今年も、世界はトランプ大統領に何かと振り回される一年となりそうだが、暮れから年始にかけて読んだ本に「恐怖の男〜トランプ政権の真実〜」がある。著者はあのウォーターゲート事件をスクープしたボブ・ウッドワード(1943年生まれ、ワシントン・ポスト副編集長)である。この本が扱っているのはトランプが大統領選挙を戦っていた2016年7月から大統領就任後1年2ヶ月が過ぎた2018年3月までの期間。500ページを超える大部の本で、膨大な資料と多方面へのインタビューをもとにトランプの特異な性格と、公約に掲げた重要政策への彼の固執ぶりを描いている。
それらの政策とは、地球温暖化のパリ協定からの離脱、国境に壁を作ることや移民が家族を呼び寄せることができるオバマ時代の政策を廃止する移民政策、北朝鮮の核問題、TPPからの離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の破棄、イラン核合意の破棄、貿易不均衡を是正するための関税政策、アフガニスタンや韓国からの米軍引き上げなどである。加えて、シリア爆撃、そしてロシア疑惑捜査問題など、実に1年2ヶ月とは思えない慌ただしさである。もちろん、これらは政権内部でも意見が分かれる政策で、ホワイトハウスは対立と混乱に陥って行く。
◆「ディープ・バックグラウンド」インタビュー
高官同士の衝突、スタッフ間の足の引っ張り合いなどの権力闘争が渦巻き、次々と重要人物が辞任していく。それでもトランプは弱みを見せずに、辞めたいという閣僚たちの首を事前に切り、ツイッターで激しく非難する。ホワイトハウスはまるで血みどろの動物園のようになっていくが、これらの場面がまるでそこに居合わせたような「会話体」でつづられているのに驚嘆する。冒頭の覚え書きによると、それらの大部分は情報の提供元が特定されないようにした「ディープ・バックグラウンド」というインタビュー手法で書かれている。
全部で42の章立てになっているが、各章にはタイトルがなく、ほぼ時系列的に発生するテーマが次々と現れ、しかも登場人物が40人以上に上る。著者(写真)自身の評価を交えずに、取材源によって語らせる(ある意味)客観的な手法をとっているので、「それでどうなのだ」という要点を絞るのに読者は苦労するのだが、今回は私なりにこの本から2つほどのテーマを取り出して書いてみたい。各政策についての議論はさておき、一つは様々な証言から浮かび上がったトランプという人間の異常性について。もう一つはトランプとその応援団を特徴づける思想的背景の今日性についてである。
◆歴代大統領とは全く異質な存在
選挙に多大な影響力を発揮したスティーブ・バノン(大統領首席戦略官)は、当選が決まった日のトランプについて「自分が勝つだろうとはこれぽっちも思っていなかった。この瞬間のための準備に1秒も費やしていなかった」と表現したが、トランプは就任早々から歴代の大統領とは異質な性格を見せ始める。衝動的で思いつきが多く、しばしば怒りと激情に駆られ、しかも気まぐれで忘れっぽい。目の前に書類がないと忘れることが多く、視界にないものは意識になくなる。
トランプは、政策についての込み入った説明を受け付けない。スタッフは常に幾つかの選択肢を作って一枚の紙にまとめるが、それさえも目を通さないことが多い。意志決定と調整のプロセスを踏まずに数人で決定を下すことが多い。政府がどう機能しているかを全く理解しておらずに、自分で命令書を書いたり、口述したりすることもあった。従って、同盟関係を破壊するような政策を「今日やる」と宣言したような時には、高官たちはトランプのデスクから関係書類を盗むことまでしたと言う。「あの男がやらないように救ってやったんだ」と。
一日6時間から8時間もテレビのニュース番組を見ている。自分を批判するメディアに憤慨し、それへの反論や敵対者に対して頻繁に行われるのが、ツイッターによる攻撃である。それが過激すぎて、スタッフに「こういったことばかりやっていると命取りになります。自分の足を撃つようなものです」、「ツイッターで戦争が起きるかも知れませんよ」と忠告されても、「これは私のメガホンなのだ。こうやってコミュニケーションをとる。私が選ばれた理由、成功した理由はこれなんだ」と言って、やめない。そして常に反応を気にしている。ツイートは大統領の職務の片手間ではなく中心なのだ。
◆「真の力は恐怖」を演じる大統領
際立つのは彼の異常なまでの自己愛である。自分が誤っているとは絶対に認めない。誰かに反対意見をぶつけられたときは、つねに力を駆使しないと負けるというのが彼の本能的な反応だ。「何かを認めたり過失を認めたら、それで終わりだ。強くなければならない、攻撃的でなければならない」。交渉ごとでも「有利な合意を得るには、古い合意を吹っ飛ばすしかない。吹っ飛ばしたら、6ヶ月以内に相手国は交渉のテーブルにつくだろう」と豪語する。イエスという返事を得るために、まずノーと言えというのがトランプの交渉理論である。そして言う。「真の力とは、恐怖だ」。
もとは存在していなかったリスクの大きい緊急事態を創り上げて、自分の手札の方が強いと思わせるのが、彼の得意技である。北朝鮮を度々刺激した発言もそうだった。そのギャンブルのような手法に対して、マティス(国防長官)やティラーソン(国務長官)は幾度も危惧を表明したが、彼ら2人とも政権を去ることになった。意見が対立し、政治の経験がないスタッフたちが互いに相手を攻撃する血みどろの状態をトランプは好んだという。高官や安全保障チームは「大統領の不安定な性格、問題に対する無知、学習能力の欠如、危険なものの見方に、極度の懸念を抱いている」とメモしている。
◆反グローバリズムの流れに乗った大統領の明日は?
アメリカ大統領とも思えないトランプだが、それでも一定の国民から(そして共和党議員からも)根強い支持を得ているのには理由がある。それは一口で言えば、行きすぎたグローバリズムに対する反感である。冷戦終結後のアメリカは、唯一の超大国として世界の警察官役を引き受け、紛争地に米軍を送ったり、反米的で非民主的な国家に軍事介入したりしてきた。それは、一方で軍と企業が結びついた軍産複合体や国際金融資本の世界進出とセットになっているが、儲かるのはそうしたグローバル企業だけで、犠牲はいつも国家や国民が支払ってきた。それが見えて来たのである。
泥沼化しているアフガニスタンやシリアから米軍を撤退させたいというトランプの主張に対して、軍の上層部は米軍の駐留はアメリカ人をテロから守っているのだと説得するが、トランプは聞き入れない。同じように在韓米軍についても「あれだけ金を使ってこの貿易赤字だ。駐留は何の役に立っているのか」と撤退を主張する。トランプがやろうとしていることは、これまでの常識を打ち破るもので、同盟国や軍産複合体を敵に回しても財政負担の大きい世界の警察官役をやめ、世界を多極化に導く政策である。この反グローバリズムの政策は危険ではあるが、ある面では正しく、今は(世界的にも)強固な支持者がいる時代なのである。
貿易収支についても同じ。貿易赤字は結局アメリカの経済にプラスになっていると幹部たちは説得するが、トランプは聞き入れない。彼にとっては、それで利益を上げているのは大資本で、彼の支持層の労働者たちではないと見ているのだ。しかし一方、トランプを包囲する既成勢力や金融資本の力は強大で、思うように動けないのも現実だ。それが富裕層であるトランプの弱点かも知れないが、世界に目を向ければ、この「反グローバリズム」の潮流は、移民問題も含めて今後どんどん大きくなって行く。その大きな流れに乗った異質な大統領の明日が、どうなるか。そして世界はどんな影響を受けるのか。目を離せない一年になりそうだ。
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