トランプが大統領に就任して2カ月余り。過激な政策を乱発する中で浮かび上がって来たのは、 トランプによる「世界秩序に与える構造的挑発」という特徴である。国内の民主党的なものとして彼が敵視する、既存の政府機関や、それを支える官僚やジャーナリストを排除するといった「秩序崩壊への欲望」が、国内にとどまらず、世界秩序にも向けられているという見方である。それが今後の世界にどういう変化をもたらすのか。今や世界の関心事なのだが、日々目まぐるしく変化するトランプ政策に翻弄されて、容易に予測つかないのが実情である。
今の世界を眺めていると、今後5年から10年の間に、世界は戦後の80年間にもなかったような、大きな転換期を迎える気がしてくる。その要因の幾つかは、まずAIの急速な進化だ。それが社会を根本的に変えていく。さらには急進する地球温暖化によって、地球が未知の領域入る可能性があること。そしてもう一つが、トランプによって引き起こされる世界の構造的変化である。80歳の私が、こうした変化の行きつく先を見届けることは無理かもしれないが、出来るだけ現象を俯瞰的、構造的に先取りしながら、変化の意味を探ってみたい気がする。
◆人類共通の課題への取り組みが停滞
アメリカ国内の政治に関してトランプは、政府機関の大胆な削減、移民の排斥、メディアや官 僚に対する敵対、多様性の排除などといった攻撃的な政策を乱発している。しかし、内政に対する検証は別の機会に譲るとして、今回は特に、私たちにも深く関係する、トランプ政治が「人類社会に及ぼす負の影響」について考えてみたい。これには、急速な進化を見せているGPT4(AI)にも質問を重ねながら、その答えも参考にした。最近、GPT4は「deep
research」という検索機能も付いたので、答えの確実性を確認することが出来るようにもなって来た。
そのAIがあげて来たトランプ政治の特徴が、「世界秩序に与える構造的挑発」である。その内容を項目的に上げてみる。まずは、人類の共通課題からの撤退である。トランプは就任早々、地球温暖化への取り組み、人権や抑圧、(新たなパンデミックにもつながる)途上国への保健衛生など、人類共通の課題に対して離脱や削減を打ち出した。これは米国による「国際制度の運営責任を負うのは得にならない」という一方的な宣言のようなもので、これによって、従来の国際的協調の枠組みが崩され、人類共通の課題への取り組みが停滞しようとしている。
◆安全保障の空洞化が招く新たな戦争
次は、国際安全保障への揺さぶりである。トランプは同盟国から搾取されていると あからさまに発言し、NATOからの引き上げや、日本、韓国の軍事費増などをしきりに匂わせる。これは従来の同盟関係を空洞化し、西欧はもちろん、韓国、台湾、日本にも核も含めた軍拡への圧力となっている。トランプはそれによってアメリカ製の武器を買わせて、支配力を強める算段かも知れないが、彼の不規則発言が同盟国間の疑心暗鬼を招き、辛うじて安定している国際秩序に無用の緊張を生じさている。それが地域間の思わぬ衝突に発展する可能性もありそうだ。
トランプが掲げる力の支配、自国第一のご都合主義といったロジックを、ロシアや中国、インドなどの大国、あるいは強権的な指導者たちが真似し始めたら世界はどうなるか。このいわゆる「大国主義の時代」の到来によって、世界の不確実性が高まり、中小国は大国の都合によって振り回されたり、場合によっては侵略されたりするかも知れない。AIは、中国と台湾、あるいは、ロシアに近いバルト3国、インドとパキスタン、イランとイスラエルなどなどが、新たな火種になって、場合によっては世界規模の戦争に拡大するかも知れないと答えて来た。
◆世界秩序に構造的挑発をもたらす彼の国家観
4月3日には、トランプによる大規模な関税戦争が始まった。これは、 世界各国との報復合戦を生み、WTO(世界貿易機関)を死に体にし、自由貿易というグローバル経済の土台を揺るがす行為である。トランプは自信満々だが、アメリカだって世界同時株安とインフレに巻き込まれていくし、それは前回も書いたようにトランプ支持の白人貧困層をも直撃する筈だ。これほどまでに世界に過激な(負の)影響を及ぼすトランプの国家観、すなわち世界秩序に構造的挑発をもたらす彼の国家観とはどういうものなのだろうか。これもAIに聞いてみた。
AIがあげたのは、次の3つの特徴である。一つは、国家と言うものを経済的な単位(ビジネスユニット)と見る発想であり、同盟関係をも得か損かといったビジネスの観点から見る。あるいは国際機関についても費用対効果で判断する。貿易についても黒字相手国を敵視し、自国の赤字は相手の不正と見る発想である。二つ目は、移民や外国文化を脅威としてみる。他者に対して不寛容であり、多文化や国際主義に対する排除の論理である。三つ目は、軍事力、経済力などのハードパワーを国家の正当性の根拠とする。「弱い国は尊重に値しない」とする見方だ。
◆トランプとその同調者に共通の国家観
トランプのこうした国家観は、「相手を脅し、条件を引き出し、従わせる」といったビジネスマンとしての経験にも影響されているが、一方で、中間層没落への危機感、移民流入への不安、エスタブリッシュメント(既成勢力)への不信、世界に利益を奪われたという感覚などもベースになっている。それが「自国第一主義」の根底にあるものだが、こうした国家観が世界に輸出される時、それは「世界秩序に与える構造的挑発」となる。これが、対話と信頼によってなりたってきた戦後の国際秩序の中核を破壊する、トランプの「構造的な挑発」なのである。
さらに、トランプのこうした国家観は政権中枢に入り込んだイーロン・マスクなどの面々にも通じるところがある。 彼らトランプの同調者、ビジネスの成功者たちには、正しいことより勝てることが大事という「エリート不信や秩序破壊への欲望」がある。自分の成功体験を信じる彼らは、自分を「秩序の外から成功した者」と見て、エリート教育や官僚制度を腐敗や堕落とみなす。こうした感覚は、自由主義や多文化主義に対する疲労感、反エリート主義、白人至上主義などと結びついていて、その土台は思いのほか厚く、そして根深いものだとAIは言う。
◆世界秩序破壊の欲望に対抗するには
長年の鬱積から突如浮上した異常な国家観によって、世界秩序が壊されようとしている今、世界には、それに対抗する手段はあるのだろうか。今や、米国内の民主勢力は、トランプに対抗する強力な「対抗概念」を見つけられず、息をひそめている状態である。AIは、「分断ではなく、ともに栄える」、「破壊ではなく連帯」といった、共生社会への対抗概念を民主党に提案するが、果たして今の民主党に届くだろうか。一方で、世界の対抗策としては、「脱アメリカ」、「脱トランプ」を提案する。例えば、トランプ抜きで進める「気候同盟」の模索である。
それは、国レベルがだめなら、自治体、都市、企業などの連携で進める(温暖化防止や人権といった)人類的価値への挑戦である。国連や国際機関において、アメリカ不在でも回る国際秩序の再構築が出来るかどうか。あるいは、アメリカの横暴に対抗する中小国家の国際的な連携強化も必要になる。一方で、トランプ流のフェイクやプロパガンダに対抗する国際的なファクトチェックチームを作ることも。各国のファクトチェック団体を連携させて、危険なフェイクやデマゴーグに対抗する。そうした検証のための「文化・制度・技術」が求められると言う。
国単位で出来なくても、こうした層を重ねて対抗することが可能かどうか。AIはもう一つ、私たちにも出来ることもあると言う。それは、トランプの言葉に惑わされない情報判断であり、選挙時に「国際協調」や「人権」を基準に入れるといった姿勢である。ごくまっとうな提案ではあるが、激動の時代に茫然自失していないで、一人一人がこうした姿勢が取れるかどうかが問わる時でもある。
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