アメリカのモノの貿易赤字は87兆円(2017年)だが、そのうちの半分41兆円が対中赤字によるものだ。トランプ大統領は、この赤字問題と中国による知的財産権の侵害を盾に中国製品に2500億ドル規模の関税を掛け、さらに増やそうとしている。後に引かない中国もアメリカからの輸入品の関税を増やす対抗措置を取り始めたが、これは単に貿易赤字だけではなく、その背景には世界の覇権を巡る米中の暗闘があると見る向きが多い。それほどまでに急激に世界の中で中国の存在が大きくなって来た結果だが、私たちにはそれが余りに急でなかなか実感できないのも事実である。
今、習近平の中国は中華人民共和国の建国100年の2049年に向けて、「中華民族の夢」実現のために、国を挙げて邁進している。アヘン戦争があった19世紀から、各国の侵略を受けた20世紀前半にかけて、中国は次々に国を食い荒らされた。これら過去に奪われた栄華を、経済面、軍事面における飽くなき挑戦で取り戻すのが「中華民族の夢」だ。そのために国内はもちろん世界中に様々な手を打っているが、そのあまりのすさまじさに唯一の超大国アメリカが警戒心を抱いたとしても不思議ではない。この中国の100年に一度の大変化「メガシフト」が世界と日本にどのような影響をもたらすのか、最近のニュースをもとに概観してみたい。
◆次々と生まれる世界規模のニューエコノミー
輸出でアメリカと摩擦を起こしている中国だが、国内GDPの6割は内需で占める消費大国でもある。11月11日を独身の日に見立てた中国の通販サイト「アリババ」が、恒例の特別セール行ったところ、一日の売り上げが過去最高の3兆5千億円に達したという。この売上高は、楽天の一年間の売り上げを上回っており、さすがは13億の人口を抱える巨大国家・中国の底知れないパワーである。この売り上げの原動力には、スマホ決済(キャッシュレス化)の浸透、事前から個人の消費傾向を読み解くAI(人工知能)の導入、10億個と言われる商品の宅配サービスなどが平行して進化していることが上げられる。
中国は、キャッシュレス化で日本などのはるか先を行く世界トップ。同じようにスマホ決済を武器にする車の相乗りサービス(ライドシェア)では、中国最大の滴滴出行(デイデイチューシン)が登録者数4億人、登録ドライバー1700万人で、アメリカのウーバーを抜いている。このほか、グーグルを追い上げる中国の検索エンジン「百度(バイドウ)」、自転車シェアサービスの「モバイク」、フェイスブックを急追する「テンセント」など、中国のいわゆる“ニューエコノミー”は、IT技術の進化と巨大市場を背景に急成長し、世界にも進出し始めている(「中国新興企業の正体」)。
◆夢に向かって驀進する中国
一方の習近平政府は、中国国内で様々な博覧会を開いて大国としての存在感を世界にアピールしている。11月5日から上海で開かれた「国際輸入博覧会」では、習近平が「中国の輸入は今後15年で40兆ドル、4500兆円に達する」と、世界に市場開放を強くアピールした。この博覧会には日本から450社、アメリカからも大手180社が参加した。時を同じくして広東省珠海市では「中国国際航空宇宙博覧会」が始まり、中国は新型ステルス戦闘機のモデルや有人宇宙ステーションのモデルも展示。「宇宙強国」を目指す技術力を誇示した(毎日、11/7)。
こうした動きの推進力になっているのが、習近平が掲げる「中国製造2025」計画。2025年までに中国を世界の製造強国の仲間入りをさせ、2049年にはトップ級にする。IT、ロボット(AI)、航空宇宙、交通、新素材、バイオなどあらゆる分野で、世界の最先端産業の90%を支配しようとしている(ペンス演説、後述)。自動運転車の開発においても中国は貪欲。上海北西の広大な一角に、街並みや道路、可動式の人形などを備えた人工都市を建設し、走行テストを繰り返している。さらには、その成果を山手線の内側の1.5倍の広さまで拡大し、自動運転に関する交通システム全てで世界をリードする計画だ。
◆警戒を強めるアメリカ
科学研究費の面でも、大学運営費が毎年1%ずつ減っている日本(「科学技術立国の揺らぐ足元」)と違って、中国はこの10年で2倍以上に増えてアメリカに迫っており、その豊富な資金で世界の研究者を引きつけている。そのためか、アメリカが共同研究の相手国に選ぶ国は、殆どの分野で中国がトップにある(日本は5位から13位)。一方で、こうした中国の急伸に警戒心を強めているのが、トランプ政権である。このまま放置すれば、アメリカは最新の技術も人材も知的財産もすべて中国に奪われてしまう。その強い警戒心からの逆襲が始まっている。
その象徴的な演説が、10月4日にアメリカ、ハドソン研究所で行われたペンス副大統領の演説である。そこでは近年の中国の行動に対する全面的な批判が展開されていて、米中の新たな冷戦時代の幕開けかと世界に緊張が走った。上に書いたような中国の最近の躍進ぶりを「表の顔」とすれば、ペンスは(アメリカ政府から見た)「裏の顔」を列挙しながら国民に警戒を呼びかけた。以下、ネット上の全文からその要点を拾って列挙する。
@ 自由で公正でない経済政策
過去17年間、中国のGDPは9倍に成長し、世界で2番目になったが、その大部分はアメリカの投資による。同時にそれは中国共産党による、関税、通貨操作、強制的な技術移転、知的財産の窃盗、外国人投資家にまるでキャンデーのように手渡される補助金など、自由で公正な貿易とは相容れない政策で行われてきた。中国は盗んだこれらの民間技術を大規模に軍事技術に転用している。
A 監視国家・中国
中国は他に類を見ない監視国家を築いており、時に米国の技術の助けを借りて、ますます拡大し、侵略的になっている。2020年までに、中国の支配者たちは(ビッグデータやAIの技術を使って)人間生活の事実上全ての面を支配することを前提にした、いわゆる「社会的信用スコア」を導入、国民を監視下に置こうとしている。国内のキリスト教、イスラム教、仏教の弾圧も激しくなっている。
B 外国を支配下に置く借金漬け外交
中国は今、アジアからアフリカ、ヨーロッパ、さらにはラテンアメリカ政府へのインフラローンに何十億ドルもの資金を提供している。その借金のために例えばスリランカは港の権利を中国に取られ、ベネズエラは500億ドル以上の債務を抱えて苦しんでいる。
C アメリカ国内への巧妙な浸透と工作
中国がアメリカの民主主義に干渉していることは間違いない。中国共産党は、米国企業、映画会社、大学、シンクタンク、ジャーナリスト、地方、州、連邦当局者に見返りの報酬を与えたり、支配したりしている。(中間選挙に関して)米国人の対中政策認識を変えるために、秘密工作員などを動員して米国内でプロパガンダ放送を流している。米国内の中国系ラジオやテレビも同様。また、アメリカのビジネスリーダーにもトランプの政策に反対するように働きかけている。これらは、我々の諜報機関が評価した事実である。
D アメリカの軍事的優位を脅かす意図
中国は現在、アジアの他の地域を合わせた軍事費とほぼ同額の資金を投じて、アメリカの陸、海、空、宇宙における軍事的優位を脅かす能力を第一目標としている。「軍国主義化する意図はない」と言いながら、南シナ海の人工島に高度な対艦ミサイルと対空ミサイルを配備した。しかし、我々は威圧されたり、撤退したりすることはない。
◆どうなる?米中競争の新時代
ペンス副大統領の演説は50分。中国批判を展開しながら、「中国との関係が公平、相互、そして主権の尊重が基礎となるまで、我々は態度を緩めない」と締めくくった。中国に警告を与えるこうした姿勢は、今のアメリカ国内でも共感を持たれつつあり、この先のトランプ政権の基本姿勢になっていくものと思われる。100年に一度の大変化の中にある中国とアメリカの関係は、より緊張をはらんだものになっていくわけだが、この先これがどうなるかについては、フランスの思想家ジャック・アタリが面白い見方をしている(「新世界秩序」)ので、それを次回に書きたい。
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