定年後の仕事も一段落して日中も家にいる時間が長くなると、どうしてもテレビをつける機会が多くなる。すると午前も午後も、いわゆるワイドショーのオンパレード。どの局も同じような話題を一日中やっていることに、今更ながら唖然とする。例えば、今村復興相が「東北で良かった」と失言して翌日に大臣を辞任したこの日は、朝8時から夜の6時台まで「復興大臣に怒髪天」、「あり得ない暴言」、「総理が謝罪」などと言う見出しで、膨大な時間がこの問題に割かれている。もちろん、今のワイドショーはそれだけでなく、北朝鮮問題も定番ネタだが、そうした情報番組が朝から夕刻まで続く。
◆膨大な情報量を生産し消費するワイドショー
例えば、4チャンネルは朝から「スッキリ!!」、「ミヤネ屋」、「News every」と続き、5チャンネルは「羽鳥モーニングショー」、「ワイドスクランブル」、「Jチャンネル」。6チャンネルは「ビビッド」、「ひるおび!」、「ゴゴスマ」、「Nスタ」。8チャンネルは「とくダネ!」、「FNNスピーク」、「直撃ライブグッディ」、「みんなのニュース」と並ぶ。合計すると全部で28時間あまり。良くこれだけの時間を埋めるだけの情報があるものだと思うが、基本的には朝から夕方まで繰り返しが多い。横並びで見ても、みんな判で押したように今話題の問題を似たような切り口で伝えている。
加えてこの日は、復興相の失言問題の他にも、久々に豊洲市場を巡る小池知事の判断、最近明るみになった籠池理事長と財務局との録音テープの話題などもあった。考えてみれば少し前までは連日のワイドショーを盛り上げた、小池劇場とも言われたオリンピック会場や経費問題、豊洲市場移転問題、そして安倍政権を揺るがした森友学園への国有地払い下げ事件があったが、引き続き、ベトナムの小学生殺害事件、甘い声でカネを集めた女の事件、そして最近では重婚とストーカーの中川俊直の不祥事なども。加えて、このところ緊迫の度合いを強める北朝鮮問題がある。
北の制裁に関するアメリカと中国の思惑はどうなのか。北はどう反応するのか。北朝鮮のミサイルは日本にも飛んでくるのか。飛んできた場合はどう対応するのか。このところのテレビ局は、海上ではイージス艦に搭載したSM3で打ち落とすが、陸上まで届いたミサイルはPAC3で迎撃する、などという情報を図解とともに詳しく伝えて来た。このように、日本は政治家のスキャンダルから揺れ動く国際情勢まで、情報の大量生産国であり、消費国でもある。しかし、こうしたワイドショー的な形を取りながら、毎日膨大な情報が消費されていく中で、何か大事なものがこぼれ落ちているように思うのは私だけだろうか。
◆ワイドショーの定番メニューで情報通にはなるが
テレビ局は、視聴者の知りたい情報を伝えていると思っているのだろうが、その情報も視聴率が稼げる間だけである。一頃あんなに騒いだオリンピックの経費節減と負担問題も、どこにどのように落ち着いたのか、殆ど記憶に残らないまま莫大な支出がそのまま通りそうだ。経費節減がオリンピック開催の条件とまで言っていたオリンピック委員会は、今頃どう考えているのだろうか。
また世間を騒がせた森友学園への国有地払い下げ事件も、今や視聴者の関心も薄く、現場のディレクターが粘り強く追及しようとしても、局の上層部が露骨に嫌がるといった風潮だそうだ。次々と起こる事件や話題でワイドショーは忙しく、安倍昭恵の関わりや財務省の記録復元への追及がうやむやになろうとする中で、政権は森友学園問題の嵐が過ぎ去るのをひたすら待つ作戦だそうだ。こんなに早く関心のサイクルが回っているのは、一つの問題に関して連日あの手この手で情報を伝えた結果、もうゲップが出る程になってしまったからだろうか。
もっとも、膨大な時間量を毎日毎日、視聴者を飽きさせないように埋める制作陣も大変は大変だ。昼間のワイドショーには夜のニュース番組のように、多くの取材陣を投入することは出来ないから、しばしば本筋と関係のない些末な情報さえも興味本位で取り上げざるを得ない。お手軽な紙芝居方式(フリップ)で貼った紙をめくりながら、あちこちの情報を寄せ集めてお茶を濁す事も多くなる。キャスターとフリップ、タレントや評論家・専門家のコメント。これがワイドショーの定番メニューである。
しかし、そこに批判精神が貫かれていることはまれであり、ワイドショーは基本的にぬるま湯の中にある。政治的な話題になれば、安倍の代弁者などと陰口をたたかれている時事通信の田崎史郎などが出て来て、今村復興相をしかりながら、安倍も即決断した風な話に落とし込んでいく。こうして、毎日テレビの前にいる人々は、(私のような高齢者も含めて)いっぱしの情報通になった気持ちになるが、よほど気をつけていないと何が問題で、何が現実なのか、本当のところを見失ってしまう。
◆北朝鮮問題の核心。体制保証と核の凍結(放棄)か、北の暴発か
例えば風雲急を告げる北朝鮮問題。当初、トランプ政権は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と言って、シリアでの巡航ミサイル攻撃の実績をちらつかせながら、今にも北朝鮮を先制攻撃するかのようだった。しかし、冷静に考えてみれば北朝鮮への先制攻撃が多大な人的・物的被害を韓国(今は日本にも)にもたらすことは1994年のクリントン大統領時代にシミュレーション済みの話である。
北朝鮮軍「三つの切り札」の明快な記事(4/26朝日)にもあるように、現在の北朝鮮は常時1000門の長距離砲をソウルや韓国の米軍基地に向けている。これが一斉に火を噴けば、1時間で6千から7千発の砲弾が飛んで行き、ソウルは北朝鮮が言うように火の海になる。また、弾道ミサイル200発は日本と在日米軍へ、40発のムスダンはグアム基地へ飛んでいく。
核兵器は既に50発を保有し、20万人の特殊作戦部隊が敵国を急襲して、弱いところ(無防備の都市や原発などのソフトターゲット)を攻撃する。「すべての選択肢はテーブルの上にある」というアメリカも、これらをすべて計算済みで(韓国と日本の被害を無視しない限り)軍事的先制攻撃など出来はしない。従って、先制攻撃を匂わしつつ中国に圧力をかけて北朝鮮の命綱である石油を止めさせる以外に選択肢はないことになる。ただし、それは行き過ぎると金正恩体制の崩壊を意味し、彼らの自爆的な暴発を招きかねない。中国はそこを警戒している。
そこで、体制を保証しながら、ミサイルと核を“凍結(実質的に放棄)”する妥協戦に持ち込む。これが米中の思惑なのだが、一方で先制攻撃はしないものの、空母も動員して圧力をさらにぎりぎりまで強め、敢えて「北の暴発」を誘うという危険な手段もアメリカは考えているかも知れない。彼らが動けば韓国や日本、中国の意向にかまわずに一気に敵を叩く。いわゆる「後の先」である。その限界に向けて、米、中と北朝鮮はぎりぎりの駆け引きと神経戦を戦っているのである。「体制の保証とセットにした核とミサイルの凍結(放棄)」か、「北の自爆的な暴発」か。果たして日本政府は(あるいはメディアも)、その核心をしっかり見据えているだろうか。
◆リアリティーなき情報社会
森友学園問題も、緊迫する北朝鮮問題も、それを連日、手を変え品を変えて長時間報道するうちに、往々にして問題の核心からずれていく。大量生産された情報が収斂せずに、空中に拡散してやがて泡のように消えていく。情報を食い尽くし、しゃぶりつくしているうちに飽きてしまい、大事なものを忘れてしまう。原発再稼働も共謀罪もそうだが、大事な問題が進行中なのに現実を直視せず、ぬるま湯の中に居続ける。まさに「リアリティーなき情報社会」。これが情報消費社会の落とし穴であり、今の日本の政治の閉塞感にもつながっているに違いない。
都内に勤めていた頃、夜帰って来てニュース番組を見ようとすると、良く妻が、「どこも同じようなことやっているし、もう見飽きたから」と言って見せてくれないことが多かった。家にいるとその気持ちがよく分かる。しかし、本格的なニュース番組やドキュメンタリー番組までが飽きられ、見られなくなったら日本も危うい。国民にひりひりしたまっとうな現実感を持たせてくれるような骨太の報道番組には、まだまだ頑張って貰いたいと思う。
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