「メディアの風 時代と向き合った16年」(上巻)   2021年12月

■前書き

NHKの番組ディレクターだった私は、定年後しばらくした2005年に「メディアの風」という個人的なウェブサイトを立ち上げた。定年後も一市民として、あるいはジャーナリストの端くれとして「時代と向き合って生きたい」と思ったからである。「私たちは今、どういう時代に生きているのか」「時代はどこに向かおうとしているのか」、そして「この時代をより良く生きて行くにはどうすればいいのか」といった問題意識のもとに、組織を離れた自由な立場から、その時々の事象についてコラムを発信してきた。

 新聞を切り抜いて関心のあるテーマのファイルを作り、ネットを検索し、雑誌や本を読みながら、1週間から10日に一回のペースで書いてきた。そのテーマは、メディア関係はもちろん、現役時代に取材した科学技術や地球温暖化、原子力といった問題から、政治や民主主義、格差と分断などの人類的課題、戦争と平和の問題、そして最近のコロナ感染症に至るまで多岐にわたっている。その都度、出来るだけ最新の情報を勉強しながら、手探りしながら同時進行で書いてきた。書き始めて今年で16年。そのコラムの数は440本を超えた。

特に、2011年3月の福島第一原発の事故については、事故直後から多大な関心と憂慮を持って見続けてきた。情報の出し方、事故の推移、人災の側面、放射線被曝の実態、さらには脱原発を阻む「原子力ムラ」の利権構造、脱原発への道筋などを10年にわたって書き続けてきた。2013年1月には、当初のコラム45本を「メディアの風 原発事故を見続けた日々」として自費出版した。一口に16年と言っても、例えば政治の分野では小泉政権から、民主党政権、さらには安倍政権、菅政権と、振り返って見ると様々な分岐点と変化があったことが分かる。

そして今、痛感するのはコラム「失われた30年の自画像」、「科学技術の揺らぐ足元」、「安倍政治の失われた8年」などに見たような日本の衰退の始まりである。膨大な国の借金、科学技術の衰退、そして深刻な政治と民主主義の劣化、加えて日本には少子高齢化という難問も控えている。2020年春に始まったコロナ禍では、医療体制、検査体制、ワクチン開発、デジタル化、それに政治面など、様々な面で日本の遅れが浮き彫りになったが、それらは、この「失われた30年」の間に徐々に進行してきた日本の衰退現象の現れだろう。

同時に世界の動きを見ると、これもまた民主主義の後退、格差と分断、米中の覇権争いなど、激しい時代の潮流の中にある。デジタルとAI、ゲノム編集、脱炭素のエネルギー革命など、100年に一度の大変化「メガシフト」が起きつつある。今回は、こうしたテーマと格闘しながら書き続けてきた440本のコラムから、181本を選んで上下2冊にまとめることにした。それぞれのコラムでは、単に警鐘を鳴らすだけでなく、出来るだけ「この時代をより良く生きて行くにはどうすればいいのか」という手がかりも探ってきたつもりである。

この本は、定年後の私の一つの「生きた証」であり、自己満足の結果でもある。基本的には各回5ページほどで完結しており、一応テーマ別に分けて年代順に古いものから並べたが、どこから読んでも、何から読んでもいいようになっている。気が向いたページを開いて読んで頂ければと思う。同時に出来たら、次代を担う若い世代に手にとって貰えればありがたいと密かに願っている。多岐にわたるテーマは、内容はともかく、これからの時代を生き抜いていく上で当然考えて行かなければならないテーマが多いと思うからである。なお、名前は敬称を省くことが多かったが、肩書やデータは書いた当時のものであることをお断りしておきたい。

                 2021年8月       軍司達男

■序章

以下は、ウェブサイト「メディアの風」を立ち上げた時のコラムである。ちょっと肩に力が入った文章だが、当時の思いとしてはこういうことだった。その後16年書いてきて、幾らかでも「力のある言葉」を見つけることが出来たかどうかは、全く心許ないが、出来るだけ自分の頭で考え、自分なりの言葉と見方(それはタイトルに端的に示すように努めてきた)で書いてきた。ということで、最初にこのコラムをもってきた。

言葉の持つ力について       2005.6.27

■第1章 メディア、番組

 私の仕事が放送関係だったことにもよるが、定年後もTVを始めとして様々なメディアをウオッチングして来た。そうしたコラム33本から19本を載せる。印象に残った番組や映画、著作などを取り上げ、その今日的意味を探ったもの、さらには、その時々のメディアを取り巻く環境の変化、メディアによる権力監視、或いは逆に権力によるメディア支配の実態などについて書いたコラムが並ぶことになった。その意味で、メディアのありようも時代を反映して大きく変化していることが分かる。

泣きながら生きて          2006.11.11
独裁を描いた映画          2009.3.1
テレビ制作者は今も「放送人」か   2010.12.30
「新聞週間」によせて        2010.10.19
震災2年、東北からいかに学ぶか    2013.3.10
映画「風立ちぬ」の時代と戦争    2013.7.30
「暴露」監視国家の驕りと腐敗    2014.6.22
メディアの冬の時代に        2014.7.16
漂流する「メディアと権力」     2015.6.30
電波停止発言と表現の自由@     2016.2.24
電波停止発言と表現の自由A     2016.3.5
分断する政治とメディア       2016.8.7
「脱真実」とメディアの危機     2016.12.10
腐敗する体制とその監視役      2017.2.23
現実感なき情報消費社会       2017.4.27
国民を巻き込む討論番組を      2018.3.1
誰が民主主義を救うのか       2018.4.10
ネット時代のメディアと権力     2019.12.25
政治のフェイクが跋扈する      2020.10.14

■第2章 新型コロナ

 日本で新型コロナが社会問題になり始めた2020年の2月頃から、同時進行で書いてきた。その間にアップしたコラムは1年で20本。既に日本におけるコロナ対策は、常に中途半端で先進国の中でも周回遅れという評価が定着した感がある。コロナは日本の政治と行政、科学と医学、デジタルなどなど、様々な面での日本の劣化を露わにした。現実を「科学的に見て合理的に行う」ことが出来ない日本という国とは、一体何なのか。手探りしながら書いた中から、より本質的なもの9本を選んだ。

高齢社会を直撃する新型肺炎     2020.2.28
コロナショックを生き抜く      2020.3.25
原因と解決策に迫る報道を      2020.4.19
出口の先に待っている世界      2020.5.14
規制解除後の日本はどこへ      2020.6.22
迷路に入り込むコロナ対策      2020.7.20
ウイルス封じ込めに本腰を      2020.8.8
新型コロナとは何者なのか      2020.9.25
迷走する日本のコロナ対策      2020.12.6
コロナが促す「脱」の世界      2021.2.19

■第3章 東日本大震災

 2011年3月11日の東日本大震災は、その後の日本に大きな衝撃を与え続けている。巨大災害時の日本人の行動様式。あるいは安全思想に安易に寄りかかって思考停止をしていた日本の無責任の体系。それらは、時代を超えて語り継がれなくてはならないと思う。以下は、震災後2年を経て幸いにも東北の現場を見に行く機会を得て書いたものである。

日常を一瞬で非日常に変えた力    2011.5.1
東北へ・周辺に立つ         2013.3.30
福島へ(1)放射線の中を行く    2013.4.6
福島へ(2)分断と孤立の中で    2013.4.20
三陸へ(1)悲劇の構造物を見る   2013.4.25
三陸へ(2)記憶を共有するために  2013.4.29

■第4章 福島原発事故、脱原発

 同時進行で見続けてきたと言えば、2011年3月の福島原発事故である。現役時代に原発の安全性に関する特集番組を制作した経験から、これについては最初から多大な関心を持って見つめてきた。これまでに書いたコラムは80本。うち最初の2年間の45本は「メディアの風 原発事故を見続けた日々」にまとめて自費出版した。今回は、そこからポイントになる7本だけを残し、さらにその後の19本を載せた。脱原発に抵抗する原子力ムラの策謀、原子力行政の行き詰まりなど、原発問題を巡る日本の無責任の体系を多面的に書いてきたものである。特に事故を忘れたかのように、原発の再稼働、或いは新増設に邁進する原子力ムラの動きについては、しつこく書いてきた。脱原発は諦めたら終わり。手を変え品を変え言い続けるしかないと思ったからである。

最悪に備えてあらゆる対策を     2011.3.13
原発事故はなぜ「人災」なのか(1) 2011.4.4
原発事故はなぜ「人災」なのか(2) 2011.4.15
議事録不在は何を意味するか     2012.3.1
若狭湾・原発銀座の原風景      2012.6.19
Nスペ「メルトダウン 連鎖の真相」  2012.8.8
巨大イモ虫と原発          2012.8.18 
持ちこたえるか?原子力規制委員会  2013.3.5
虚構と無理筋の原発政策       2013.7.8
フクシマ・今そこにある危機(1)   2013.8.15
フクシマ・今そこにある危機(2)   2013.8.22
「安全規制が世界一」の実態     2014.1.31
Nスペ「メルトダウンFile4     2014.3.20
原発・司法が責任を果たす時     2014.6.7
原発・誰が責任をとれるのか     2014.9.23
原発・“時流”という安全神話    2014.12.25
不確実で空虚な“原発比率”     2015.3.1
チェルノブイリの祈りと福島     2015.11.21
原発の「終わりの始まり」      2016.3.16
プルトニウムの呪縛を解け      2016.10.26
福島6年・未来からの想像力      2017.3.18
脱原発でもガラパゴス化?      2017.9.18
原発と世界最強の利権集団      2018.3.31
行き詰まる原子力行政と原発     2018.9.9
疑問だらけの東電事故判決      2019.9.27
最悪のケースに怯えた日々      2021.3.13
脱炭素は原発に引導を渡す          2021.8.6

■第5章 世界、文明、地球温暖化

 ここには、目の前の社会問題や日本の課題を少し離れて、地球的、人類的な課題をまとめた。100年に1度の大変化としてのメガシフトや、地球温暖化問題、或いは世界的な格差や分断、それをもたらす強欲経済、世界的な民主主義の凋落などである。21世紀に入って、人類はこうした様々な課題に直面しており、まさに人類の英知が問われる事態になっている。その中で、若い世代を中心に新たな試みも始まっているのが、僅かな救いだろうか。AIなどの科学技術、経済問題、国際問題なども含め、50本のうちから29本をこちらに並べた。

グローバル化時代に”働く”ということは? 2005.7.24
人類は宇宙に出るか?        2006.5.2
地球温暖化は防げるか?       2006.5.27
不況が長引くわけ          2008.12.14
COP15を乗り越える         2009.12.27
新しい米中関係と日本(1     2013.6.19
新しい米中関係と日本(2     2013.6.25
アメリカが作った世界システム    2014.9.11
存在の奇跡に感謝しながら      2015.1.1
イスラムと西欧の深き亀裂      2015.1.22
グローバル時代を生きる知恵     2015.2.15
「人類の英知」が試される      2016.1.12
人工知能の衝撃と人類の未来     2016.3.22
世界を食い荒らす強欲経済      2016.6.15
人類の生き残りを賭けた挑戦     2016.10.4
温暖化をどう生き抜くか       2018.8.5 
メガシフト@車が変わる日      2018.10.10
メガシフトA巨大国家中国      2018.11.15
どうなる?米中対立と日本      2018.11.25
メガシフトBゲノム編集       2018.12.3
民族の厄介で危険なDNA       2019.2.2
もしあなたが若者だったら      2019.8.8
政治的志向が問われる時代      2019.9.16
GAFAが世界を制覇する日       2020.2.3
差の拡大に手が打てるか      2020.2.15
何が民主主義を殺すのか?      2020.11.25

■下巻内容
「戦争と平和医、憲法」
「 政治、社会問題、日本の課題」
「民主党政権」
「安倍政権、菅政権」