日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

アベノミクス・バブルの崩壊 16.2.14

 2013年3月のコラム「アベノミクス・バブルの結末(2)」では、冒頭に次のように書いた。アベノミクス・バブルというタイトルには、もちろんアベノミクスが引き起こしかねない経済的バブルの意味を込めているが、一方で過熱気味の報道によって膨らむ過剰な期待の意味も込めている。バブルとは破裂して初めてそれがバブルだったと分かるというが、過去の経験から言っても事前の期待と膨張が大きいほど後遺症も深刻かつ広範囲になる』。それからおよそ3年、日本の株式市場は、実際にバブルが崩壊したような深刻な様相を見せている。
 年明けから続く株価下落は1ヶ月で21.4%。2008年のリーマンショック時の41.%には及ばないものの、2000年のITバブルに匹敵する下落で、日本の株価総額のうち150兆円が消しとんだ計算になるという。この下落によって海外の機関投資家ばかりでなく、日本の投資信託(4.8兆円)や年金積立金(10兆円超?)なども莫大な損失を被っている。その原因について、一頃のメディアは決まり文句のように「原油安と中国の経済減速」を上げて来たが、本当にそれだけだろうか。世界同時の「金融緩和によるバブル崩壊の連鎖」とも言うべき、新たな現象について素人なりに情報を整理してみたい。

◆日銀による「異次元の金融緩和」とは何だったのか
 2008年のアメリカ発のリーマンショック以降、いち早く金融緩和に踏み切ったアメリカに対し、当時の日銀(旧白川体制)は「行き過ぎた金融資本主義」への反省から、慎重な金融政策をとって来た。これを「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」と言って攻撃したのが、浜田宏一(イェール大学名誉教授)などのいわゆるリフレ派で、安倍政権は全面的に彼らの金融緩和論に乗ったわけである。日銀は白川総裁から黒田総裁に変わり、2013年4月に「異次元の金融緩和」政策を打ち出した。
 その結果、円安が進み株価も上昇したが、肝心のデフレ脱却(2%インフレ)は達成できず。日銀は、2014年10月にさらなる追加緩和に踏み切った。しかし、ここで振り返って見ると、2012年当時の浜田宏一の主張(*)は、金融緩和によってせめてリーマンショック以前の水準(為替レート80円から90円に)に戻すべきだと言っているに過ぎない。それは、アベノミクスを掲げたとたんに達成し、株価も12000円まで上昇した。それを考えると、果たしてその後の追加緩和や最近の「マイナス金利」は本当に必要だったのか「アメリカは日本経済の復活を知っている」

 黒田総裁は、表向きはいつも「デフレ脱却、2%のインフレ目標」を追加緩和の理由に挙げているが、市場の過剰な要請に抗しきれないというのが実態だったのだと思う。このままだと、市場が日銀の金融緩和に対して手詰まり感を持つのを避けたい、あるいは、円安と株価維持のためにはより一層の緩和マネーが必要だと言う市場の声に応えざるを得なかったというのが実態だろう。加えて株価を支持率維持に使う安倍政権のプレッシャーがある。そうなると、麻薬のように緩和マネーを次々と市場に流し込む政策が目的となり、それは必然的にバブルを作って行くことになる。
 何しろ、海外の景気は減速気味で、国内は少子高齢化で先行きの成長は望めない。いくら金がだぶついていても設備投資にはまわらず、行き場を失った金はせいぜいマネーゲームにまわるだけだ。円安と株価維持のために金融緩和を行ってもその効果は一時的なので、麻薬のように「黒田バズーカ」を放たなければならない状況に政府日銀は追い込まれている。安倍と黒田はもはや一蓮托生、政治の思惑に金融政策が使われ、その被害をこうむるのはGPIFや信託に金を預けている国民と言う図式が出来あがってしまった。

◆金融緩和政策によるバブル崩壊の連鎖
 金融緩和で円安を誘導し、バブルを作って株価を維持する。このねらいに口をつぐんで、表向きは2%のインフレ目標を掲げてデフレ脱却を目指すと言う。そのために異次元の金融緩和を行うのだという“大義名分”そのものが怪しいし、間違っていることについては何度も指摘されて来た。例えば、経済学者の伊東光晴は、有名な「紐(ひも)のたとえ」を使って金融緩和政策の無意味を説いている。
 金融緩和は景気が過熱気味の時には、紐を引っ張るように(インフレ抑制などの)引き締め効果があるが、反対の時には幾ら紐を押しても、たるむだけで効果はないということである(「貨幣・銀行政策における非対称性」)。デフレ状況下で、異次元の量的緩和などと言っている日銀は、「戯画(マンガ)以外のなにものでもない」とまで言っている(*)。政府と日銀は、方法論の間違いに早く気がついて引き返すべきだったのだが、目的が株価維持に変わってしまって方向転換が出来ないでいるというわけである。*伊東光晴「アベノミクス批判」

 1月29日、甘利辞任の影響を打ち消すようなタイミングで発表された日銀の「マイナス金利」政策については、首相ブレーンの本田悦朗(内閣官房参与)が「ビッグサプライズ。金融政策がまた一つ進化した」などと持ち上げてみせた。しかし、一時的な効果もたちまちしぼんで、銀行株の低下や円高などの副作用が大きく現れて来た。これも、市場からの「さらなる追加緩和を」の声に抗しきれずに日銀が打ち出したものだが、「苦し紛れの冒険」(毎日)という現状を露呈した結果になった。
 世界に目を転じれば、こうした金融緩和の副作用はアメリカ、EU、日本、中国に及んでいる。リーマンショック以降、世界はアメリカや中国に倣って我先に緩和政策に踏み切り通貨安を狙って来た。その緩和マネーは結局、各国の株式市場に流れ込んで株価のバブルを生んで来たが、それはいずれ破裂する運命にあった。その泡(バブル)への「蜂の一刺し」が日本の場合は「マイナス金利」の発表だったのではないか。一つのバブルの破裂が次々と各国のバブルに波及して、世界同時的なバブル崩壊の連鎖になって現れているのが現在の姿だと思う。世界の各国に原因がある、バブル崩壊の新たな姿である。

◆混乱の中で出口が全く見えない。日銀は本来の姿に戻るべき。
 今は株の下落を止めようとしても、大きな損失を出した投機筋は怖がって株に手が出せない状況。それで、より安全な国債買いに走っている。金融政策のツケが生んだ、こうした市場の混乱にも拘わらず、政府や市場関係者の中には、まだ「この状況を打開するためにもう一段の金融緩和を」と言う人がいる。あるいは、あの本田悦朗(写真)のように「この状況で2017年4月の消費税引き上げなどあり得ない」などと無責任な手のひら返しを言い出すかと思えば、増税の再延長を問うために衆議院の解散総選挙に持ち込もうと謀略を練る連中もいる。
 この人々は、ゲーム感覚の行き過ぎた金融緩和政策がもたらす怖さがまだ分からないらしい。それは、混乱のさ中にあって出口が見つからない怖さである。ここまで来ると、金融を引き締めれば株下落への影響はさらに大きくなるし、かと言って金融緩和を続ければ将来の傷口を大きくするだけだ。また、予定された消費税増税を2度も延長すれば、日本は市場から見放されかねず、莫大な財政赤字をさらに進行させることにもなる。進むも地獄、引くも地獄のなかで、無事に抜け出る方法が見つからないのが、良く言われる「出口戦略の難しさ」なのである。

 もちろん、「金融緩和政策によるバブル崩壊の連鎖」はまだ底割れしていないと言う楽観論もあるし、バブル崩壊の連鎖を防ぐには、G20などの世界的な政策協調に期待する向きもある。しかし、安倍政権と結託して5対4という際どい議論で、(株価維持のための)冒険的な金融政策を続ける黒田日銀に対する批判は高まっている。
 2月12日の「報道ステーション」の中で、片山善博(慶応大教授)は「今の日銀は分不相応なことをやっている。日銀の本来の使命は通貨の安定と物価の安定で、マイナス金利などで株高を狙ったり、株式市場に影響を及ぼすことではない。国債買い入れも本来はやってはいけないこと。本来の使命に立ち戻るべきだ」と言ったが、その通りだと思う。経済はイデオロギーとは別なのだから、メディア(特にNHK)も委縮せず、今こそ背景を深掘りして伝えて欲しい。

独裁者ヒトラーがいた時代 16.2.4

 憲法改正に執念を燃やす安倍首相が、武力攻撃や大災害時に首相が「緊急事態」を宣言すれば、法律と同じ効力を持つ政令を制定して国民の人権を一定期間制限できるとする「緊急事態条項」の追加を考えているという。国民に受け入れられやすい所から変えようと言う「お試し改憲」の一つである。これに対し、民主党の岡田代表は「恐ろしい話だ。ナチスが権力を取る過程とはそういうことだ」。「ヒトラーは議会を無視して独裁政権を作った。自民党の案はそう言うふうに思われかねない」と発言。一方の安倍は、「いささか限度を超えた批判だ。緊急事態条項は諸外国に多くの例があり、そうした批判は慎んでもらいたい」と反論している。
 ヒトラーは、かつて「全権委任法」を制定して、(ワイマール憲法を変えずに)憲法を超える権力を握った。首相が国会審議を経ずにすべての法律を制定できる権限である。安倍たちの「緊急事態条項」は期間が100日を越えたら国会の承認が必要などの条件はあるが、その期間中はナチスと似たような権限を首相に与えることになる。また、諸外国に例があると言っても、例えば1968年に改定されたドイツ憲法では過去のナチスの反省を基に、自民党案より格段に厳しい縛りがかかっている。そうでなくても、安倍政権はこれまで憲法を変えずに解釈変更だけで憲法を骨抜きにするという“前科”があるわけで、こうしたことが警戒心を生んでいるのだろう。 

◆人類の悪夢としてのヒトラーと「第三帝国の愛人」
 自民党の「緊急事態条項」が戦前のナチスのような危険をはらんでいるかどうかは、いずれこの条項が俎上に上った時に厳密に議論されなければならないが、ことほどさようにヒトラーのナチスは人類の悪夢の代名詞のように思われている。そのヒトラーは「百年後には新たなナチズムが誕生するだろう」と言って死んだが、そういうわけかどうか、今、国の内外でヒトラー研究書ブームなのだそうだ(保坂正康「昭和史のかたち」1/9毎日)。ヒトラーが死んで70年になる今でも、私たちはその亡霊に脅かされているのかもしれない。
 第一次大戦の教訓を受けて国際連盟なども出来、メディアも一定の機能をするようになった1930年代に、なぜあのような怪物が誕生してしまったのか。なぜ当時のドイツの知識人たちや国際社会はヒトラーの登場を許してしまったのか。そして、現代社会には二度とあのような怪物は出現しないと断言できるのか。昨今の日本の政治状況やアメリカ大統領候補のトランプ発言などを見るにつけ、こうした疑問にかられるのは私だけではないのだろう。

 たとえ、ヒトラーがやったようなことが、そのまま現代に起きるわけではないにしても、(油断すると)人類はこのような愚かさと残虐さを繰り返す可能性があることを知っておく必要はあるだろう。そう考えて、私もヒトラーの「わが闘争(上下)」などを読んだりして来た。ここでは最近読んで面白かった「第三帝国の愛人〜ヒトラーと対峙したアメリカ大使一家〜」を紹介したい。ヒトラーが登場してその残虐な正体を現しつつあった時代のベルリン。そこに赴任したアメリカ大使一家の物語である。
 シカゴ大学の歴史の教授だったウィリアム・ドッドが妻と息子、娘(マーサ)の4人でベルリンに赴任したのは1933年7月。この年の1月に既にヒトラーは (1) 国際社会との平和共存、(2) ワイマール憲法の遵守、(3) 共産党を弾圧しないといった(ウソで塗り固めた)施政方針を掲げて首相になっていた。ベルリンに入ったドッド一家は、早速、ゲッペルスやゲーリングと言ったヒトラー政権の高官や文化人とサロンで出会うようになる。特に自由奔放な娘マーサは、ゲシュタポ局長のディールスと恋仲になるなど、多くの浮名を流しながら、ヒトラー時代をスリリングに生きるようになる。

◆「ケダモノたちがいる庭で」(第三帝国の愛人)
 著者のエリック・ラーソンは、膨大な資料に当たりながら物語を構成しているが、物語は主に、マーサが男性遍歴を通してナチスドイツの異常さに気がついて行く過程、ドッド大使がナチスの危険な本質に気付き始めた時の苦悩、アメリカ本国の無関心との板挟みなどを軸に展開する。ベルリンを舞台に、ヒトラー政権内の権力闘争、英仏大使館員たちとの情報交換、ソ連のスパイの暗躍、アメリカ本国および大使館内人脈の相克など、様々な政治的駆け引きが展開される。その詳細は本文に譲るが、興味深いのはヒトラーが絶対権力を握るまでのドイツ国民やユダヤ人の反応である。幾つかのポイントを上げておきたい。

@ 国民は熱狂し、危険な本質を見ようとする人間は少ない
 一家がベルリンに着いたその頃、突然「ハイル・ヒトラー」というあの敬礼が始まった。ユダヤ人を敵視するドイツ国民の同一化が浸透し、突撃隊や親衛隊が行進する時は国民が熱狂的に敬礼で答えるようになった。それに従わなかった外国人旅行者への襲撃事件も頻発するようになるが、当初ナチス側は、こうした外国人襲撃に遺憾の意を表し、海外からの批判をかわそうとする。海外メディアもこの擬装に騙されてあいまいな態度を取り続ける。
 一方のユダヤ人でさえも、ナチスの野蛮な攻撃的メッセージは彼らが政権を取るまでの単なるプロパガンダで、政治的に力を得たら取り下げるものと思っていたらしい。それは、最初の頃のマーサも同じ。熱狂するドイツの若者たちに魅了されて手放しの賛辞を送っている。しかし、ドイツ人(アーリア人種)を賛美してユダヤ人を排斥するナチスの本質は変わらず、ユダヤ人への野蛮な暴力は止まなかった。ドッド大使も海外メディアも、ナチスの隠された本質があまりに極端なものだったために、皆その本質を見抜けず、ナチスは一時的な政治的熱狂に過ぎないという「希望的観測」にすがっていたのである。

A 気がついた時には手遅れ、おぞましい圧政が始まっていた
 不思議なことに、国中に広がる残酷な出来事に人々が奇妙に無関心で、大衆と政府の穏健な人物までもが新しい抑圧的な法令を積極的に受け入れるようになった。暴力的な出来事を抵抗なく容認するようになった。ヒトラーと党員たちが使う言葉も奇妙に逆転した意味になって行き、例えば「狂信的」という言葉は「勇気と熱心な献身がうまく混ざったもの」というように肯定的な意味に変わった。1934年6月、反逆を防ぐという名目で対抗勢力を一斉に虐殺したヒトラーは、続くヒンデンブルク大統領の死を襲って全権を掌握し、「総統」となった。
 虐殺の後、ヒトラーは「あの時、私はドイツ国家の責任を負っていた。私だけがドイツ国民の最高裁判所であったのだ」と演説している。やがて、ドイツ国民は寝ている間に(ヒトラー批判のような)何かを口にすることを恐れてスキーの共同ロッジに泊まらなくなった。麻酔中に何かを口走ることを恐れて、外科手術を先延ばしにする。気が付いた時には手遅れで、「国全体に絶え間ない不安が広まり、あらゆる人間関係を歪めて壊すような麻痺状態が忍びよっている」状態になる。あらゆるところでユダヤ人の虐殺が始まっていた。

B メディアが沈黙すれば、ケダモノがはびこる
 ナチス内部にもある程度の知識人や穏健派はいた。しかし、そうした人々も次々と権力闘争で粛清されて行った。ヒトラーの取り巻きたちは、国内の徹底したメディア操作はもちろん、海外メディアに対しても執拗な攻撃を行った。多くのメディアが沈黙する中で起きて行ったことは何か。その一つは、よりましな人間が消えると、より邪悪でサディスティックな人間が取って代わるという事実である。よりたちの悪い暴力的な人間が取って代わる。それがヒトラー政権の実態だった。
 「第三帝国の愛人」の原題は「IN THE GARDEN OF BEAST」。「ケダモノたちがいる庭で」というのだろうか。謀略渦巻くベルリンでは、多種多様な政治的ケダモノが登場するが、それが時代と言うものなのだろう。この本は、時代の潮流が変わる時、国民的人気に支えられた政治も、どのようにも危険で愚かになり得ると言うことを教えてくれる。同時に、政権に批判的という理由でメディアを攻撃する政治が、如何に脆弱かも教えてくれる(このことは別途詳しく書きたい)。その意味で、今の日本はどうなのだろうか。

「国の土台」を壊すな 16.1.25

 2016年の年が明けて、はや1か月。世界同様、日本もかなり波乱含みの年明けを迎えている。去年9月の安保法成立以降、その議論を避けるために憲法に定められた臨時国会の開催を拒否して来た安倍政権だが、ようやく年明け早々の国会に臨むことになった。1月22日の施政方針演説で首相は、イノベーション型の経済成長を掲げ、地方創生、一億総活躍社会への挑戦をうたった。外交政策では、ともに行動する日米同盟を「希望の同盟」と呼び、自衛隊を使った積極的平和主義の展開で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くと表明。今年6月の伊勢志摩サミットを開催して「日本が正に世界の中心で輝く」と日本の未来をバラ色に謳いあげた。
 一方で、もう一つの狙いである憲法改正については、演説の最後で「国のかたちを決める憲法改正。国民から負託を受けた私たち国会議員は、正々堂々と議論し、逃げることなく答えを出して行く。その責任を果たして行こうではありませんか」と、参院選挙の争点にする意向を明らかにした。こうして論戦が始まった国会だが、「挑戦」を連発し高揚した首相演説とは裏腹に、株式市場では年初から株が大幅下落。さらにここへ来て経済政策の要である甘利経済再生担当相に「政治とカネ」の疑惑が浮上して、今国会は波乱含みになりつつある。

 こうした目先の政局だけでなく、2016年の政治経済は、3月から始まる安保法の運用、7月の参院選挙をにらんだ野党再編の動き、あるいは選挙結果を受けて憲法改正がいよいよ動き出すのか。また、原油安や中国経済の減速によってアベノミクスがどうなるか、原油安によるエネルギー事情の変化が電力の自由化や原発再稼働にどう影響するのか、といった問題もある。こうした日本独自の問題に加えて、前回のコラムに書いたような「人類の英知が求められるような世界情勢」が影を落として来る。今年の日本はどうなるのか。まだ年初でもあるので、例によって少し時間軸を長く取って、こうした問題の根っこにあるもの、いわば「国の土台」の現状について考えて見たい。

◆アベノミクスの方針転換
 安倍政権は発足以来、マクロ金融政策を中心としたアベノミクスを掲げて経済政策を行って来たが、目指した2%インフレ、2%の経済成長がうまく行っていない。異次元の金融緩和による円安と株価上昇を頼りに支持率を維持して来たが、それも雲行きが怪しくなって来た。円安の恩恵で企業が儲かれば、その利益がしたたって国民も潤い、国内消費も上向くと言っていた「トリクルダウン」(好循環)も起こらない。輸出関連企業が内部留保をため込む一方で、実質賃金が下がっている国民の消費は冷え込んだままだ。
 そこで安倍は、ここへ来て金融政策の宣伝をやめ、施政方針演説に見るように経済政策を「新・三本の矢」に転換。付加価値を高めるイノベーション型経済成長や、地方創生、子育て支援による少子化対策、同一労働同一賃金など、経済の「土台作り」の方に切り替え始めている。それはそれで当然の帰結と言えるが、その土台そのものが、(小泉改革に始まる)長年の経済優先の規制改革によって崩れている。大学の法人化や研究者の非正規雇用化を一例として、社会の諸制度(国の土台)が揺らいでいるのに、言葉だけが踊るこの方針転換は果たしてうまく行くのか。

◆「国の土台」としての「社会的共通資本」
 豊かで安定した経済生活を維持していくための「国の土台」とは何か。経済学者の宇沢弘文(1928-2014)は、その土台を構成するものとして「社会的共通資本」という概念を提唱して来た。それは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」。一つには、自然環境。大気、水、森林、河川、湖沼、海岸、沿岸湿地帯、土壌などである。二つ目は社会的インフラ。道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどだ。三つ目は制度資本。教育、医療、金融、司法、行政である。(「社会的共通資本」

 宇沢は、この大事な社会的共通資本が安定的に維持されるためには、「決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない。その各部門は、職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規範にしたがって管理・運営されなければならない」と言う。とくに制度資本は、他の社会的共通資本を維持していく上で重要だが、中でも大切なのは教育と医療だという。
 それは、市民的自由を最大限享受できるような社会を安定的に維持するために必要不可欠なもの。人間が人間らしい生活を営むために重要な役割を果たすもので、決して市場的基準によって支配されてはならないし、また、官僚的基準によって管理されてはならない。しかし、こうした制度資本も市場的、官僚的支配にさらされ、土台が崩れかけているのが現実なのである。

◆官僚支配を強めた公立大学の法人化
 例えば大学教育である。国立大学は2003年の「国立大学法人法」によって独立行政法人と同じような法人になった。他の法人と同じような見直しの対象となって、常に統廃合の圧力にさらされている。運営交付金は毎年前年比1%の削減を義務付けられる一方、各大学の自助努力で研究費の調達を迫られ、出来ない所は必要な職員や研究員を維持できずに、廃止される学科も出て来ている。そこには、学問の研究にも効率化を求め、市場の役に立つかどうかでふるいにかけようとする国の意図が働いている。
 一方で、法人化に伴い大学には理事職が設けられ、そこには文部科学省からの官僚が収まることになった。結果として文科省の天下り先が全国の国立大学に広がると同時に、文科省による大学教育への関与が強まったことになる。さらに、問題は各大学が自主的に就業規則を作る中で、研究員や教職員の非正規化が進んでいることである。雇用期間が限られている教員は5年で倍増し、若手の正規ポストは大きく減少している。また、大学院生から授業料をとっているのは先進国では日本くらいで、欧米では大学院生でも給料をもらいながら勉強しているのが常識になっているという。

◆壊れた土台を作りなおせるか
 これでは、研究者が腰を据えて高度な専門性を追求することが難しい。いくら口先で科学技術のイノベーションによる経済成長などと言っても、この内実を考えれば、絵に描いた餅になってしまう。経済効率的な政策が国の土台を崩す現象は、教育だけでなく、(TPPによる)農業、医療、金融など社会の諸制度に及ぼうとしている。最近では、安倍政権が2014年11月に135兆円の公的年金(国民の財産)の運用比率を変えた「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」がある。国債から株式投資への比率を高め、株価維持に役立てようとしたが、これがこのところの株価下落で莫大な損失(恐らく10兆円?)を出している。
 これについて、前中国大使の丹羽宇一郎が「経済をしらない官僚が人のカネを勝手に使って博打をやってはいけない。失敗しても彼らは職も失わないし、給料も減らない」と批判(1/17)して話題になったが、これも年金制度という「国の土台」を壊す動きだ。こうした経済原理を社会の諸制度に導入しては、土台が崩れたからといって「新・三本の矢」などを持ち出すのは、一方でアクセル踏みながら、一方でブレーキを踏むようなものではないか。

 安倍がここへ来て経済の土台を立て直すような政策を言い始めたのは、選挙対策なのか。それとも本気なのか。しかし、企業の都合のいいように雇用制度を変え、安心して結婚も子育ても出来ない非正規雇用を全体の4割にも増やしておいて、「子育て支援を」などと言うのはどうなのか。国の土台を壊しておいて、その表面を取り繕うとする政策は、所詮、小手先の一時しのぎに過ぎない。本気で取り組むなら、アメリカ由来の市場原理主義的な政策から適度な距離を取り、今一度、崩れた国の土台を根本から作り直すような政策(社会的共通資本の再構築)に180度切り替えなければならない。

「人類の英知」が試される 16.1.12

 2016年の年が明けても世界は相変わらず不安定、国際的な緊張が収まる気配はない。中東ではサウジアラビアとイランが断交し、イスラム国(IS)への対応では足並みを揃えるアメリカ、ロシア、フランスなども、シリアの利害を巡って対立している。ヨーロッパが抱える難民問題もパリとドイツ国内でのテロや暴行事件と絡んで一層厳しくなっている。アジアでは大国意識に駆られる中国が南シナ海で勝手に領土を主張し、北朝鮮の水爆実験を巡る各国の動きもきな臭い。加えて、中国経済の先行き不安が引き金になって、世界は同時株安の様相である。日本もその大波をかぶっている。

 こうした目の前の現象を追っていると、何やら世界が浮き足立っているように見えるが、これらの現象も大きく引いて見れば遠因は20世紀にさかのぼり、世界は未だに「20世紀の負の遺産」を引きずっていると見ることができる。20世紀に起きた2つの世界大戦と、その結果を受けての植民地の清算。東西冷戦構造とその終結。そしてアメリカ一極支配とその綻び。さらには、マネーゲーム化した資本主義によるバブルや格差拡大の副作用などなど。
 21世紀に入って、そうした歪(ひずみ)が徐々に拡大して、世界各地でたまったマグマが噴出し始めている状態なのかもしれない。その歪の大破断によって、世界が破局に至らないためにはどうすればいいのか。一つ一つは、いずれ詳しく書くべきテーマだろうが、2016年の年初でもあるので、日頃より時間軸を長く捉えて、21世紀の世界が直面する対立や危機の“根底にあるもの”を探り、私たちに今何が問われているのかを概観してみたい。

◆難民問題の引き金。「パリ協定」で地球温暖化は防げるか
 10年前の2006年2月に、IPCC(国連の下部組織「気候変動に関する政府間パネル」)は、このままいくと地球の気温は今世紀末に最大6.4度高くなるという報告書を出した。気温上昇が4度になると、地球の気候は揺れ幅が大きくなって暴走し、元に戻らないと言われている。人類の破滅にもつながるこの地球温暖化を防ぐために、去年の暮に世界196の国と地域が参加して協議(COP21)。12月12日に画期的とも言える合意にこぎつけた。
 その「パリ協定」では、「産業革命からの気温上昇を2度未満に抑える。(できれば)1.5度未満になるよう努力する」と言う目標が共有された。しかし専門家によると、これがかなりの難問だという。というのも、産業革命からの100年で地球の気温は既に1度上昇しているので、2度未満に抑えるには、あと1度弱しか余裕はないからである。特に、世界が不安定化すると目標の達成はますます困難になる。

 熱くなる世界では、干ばつや海面上昇による大量の「環境難民」に直面する。既に、2006年から大干ばつに見舞われたシリアでは、ユーフラテス川やオアシスが干上がって、(内戦のせいだけでなく)食糧不足に陥った大量の難民がトルコ国境に押し寄せる事態になった。それをロシアが(ISも含む)反アサド勢力を叩くという名目で空爆した結果、難民がギリシャ経由でヨーロッパを目指したのである。現在の難民問題と地球温暖化は密接に絡んでいる。「パリ協定」は、世界が協力してこの温暖化に向き合うとしているが、様々な対立を抱える人類に希望は残されているだろうか。

◆格差を作って儲ける。暴走する資本主義を止められるか
 経済学者、水野和夫(日本大学教授)は、既に500年の歴史を持つ資本主義は、今や地球上に儲けの対象となる(植民地などの)“周辺”を失って終焉を迎えていると言う(「資本主義の終焉と歴史の危機」)。それが先進国でゼロ金利やゼロ成長が続く理由でもあるが、それにも拘らず、グローバルな「電子・金融空間」や、国の内外に無理に格差を作って、それをカネ儲けのための“周辺”にしているのが、現在の資本主義だ。これは必然的にバブルを繰り返すことになる。 
 資本主義の終焉に気付かずに、経済成長の幻影を追っているのはアベノミクスだけではない。自由主義経済を信奉するアメリカの資本家(シカゴ学派など)たちは、過去に南米チリや南アなどの経済混乱に乗じてマネーゲームを仕掛け、あるいは戦争や巨大災害をビジネスチャンスと見て群がった(*1)。彼らは、新たな“周辺”を作るために、敢えて(テロや戦乱の温床となる)格差の拡大を図る。表向きはきれい事を言いながら、裏では世界の安定を妨害する。こうした「強欲な資本主義」の暴走を世界は止められるか。*1)ジャーナリスト、ナオミ・クラインは、著書「ショック・ドクトリン(上下)」の中でこうした資本主義を「惨事便乗型資本主義」と呼ぶ

◆テロの温床。西欧のダブルスタンダード
 現在の世界秩序は、殆どが第一次、第二次の世界大戦を経て欧米によって作られたものである。例えば、中東の国境線は第一次大戦中に、英仏露がオスマン帝国の分割を協議したサイクス・ピコ協定(1916年)によって決められた。そうした西欧国家の談合的な線引きによって、国家、民族、宗教が分断されて来たことが、現在の中東混乱の遠因でもある。イギリスなどは過去にイスラム王族を散々利用しながら何度も約束を反故にし、アラブ世界の反発を買って来た。
 冷戦終結後は、超大国アメリカが中東に介入。民主主義の大義を振りかざして、反米に傾くアラブの首領たちを次々に力で追い落とした。しかし、アラブの春を見ても分かる通り、ここへ来て明白になったのは権力者を倒した後の政治的空白をアメリカは埋められないと言うことである。表向きは民主主義や人権の大義を掲げても、裏で暗躍するのは軍産複合体の兵器産業で、結果、中東は兵器の一大消費地になった。そこにアラブの民衆を思いやる意識は全くない。この二重基準(ダブルスタンダード)的介入が、西欧に対する反感を生み、過激派とテロの温床にもなって来た。欧米は自分たちが招いた、この厄災をどう乗り越えるのか。

◆試される「人類の英知」。日本の貢献は?
 人類が以上のような難問に直面しつつ地球温暖化を抑え、世界の平和と安定を維持して行けるかどうかは、途方もなく困難だ。しかし、だからこそ世界は「人類の英知」を結集しなければならないと思う。すでに問題意識の幾つかは明確になって来ている。その時、試される「人類の英知」は、さしあたって以下のようなものではないだろうか。
@ 核戦争は人類の破滅。その認識を世界で共有しつつ、何としてでも核につながる戦争を避けるにはどうしたらいいか。
A 先の世界大戦の教訓のもとに作られた国連をはじめとする各種の国際機関を再構築し強化できるか。
B暴走する資本主義を抑え、 地球温暖化を防ぐための地球にやさしい経済システム、格差を少なくして社会の中間層を厚くしてするような穏やかな経済システムを作ることは可能か。
C そうした経済システムを可能にするエネルギー、資源、産業などの分野における科学的イノベーションを作りだすことができるか。
D 異なる宗教間の対立を乗り越える宗教間対話のための国際機関を作ることができるか。

 年初なので大きなテーマになったが、このような問題意識を持つ時、過去に自分が始めた戦争で徹底的な被害をこうむった日本やドイツは、その反省に立ち、過去の痛みを生かして誰よりもこうした「人類の英知」の構築に貢献できる国だと思う。アメリカの一極支配が崩れる中で、このところの世界にはロシアや中国のように大国意識に駆られ、力にものを言わせる政治家が登場していて、世界全体がきな臭くなっている。日本の安倍首相も、そうしたパワーゲームに加わろうとしているようだが、日本には日本の行く道があるはずだ。日本には、科学技術立国としての力があり、融和的で平和的な宗教的環境という利点もある。過去の戦争がどのような道筋をたどって引き起こされたのか。常に歴史の反省に立ちながら、世界の平和に貢献する。そこで貢献できなければ、日本にも人類にも未来はない筈だ。

“国家の意志”が走り出す 15.12.30

 2014年12月の特定秘密保護法の施行に続いて、今年9月には戦後の安全保障政策の大転換を図る安保法を成立させた安倍政権だが、いよいよ(本人の言う通り)次の政治目標である憲法改正に向けて動き出している。その最大の山場は来年7月に予定される参院選挙だ。そこでは衆参同時選挙も噂されているが、参院で憲法改正に必要な3分の2以上の議席を確保しなければ、当面、憲法改正は遠のいてしまう。従って今、安倍官邸はすべての照準を来年の参院選に向けて動き始めている。そのために何をやるべきかである。
 既に、軽減税率を巡る公明党や新聞社との取引、票をカネで買うようなバラマキ予算、テレビメディアへの露骨な介入、対抗勢力にものを言わせぬための権力闘争など。安倍官邸の(支持率アップ作戦とセットになった)なりふり構わぬ選挙対策が始まっている。しかし、憲法改正を悲願とする彼らの政治とは一体何なのか。安倍や菅(官房長官)をそれほどに突き動かしているものは何なのか。それは、戦後の日本が培って来た国民主権の民主政治と相いれるのか。2015年の終わりに、今年を振り返えりつつ、憲法改正へ走り出している安倍政治の背後にあるものについて書いてみたい。

◆安倍官邸によるメディア支配
 憲法改正の悲願に向けて安倍政権が取り組む“地ならし”には幾つもある。まずは官邸によるメディア支配。これは第一次の安倍内閣崩壊の反省から、現政権が一貫して取り組んで来たことだが、最近は菅の執念によって一層露骨になっている。毎年12月は新年度の番組改定が決まる時期だが、聞こえて来るのは、政権に批判的と名指された番組の改編やキャスターの降板ばかり。読売と産経に掲載された異様とも言える全面広告(11/15)で、安倍政権につながる保守評論家たちから名指しで批判された「ニュース23」(TBS)の岸井成格キャスターが降板。何かと政権に批判的と言われた「報道ステーション」(テレ朝)の古館伊知郎も降板する。
 加えてNHKでは、「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターも同番組の時間変更を期に降りるよう外堀を埋められている。こちらは例によって放送トップが責任を負わない形での辞任を模索していると言うから姑息。籾井会長がやって来て以来間もなく2年、NHKの政治ニュース報道は会長や官邸に取り入る幹部たちによって骨抜き状態になっている。クロ現でも、安保法制は扱うなだとか、沖縄の翁長知事の単独インタビューはやめろと言った上層部の圧力にさらされて来たという。結果、最近はNHKの表面的なニュースを見ていると本当の動きが分からないと言うほどになってしまった。

 350億円と言う巨額な土地取引を理事会にも経営委員会にもかけないで秘密裏に進めようとした籾井会長は、毎日新聞にそれをすっぱ抜かれたり、関連会社の職員による2億円の着服などがあったりと、命運が尽きつつあるという(「選択」1月号)。その形勢を読んだ幹部が籾井の後任を巡って官邸にすり寄っているというが、先日のNスペ「永田町・権力の興亡 “安倍一強”の実像に迫る」(12/27)も、官邸に向けての何かのサインになったかもしれない。この番組は、9月の安保法の成立に至る政治の舞台裏を関係者の証言で構成しているが、政治部記者を動員して作ったものだろう。
 しかし、どこからも文句が来ないように緻密には作っているが、総裁選における野田聖子の出馬つぶしや、石破茂の出馬見送り証言も含めて目新しい情報はなかったように思う。強いて挙げれば石破の子分の山本有二が、安倍に誘われて一緒に座禅をした時の話くらいだった。中身に新しいものはなかったが、この番組は「NHKはやろうと思えば、これだけ幅広い政党政治家の証言を集められますよ」と官邸に示す“デモ(示威)”のようにも見える(*)。それが会長の後任選びにどう響くのかは分からないが、官邸は「後任も用意できている」と言っているらしいので、NHKの予算審議を前に、何らかの取引が始まっているのかもしれない。*このNスペについては、そういう計算など考えずに、現場が相当頑張った良質の番組だという指摘があったことを付記しておきたい(12/31)。

◆軽減税率を巡る権力闘争
 しかし、変人会長にこれ以上NHKをボロボロにされたくない幹部たちと、もっとスマートにメディア支配を続けたい官邸とが手を組んで会長を辞めさせたとしても、官邸のNHK支配は続くだろう。(ないものねだりは分かっているが)本当に「永田町・権力の興亡」や「安倍一強の実像」を言うなら、Nスペには「軽減税率の舞台裏」にこそ迫る意地を見せて欲しかった。メディアの違いと言えばそれまでだが、前掲の「選択」1月号には久しぶりに(NHKの報道では殆ど分からない)読み応えのある記事が多かった。
 中でも、軽減税率導入をめぐる自民党・公明党内の権力闘争を描いた「選挙向け大衆迎合政治の一年」、創価学会でのポスト池田の権力争いを描いた「創価学会でクーデター勃発」、軽減税率適用を巡る政権と新聞との密約を報じた「新聞“軽減税率適用”の真相」は出色。この3つを重ね合わせてみると、安倍官邸が如何に来年の参院選挙を重要視しているかが見えて来る。参院選勝利を至上命題にして、すべての政治課題を処理しようとしていることである。

 例えば、今回の軽減税率導入の背景には、公明党との選挙協力を最優先に考える官邸(菅)と財政規律を優先する谷垣幹事長・財務省の熾烈な闘争があった。それをより激しくしたのは創価学会内の権力争いで、創価学会の新たな執行部の強硬な意見に巻き込まれる形で両者(菅・公明党・創価学会VS谷垣・財務省)の対立が先鋭化し、「生首が飛ぶような権力闘争」になったという。詳しい話は本編に譲るが、この政局では自民党の力学にかなりの変化をもたらした。谷垣は次の総裁選から滑り落ちるほどのダメージを受け、二階俊博(自民党総務会長)を除いて、他の実力者の面々も影が薄くなった。創価学会に恩を売った見返りに、自民党は沖縄の宜野湾市長選挙で公明党の推薦を受けることになり、他の地域での選挙協力も進んでいると言う。
 新聞の軽減税率に至っては、読売の渡邉会長と親しい菅との密約があり、それに公明党も乗った。他の新聞もそれを知りながら口をつぐみ、最後の段階で滑り込ませる策に出た。その財源は新聞全体で200億円。「たった200億円で新聞業界は安倍政権に借りを作った」(ベテラン記者)と言う声もあるが、本家の新聞がこれでは、テレビ局はキャスターを守れない。首相周辺にはこの間、「この際、書籍も(軽減税率に)入れた方が週刊誌の政府・与党批判が減る」などという意見(今井尚哉秘書官)もあったという。

◆“国家の意志(亡霊)”に走らされる国粋保守の政治家たち
 安倍官邸による、強引な政権運営は党内にも少なからぬしこりを残している。その性急さには、(宏池会などの)穏健保守グループも異を唱えるが、一強となった官邸は権力闘争も辞さずに、あらゆる手立てを使って異論を抑え込む。それは(「おおさか維新の会」を抱き込む)野党対策やメディア対策でも同じである。メディアに対しては、少しの批判も許さない構えだ。それもこれも、突き詰めれば参院選で3分の2以上の議席を確保するために他ならない。そして、憲法を改正して彼らの目指す「強い日本」を取り戻す
 その政治手法は同時に、成熟した政治土壌や民主的手続きの否定につながって行くが、そうまでして彼らが実現したい強い国家とは何なのか。そう考えた時、一つの想念が浮かんで来る。彼らは、自分たちこそ日本民族の歴史と伝統、誇りを継承する政治家だと思っているのだろうが、実は、彼らは明治維新から続く「国家というものの観念」に操られているのではないか、ということである。

 明治以降、その「(観念上の)国家」は政治家やナショナリストを操る“意志”を持ち続けて来た。国民は国家に奉仕するものであり、「お前は国のために何をするのか」と迫る。それは、戦前に「神の国」、「アジアの盟主」として高まり、結局、世界を相手に世界最終戦争をすることに行きつく観念だった。敗戦後の日本は、そういう国家主義や全体主義の反省のもとに国民主権による民主主義国家を築いてきた。しかし今、一度葬られた亡霊が蘇り、安倍たち国粋保守の政治家たちを動かし始めている。安倍らは、自分たちこそ国家と国民を救うのだと思い込んでいるが、そのあまりの性急さを見るにつけ、(これが杞憂に終わればいいのだが)彼らを巻き込んで走り始めたのは、むしろ「国家の意志(亡霊)」の方ではないかと感じるのである。

満蒙開拓・国策の果てに 15.12.20

 福井県の若狭湾は原発銀座とも言うべきところで、関西電力が所有する11基の原発がある(*)。その中の高浜原発3号機、4号機の再稼働について、高浜町長(野瀬豊)が「国の責任が確認出来た」として同意したという(12/3)。鹿児島県(川内原発)にしろ、福井県にしろ、自治体首長は口を揃えて「国の責任」を再稼働の同意理由に挙げているが、これらの首長たちは、国の政策(国策)を受け入れる時に、“国のお墨付き”さえ貰えば地元民を悲劇に巻き込まずに済むとでも思っているのだろうか。今回は、この国策というものが、時として如何に多くの庶民を悲劇に巻き込むものか、かつての満蒙開拓を例に書いてみたい。*若狭湾に原発が集中する危険性については「若狭湾・原発銀座の原風景

◆ある満蒙開拓団女性の帰国
 今から41年前、昭和49年(1974年)の年明け。私は敗戦の混乱期に中国東北地方に取り残された満蒙開拓団員の帰国を追う番組を制作したことがある。その女性は終戦の前年に19歳で結婚し、夫と満州(現中国東北部)に開拓民として渡ったが、現地で召集された夫は戦死。逃げ遅れた彼女は生きるために中国人と再婚して子どもも設けたが、望郷の思いやみがたく、1972年の日中国交回復を機に故郷に手紙を出し、中国人の夫に離婚して貰って子どもを連れて故郷に帰って来た。その時49歳、既に敗戦から30年近く経っていた。

 福井駅に降り立つ所からその女性を撮影し始めた。車で雪深い福井県大野市の山間部に到着。そこから、車も入らない村道を歩いて実家に歩いて行く。道の両側には大勢の村人が彼女を出迎えていた。皆口々に「お帰りなさい」と言っている。その中の一人が「苦労したんだねぇ、あんなに髪が白くなって」と言うのが聞こえた。49歳の彼女は小柄で痩せていて、髪はもう真っ白になっていた。私は彼女の後をついて歩きながら、思わず涙があふれて困ったのを覚えている。
 実家の農家に着いた彼女は、囲炉裏の前に座って父親に「ただいま帰りました」と万感の思いを込めて挨拶する。「よう、帰ってきたな」と父親が答えた。30年振りの再会だったが、彼女と一緒に満州に渡った姉は、敗戦の1年後に中国で死亡していた。落ち着いてから、彼女にインタビューしたが、中国での生活は過酷なものだった。開拓と言っても中国人を追い出すようにして確保した農地で、冬は零下40度にもなった。残留した後も1年のうち3ヶ月は食糧がなく、草や木の葉も食べるような生活だったという。

◆数々の悲劇を生んだ国策としての満蒙開拓
 彼女の帰国は、中国残留日本人の受け入れがようやく始まった頃の話である。それを期に、満蒙開拓の歴史、敗戦時の混乱と悲劇など関係者の証言を集めて、30分の番組「満蒙開拓団・30年の軌跡」として放送した。当時の取材ノートを引っ張り出してみたが、福井県から満州に渡った人たちへの聞き書きが残っている。貧しい農家の次三男が多かった。福井県では満蒙開拓に3千人、満蒙開拓青少年義勇軍で2千人の計5千人が満州に渡っている。
 満蒙開拓は紛れもない国策だった。昭和恐慌で疲弊する国内農村を救済すると同時に、満州国を維持してソ連に備えるという関東軍の発案で始まったが、1936年(昭和11年)には「七大国策事業」の一つに位置づけられ、「二十カ年百万戸送出計画」のもと、毎年3万5千人が海を渡った。戦争末期までに送り込まれた開拓団員は27万人、16歳から19歳からなる「満蒙開拓青少年義勇軍」と合わせると、その数は32万人に上った。

 戦局の悪化に伴って現地で召集される兵士も多く、終戦間際にソ連との国境近くの開拓地にいたのは22万人。殆どが老人や女性、子どもたちだった。ソ連軍が攻め込んで来た時、開拓団を守るべき関東軍はいち早く逃げ、置き去りにされた人々に悲劇が襲った。男性は国境を越えて侵入したソ連軍の捕虜となりシベリアに送られ、女性や子供たちも、自決したり、命からがら引き揚げる途中で襲撃されたり、飢えと病気で倒れたりして8万人が死亡した。
 無事に帰国できたのは半数の11万人であり、逃げ遅れた1万1千人の女性と9千3百人の子供が残留日本人として中国に取り残された。日本の満州侵略によって、満州では(東京大空襲や広島、長崎の原爆を凌ぐ)20万人の日本人が死亡した。その4割を開拓団の死者が占める。まさに国策が生んだ悲劇だった。

◆映画「山本慈照 望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜」
 満蒙開拓団に送り込まれた人々は全国にわたるが、中でも最多は貧しい農村が多かった長野県である。3万1千人の開拓団を出している。戦後70年の今年、その長野県の満蒙開拓を描いた一本の映画が公開された。「山本慈照 望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜」(山田火砂子監督)。主人公の山本慈照は、長野県阿智村から開拓団の教師として妻子を連れて満州に渡り、数々の悲劇に見舞われながら、戦後は中国残留孤児の帰国に生涯を捧げた人である。
 寺の住職で国民学校の若い教員だった山本が、3カ村の村長たちから懇願されて満州に渡ったのは、昭和20年5月。3カ月後には日本の敗戦が待っていた。8月9日にソ連軍が侵攻。自身はソ連軍に捕まって、シベリア抑留の身となった。シベリアの酷寒を生き延び、2年後に帰国して知らされたのは、共に満州に渡った妻と2人の娘の死だった。映画は、置き去りにされた阿智郷開拓団の悲劇を克明に再現する。川を渡る途中で流される子ども、飢えて力尽きる人々。やむなく中国人に預けられる子どもたち。山本は帰国後に、一緒に渡った阿智村の開拓民30人のうち帰国できたのは2割に満たなかったと聞かされるが、やがて、そのうちの何人かは中国に残されていることを知る。残留日本人の帰国運動に奔走して、ついに昭和57年にはただ一人、生き残っていた長女と37年振りの再会を果たす。自責の念に駆られた執念の結果だった(*1)。

◆なぜ満州に?無責任体制の中で進む国策
 娘と再会した後も、死ぬまで満蒙開拓団の人々の帰国運動に身を捧げた山本は、「中国残留孤児の父」と称された。映画は国会議員も厚生省も動かない中で、孤軍奮闘する山本を描いて感動的だが、見ていて一つの疑問に捉われた。それは、なぜ山本たちは、終戦も間際になって家族連れで開拓地に向かったのか、ということである。自分ならどうしただろうか。どうしてもということであれば、単身赴任と言う選択もあったのではないか。もっと熟慮していれば妻子を死なせるようなことは避けられたかもしれないのに、という素朴な疑問だった。
 しかし調べてみると、国(農林省と拓務省)は戦局悪化の中でも「二十カ年百万戸送出計画」を少しも変更せず、担当の役人たちは計画達成に邁進していたことが分かった。国はノルマを府県に割り当て、府県は郡・町村に割り当てを下ろし、町村は各組織を動員してノルマを達成しようとする。最後には、同和地区や都市部の失業者も根こそぎ動員して員数合わせをする状況だったという。日本が敗色濃厚であるという情報も知らされないまま、「王道楽土」とか「五族協和」と言ったスローガンに乗せられて、多くの開拓民が妻子を連れて満州に渡ったのである。

 国と軍部は末期的な戦況を国民に隠して虚偽の情報を流す。各部署の役人たちは狭い視野の中で、目の前の割り当て義務を果たそうとする。送り込む何十万と言う国民一人一人、家族の一人一人に、この先どんな危険が待ち受けているか、などということは誰も考えない。この無責任の構図こそが、国策と言われるものの正体であり、犠牲になるのはいつの時代も庶民なのである。
 今、国も電力会社も地方自治体も、一たび原発事故が起きれば、誰も責任など取れないことを知っている。事故が起きた時に、「国が責任をとると言ったから」などと、幾ら言っても慰めにもならない。にも拘らず、空虚な気休めに従いながら、あなた任せの無責任体制の中で再稼働を進める(*2)。映画「望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜」の冒頭は、「国策を見破ることは、容易ではない」という字幕から始まるが、国策の持つ、こうした無責任の構図は、今も時代を越えて続いていると言うことに、少なくとも地元民に責任を持つ地方自治体首長は気付くべきではないか。

*1)山本慈照については、かつてNHKの先輩が優れたドキュメンタリーを制作している。また、満蒙開拓ではないが、最近の先輩制作「母と歩いた道〜相田洋 旧満州引き揚げ録〜」(12/6、BSプレミアム)も感動的だった。
*2原発事故の責任を負う人々

政治が経済を主導する時 15.12.7

 失われた20年以来、日本は長期的な経済停滞に入っている。これに異次元の金融緩和でカツを入れ、経済を立て直して「日本の誇りを取り戻す」とうのがアベノミクスの始まりだった。2年半経った今、日本経済はねらい通りの元気を取り戻したのか。今の日本の経済的状況を素人が診断するのは難しいが、経済の行方は明日の暮らしに直結する大事なテーマでもある。いろいろ調べてみると、目の前の経済の状態については、それぞれにいい情報と悪い情報が混在していて判断に悩むところだが、政治が主導するアベノミクスは根っこのところでより根元的な問題を抱えているように思える。それは一口に言えば、(時代に合わなくなった)経済成長という幻影を、一つの価値観に染まった政治が主導して追い求めるリスクとでも言ったらいいだろうか。 

◆経済成長の幻影を追うアベノミクス
 まずは、経済の現状をどう見るかである。いい情報から言えば、金融緩和によって円安が進み、輸出企業の業績が上がったこと。一頃は8千円だった株価が2万円近くまで上がったこと。企業倒産が減り、雇用が増えて失業率が下がり、新規企業の上場も増えている。今年度の税収が1.5兆円増えるという見通しもある。一方で、マイナス情報も多い。雇用が増えたと言っても増えたのは非正規雇用ばかりで、実質賃金は減っている。原油安で物価は低い一方、円安で生活用品が値上がりしているために(GDPの6割を占める)国内消費は冷え込んだままだ。海外に出て行った製造業は戻ってこず、モノづくりに必要な製造業の就業人口は減り続けている。

 こうした状態を政府は、「緩やかな回復基調に変わりはない」としながら「(景気は)微妙な状況にあり、黒か白かの判断は適切ではない」(甘利経済再生担当相、9/25)という。専門家も分からないくらいだから、素人に分からないのも当然と言えるが、肝心の成長率は2期連続してマイナスで、年率換算にすると0.8%減と言う(その後+1%に修正)。日銀が金融緩和の目標とした「2年で2%の物価上昇(脱デフレ)、2%の経済成長」は遠のくばかり。物価上昇2%は、再び2016年度後半まで延期せざるを得なくなった。それも大方の専門家は不可能と見ている。
 にもかかわらず、安保法が成立するとすぐに首相は、都合のいい情報だけを取りあげて、「アベノミクスは第2ステージに入った」と言い、前の「3本の矢」の総括をしないまま、新たな「新3本の矢」(一億総活躍社会)を打ち出した。そこでは、14年度に490兆円だった名目GDPを600兆円にする、(現在1.42の)子どもの希望出生率を1.8に上げる、親の介護のために離職する労働者をゼロにする、などの耳触りのいい目標が並ぶ。GDP600兆円の根拠について、内閣府は名目3%、実質2%の経済成長が続けば、2020年度に594兆円になると言うが、獲らぬ狸の皮算用で根拠は何もない。

◆大胆な金融緩和の先の落とし穴
 実質2%の経済成長と言っても、安倍政権になってからはずっと1%台をうろついているだけで、下手をするとマイナス成長もあり得る状態が続いている。現実を直視しないで、相変わらず「経済成長の幻影」を追いかけているのがアベノミクスの実態だ。問題は、内実のない目標を次々に打ち出しては、国民に幻想を抱かせるだけでなく、経済成長に捉われて無理を重ねること。その第一は、何と言っても(超借金財政の中で)政府と日銀の黒田総裁が組んで始めた異次元の金融緩和の副作用だという識者は多い。
 2013年4月に始まった金融緩和以降、毎年、(国債を買った)銀行から、それまでより30兆円増やして80兆円の国債を買い入れるとした日銀には、現在317兆円(緩和前の2.5倍)もの国債が溜まっている。一方、国債を現金に換えた銀行は、企業への貸し出し需要がないために、現金を日銀の当座預金に預けるしかない。その額は247兆円(緩和前の4.25倍)に上る。カネがだぶついている状態なのである。また日銀が毎年80兆円の国債を買い集めるために、すでに国債は品薄状態で、日銀は時にはマイナス金利の国債を高値で入手せざるを得ず、それは将来の償還時に実損になると心配されている。

 こうした異常な状態が続く中で今、日本の金融緩和に関して2つの心配が持ち上がっている。(素人の私には)確実にそうなるかどうか分からないが、その「危機のシナリオ」を以下にまとめておきたい。
<シナリオ@>
 噂されている通りに、アメリカが近々金融緩和を止め、金利を引き上げる場合である。アメリカの金利が上がれば、各銀行は日銀に預けた形になっている247兆円の当座預金を引き出して、アメリカで運用しようとする。そうすると、日銀は大量の紙幣を刷って銀行に渡さざるを得ない。円の大量供給によって円安が進み、一般投資家がさらに円を売ってドルを買えば、円安が一気に加速する。その先には、輸入価格の暴騰による激しいインフレが待っている(野口悠紀雄、早稲田大)。
<シナリオA>
 一方、年間110兆円の国債購入を絞って、金融緩和の出口を模索するのも難しい。購入を減らせば国債の需要が減るので、日銀が買い支えて来た国債の価格が下落し、国が国債を買ってもらおうとすると高い金利を付けなければならなくなる。現在の国債は0.3%の低金利状態で、これによる国の借金の利払いは、現在は毎年10兆円ほどで済んでいるが、これが4%にもなれば何倍もの利払いになる。借金返済が膨大になって予算が組めない事態にもなりかねない。こうなると、事実上の財政破綻で、国民生活が多大な影響を受けることになる(小宮一慶、経営コンサルタント)。

◆政治主導の経済運営。その限界を知るべき
 危ない橋を渡っている日銀の金融緩和だが、それは政権交代が見えていた2012年11月、安倍が市場に向けて「2〜3%のインフレ目標を設定し、それに向かって無制限緩和を行って行く」とアナウンスしたことに始まった。政権発足後は、日銀の独立性を主張する白川方明前総裁を牽制しながら、「次の日銀総裁には大胆な金融緩和の人を」と、金融緩和派(リフレ派)の黒田東彦を強引に新総裁に据えた。その意味で日銀は、金融緩和の始めから安倍政権と一蓮托生になっており、既に独自判断でこの路線を変更することもままならなくなっている。実は、この構造こそ問題の根源だと言う識者もいる。
 日銀が銀行から(政府発行の)国債を大量に買っている状態は、日銀による国債の引き受けを禁止した財政法の脱法行為だと指摘する上村達男(早稲田大教授)は、安倍政権のこうした「独立性、自律性を持つべき機関への介入」こそが問題だという。民主主義を担保するために設けられた各種の監視機関(金融監督庁、原子力規制委員会、NHKの経営委員会もそう)に、自分たちの息のかかった人間を送り込み、政権からの独立性や監視機能を弱めるのは、今や安倍政権の常とう手段になっていると、上村は指摘する(「NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか」の後半部分が面白い)。

 こうして一つの価値観に染まった国家によって推進されるアベノミクスは、果たして大丈夫なのか。今の安倍政権は経済成長の幻影を追いながら、遠のく一方の現実に焦って、様々な政治主導の経済運営に躍起となっている。(大損が出た)年金積立金の株式投資、法人税の軽減を認める代わりに賃上げや設備投資を企業に促す官民会議の設置、あるいは携帯電話の料金見直しにまで口を出す。参院選をにらんで大型の補正予算も計画されている。
 これらは、中国などの国家主導型経済や、(安倍の祖父の岸信介が行った)戦前日本の統制経済を思わせる。しかし、これから人口縮小と高齢化に向かう日本で経済成長の幻影を追っていると、大きな落とし穴が待っているかもしれない。経済は生き物だ。今の日本では国家が上から一々指導をするより、民間の(やる気を引き出すような)多様な創意工夫を生かす自由な環境をどう作って行くか、腰を据えて取り組む方が大事だと思うのだが。

チェルノブイリの祈りと福島 15.11.21

 来年2016年は東日本大震災、福島原発事故から5年になる。その節目に向けて各放送局は今、様々な周年企画を募集中だが、節目と言えばもう一つ、来年はチェルノブイリ原発事故から30年の年でもある。そこで考えるのは、チェルノブイリと福島を関連付けて原発事故にあった人々の心の内を探る番組企画だろう。福島原発事故では、今なお放射能に汚染された故郷を離れて10万人の原発避難者が、不自由な生活を強いられている。事故当初は16万人に上ったこの人たちは、何を思いながらこの5年を過ごして来たのだろうか。
 一人当たり1800日、この5年の原発避難者を平均13万人とすると、失われた日々はトータルで2億3000万日になる。それは「失われた2億3000万日」とも言うべき膨大な時間である。事故さえなければ、自然豊かな故郷でブランド米作りや酪農、水産業など、それぞれの夢に向かって別の人生が続いていたはずなのだが、原発事故はその夢を根底から破壊した。その膨大な時間に分け入ることは出来るだろうか。一人一人の失われた時間と、今の強いられた時間。そこから見えて来るもの何なのか。

 私が週一で参加しているドキュメンタリー制作会社の企画会議では、その手掛かりとして、今年ノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシェービックに福島に来て貰うのはどうだろうかという議論をした。ベルラーシの作家でジャーナリストでもある彼女は、チェルノブイリ原発事故の被災者300人にインタビューし、事故ですべてを失った人々の“心の叫び”を10年後に「チェルノブイリの祈り〜未来の物語〜」としてまとめた。この企画は「早い者勝ち」だなどと言っていたが、考えつくことはどこも一緒で、彼女に連絡を取ると、タッチの差でどこかの制作会社が彼女と交渉済みと言うことが分かった。
 今、福島では長引く避難生活の中で、かつての自治体・共同体が崩壊の危機に瀕している。政府は、住民の帰還を促すために除染を急いで、自宅に一時的に戻れる準備宿泊地域を広げ、2017年3月には帰宅困難区域を除く全区域で避難指示を解除しようとしている。しかし、解除の条件とする年間20ミリシーベルト以下というのがそもそも問題(*)で、一般人の被ばく限度の年間1ミリシーベルトの20倍。最悪の場合は、5年住んだだけで(ガンが0.5%増えると言う)生涯累積100ミリシーベルトに達してしまう。避難している住民たちからは、解除を理由に生活支援を打ち切るのは許せないと集団訴訟も起こされている。*「放射能・正しく恐れるために(2)

◆「チェルノブイリの祈り」
 こうした状況も踏まえて、「チェルノブイリの祈り」を読むと、様々なことを考えさせられる。この本の中には、火災を起こした原子炉に突入して大量の放射線を浴び、二週間後に死亡した消防士の妻の言葉、高線量の村で妊娠して奇形の障害児を産んだ母親の証言、死と隣り合わせの病院生活が日常になってしまった子どもたちの願い。あるいは政府が事故を隠ぺいする中で、放射線の危険を警告し続けた良心的科学者の声、原発周辺に暮らしていただけで「チェルノブイリ人」と指差され、結婚対象にもされないといった差別を受ける人々の話など、数多くの “心の叫び”が集められている。

 新婚で妊娠中の妻リュドミーラ(23歳)は、単なる火災と言われて召集された消防士の夫が、帰宅後に体調が急変し、やがて全身ボロボロになって死んでいくのに最後まで付き添う。病院で「あなたの前にいるのは、高濃度に汚染された放射性物体なのですよ」と言われても、愛する夫のもとを離れない。「私は毎日シーツを取り替えましたが、夕方にはシーツは血だらけになりました。彼を抱き起こすと私の両手に彼の皮膚がくっついて残る」というような看病を続ける。それは、1999年の東海村JCO臨界事故で被ばくして亡くなった作業員の記録を追ったNスペ「被曝治療83日間の記録」(2001年放送)の映像を超える状態だったろう。
 「病院での最後の2日間は、(中略)肺や肝臓のかけらがくちからでてきた。夫は自分の内臓で窒息しそうになっていた。私は手に包帯をぐるぐる巻きつけ、彼のくちにつっこんでぜんぶかきだす。ああ、とてもことばでいえません。ぜんぶ私の愛した人、私の大好きな人」。夫の死後、彼女は予定より早い出産をするが子どもは4時間後に死亡する。先天性の心臓疾患だった。消防士の他に軍隊もチェルノブイリの処理に投入された。その数210部隊、34万人。十分な防護服も線量計も着けずに高濃度の汚染地帯で働き、英雄として称賛された兵士たちの多くが白血病やがんに苦しんでいる。

◆原発事故は、国と人間の姿を浮かび上がらせる
 事故の間中、ソビエト政府は住民のパニックを防ぐために本当の情報を隠ぺいした。すぐに帰れるからと言われて、住民たちは皆、着の身着のままで避難した。一部の政府関係者の家族だけが予防のためのヨウ素を支給されていたことも分かっている。政府は、周辺の安全を強調する(やらせの)ニュースを流させ、そのために汚染された食糧が流通した。村の集会所に人々が集められ、テレビを通じてゴルバチョフ大統領の「すべて良好、すべて制御されている」という(どこかの国の首相が言ったような)言葉を聞かされた。
 ラリーサが生んだ女の子は、「娘は、生まれたとき赤ちゃんでなかった。生きている袋でした。からだの穴という穴はふさがり、開いていたのはわずかに両目だけでした」というような障害児だった。彼女はその後、肛門や膣を形成し、30分ごとに両手でおしっこを押しだして排尿するという生活を続けながら、辛うじて生きている。その娘が低レベルの放射線被ばくの影響という診断書を貰うのに4年かかった。「2、30年後にチェルノブイリのデータバンクがそろえば、病気と放射線を関係づけることができるでしょう。今日の科学と医学はこれについてほとんど分かっていないのです」と言う医者や役人と闘い続けた結果だった。

◆「私は未来のことを書き記している」。そして福島。
 福島原発から放出された放射性物質は、チェルノブイリ7分の1という(ただし、それはチェルノブイリの場合の25分の1の狭い所に降下したことは以前に書いた*)。「チェルノブイリの祈り」を読むと、汚染量や防護対策のレベルに大きな違いはあるにせよ、原発事故があぶり出す状況には似たような構造があることが分かる。政治家や官僚(電力会社)による情報の隠ぺい、事故の過小評価、曖昧な科学者の態度など。そして放射線被曝の苦しみや不安に怯える人々、周囲の偏見。原発事故は、国と人間の似たような姿を浮かび上がらせる。「77万テレベクレルの放射能
 事故後4年半が経った現在、福島(あるいは汚染物質が飛散した千葉県柏市)では、子どもの甲状腺がんが増えている。福島県の調査区域での甲状腺がんが、全国平均の40倍、50倍の確率で見つかっている(岡山大津田俊秀教授)。福島県民調査の先行検査で見つかった113名のうち、99人ががんで手術。本格検査ではさらに25人ががんまたはがんの疑いとされている。こうしたデータについても、国は福島原発事故との因果関係は認められないとしている。そして、冒頭に書いたように、20ミリシーベルト以下になったところから帰還を促すとしている。

 事故後5年を迎えようとしている福島の事故だが、多くの国民は事故の現実や福島の人々の苦しみを忘れてしまいそうになっている。それをいいことに国や他の地方自治体は、何事もなかったように原発の再稼働を進めようとしている。原子力ムラの人々は、その原発で再び事故が起こったら、自分が加害者となって同じように罪のない多くの人々が(永遠に続くとも思われるような)苦しみを味わうことになる、という事実から目をそむけているのだろう。
 著者のアレクシェービッチは、人類が未だかつて経験したことのないような原発災害を記録しながら、何度も「私は未来のことを書き記している」と感じたと書いている。タイトルに「未来の物語」と入っているのは、このためだろう。この時、1996年。福島事故が起こるのは、それから15年後だった。世界(特に地震大国の日本)に原発がある限り、この「未来の物語」はもうあり得ないと誰が言えるだろうか。

国民と市民のための戦争学 15.11.12

 最近見た映画、番組、写真展から、戦争や争いにおける人間の残虐性と悲惨さを感じさせたものを紹介することから始めたい。一つは岩波ホールで上映中のドキュメンタリー映画「真珠のボタン」。南米、チリの映画監督パトリシオ・グスマンが2015年に製作したこの映画は、アタカマ砂漠の天空に広がる宇宙、1万年の歴史を持つ先住民のかつての平和な生活、1883年に始まった白人入植者による先住民迫害、そして1973年の軍事クーデタで大統領になったピノチェト独裁政権による市民の虐殺を、長大な時間の流れの中で描いている。虐殺された市民(アジェンデ前政権支持者)の遺体捜索は家族によって今も続けられている。

◆「人間はどこまでも残酷になれる」
 16年にわたるピノチェト独裁の間に、チリでは800の秘密収容所が作られ10万人が拷問を受け、3千人以上が殺され秘密裏に遺棄された。中には1メートルほどのレールを体にくくりつけられて、ヘリコプターからチリ沖合の海底に投下された人々もいた。その数は1000〜1200人ともいう。現在、遺族によって砂漠に埋められた遺体の捜索と同時に、海底の捜索も行われているが、沖合からはダイバーによって赤錆びたレールが何本も引き上げられている。
 既に骨は溶けて跡形もないが、赤錆びたレールにはフジツボなどの貝に混じって、遺体が着けていた “真珠のボタン”が付着していた。この海底捜索のきっかけとなったのは、かつて一体だけ海底から流れ着いた遺体があったからである。それは女性のもので、身体には拷問の跡や身体内部の多数の傷まであった。自身も拷問を受けたチリの詩人、ラウル・リスタはカメラに向かって「人間はどこまでも残酷になれる」と言う。

◆戦争の残酷さ、愚かさを伝える映像、写真展
 もう一つは、これも人間の愚かさと残虐性を伝えるNHKスペシャル「新・映像の世紀@100年の悲劇はここから始まった、第一次世界大戦」(10/25)である。第一次世界大戦では、戦車や機関銃に対抗するためにヨーロッパ大陸をまたぐ長大な塹壕が掘られたが、それが両陣営のこう着状態を長引かせ、多大な犠牲者を生み出す結果になった。やがて、これを突破するための毒ガスがドイツのフリッツ・ハーバー博士によって発明され、悲惨な犠牲者を増やしていく。死を免れても毒ガスで神経や目をやられた兵士たち。絶え間ない砲撃に塹壕の中で震え、気が狂う兵士。モノクロの映像が捉えた戦争の残酷な現実である。

 第一次大戦での犠牲者は、兵士、軍属、民間人を合わせて3700万人にも上ったが、第二次世界大戦になると、武器の発達によって犠牲者も飛躍的に増大する。(日本で言えば)B29による東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下によって、それぞれ10万人〜20万人規模の民間人の犠牲者が出た。14日まで立教大学で開かれている大石芳野写真展「戦争は終わっても終わらないは、こうした戦争による“今も続く傷跡”を追っている。「動画は流れて行くが、写真は静止している。いつまでもじっと見続けることができる」というのが大石さんの言だが、一つ一つの写真が物語るメッセージは深くて多様だ。
 写真の中には中国東北地方で撮影した、旧日本軍の「七三一部隊」が中国人捕虜に対して行った生体実験のおぞましさを想像させる冷凍庫の壁の写真もある。「(壁の)釘には動物ばかりか人間も吊るして、冷凍実験を繰り返した」という説明がついている。「七三一部隊」による中国人捕虜などに対する残虐な生体実験については、森村誠一の小説「悪魔の飽食」などの書物や、民放のドキュメンタリー番組「魔の731部隊」で知っていたが、これを知って見ると、一枚の写真が物語る情報がさらに重く感じられる。

◆戦争に関する知識の「世代間ギャップ」とは?
 そのことを思った時、書きたい一つのテーマが浮かんで来た。それは、戦争と言うものに関する情報の「世代間ギャップ」である。敗戦の年に生まれた私はいわゆる「戦争を知らない世代」である。しかも、戦後の学校教育の中で戦争の実態(残虐性と悲惨さ)を学習した記憶も殆どない。従って、私の頭の中に蓄積された戦争についての情報やイメージは、主に大学や社会人になってからの長い時間の中で個人的に手にした本や、見た映像によっている。この経験を今の若い世代に置き換えて考えると、そこに「世代間ギャップ」があるのは仕方がないとして、これは(この先)結構深刻なことになるのではないだろうか。

 私の知識や情報は、一つには戦争に関する番組や映画から得たものである。特にNHKに入局してからは、Nスペを中心とする一連の戦争関連番組を見て来た。毎年夏の「原爆特集番組」、「東京大空襲」、日本軍の実態を描いた「日本海軍400時間の証言」、「原爆投下 生かされなかった極秘情報」などなど。何十年かにわたって番組から得た情報とイメージは結構な量になった。また、満蒙開拓団の悲劇を描いた映画「山本慈照 望郷の鐘」(2015年)など様々な映画も見た。
 一方で、戦争に関する文学や解説書、ノンフィクションがある。個人的な興味と仕事上の必要にかられて、そうした本にも随分と触れて来た。その中には、読むのに苦労した「レイテ戦記1〜3」(大岡昇平)などの戦記ものから、「昭和史(上下)」、「それでも、日本人は戦争を選んだ」、「日本はなぜ敗れるのか 敗因21か条」などの解説書、「井上成美」、「米内光正」、「山本五十六」、「今村均」、「昭和史の軍人たち」、「重光葵」などの伝記ものもある。世界の戦争や現代の戦争を描いた文学や解説書も入れると、ここにあげたのはごく一部に過ぎないが、長年の間に戦争というものについて一定程度の知識量とイメージを蓄積して来たと言えるだろう。

◆「南京事件」を扱った衝撃の番組
 ところが、最近の若い政治家などの言動を見ていると、本当は国民共通の知識であるべき「戦争の記憶(歴史認識)」に関して、相当なギャップがあるのではないかと思わされる。彼らは本当に戦争の事実や実態を踏まえて言っているのかと、愕然とすることが多い。例えば、最近中国が世界記憶遺産に登録して議論を呼んだ「南京事件」(1937年12月〜翌1月)。この事件については、日本軍によって殺害された兵士や民間人の数について4万人から20万人、あるいは中国が採用する30万人まで諸説あるのは事実だ(ウィキペディア「南京事件」)。
 これについては日中双方によって検証されるべき問題ではあるが、一方で、捕虜の(裁判抜きの)大量殺戮、民間人の殺害や女性への強姦などが行われたことは確かな事実であり、嫌な事実だからと言ってこれを全否定することは(世界からも)許されないことである。この点で、渦中の10月5日未明に放送されたNNNドキュメント「南京事件 兵士たちの証言」(日テレ)は、勇気ある放送だった。この番組の中には、元兵士による衝撃的な証言が出て来る。

 中国・揚子江川河畔に集められた5千人の捕虜たちを機関銃で取り囲み、一斉に撃ち殺す。殺される方は、逃げようとして真ん中に集まり、そこに人柱のような山が出来たという。生き残った者も銃剣で突き殺され、遺体は川に流された。こうした虐殺が何度か行われたという。この南京事件については、過去にNスペも「日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜」を放送している(2006年8月13日)。この中には、今回中国が歴史遺産の資料の一つとして申請した(中国人婦女子に対する残虐行為を記録した)アメリカ人牧師ジャン・マギーが撮影した16ミリフィルムも出て来る。こうした映像記録や数々の著作によって私たちが学ぶべきものは何なのだろうか。

◆「国民と市民のための戦争学」を
 これまでの日本は、平和憲法のもとで戦争についてあまり考えずに来たが、安保法が通ったこれからはそうはいかない。そういう時に私たち日本人は、戦争知識の世代間、国民間のギャップを埋めるために、タブーを避けずに多様な素材をもとに戦争の実態について学ぶ機会を増やすべきだと思う。それは、権力者や軍人が主役の戦争論などとは全く別の「国民と市民のための戦争学」と言えるものである。そして、そうした知識(*)が、国民の間に行きわたることが、愚かな戦争を二度と起こさないための“見えざる歯止め”になって行く筈である。
*)それは例えば
@戦争によって、傷つくつのは常に弱い立場の女性と子供だということ
A戦争になった時には、人間はいくらでも残酷になれること
B戦争は、人々が気がつかないうちに忍びよる。その時、人間はいくらでも愚かになれること
C市民にとって正義の戦争、クリーンな戦争などはないということ。 などである。

どうする?自民一強時代の野党 15.11.1

 現在の自民党勢力は、衆院で292(61%)、参院で115(49.6%)。補完勢力の公明と合わせるとそれぞれ69%、58%となる。これが自民一強時代と言われるゆえんだが、残りを民主、共産、維新、社民、生活、次世代、元気、など9つの“弱小政党”が占める。来年の参院選挙では、この中の多くが存在感を失い、特に安保法審議の最終盤で安倍政権側についた元気、次世代、改革などは消滅寸前で、いわゆる“第三極”が注目された時代は終わりを告げた。残る有力野党は民主、共産、維新の3党だけになるが、これが来年7月の参院選挙をにらんで、互いにどのような連携を目指すのかが最近の話題になっている。このところの政治の動きと、野党の置かれている状況を整理してみたい。

 動きの一つは、共産党が呼び掛けた野党連合の暫定政権で安保法廃止を目指す「国民連合政府構想」。民主党との選挙協力を進めて、反安倍政権の力を結集しようと言う構想である。もう一つは、維新と民主による(合併も視野に入れた)連携である。安倍政権の強権的な国会運営、立憲主義を破壊するファシズム的政治に対する反感・反発、そして安保法に反対する国民世論の受け皿を作ろうとする動きだが、どちらもすんなりいかない問題を抱えている。
 民主党からすれば、共産党が独自候補を下ろして民主党候補を応援する選挙協力は歓迎だが、連合政府を作ることを条件にされると、互いの政策の違いが大きいので、この話は難しいということになる。一方の維新との連携も、肝心の維新が分裂を巡って泥仕合の最中で、話が進んでいない。こうした野党の情けない状況を横目に見ながら、安倍グループは自民党内での権力基盤の強化を進め、したたかに長期支配へ布石を打っている。

◆長期支配への布石。安倍一強時代の現実
 9月の自民党総裁選で、立候補を模索する野田聖子(無派閥)を抑え込んで再選した安倍は、10月7日の内閣改造で露骨な手を打った。将来の首相候補とも言われる岸田文雄(外相、岸田派)への対応は、厳しかった。岸田は、野田の立候補を画策した岸田派元領袖の古賀誠に反対して安倍支持を打ち出し、安倍に恩を売ったつもりだったが、蓋を開けたら彼以外の起用はゼロ。これは、党内穏健派で思想的にも距離のある岸田派を冷遇すると同時に、岸田の力を削いでおきたい狙いもあるという。
 また、何かと言えばライバル意識を見せる石破茂(地方創生相)には、地方創生と分野が重なり合う「一億総活躍大臣」を新設し、安倍と親しい加藤勝信(額賀派)を当てた。一方で、自派(細田派)からは4人の閣僚を登用。思想が近い稲田朋美(政調会長)と合わせて後継者の育成を図りながら、将来の「院政」にも手を打ち始めた。安倍が支配する細田派は、衆参合わせてダントツの93人。これによる露骨な長期支配への布石に対して、当面、(願望はあっても)シビアな権力闘争を挑む気骨のある政治家が見当たらない状況になっている。

 こうした圧倒的な力を背景に、安倍政権がやろうとしていることは安全保障政策だけに限らない。それは財界や官界、メディアとの利権関係を再構築して支配下に置くことだ。例えば、武器輸出や原発再稼働、TPPなどをきっかけに政治献金の再開を検討している経団連や、地方創生や一億総活躍と言った金づるに群がる官僚たち、それに自己規制的な報道を続けるメディアに対する支配である。彼らには、体制に通じた方が利益につながるという計算や、(NHKの変人会長のように)権力に近ければ好き勝手が出来るという馬鹿げた思い込み(*)も働いているのだろう(*「NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか」
 しかし、こうした支配は安倍がいったん権力を手放したら、バラバラに分解するに違いない。彼らは安倍たちの国粋主義的思想に共鳴しているわけではなく、利害でなびいているだけだからである。そもそも自民党本体の中でも、安倍のようなタカ派は本流ではなかったし、今でも少なからぬ先輩議員たちが彼の政治手法に違和感を唱えている。だからこそ安倍は若手を取り込んだり、政敵の締め付けを図ったりしているのだが、これは裏を返せば“焦りの表れ”でもある。

◆今の野党に期待されるもの
 ここまで政治状況について書いたが、このように自民党内が沈黙を強いられている今こそ、野党は状況をしっかり分析し、自ら声を上げて新たな状況を作って行かなければならない。その意味で、今の野党に期待されるものは何なのか。それは第一に、国民の間に高まっている安倍政治に対する不安の声を受け止める新たな「政治の受け皿」を作ることだろう。具体的には、立憲主義(法治主義)を軽視する強権的政治や、民主主義的手続きを無視する安倍の政治手法にNOを言うこと
 もう一つは、当然のことながら安保法そのものが抱える戦争のリスクに対してNOを言うことである。これは、国民の大多数が感じているところで、その声に応える受け皿がいる。同時に重要なのは、安倍たちがその国粋保守的目的を隠すのに利用しているアベノミクスの化けの皮を剥ぐことである。いわば鎧を隠す衣が既に破れかかっていることを天下に知らせることだが、これにはもちろん、アベノミクスに代わる経済政策の対案を用意することも必要になる。これが安保法採決に反対した有力野党3党に可能だろうか。

 安倍政権は、これまでアベノミクスの名のもとに、「三本の矢」や「新三本の矢」、地方創生や女性活躍、一億総活躍などといった “目くらまし的経済政策”の連打で国民の目をくらましながら、一方で本丸の安保政策を進めて来た。従って、安倍政権を追い詰めるためには、この両方への効果的なNOを言う必要がある。本丸を打つには、まずその外壁(経済政策)を打ち壊さなければ、安倍の支持率をこれ以上下げることは出来ないからだ。
 そのためには、バブル崩壊や財政破綻の危険を冒しながら、経済的強者だけを強くするという新自由主義的なアベノミクスの誤りを指摘し、それに代わる政策を提案する必要がある。市場経済を重視しながらも、一方で国民大多数の中間層を引き上げる方法論を提示する。それが豊かで安定的な国民国家を作っていく。安倍の違法な政治手法によって作られた安保法と、破綻しかかっているアベノミクス。この2つに説得力のあるNOを言える野党こそ、いま国民が必要としている野党になるはずだ。

◆リベラル政党の結成か、衛星政党になり下がるか
 このような性格を持つ政党について、今日の「ザ・サンデーモーニング」の中で姜尚中(東大名誉教授)は、「立憲主義、専守防衛、個別的自衛権、(中国などとの)対話・共存、社会的市場主義」を上げてリベラル政党の必要性を指摘していた。私個人としてはあまり細かく規定せずに、上記2つの問題意識でまとまる広範なリベラル保守的な「受け皿」が出来ないかと思っている。その中心になるのは民主党だが、有力野党3党の間で部分的な連携(パーシャル連合)をリードしつつ、次の選挙に新しい選択肢を提示してくれないかと思っている。
 そのために民主党に課せられた責任は重い。まず、前政権時の反省と総括をしっかり踏まえて、多様性を内包しながらも反安倍でしっかりまとまること。その上で、民主党が政権をとるなどと言うことは当面不可能と覚悟を決めて、野党共闘の話し合いをリードして行くしかない。当面のよって立つ反安倍の軸を定め、岡田代表一人では心もとないので、枝野幸男、福山哲郎、蓮舫、細田博之などの面々が十分に意志を疎通させながら連携して国民への発信力を高めて行くしかない。 

 その発信力が高まれば、今声をひそめている自民党リベラル派も動き出すかもしれない。そうすればまた、選択肢は広がる。ただし、いま国民の声に応える軸が決められずに、相変わらず心のどこかで安倍自民党にすり寄ることを考えている民主党議員がいる限り、新しい枠組みは難しいだろう。しかもその結果は、誰かが言っていたように、すべての野党が自民一強の周りをただぐるぐると回るだけの衛星政党になり下がるだろう。