今の日本経済は、アメリカの利上げとトランプ次期大統領の経済政策への期待から円安、株高に振れている。これを受けて日銀も20日の会合で、日本の景気判断を前回の「輸出・生産面に鈍さがある」という文言を削除して 、「緩やかな回復基調を続けている」との表現のみに改善した。これは、アメリカや中国の景気の復調に引きずられたもので、日銀の金融政策のお陰ではない。それにもかかわらず、会見した日銀の黒田総裁は満面の笑みだったそうだ。よほど、このところの日銀批判が堪えていたのだろう。何しろ、2013年4月に「2年で2%」の物価上昇率を掲げて始まった異次元の金融緩和は、3年以上経っても一向に効果が現れず、何度も期限を先送り。今や「私の任期(18年4月)とは無関係」などと言い出すまでに追い詰められている。
金融緩和政策の手詰まりを打開するために、今年1月からはこれと合わせて「マイナス金利政策」も導入。資金を日銀に預けていると目減りするので、銀行に他で運用させようとする目論見だが、景気が足踏み状態では運用先がそうあるわけではなく、かえって銀行の業績悪化を招いている。アベノミクスの本丸がうまくいっていないことに関して、旗振り役の安倍首相は「アベノミクスは道半ば」と、この先に何かいいことがあるかのように言い続けて来たが、新聞社説からは『「道半ば」は通用しない』、『誇大広告はもうやめよ』、『政府こそ失敗の検証を』などと手厳しく批判(毎日、朝日)されている。専門家からの疑問も絶えない。それでも、日銀は異次元の金融緩和とマイナス金利政策にこだわり続けている。
日銀は、異次元の金融緩和が手詰まりになって、 新たにマイナス金利政策を追加したわけだが、最近はさらにこんな話もある。金融緩和の大御所、浜田宏一(米エール大名誉教授、リフレ派)が「考えが変った」として、金融緩和の限界を認め、大胆な財政出動も必要と言い始めたのである(エコノミスト12/27号)。Aという薬が効かないから、Bと言う薬、さらにCという薬を追加するというわけで、どんどん薬の量が増えて行く。しかもこれらは、日本経済の基盤を強化する薬ではなく、いわば麻薬のようなカンフル剤である。これで日本の経済は大丈夫なのか、麻薬の中毒症状は進まないのかと素人なりに心配になる。
◆400兆円を超えた「行き場のないカネ」のリスクは?
年に80兆円の国債を買い足すという「異次元の金融緩和」によって、日銀が銀行から買い上げた国債は始める前の3倍、415兆円にも膨らんでいる。そのぶんのカネが銀行を通して市中に回っている勘定になるが、経済が弱い現状では、銀行の運用先も限られており、カネの大部分は日銀に預金されたままだ。日銀に積み上がる国債と銀行がもつ使い道のないカネは、今の金融政策を続ける限り、今後もますます増えていく。これは、やがて国が発行する国債を国内(日銀・銀行)で引き受けられなくなるリスク(従って、国の予算編成が困難になるリスク)や、制御できないハイパーインフレの引き金になるリスクにつながると危惧されている。
こうしたリスクは、実際に起きてみないと正確なところは分からない未経験の現象だが、起き始めた時には既に遅しで、なすすべがないことになる。それを防ぐために、アメリカなどでは、イエレンFRB議長が少しずつ金利を上げてカネを絞る、いわゆる“出口”を模索し始めているが、実体経済の弱い日本ではまだ出口も見えない。リスクが膨らんでいくのを心配しながら、うまくいかない異次元の金融政策をどこまでも続けるつもりのようだ。どうしてこういうことになっているのか。それこそがアベノミクスの最大の副作用(問題点)と言えるのではないかと思うのだが、アベノミクスが安倍の政権維持と切っても切り離せない関係になっているからではないか。それが、傷口を大きくしているように思えてならない。
◆次々と経済政策を打ち上げては政権延命を図る自縄自縛
安倍政権は、何よりも株価の維持に熱心だ。年金資金の投入や日銀政策によって市場に大量のカネを流し、株価を上げて見かけの景気を煽ってきた。しかし、その株価もアメリカや中国の景気回復というおこぼれによって、一時的に回復したものであり、恩恵に浴するのは機関投資家を除けば、国民の1割にも満たない。その一方で、肝心の日本の経済成長力はアベノミクスのキャッチフレーズだった「2年で2%の物価上昇、2%の経済成長」が泣くような低迷を続けている。政府の言うような“好循環(トリクルダウン)”も起らず、非正規労働者の賃金は下がったまま、こどもの貧困率も過去最高。各国と同じような格差社会になりつつある。
そんな状況が続く中、安倍政権は「新三本の矢」、「地方創生」、「女性活躍」、「一億総活躍」、「働き方改革」と、目先を変えた政策を次々と打ち上げては、「経済、経済」と言い続けて来た。これらの政策も中途半端で思った効果が出ていない。こうなると、結果的に「アベノミクスの真の狙いは政権維持にあった」と言われても仕方がない。つまり、うまくいかなくとも、どのようなリスクが迫せまろうとも、政権維持のためには、日銀の金融政策を失敗と認めるわけには行かず、何が何でも理由を付けて、その政策を継続せざるを得ない状況に追い込まれているのだろう。この“自縄自縛の状況”こそ、アベノミクス最大のリスク(副作用)と言うべきではないか。
◆上滑りする経済政策と「時間稼ぎのアベノミクス」
アベノミクスが掲げてきた様々な成長戦略。最近では、アベノミクスの第2ステージと銘打ったGDP600兆円、50年後も人口1億人を目指すための出生率1.8、介護離職ゼロなどのための政策は本当に有効なのだろうか。私も皆が豊さを実感できる「経済力のある日本」を望んではいるが、どうも安倍政権の経済政策は上滑りしているように思えてならない。公的資金で株価を上げようとしたり、金融緩和で金余り現象を作り出そうとしたり、巨額のカネがかかるオリンピックを誘致したり、インドに原発を売ろうとしたり、大学の研究費を減らす一方で軍事研究を大学に誘いかけたり、カジノ誘致を図ろうとしたり。北方領土の代わりに経済協力を持ち出すのも、経済と言えば何でも通ると思っているのだろう。
どうも、目先のカネにとらわれた政策ばかりを追い続けているように思えてならないが、大事なのは、現在の世界を席巻しているマネー資本主義(あるいは新自由主義経済、強欲な資本主義)の本質的な病根を直視するところから始めることではないか。というのも、今、世界で提起されている問題は現代のマネー資本主義の行き詰まり(終焉)だからである。これも何度か書いてきたが、資本主義が始まって500年、資本の飽くなき自己増殖を追求して来た資本主義は、先進国による価値観の押しつけによる全世界への市場の拡大、金融という新たな仮想世界の拡大などによって膨らみ続け、その限界にまで達しつつあるという(「史的システムとしての資本主義」I.ウォーラースティン)。
そこでは、世界の富が一握りの富裕層に集まり、劣悪な環境と貧困にあえぐ大多数の人々との格差が無限に開いていく。それが、資本主義の機能不全を起こし終末に至るという見方である。そうした状況では、金融政策などの経済政策は、終末までの単なる「時間稼ぎ」に過ぎなくなる。アベノミクスなどもまさにその「時間稼ぎ」の典型と言えるのかも知れないが、そこで、よりマネー資本主義の拡大を求めて限界を早めるのか、あるいは、行き過ぎを是正しながら終末を先延ばしするのかが、問われてくるだろう。EUなどでは、こうした行き過ぎた資本主義の弊害を是正するための様々な試みや提言が行われている(「今とは違う経済を作るための15の政策提言」)。
これを日本で言えば、累進課税の是正による所得再配分、非正規労働者の待遇も含めた格差の是正、国民等しく必要な子どもの教育・医療などへの一律配布、環境に優しい新エネルギーの開発、完全雇用を最優先する政策、そして経済成長に代わる新たな指標の導入等々になるだろう。ウォーラースティンの言うように、世界の経済は、資本主義の終末に向かって歩みを早めているのが実態かも知れないが、それに歩調を合わせるのではなく、こうした問題意識を持って、今の日本経済を見直し、強欲な資本主義の問題点を直視して、もっと根本的なところから少しでも良い方向に変えていくという視点が大事になって来ると思う。(資本主義のこうした問題については別途また書いてみたい)
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