遅すぎるという世論の批判を受けて、政府は8日、これまでの方針を転換して緊急事態宣言を11都府県にまで拡大することになった。メディアには後手後手とか、泥縄式とか、場当たり的とか、散々な言われようである。今はある意味で日本の非常事態なのに、この内閣には「国家の危機管理」という基本的な発想があるのかも怪しく見える。先日の会見で「1ヶ月過ぎても感染が収まらない場合はどうするのか」と聞かれた菅は、「仮定の質問には答えられない」と言ったが、状況悪化に備えるという危機管理のイロハからほど遠い姿勢である。
◆危機管理のイロハが分からない菅政権
宣言の範囲を小出しに広げることについても、「始めから大きく網を掛けて状況を見ながら絞るというのが危機管理の基本だ」(小池晃、共産党)などと指摘されているが、今の菅は危機管理の基本である「危機の時のリーダーは声を張れ、決断の時は“私心”を捨てよ、裸の王様になるな、悲観的に準備し楽観的に対処せよ、つねに代案の用意を」(「危機管理のノウハウ」佐々淳行)とは真逆の姿を見せて国民の信頼を失っている。記者会見もボソボソと下を向いてしゃべるだけで言語不明瞭。これで、いつまでも持つのだろうか。
菅政権は今も、「政権維持のためにもオリンピックは絶対やる」、「従って、海外から日本が“State of emergency”(国家非常事態)と見られるような状況は作れない」、「ワクチンが来るまでの我慢だ」、「まだ外国に比べれば死者は少ない」、「感染抑止より経済界や二階幹事長の意向が大事」などと思っているのだろうが、今やそんな「政権の都合」は通らない段階にまで事態は切迫している。14日のテレ朝に出演した本庶佑(ノーベル賞学者)も、「国民の安全が確保されてこその経済であり、(二兎を追う)国は間違っている」と手厳しく指摘していた。
◆無症状の陽性者を見つけて隔離できるか
本庶ら4人のノーベル賞学者(大隅良典、大村智、山中伸弥)は、1月8日にコロナに関する共同声明を出した。そのうちの本庶と大隅の2人が「羽鳥モーニングショー」(14日)に出演して、「今重要なのは、無症状の感染者をどう見つけて隔離するかであり、そのためにPCR検査(日本は現在1日10万件以下)をもっと拡充するべき」だとし、これに厚労省がなぜ反対するのか理解に苦しむと批判。「既に民間が完全自動化の検査機を開発している。これを千台確保すれば1日250万件が可能になる。これに予算を投入する方が有効だ」と主張した。
さすがにノーベル賞学者の意見は明快で、久しぶりに胸のすく思いがした。日本のPCR検査が増えないのは、保健所を配下にもつ厚労省が公衆衛生行政の既得権益を手放したくないからだが、ここへ来て厚労省が頼りにする「クラスター対策」は完全に破綻し、保健所が手一杯で濃厚接触者の追跡も出来ない状況になっている。特に感染を人一倍拡大する無症状の若者(スーパースプレッダー)が野放し状態になっており、このまま感染爆発まで行くと検査の網を掛けようにも手遅れで、変異種の出たロンドン市のように「制御不能」になりかねない。
◆震源地(エピセンター)にPCRの網を掛ける
PCR検査の拡大と言っても、全国万遍にではない。児玉龍彦は最近のYouTubeでも、感染の震源地(エピセンター)に重点的に網を掛ける検査が必要だと言う。その中で彼は、明快で説得力のある感染抑止策を提言しているが、「コロナウイルスは1年に20回ほど変異する。怖いのはウイルスの大元(幹)がしつこく感染を続けているうちに変異を繰り返すこと。従って、新宿や渋谷、港区などのエピセンターの幹を抑え込むことが大事」だという。そして、そうしたエピセンターと医療施設、保育施設などに重点的にPCRの網をかぶせていくべきだとする。
今や新宿での変異種(東京、埼玉型)がGoトラベルなどで全国に散らばっている状態だ。コロナ感染者の時間的、地域的経過をビッグデータから可視化した先日の「クローズアップ現代 ビッグデータで読み解く」(1/13)を見ると、それが一目瞭然。児玉の言うエピセンターが広島、浜松、熊本、長崎などの地方都市に広がっている。クロ現では、それ以上触れなかったが、こういう所にPCRの大規模検査を行って幹を抑え込むことが重要になる筈だ。最近、広島市で80万人の大規模検査を行うニュースが流れたが、これはその動きの一つだろう。
◆非常事態宣言の眼目が国民に徹底しない
もちろん、 無症状者にもPCR検査の網を広げると言っても、それは適切な隔離政策とセットにならなければならない。それも、上昌広(医師)に言わせれば、インフルエンザと同じで自宅や指定ホテルなどで自己隔離することが基本になる。要は、感染者と非感染者を徹底して分けることであり、そうすれば非感染者同士で経済を回すことが出来る、と言うのが児玉たちの主張である。一方、PCR検査が十分でない場合の次善の策としては、非常事態宣言の網を掛けることになるが、これについても政府のメッセージは非常に混乱している。
非常事態宣言の眼目は、もちろん人と人との接触を7割から8割減らすことにある。そのための不要不急の外出自粛であり、テレワークの勧めなのに、今は飲食だけがやり玉に挙げられていて、そこに議論が集中している。しかも、夜8時までなら飲食してもOKととられて、これでは「Go
to eat」で緩んだ気持ちは元に戻らない。完全に政府のミスリードで、国民の気持ちを緩めたり、引き締めたりすることがいかに難しいかが分かる。既に宣言だけでは無理な状況で、だからこそPCR大規模検査とセットで考えるべきなのである。
◆若者の心に響く強いメッセージを
20代の若者の感染者数(10万人当たり)は、他の世代の2〜3倍。最も感染しやすく、感染を広げやすい年代でもある。従って、重要なのは特に若い世代に、「人と人の接触を減らすこと」の大切さをどう伝え、危機感を持って感染抑止に寄与して貰うかなのだが、横浜などで1万人規模の成人式をやるなどは、危険きわまりないことである(免疫学者、宮坂昌之)。政府・行政は、ただのインフルエンザや風邪と思っている若者に、コロナの怖さと彼らの行動変容がいかに大事かを、「彼らの心に響く言葉」で訴えることは出来るのか。
最近の研究によれば、若い世代で無症状の感染者でも長期にわたって深刻な「後遺症」が出ることが報告されている。 特に脳にウイルスが入り込むと、「ブレインフォグ(脳の霧)」というような、記憶力減退や集中力の低下などの後遺症が若い世代にも起こる。動物実験では、人に感染したウイルスが速やかに脳に移行して行くことが報告されている。コロナは若い世代でも怖いウイルスなのだと言うこと、そして、何より社会を(若者も働ける)元の状態に戻すには、若い世代の協力が欠かせないと言うことを真剣に訴えていかなければならないと思う。
◆コロナ報道のあり方を見直しながら
今後のメディアは、非常事態宣言に付随する特措法の改正(罰則とセットになった休業補償など)に話題が移っていくだろう。コロナで経済的打撃を受ける人々への補償はもちろん大事で、ワイドショーなどは連日長時間、コロナ問題を扱っているが、多くはマンネリ状態で床屋談義のようになっている。これでは議論が拡散するばかり。より大事なのは、今一度、感染抑止の原点に帰ることではないか。(頼りない政府に代わって)真の科学者を発掘しながら、PCR検査の拡充による若者の感染抑止と、「人と人の接触を減らす」という意識改革を促して欲しい。(文中敬称略)
|