NHKの番組ディレクターだった私は、定年後しばらくした2005年に「メディアの風」という個人的なウェブサイトを立ち上げた。定年後も一市民として、あるいはジャーナリストの端くれとして「時代と向き合って生きたい」と思ったからである。「私たちは今、どういう時代に生きているのか」、「時代はどこに向かおうとしているのか」、そして「この時代をより良く生きて行くにはどうすればいいのか」といった問題意識のもとに、組織を離れた自由な立場から、その時々の事象についてコラムを発信してきた。
新聞を切り抜いて関心のあるテーマのファイルを作り、ネットを検索し、雑誌や本を読みながら、1週間から10日に一回のペースで書いてきた。そのテーマは、メディア関係はもちろん、現役時代に取材した科学技術や地球温暖化、原子力といった問題から、政治や民主主義、格差と分断などの人類的課題、戦争と平和の問題、そして最近のコロナ感染症に至るまで多岐にわたっている。その都度、出来るだけ最新の情報を勉強しながら、手探りしながら同時進行で書いてきた。書き始めて今年で16年。そのコラムの数は440本を超えた。
特に、2011年3月の福島第一原発の事故については、事故直後から多大な関心と憂慮を持って見続けてきた。情報の出し方、事故の推移、人災の側面、放射線被曝の実態、さらには脱原発を阻む「原子力ムラ」の利権構造、脱原発への道筋などを10年にわたって書き続けてきた。2013年1月には、当初のコラム45本を「メディアの風 原発事故を見続けた日々」として自費出版した。一口に16年と言っても、例えば政治の分野では小泉政権から、民主党政権、さらには安倍政権、菅政権と、振り返って見ると様々な分岐点と変化があったことが分かる。
そして今、痛感するのはコラム「失われた30年の自画像」、「科学技術の揺らぐ足元」、「安倍政治の失われた8年」などに見たような日本の衰退の始まりである。膨大な国の借金、科学技術の衰退、そして深刻な政治と民主主義の劣化、加えて日本には少子高齢化という難問も控えている。2020年春に始まったコロナ禍では、医療体制、検査体制、ワクチン開発、デジタル化、それに政治面など、様々な面で日本の遅れが浮き彫りになったが、それらは、この「失われた30年」の間に徐々に進行してきた日本の衰退現象の現れだろう。
同時に世界の動きを見ると、これもまた民主主義の後退、格差と分断、米中の覇権争いなど、激しい時代の潮流の中にある。デジタルとAI、ゲノム編集、脱炭素のエネルギー革命など、100年に一度の大変化「メガシフト」が起きつつある。今回は、こうしたテーマと格闘しながら書き続けてきた440本のコラムから、181本を選んで上下2冊にまとめることにした。それぞれのコラムでは、単に警鐘を鳴らすだけでなく、出来るだけ「この時代をより良く生きて行くにはどうすればいいのか」という手がかりも探ってきたつもりである。
この本は、定年後の私の一つの「生きた証」であり、自己満足の結果でもある。基本的には各回5ページほどで完結しており、一応テーマ別に分けて年代順に古いものから並べたが、どこから読んでも、何から読んでもいいようになっている。気が向いたページを開いて読んで頂ければと思う。同時に出来たら、次代を担う若い世代に手にとって貰えればありがたいと密かに願っている。多岐にわたるテーマは、内容はともかく、これからの時代を生き抜いていく上で当然考えて行かなければならないテーマが多いと思うからである。なお、名前は敬称を省くことが多かったが、肩書やデータは書いた当時のものであることをお断りしておきたい。
2021年8月 軍司達男
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