日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

若者の感染を抑え込めるか 20.1.15

 遅すぎるという世論の批判を受けて、政府は8日、これまでの方針を転換して緊急事態宣言を11都府県にまで拡大することになった。メディアには後手後手とか、泥縄式とか、場当たり的とか、散々な言われようである。今はある意味で日本の非常事態なのに、この内閣には「国家の危機管理」という基本的な発想があるのかも怪しく見える。先日の会見で「1ヶ月過ぎても感染が収まらない場合はどうするのか」と聞かれた菅は、「仮定の質問には答えられない」と言ったが、状況悪化に備えるという危機管理のイロハからほど遠い姿勢である。 

◆危機管理のイロハが分からない菅政権
 宣言の範囲を小出しに広げることについても、「始めから大きく網を掛けて状況を見ながら絞るというのが危機管理の基本だ」(小池晃、共産党)などと指摘されているが、今の菅は危機管理の基本である「危機の時のリーダーは声を張れ、決断の時は“私心”を捨てよ、裸の王様になるな、悲観的に準備し楽観的に対処せよ、つねに代案の用意を」(「危機管理のノウハウ」佐々淳行)とは真逆の姿を見せて国民の信頼を失っている。記者会見もボソボソと下を向いてしゃべるだけで言語不明瞭。これで、いつまでも持つのだろうか。

 菅政権は今も、「政権維持のためにもオリンピックは絶対やる」、「従って、海外から日本が“State of emergency”(国家非常事態)と見られるような状況は作れない」、「ワクチンが来るまでの我慢だ」、「まだ外国に比べれば死者は少ない」、「感染抑止より経済界や二階幹事長の意向が大事」などと思っているのだろうが、今やそんな「政権の都合」は通らない段階にまで事態は切迫している。14日のテレ朝に出演した本庶佑(ノーベル賞学者)も、「国民の安全が確保されてこその経済であり、(二兎を追う)国は間違っている」と手厳しく指摘していた。

◆無症状の陽性者を見つけて隔離できるか
 本庶ら4人のノーベル賞学者(大隅良典、大村智、山中伸弥)は、1月8日にコロナに関する共同声明を出した。そのうちの本庶と大隅の2人が「羽鳥モーニングショー」(14日)に出演して、「今重要なのは、無症状の感染者をどう見つけて隔離するかであり、そのためにPCR検査(日本は現在1日10万件以下)をもっと拡充するべき」だとし、これに厚労省がなぜ反対するのか理解に苦しむと批判。「既に民間が完全自動化の検査機を開発している。これを千台確保すれば1日250万件が可能になる。これに予算を投入する方が有効だ」と主張した。

 さすがにノーベル賞学者の意見は明快で、久しぶりに胸のすく思いがした。日本のPCR検査が増えないのは、保健所を配下にもつ厚労省が公衆衛生行政の既得権益を手放したくないからだが、ここへ来て厚労省が頼りにする「クラスター対策」は完全に破綻し、保健所が手一杯で濃厚接触者の追跡も出来ない状況になっている。特に感染を人一倍拡大する無症状の若者(スーパースプレッダー)が野放し状態になっており、このまま感染爆発まで行くと検査の網を掛けようにも手遅れで、変異種の出たロンドン市のように「制御不能」になりかねない。

◆震源地(エピセンター)にPCRの網を掛ける
 PCR検査の拡大と言っても、全国万遍にではない。児玉龍彦は最近のYouTubeでも、感染の震源地(エピセンター)に重点的に網を掛ける検査が必要だと言う。その中で彼は、明快で説得力のある感染抑止策を提言しているが、「コロナウイルスは1年に20回ほど変異する。怖いのはウイルスの大元(幹)がしつこく感染を続けているうちに変異を繰り返すこと。従って、新宿や渋谷、港区などのエピセンターの幹を抑え込むことが大事」だという。そして、そうしたエピセンターと医療施設、保育施設などに重点的にPCRの網をかぶせていくべきだとする。

 今や新宿での変異種(東京、埼玉型)がGoトラベルなどで全国に散らばっている状態だ。コロナ感染者の時間的、地域的経過をビッグデータから可視化した先日の「クローズアップ現代 ビッグデータで読み解く」(1/13)を見ると、それが一目瞭然。児玉の言うエピセンターが広島、浜松、熊本、長崎などの地方都市に広がっている。クロ現では、それ以上触れなかったが、こういう所にPCRの大規模検査を行って幹を抑え込むことが重要になる筈だ。最近、広島市で80万人の大規模検査を行うニュースが流れたが、これはその動きの一つだろう。

◆非常事態宣言の眼目が国民に徹底しない
 もちろん、無症状者にもPCR検査の網を広げると言っても、それは適切な隔離政策とセットにならなければならない。それも、上昌広(医師)に言わせれば、インフルエンザと同じで自宅や指定ホテルなどで自己隔離することが基本になる。要は、感染者と非感染者を徹底して分けることであり、そうすれば非感染者同士で経済を回すことが出来る、と言うのが児玉たちの主張である。一方、PCR検査が十分でない場合の次善の策としては、非常事態宣言の網を掛けることになるが、これについても政府のメッセージは非常に混乱している。

 非常事態宣言の眼目は、もちろん人と人との接触を7割から8割減らすことにある。そのための不要不急の外出自粛であり、テレワークの勧めなのに、今は飲食だけがやり玉に挙げられていて、そこに議論が集中している。しかも、夜8時までなら飲食してもOKととられて、これでは「Go to eat」で緩んだ気持ちは元に戻らない。完全に政府のミスリードで、国民の気持ちを緩めたり、引き締めたりすることがいかに難しいかが分かる。既に宣言だけでは無理な状況で、だからこそPCR大規模検査とセットで考えるべきなのである。

◆若者の心に響く強いメッセージを
 20代の若者の感染者数(10万人当たり)は、他の世代の2〜3倍。最も感染しやすく、感染を広げやすい年代でもある。従って、重要なのは特に若い世代に、「人と人の接触を減らすこと」の大切さをどう伝え、危機感を持って感染抑止に寄与して貰うかなのだが、横浜などで1万人規模の成人式をやるなどは、危険きわまりないことである(免疫学者、宮坂昌之)。政府・行政は、ただのインフルエンザや風邪と思っている若者に、コロナの怖さと彼らの行動変容がいかに大事かを、「彼らの心に響く言葉」で訴えることは出来るのか

 最近の研究によれば、若い世代で無症状の感染者でも長期にわたって深刻な「後遺症」が出ることが報告されている。特に脳にウイルスが入り込むと、「ブレインフォグ(脳の霧)」というような、記憶力減退や集中力の低下などの後遺症が若い世代にも起こる。動物実験では、人に感染したウイルスが速やかに脳に移行して行くことが報告されている。コロナは若い世代でも怖いウイルスなのだと言うこと、そして、何より社会を(若者も働ける)元の状態に戻すには、若い世代の協力が欠かせないと言うことを真剣に訴えていかなければならないと思う。

◆コロナ報道のあり方を見直しながら
 今後のメディアは、非常事態宣言に付随する特措法の改正(罰則とセットになった休業補償など)に話題が移っていくだろう。コロナで経済的打撃を受ける人々への補償はもちろん大事で、ワイドショーなどは連日長時間、コロナ問題を扱っているが、多くはマンネリ状態で床屋談義のようになっている。これでは議論が拡散するばかり。より大事なのは、今一度、感染抑止の原点に帰ることではないか。(頼りない政府に代わって)真の科学者を発掘しながら、PCR検査の拡充による若者の感染抑止と、「人と人の接触を減らす」という意識改革を促して欲しい。(文中敬称略) 

閉塞日本の突破口はどこに 21.1.3

 年が明けたが、心から喜ぶ気にならない。最近のコロナの感染爆発の兆しに、身構えるような気持ちでいる。今年の展望を考えるにも、世界中がコロナで苦しんでいるときに、7月のオリンピックが可能かどうかも分からない不透明さである。去年はコロナをウォッチングしながら、2月の「高齢社会を直撃する新型肺炎」を皮切りに19本のコロナ関連のコラムをアップしたが、その中で痛感させられたのは、医療体制の遅れや政治の迷走と言った「日本システムの劣化」だった。まるで、日本全体が出口の見えない閉塞状況に陥っているようだった。

◆超特急で認可されたワクチンへの懸念
 唯一の期待はワクチンだが、これも一部の専門家によれば効果の持続性やアナフィラキシーという接種直後のアレルギー反応といった問題の他にも、重大な合併症が懸念されている。一つは、強い抗体が出来る反作用としての自己免疫の異常である。このウイルスは、たとえ無症状や軽症で済んだとしても実に広範で深刻な「後遺症」が報告されているが、その多くが自己免疫疾患に関係する。その範囲は、倦怠感、呼吸困難、記憶喪失、睡眠障害などから脳梗塞や糖尿病などにも及んでいる(「選択」12月号〜多発する自己免疫異常の怖さ〜)。

 この原因としての自己免疫異常が、ワクチンで人工的に抗体を作る場合にも懸念されているのだが、その影響は数ヶ月後に現れることがあり、通常ワクチンの審査では最低でも接種後半年のデータが要求される。しかし、今回はそれが超特急での認可になっている。日本の免疫学者、宮坂昌之(阪大教授)や玉谷卓也(順天堂講師)らも、ワクチン効果の持続性や自己免疫異常の有無の見極めには、やはり半年、一年の経過観察が必要で「期待しすぎてはいけない」と言う。従って、今やるべきことはやはり、いかに感染を押さえ込むかということになる。

◆感染症対策の医療システムの劣化
 しかし、その感染押さえ込みについても日本は迷走を重ねてきた。現在は、「GoToキャンペーン」で気が緩んだ無症状者が出歩いて感染を広げている状況だが、これを押さえ込むには世界標準から言ってもPCR検査の拡充しかない。しかし、PCR検査では極めて少数の擬陽性が出ることを理由に、厚労省幹部(医務技官)がブレーキを掛け続けて来た。政府に批判的な上昌広(*)によれば、小数の偽陽性はあっても偽陰性はない(陽性は見逃さない)というから、対策上有効なはずなのだが、民間委託が進まないのは、検査を独占したい厚労省(公衆衛生ムラ)の利権からだという。*)NPO法人医療ガバナンス研究所理事長、12/14にサイエンス映像学会で講演して貰った。これを聞くと日本がいかに遅れているか分かる

 深刻なのは、日本はコロナ関連の研究論文で世界16位と、先進7カ国中、最下位であること(Nスペ、パンデミック「“科学技術立国”再生への道」12/20)。ワクチン研究も阪大で教授と助手らの3人が細々とやっているのが実情で、これでは巨額の投資で開発している欧米にとても太刀打ちできない。原因の一つは、「科学技術の揺らぐ足元」(18.11.5)にも書いたように、大学の法人化ともに競争原理を導入し、予算を削ってきたからである。そのためにスタッフが有期雇用で、落ち着いて研究できる環境が失われている。日本の病は深刻だ。

◆合理的、総合的戦略が苦手な日本
 コロナ対策は、児玉龍彦氏が言う最先端の精密科学(ウイルス、免疫学)に加えて、感染症、臨床医学、医療体制の専門家の総合的知見をどう社会に実装していくかが問われる。そのためには、社会科学、社会心理学、経済学と言った理系以外の専門家の意見も必要になるし、それを束ねる政治には、これら多岐にわたる専門領域を概観出来るだけの知力と強い実行力が必要になる。しかし、政治の面では、今に至っても公衆衛生ムラの利権、厚労省と国交省の縦割り行政の意思疎通のなさ、国と地方との危機意識のずれなどの問題が解消されていない。

 組織の思惑、官僚の忖度が足かせになって、政府対策本部(首相が本部長)も実質的な議論がないまま、GoToトラベルを引きずり、全国に感染を拡大させた。さらには、感染力が強い変異種が現れ始めている時に、政府の分科会(尾身会長)の中に、ウイルスや免疫学の専門家がいないことも問題視されている。コロナウイルスは、どこの国でもこうした「人間社会の劣化」の隙をついて拡大するが、日本の場合は特に、ある命題(テーマ)に対する合理的、総合的戦略、そして具体的戦術の組み立てが不得手といういつもの問題に突き当たる。 

◆行き着くところまで行かないと分からない?
 これは、社会システムの劣化が極まった幕末や太平洋戦争末期にも見られた日本の致命的欠陥と言える。黒船来航時に、いくら会議を重ねても結論が出せない幕藩体制、終戦を巡って議論が紛糾し最後には天皇の聖断を仰ぐしかなかった戦時日本など、極端な例を持ち出すまでもなく、日本は合理的、戦略的に進めることが苦手だ。そして、行き着くところまで行かないと分からないという悲劇的体質を抱えている。その日本は2021年、コロナ対策をどうするかから、オリンピックをどうするかまで、大小幾つもの政治的課題を抱えている。

 コロナ対策では、首都圏自治体は2日、非常事態宣言発出の要望をしたが、国はどこまでやるのか、強制力を持たせるのか、補償はするのか、肝心の所が見えない。また安倍が辞任するときに、年末までにPCR検査を1日20万件に増やすと言っていたのに、まだ7万件程度だ。空疎な言葉だけで、単に状況を見ながらアクセルとブレーキを交互に踏んでいるだけ。コロナを押さえ込む総合的な戦略と具体的な設計図が示せない。海外のワクチンにすべてを賭ける日本のコロナ対策は、(ワクチンに問題が出た場合は)やはり行き着くところまで行くしかないのだろうか。 

◆問題を大きく捉えてプラスに転換する構想力
 この他にも、2021年の日本は膨大な財政赤字、少子高齢化と人口減少、巨大地震対策、科学技術力の低下、地球温暖化対策としての脱炭素や原発をどうするかなど、大きな政治的課題が山積している。オリンピックも含めて先の見えない閉塞感が漂う日本だが、これらも見方を変えて、例えば脱炭素などは本格的に取り組めば、日本は石油確保のための中東の安全保障や、行き詰まっている原発への見切りなど、従来のエネルギー政策のクビキを脱して、新たな世界を切り開くことが出来るテーマでもある(朝日12/19。西村六善:元外務相気候変動担当大使)。

 脱炭素宣言によって、日本は中国を含めた近隣アジアとの協力関係を作れるし、中東やアフリカなどへの技術移転で、日本の新しい国際的役割の地平線を広げられる(このテーマは別途書きたい)。コロナだって、日本独自のPCR検査の戦略的展開とデジタル技術の活用をシステム化できれば、これからのパンデミックに国際貢献できるし、コロナ時代に適応した新たな経済のあり方を創出するチャンスになるかも知れない。必要なのは、日本が抱えている大問題の意味を大きく捉えて、それをプラスに転換する構想力なのかも知れない。

◆時代を見通して政治力を駆使した勝海舟
 時代の転換期にはもちろん、乗り遅れる人々が多数発生するが、その人々を見捨てないことも政治の大事な仕事になる。司馬遼太郎と江藤淳との対談(「歴史を動かす力」)を読むと、幕末に世界を見て幕藩体制の終わりを見通していたのは、幕臣の勝海舟ただ一人だったという。海舟は、その一点を貫いて、江戸幕府から明治国家への“ソフトランディング”に尽力したわけだが、徳川慶喜も含めて最後まで幕臣たちの面倒を見た。政治のあらゆる技術を駆使して、時代の要請を遂行した。その頃の海舟は40歳代。それが転換期の政治というものなのかも知れない。*)江藤淳の「海舟余波」は、海舟の政治的天才振りが良く分かる名著

翻って、失われた30年の様々な問題を抱えて煮詰まっている日本(「失われた30年の自画像」19.5.16)の政治を見れば、70代(菅)、80代(二階、麻生)の老人が政治を牛耳っている悲劇的な状況だ。利権だの忖度だの権力闘争だのといった、古めかしい停滞した政治に頼らずに、この閉塞日本を突き破る、若い世代の出現と奮起を願うばかりである。