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  今週の鑑賞。定年後の身辺雑記

猛暑とコロナと政治の無能 21.8.23

 この夏は、いくつもの要因が重なってストレスが一杯の夏となった。その要因を上げると、まずはこの夏の異常気象である。線状降水帯が西日本を離れず、土石流や洪水の災害が続いた。その一方で、私の住む東日本では猛暑である。熱中症の厳重警戒が続いて、昼も夜もエアコンをつけたり消したりの暮らしになった。この歳になると、これがかなり堪える。しかも、夫婦で寒暖の感覚が違うのもストレスの原因になる。地球温暖化の影響で、この先もこうした異常気象が恒常化していくのだろう。そうした憂鬱な予感がまたストレスのもとになる。

◆コロナのかつてない感染爆発
 もう一つは、このコロナ禍である。感染力の強いデルタ株に完全に置き換わって、いまやどこまで増えるか分からない感染爆発状態。(検査が少ないので実際はこの3倍くらいいるという)新規感染者数も、重症者数も連日過去最多を記録している。入院できない患者が10万人もいて、日々悲劇的な死が伝えられる異常事態だ。デルタ株は、ワクチンを2回接種しても(重症化は防せぐが)、感染リスクは50%近いと言うから油断できない。相変わらず、人に会うのもままならない自粛生活が続いている。この終わりの見えない緊張がストレスである。 

 さらなるストレスは、政治の無策に対する怒りから来る。政府は緊急事態宣言を乱発するが、彼らの危機感は一向に人々の心に届かない。それも当然で、一方でオリンピックのお祭り気分を盛り上げながら、一方で危機感を抱けと言っても無理。これはメディアも同罪である。人々の気分がそうなら、政治はより具体的な対策でコロナを封じ込めなければならないのに、自粛要請を曖昧に繰り返すだけである。頼りのワクチンも滞っているし、患者を集中的に診るような臨時病棟の建設もない。口では災害レベルなどと言いながら、その無策に腹が立つ。

◆政治の無能に対するストレス
 感染初期に投与すれば効果的と言われる「イベルメクチン」(読売オンライン)についても確保に及び腰で、政治は責任を負おうとしない。価格が非公開でかなりの高額な人工抗体だけがクローズアップされているが足りてない。イベルメクチンは極めて安価で、初期に一回、3錠、4錠飲めばいい。副作用のないことも証明済みなのだから、やるだけやってみればいいのに、腰が重い。長尾和弘(兵庫県医師)などは、これを全世帯に配ったらどうかとまで言っているが、まさに燃えさかる火事を前にして、消化剤の効能を巡って議論しているようなものだ。

 その背景には、金儲け主義の製薬メーカーの思惑があるに違いないが、何より政治が無能で、これを打破できない。安倍から菅へ。一強状態に胡座をかいて国会も開かず、真に国民に向き合わない無責任な政治がずるずると続いている。願わくは、この秋の総選挙でそうした堕落した政治に覚醒の一撃が下ってほしいが、どうなるか(*)。今は燃え盛る火事を前にして、なすすべもなく政治の無能に耐えなければならないのがストレスである。このストレスをやり過ごす生活の工夫をしようとはするが、この猛暑でその気力が沸かないのもストレスである。 *)22日の横浜市長選の結果は、その手始めの一撃でしょうか?

◆コロナ禍における孫たちとの交流
 そうは言え、この夏は幾つかの楽しみもあった。その一つは、コロナ禍における孫たちとの交流だった。お盆前には、娘が4歳(男児)と2歳(女児)の2人を連れて1週間泊まりに来た。同じ県内なので、旦那さんは車から3人を降ろすと、とんぼ返りであっという間に帰って行った。毎晩Lineでは会話をしているが、久しぶりの再会である。その1週間は、すべてを忘れて孫たちの相手をすると覚悟を決めて、小さなプールでの水遊びや、遊水池散歩、お寺参り、お絵かき、部屋でのロール遊び、YouTubeでの恐竜鑑賞などに付き合った。

 驚くことに、下の子はみるみる言葉も達者になって自己主張をしっかりするようになった。いうことをなかなか聞かないので、「鬼さんがくるよ」と言って脅かそうとすると、兄が「おじいちゃん!」と言って間に入って妹を守ろうとするから面白い。ご近所にも「賑やかでいいですね」なんて言われたが、それもあっという間にまた旦那さんの迎えの車で帰っていった。クタクタだったカミさんと私は、ほっと一息である。帰ってから、カミさんは「子育ては、あんなに大変だったかなあ」などと言うが、私はどう答えるのが正解か分からず黙っている。

 NYの3人の孫とは、その間にLineで話をした。まだマスクはしているが、こっちほどピリピリしてはいないようだ。下の子(5歳男児)は先日、ヤンキースタジアムに大谷翔平を見に行ったみたい。長男の所の2人の孫娘のうち、上の子は大学受験に取りかかる年頃。先日は、メールで私が大学の専門課程(都市工学)で習った教授たちの名前を聞いてきた。丹下健三、黒川紀章、大谷幸夫といった大御所を上げたら、建築に興味を持つ彼女はびっくりしていた。もっとも、こちらは全く才能がなかったのだが、そんなやりとりも嬉しいことである。

◆「メディアの風」の出版化の先に
 「メディアの風」の出版化は、少しずつだが着実に進んでいる。上下2冊で各巻400ページほどになるらしい。本の装丁はデザイナーの次男がやってくれることになったが、ついでに彼の作品もカットとして文章の合間に入れることにした。「メディア」、「原発事故」、「戦争と平和」、「文明、世界」、「政党政治」など、全部で9つのジャンル(章)に分類して時系列的に並べたが、本の形がもう少し見えてくると、手応えやら感想も出てくるだろう。それぞれの章を通して見たときに、何か訴えるものが見えてくるかどうか。それが密かな楽しみでもある。 

 一足先に先日、そのヒントのようなものを感じる機会があった。同期のK君から、そうしたコラムをもとにオンライン勉強会の話題提供に、原発問題を仲間に話して欲しいという依頼である。そこで、10年前の原発事故からシコシコと書いてきたコラムの論点を整理して、6人の報道ディレクターの懐かしい顔ぶれに1時間半ほど話をした。最近ふと、この本が出来たらそれをもとに、若い人たちに何か話してみたいとも思ったことがあったが、期せずしてその予行演習をした感があった。まだ先のことになるが、お陰で楽しみが一つ出来たかも。

◆本が完成するまでは
 先日、88歳の大先輩が出版した「2050年、未来秩序の選択」を頂いた。そこにも書かれているが、今を概観すれば、時代の大きな転換点にあるような気がする。人類の歴史を逆回転させるような野蛮な体制が頭をもたげてもいる一方で、人類共通の課題として、地球温暖化が促す、新たな経済システム、社会的価値観、文明のあり方の模索が始まっている。私の本のタイトルは「メディアの風〜時代と向き合った16年〜」とすることにしたが、これも振り返って見れば、拙いながら、その入り口まで歩いてきた感じがしている。 

 そんなことで、今はとにかくコロナにも健康にも気をつけようと思うようになった。暑い日にゴルフをやって熱中症になりそうになったり、先日のように、出窓の台からおりようとしてすべって後ろ向きに倒れ、背中を嫌と言うほどサイドボードの硝子に打ち付けたりしないように。お陰で、サイドボードの硝子は粉々になり、シャツは破けてかなりの擦り傷が出来た。地震対策に、硝子に飛散防止のフィルムを張っていたのが不幸中の幸いだった。この歳になると何が起こるか分からない。本が完成するまでは慎重に行こうと痛感したことである。 

五輪祭典を横目で見ながら 21.725
 コロナの感染が急拡大する中でオリンピックが始まった。前回の1964年の東京オリンピックの時は大学1年生で、東北地方を旅していた。もともと近年のオリンピックのあり方や、少しでも視聴率を稼ごうと狂奔するメディアの姿勢に違和感を持っていたので、2013年に招致が決まった時も半分白けていた。簡素で安上がりのオリンピックと言いながら当初予算7340億円の2.2倍の1兆6千億も掛けて来たこと、そして「呪われたオリンピック」と言われるくらいのゴタゴタ続き。それに追い打ちを掛けるコロナの急拡大である。

◆オリンピックと日本の政治
 ことここに至っては、開催する方が止めるより傷が少ないのかも知れないが、こうなってみると2013年の招致の時にトルコのイスタンブールに譲っていた方が余程日本にとって良かったと思う。そうなっていれば、今頃は借金を積み上げることもなく、心穏やかに海外での日本人の活躍を見ながら、国内のコロナ対策に専念できただろうに。今は目立たぬように開会式を欠席した安倍も、日本の夏の気候は穏やかだとか、福島はアンダーコントロールだとか言って招致したことを少しは反省して貰わなければならない。繰り言を並べても仕方がないが。

 ただし一方で、「やめることは一番簡単なこと、楽なことだ。挑戦するのが政府の役割だ」(米紙へのインタビュー7/21)と意味不明な理由で開催を強行した菅首相の、この先の責任については、十分に見ていかなければならない。この菅の決断については、「第二次世界大戦の時と一緒。日本国民の命を質に博打をうっている」と、国民の命を危険にさらしながら、ひたすら無謀な開催強行へ突き進む姿を大戦時と重ねる声も出ている(スポーツ紙)。冷静に情報を分析・吟味せずに、思い込みや精神論で事を進める菅に、この先の運はあるのかないのか。

 菅首相は、どこか戦前の東條英機と似ていると言った友人がいるが、東條も科学的な分析をせず、視野狭窄的な精神論に凝り固まって悲劇を拡大した。何しろ、東條は真珠湾の勝利祝賀会で「これでルーズベルトも失脚だな。アメリカ国民の士気も落ちてしまうだろう」と“根拠なき楽観論”の典型のような感想を述べたくらいだから、危険この上ない。今の政権はオリンピックで金メダルが量産されれば国民も盛り上がり、秋にワクチンが間に合えば選挙に勝てると考えているという。この博打のような政治の危険性を忘れてはいけない。

◆出版化、新規コラムをどうする?
 本来は、こうしたことを「日々のコラム」の方にきちんと書くべきだとは思うのだが、連日の猛暑に思考停止状態に陥っている。加えて、「メディアの風」の16年分を出版する作業が続いている。先日は、製本屋と打ち合わせをして大体のイメージが掴めてきた。絞り込んだコラムも180本となると、上下2冊、それも450ページくらいになるという。まあ、それでも2冊に収まりそうだというので、少し安心した。今月末までに「まえがき」などとともに原稿を手渡すと、お盆明けに900ページ分のゲラが手元に来るという。少しずつ少しずつである。

 問題は、こうした作業を続けながら一方で「日々のコラム」の更新をどうするかである。これが気分的には結構な難問で、大方のテーマは既に書き尽くした感じがしているのと、新しく書いたのをいつまで本の方に収めるかという悩みが、コラムの更新から自分の気持ちを遠ざけている。そうした気分になって改めて思うのは、これまで良くも書き続けて来たものだということ。まあ、いろんな方に励まされてきたこともあるが、自分の気持ちをかき立てかき立てしてやって来たのも事実である。これは、こういう状況になって特に感じることである。

 その気持ちとは別に、頭の方では出版化作業と並行してこれまで持続的に追求してきたテーマについては、書くべき新たなことが見えたら書こうとは思っている。そうした中で、先日は科学技術ジャーナリスト会議が主催したリモート講演(7/20)で、自然エネルギーの最新情報が面白かった。一気に価格を下げている太陽光発電(写真は日本最大のメガソーラー)などとの競争で原子力の命運も尽きかけていることである。「カーボン・ニュートラルは原発の退場を促す」である。ただし問題は、日本にその政策転換が果たせるかだ。これが本に収める最終コラムになるだろう。

◆母の7回忌で
 7月14日には、カミさんの2回目のワクチン接種も終わった。月末には免疫が出来るので、オリンピックを横目に久しぶりに温泉にでも出かけようと思う。ただし、十分注意しながらのささやかな旅になりそうだ。何しろ、デルタ変異株には注意しなければならないし、この免疫がいつまで持続するかもまだ良く分からない。先日のサイエンス映像学会(7/18)では、ロンドン大学の小野昌弘氏がこれから先も恒常的に感染防御策を続ける、新たなワクチンを開発し続ける、重症化を防ぐ治療法の開発、病院機能の充実などが必要になると言っていた。

 さて、11日には6年前に93歳で逝った母親の7回忌を水戸の寺で行った。出席したのは、実家に住む弟夫婦と長男の私だけ。水戸市に住む90歳の叔母や東京の姉たちも大事をとって欠席した。コロナがなければ、皆で集まって鰻屋で楽しく食事会が出来たのに、叔母は「それまで元気でいられるかな」と心細そうだった。いつ終わるとも知れないコロナは、我々老人に残り時間を否応なく考えさせる。実家に住む弟の奥さんは今、残された品々を片付けるのに忙しい。特に戦前の写真などはどうしていいか分からないから、私の所に送ると言う。

◆古写真選ぶや昭和の蜃気楼
 先日、その写真の一部が箱に入って送られてきた。殆どが戦前の白黒写真である。幼くして亡くなった(話で聞いているだけの)叔母の写真、叔父の出征写真、結婚前の父と母の写真、姉が生まれたときの祖母と母と叔母の和やかな写真、などなど。私たちきょうだい4人の戦後の写真もあった。そうした中から残す写真を選んでいると、遠くになった昭和の香りがしてくる。そこで、一句。

『古写真選ぶや昭和の蜃気楼』
 左は祖母。姉を抱いている中央が叔母、右が母。 こちらは、戦後の我々きょうだいの写真(左の赤ちゃんが一番上の姉)。










◆暑くなる地球での老後
  最近は上に書いたような猛暑の思考停止と出版化の作業で、写真俳句は殆ど出来なかった。僅かにこれともう一つ。
『夕暮れてなおも暑さの余韻かな』
 連日の猛暑で家の中でぐったりしているばかりを少し反省して、夕方お使いがてらに川べりを歩いてみました。さすがにここは川風が通っていて暑さも和らいでいますが、西の空をみると、まだ昼間の暑さの余韻が漂っているような、明日もまた暑いんだろうなと思わせる光景です。でも、30分ほども川べりをあるいて、少しリフレッシュしました。

 オリンピックにコロナに台風に。加えて連日の猛暑である。思考が回らない中で、この猛暑の夏をどう過ごしていくのか。お盆休みには、娘が2人の孫を連れて1週間ほど泊まりに来るというので、今から体力確保に留意して行かなければならない。何かと不調を抱えるカミさんも、今から身構えているが、この年齢になると猛暑の夏がひときわ堪える感じがする。何とか無事に乗り切りたいものである。
ワクチンを終えてしみじみ 21.6.24

 6月16日に2回目のワクチンを受けた。副反応は、2回目の方がかなりキツくて、熱は出なかったものの身体の節々の痛み、頭痛、だるさがほぼ1日続いた。買い置きしていた解熱鎮痛剤(タイレノール)を都合3回ほど飲んで過ごし、3日目には回復。これで月末には晴れてコロナの免疫保持者になる。先日は久しぶりに会議に参加するために赤坂まで出かけて、TV制作会社の社長夫妻と昼飯を共にしてきた。最近見た番組やディレクターたちの活躍、メディア界の話題など、対面であれこれ話が出来るところが、リモート会議にはない良さである。

 副反応の出た日には、免疫が出来たらやりたいことを考えながら過ごした。今の状況は、社会全体の気の緩みから再び感染が拡大する兆しだし、感染拡大に拍車を掛けるオリンピックも始まるし、あるいは感染力が強いインド株も心配で、ワクチンを終えた老人がはしゃぐ状況ではないけれど、とりあえずそうした密な都会を避けながら、少しずつ行動範囲を広げて見たい。来月末にはカミさんも免疫が出来るので、オリンピックを尻目に温泉にでも出かけることにしよう。友人たちとの涼しい高原ゴルフも楽しみ。この1年4ヶ月を考えると、そんなささやかなことで十分である。

◆「メディアの風」16年の出版化の作業
 一方、「メディアの風」16年分の出版計画も、「Stay home」の中で出来ることは終えた。440本から180本に絞り込んだコラムを縦書きに直しながら、字句の修正もする。この作業はある意味機械的な作業でもあるので、自粛生活の暇つぶしにぴったりだった。一つ一つのコラムを再々読して感じるのは、一口に16年と言っても当時の状況を改めて思い起こすことが多かったことである。現状に慣れさせられているけれど、様々な事象の発端を巡ってこんな議論があったのかと、僅か16年の間にも時代変化の節目が幾つもあったこと知る。

 近々、製本のプロに会ってどのような体裁にするか、上下2巻のページ数、ハードカバーかソフトカバーか、何より、ページの読みやすいレイアウトと、文字の分量との妥協点をどう見つけるかが問題だ。その上で出版のデジタル仕様(パワーポイント?)を貰って、そこに縦書きにした文章を順序立てで落とし込んでいく。素人なりに、そのような手順になるのだろうと考えている。いつ完成するのか、しばらく楽しみながら進めて行く。以下は、来月で1年になる「写真俳句」の今月分から。時々の身の回りの写真に俳句らしきものをつける試みは、まだ何とか続いている。

◆最近の写真俳句から
『ワクチンを終えてしみじみ花菖蒲』
 副反応から回復した日、近所の遊水池公園をプチ・ウォーキングした時に、満開の花菖蒲に見とれながら。。

『梅雨荒れやなすべきことの手につかず』 
 今日は一日雨風の強い、荒れた梅雨になりそう。先日来、ただ漫然とコロナのどうしようもないニュースなどに付き合って、やるべきコトになかなか手がつけられない状況にあるのを少し反省。その昔、試験勉強をしなければならないのに、小説を読み出したり、鉛筆を削っていたりしたのと同じ感じ。1年以上続く自粛生活の影響でしょうか。

『天上にどんなドラマか梅雨の日矢』 
 黒い雲が迫っていたので、雨を警戒しながらのウォーキング。河川敷を歩いていてふと空を見上げると、そこから日の矢が地上に向かっていました。その雲の切れ目の先に、今の陰鬱な地上と違って、どんな楽しい物語(ドラマ)があるのだろう?と思いたくなるような。。日矢(ひや)は俳句特有の言葉だそうです。

『今日もまたコンビニコーヒー梅雨に入る』 
 自粛生活が始まってから既に1年3ヶ月。毎日、近所のお寺をお参りして般若心経を唱え、それからコンビニでコーヒーを買い、お寺わきのベンチで飲むのが習慣になっています。レジのおばさんは私の顔を見ると何も言わずに紙コップを出してくれます。こうしてベンチでボーッとしながら飲むひとときを1年以上。そこで銀杏並木の紅葉から落葉、芽吹きまで眺めながら過ごしてきました。

『思い出を見に行くそこに立葵』 
 宿根草が毎年同じ所で花を咲かせるのは、この歳になると何だか貴重なことのように思えます。8年前にFBにアップした写真で思い出して、遊水池の片隅にタチアオイを探しに行ったら、8年前と同じように夕暮れの中で咲いていました。そこには、夕方の涼しい風が吹き渡っていました。

『遊ぶ子の頭上迫るや梅雨の闇』 
 午後は暑いような日差しがありましたが、夕刻になると急にざっと来そうな黒い雲が、遊水池を覆い始めました。公園の芝生では、日曜のせいか家族連れの子どもたちがまだ楽しい余韻の中で駆け回っています。彼らは頭上に迫るこの黒雲(梅雨の闇)に気づいているのでしょうか?結局、雨は降らずに済みましたが、そんな、梅雨時の一瞬をパチリ。

◆父の日と読書
 今月は父の日。それに合せて孫たちの近況も送られてきた。長男の所の2人の孫娘は高1と高3。母親が送ってくれた中学校の卒業式でのピアノ演奏や高校のイベントでの集団ダンスなどのDVDを見ると、2人ともすっかり大人びてそれぞれ高校生活を楽しんでいる。読書の方はあまり進んでいない。野党がどんな政策で選挙に臨むのか、立憲の枝野代表が書いた「枝野ビジョン」、徳川家康に世界情勢を説いた「ウイリアム・アダムス」、以前も触れた「日本会議の研究」(菅野完)と別な角度から書かれている「日本会議の正体」(青木理)など。

 これからのデジタル社会の可能性を論じた「データ立国論」(宮田裕章:慶応大教授)、原発建設やダム建設で政界を操った政商、水谷功を描いたノンフィクション「泥のカネ」(森功)など。政治の表の顔は、一頃よりはきれい事を装っているようで、裏では相変わらずの「政治とカネ」の風景が広がっている。それは、胡散臭い国土強靱化計画や、新型コロナ対策、オリンピック、デジタル化、カジノ誘致などでも同じ「政治とカネ」の構造が続いているのだろう。そんなことを思いながら、コラムの次のテーマも考えなければなどと思っている。

無意識に56歳と書く朝曇り 21.5.28

 先日、満76歳の誕生日を迎えた。数えで言えば喜寿なのだが、その当日にちょっと意外なことがあった。NYに住む次男から誕生日祝いに「身体にいい野菜ジュースを日本から送ったよ」というLineである。それに対して、「ありがとう!無事に元気に56歳になりました。皆のお陰です」と返事を送って、後でふと間違いに気づいた。訂正メールを送ろうとしたら、すぐさま息子から「若いねw。おめでとう!!」と返事が来てしまった。それで、「20歳もサバ読んで。気分は」と送ったら、「あと50年頑張ってください」と返ってきた。

◆56歳の頃の感覚を引きずって生きて来た?
 これには、我ながらちょっとびっくりした。56歳というのは、無意識のミスだが、その時は何も感じなかった。むしろ76歳と訂正しようとしたときの方が、しっくりこなかった。もちろん冷静に考えれば、76歳は動かしようがない現実なのだが、気持ちの中ではまだ落ち着かない。76という数字が、どこか自分のことのように思えないのである。そう考えると、その直前の75歳だって怪しいものである。何か深層心理的に、今の年齢を拒否したい気持ちでもあるのだろうか。それとも、単に惚けの始まりなのだろうか。

 考えてみれば、これまでは56歳の頃の感覚のまま歳を重ねてきた感じがする。定年はあったが、それほど重大な心身の転機がなかったので、その頃の自分を引きずって惰性で生きて来たとも言える。それであまり違和感もなかったのだが、これから先はそんなことが許されるだろうか。この先も年齢を忘れて今までのように生きて行きたい気がするが、身体的にもそうは行かないだろう。自分の歳を考えたくない潜在意識も分かるが、これから先はせめて75歳を起点として、その惰性でやって行くしかないのかも知れない。あまりイメージが湧かないが。

『無意識に56歳と書く朝曇り』
 「朝曇り」とは、夏の日の朝、一時的にどんよりと曇ることがあるが、それは昼から暑くなる兆し。

◆ワクチン1回目を接種
 25日には、75歳以上を対象としたワクチン接種を受けた。当市は予約も簡単で、翌日には3週間後の2回目の予約も取れた。これで6月末には免疫が出来る筈である。しかし、ワクチンを打つ前にはあれこれ気にかかることがあった。何しろ、これまで日本ではワクチンの接種後、それが直接の原因かどうかは分からないが、55人が死亡している(厚労省)。うち、一人は40代女性でくも膜下出血のために4日後に死亡している。確率は極めて低いがこれらも気になった。しかし、交通事故(或いは航空機事故の確率?)が怖いからと言って車(飛行機)に乗らない訳にはいかないのと同じでもある。

 幸いに、現時点での影響は接種部位の軽い痛み(2日間)、軽い頭痛といった程度で済んでいる。2回目も副反応はあるにしても、重篤なものにはならないだろうと思う。日本全体の接種率は予想通り呆れるほどの遅さだが、この接種によって、自分の生活や精神がどう変化するのか。あまり浮かれることなく、次の興味の対象として見ていこうと思う。さて、「メディアの風」の出版のための作業は後段に書くとして、そんな日常の中でサボりがちだった写真俳句も幾つか載せておく。季節の移り変わりの他に、家族の思い出などの句である。

◆5月の写真俳句から
『孫たちのコーデや春のニューヨーク』 
 NY在住の次男一家も両親がワクチンを打ち終えて、ひとまずホッとしました。この1年以上、非常時のような中で良く頑張りました。そんな中、ママが子どもたち(10歳と6歳)の写真をインスタにアップ。さすがアート一家のコーディネートは素敵です。長男(13歳)のバレエの稽古も再会したようです。こうした個性的な体験を通して、何かを得てくれることを祈ってます。春めいたNYからの写真(右上も)。

『膝かばいつつも前向く梅雨の入り』 
 関東地方も、もう殆ど梅雨入りのような日々ですが、家に閉じこもっていると身体にカビが生えそう。小雨くらいなら、かえって風情もあるかと、ウォーキングに出かけますが、梅雨の湿気のせいでしょうか、結構膝が痛くなります。それでも、だましだまし前を向いて歩いて行かないと。

『吾子(あこ)たちの写真整理す母の日に』
 何を思ったか、カミさんが子どもたちの幼いときの写真のアルバムを取り出して、大量の写真から選んで1冊にする作業を始めました。ずっと心に引っかかっていた作業なのでしょう。これを一人1冊にまもめて手渡すのだそうです。こうしてみると、もう40年も前になる子どもたちの幼いときの写真に、記憶の底にあったものが呼び覚まされるような懐かしさを覚えます。おりしも母の日。子どもたちからは花が届いていました。(それにしても、写真の子が今や2児の母なのに感慨無量です)

『春風が水面(みずも)奏でるジャズ風に』 
 田植えの季節を迎えて、遊水池にはたっぷりの水が入って、水面を春風が吹き渡っていました。その春風が水面に描く模様がまるで音楽を奏でているような。それも、気まぐれなジャズ風になんて。

『春花壇 花の進化の小宇宙』 
 遊歩道に沿って、近所のボランティアのお年寄りたちが作っている花壇があります。植えられている花をまじまじ覗いてみました。その中心部のめしべのところを見ると、まるで精密な構造物のようでした。花たちにとっては、春爛漫といったところでしょうか。

◆出版化のための楽しい作業
 「日々のコラム」の方に書いたように、16年間に書いた440本のコラムを読み直し、ぎりぎり2冊に入る183本にまで絞り込んだ。それをテーマごとに並べて見たが、現在はそれを再読しながら縦書きに直している。どういう手順で原稿を製本業者に渡せばいいのか、さっぱり分からないのだが、字句の修正も必要だし、前後の関係とかリンクなども修正しておく必要がある。写真や図表なども削除する。それでも、この作業そのものは大変楽しい。過去のコラムを読んでいると、書いた当時の集中力とエネルギーが蘇って来るからだ。

 一方で、こうして選別した本の内容については、サイトの方にも特設ページを作ろうと思っている。こちらには、写真や図表なども残す。これは、出来れば私が80歳になるくらいまではインターネット空間に残るようにしよう。問題は、この作業の間、新規のコラム執筆をどうするかである。続けろという声も受けているが、この楽しいコラム修正作業に集中している間、新規のコラムを書くことができるかどうか。ただし、これも一旦途切れたら、なかなか再開出来ない気もする。書きたいテーマもあるので、ぼちぼちとでも並行してやるしかないだろう。 

徐々に動き出した出版計画 21.4.20
 東日本大震災と原発事故から10年というタイミングもいつの間にか過ぎて、再びコロナに翻弄される日々に戻っている。「日々のコラム」については、既にコロナに関しても原発事故に関しても、およそ書くべきことは書いた気がして、政府のコロナに対する無策についても、脱原発の停滞についても、もはや付け加えるべき内容がなかなか見つからない。この無力感を乗りこえて書き続けなければとは思う一方で、なるようにしかならないという諦めも先に立つ。そうした中で、生活の方は飽きずに自衛的な「Stay home」を続けている。

 体調管理のために出来るだけ近所の元荒川の堤防を歩く。毎日のお寺参りも欠かさず、かれこれ1年になった。その間に季節の変化に気づけば写真に撮って拙いながら俳句をつけ、FBにアップする。かつての同僚や高校の同級生たちとのリモート飲み会、都内のTV制作会社とのリモート企画会議、学会やジャーナリスト会議でのリモート講演会や研究会。それに大先輩が主催する勉強会などは、定期的に続いている。娘の所の2人の孫とLine映像を使った毎晩の会話やきょうだい同士のやりとりなどで日々が過ぎ、都内に出ることも滅多にない。

◆春の写真俳句から
 そうした中、去年の緊急事態宣言からちょうど1年というタイミングで、桜の開花に出会って、しみじみとこの1年の長さを思ったりした。人間社会のコロナ騒ぎをよそに、自然の営みは確実に巡っている。そうした最近の写真俳句から幾つか。

『花に会う この一年を 生き延びて』 
 毎年訪れている川沿いの桜ですが、今日はもう殆ど満開。それでも、しっとりと咲いていました。コロナ禍の異常な1年を経ての再会でしたが、果たして来年はどうなりますやら。何とか今年1年も無事に乗り切れることを祈っています。

『花満ちて 命のままの 立ち姿』 
 昨晩の雨が心配で、例の桜を見に行きました。それは、ほぼ満開で花の命を謳歌するように見事に枝を広げていました。花は何も考えていないでしょうが、大自然の力というか、自然のままのその立ち姿に見ほれました。

『一枚の絵になる岸辺の柳かな』 
 芽吹き始めた柳が、外国の風景画(例えばコローの)の中に溶け込んだように、水辺に影を落としています。このアングルはそんなことを感じさせる、好きなアングルです。近所の元荒川に沿った小さな沼地に過ぎませんが、ここには、釣り人も、カワセミを狙うカメラマンたちもやって来て、そんな皆が風景の中に溶け込んでいます。

『百均の 恐竜の群れや 孫の春』 
 孫2人が、百均で買った沢山の恐竜をもって、お泊まりに来ました。百均ショップでこんなに多くの種類の恐竜が売られているとはびっくりですが、恐竜博士の孫(4歳)が、その全部の名前と体長まで言えるのにびっくりです。お寺をお参りして、近所の公園を散歩して、あっという間に帰って行きました。また、会いたいね。

『若人の 集う河原に 鯉が舞う』 
 晴れ渡った空の下、河原に沿ってウォーキング。すると、川の両岸をつないで鯉のぼりの大群が春風に舞っていました。その河原では、対岸にある高校の生徒たちでしょうか。新入生の記念撮影が行われていました。コロナの制限の中で一瞬だけマスクを外しての記念撮影。彼らの前途に幸あれと祈りたい気分です。(写真右上)

◆徐々に始まった出版計画
 一方で、懸案のコラムの出版計画も徐々に進み出している。友人が紹介してくれた出版のプロに見積もりをお願いすると、単行本スタイルでハードカバー2冊も可能かも知れない。2冊になると、残される方も邪魔になって大変かも知れないが、437本のコラムを選別する方は少し気が楽になる。とりあえず、ジャンル別に分類したコラムを最初から読み始めて、残すべきものを選ぼうと考えた。しかし、これがなかなか大変。読み出すと、書いた当時の社会情勢も蘇って来るし、その時々の自分の捉え方も分かって捨てがたいものが多い。

 敢えて、(私でなくとも誰かが)10年後に読むとして、その10年という時間に耐えるものを選ぶ積もりで選別を始めている。1日10本くらい読むとして、この作業に40日ほどもかかるだろう。その上で、さらにジャンル別の分量を眺めながら、上下2冊の構成を考えてみる。その先には字句の訂正やジャンルごとの解説なども必要になってくる。ちょっと気の遠くなる作業だが、何しろ16年間のあと片付けなので仕方がない。それで何とか自己満足を果たす。ただし問題は、その間に、目の前の「日々のコラム」をどうするかである。

◆閉塞状況の打破を若い世代に期待して
 これについては目の前の事象を追いかけるのは止めて、これまで継続的に追求してきたテーマを中心に書いていこうと思う。それも月2回程度に我慢して。そのテーマとは例えば、「地球温暖化」、「脱原発」、「戦争と平和」、「民主主義」、「メディア」といったところだろうか。目の前の政治や貧困・格差、あるいは国際関係といったテーマはしばらくお預けになる。こうしたテーマは、これから時代を切り拓いていく若い世代に任せるしかない。政治も格差も貧困も彼ら自身の未来に関わって来るわけで、彼らの自覚と奮起に期待するしかない。

 今の日本は、様々な人類的、民族的課題が重くのしかかってくる時代状況にある。それなのに日本では、権力にしがみつく年寄りが政治を牛耳っていて、若い世代の頭を押さえつけている。ことの軽重はともあれ、それは幕藩体制の弊害が積み重なった江戸末期の閉塞状況にも似ている。あの時は、年寄りではどうにも対応できず、代わって若い世代が立ち上がって時代を切り拓いていった。それは今も同じ。化石のような老人が若者を抑え込んでいる状況を変えなければ、明日の日本も、ましてや人類に貢献する日本もない。

◆日本は時代を切り開けるか
 先日、ドイツが2022年までに脱原発を決めた時の「ドイツ脱原発倫理委員会報告」(2011年5月)を読んで見た。福島原発事故を受けて原発の非倫理性を徹底して議論し、それまでの原発容認派と脱原発派が一致してドイツの脱原発に踏み出した記念碑的論文である。それをみると日本の「議論の土壌」が、いかに未成熟かが絶望的に見えてくる。これは次回のテーマにしたいが、同時に今のコロナの状況も心配。社会のたがが外れた状態は既にある種、社会心理学のテーマになりつつある。そこで58年ぶりにカミュの「ペスト」を読み始めたが、これについてもいずれ書いて見たい。