については、俄に納得できないところもあるが、問題の指摘には同感だ。
それにしても、斎藤公平は今年33歳。最近、落合陽一(メディアアーティスト、33歳)が台湾政府のIT担当閣僚の天才オードリー・タン(39歳)とコロナ時代について対談するEテレの番組があったが、2人とも若い。特にデジタルを駆使したコロナ対策、民主的投票方法など興味深かったが、コロナの大波を乗り切るには、こうした若い世代の活躍に期待するしかないのかも知れない。
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