日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

核戦争の瀬戸際で考える事 22.5.10

 大きなサプライズがなかった5月9日の対独戦勝記念日を過ぎて、ロシアのウクライナ侵攻は長期化の様相を濃くしている。プーチンはこの戦争について、ロシアを守るための唯一の正しい選択だったと正当化し、一方のゼレンスキー大統領は「我々は子どもたちの自由のために戦っている。だから我々は勝つ」と言う。ウクライナの善戦によって戦況が膠着する中で、西側諸国(NATO)はこの戦争に武器支援を強化し、ロシアの弱体化やプーチン政権の否定まで云々し始めた。これに対し、プーチンは“電撃的な対抗措置”をとると言い出している。

 “電撃的な対抗措置”とは核兵器の使用を指すが、テレビに出てくる評論家たちは、プーチンがどこにどんな種類の核を使うのか、あるいはその時、アメリカの対応はどうなるか、などの戦術面をしきりに解説するが、核の使用が世界にもたらす重大かつ悲惨な事態については他人事のような口ぶりである。その影響の重大性を考えれば、何よりも核使用を押し止めるための方法について議論するべきだと思うのだが、ヒロシマの被爆者団体が声明を発した以外に、欧米の指導者、世界の指導者の誰も本気で核の脅威と非人道性について訴えようとしない。

◆核戦争の瀬戸際という実感
 これは思うに、世界は77年前に広島と長崎で2度の核使用を見ただけで、その悲惨さ、無残さを十分理解していると言えないこともあるが、一方で、その後開発された(全世界)1万4500個の核弾頭の現実を、実感を持って想像できないからでもあるだろう。何しろロシアが持っている「世界一怖い原潜」()には、射程距離9300キロの弾道ミサイルが最大20基も搭載可能であり、しかもその威力は1基で広島型原爆の数千倍から数万倍もある。ロシアが発する最初の戦術核が人類破滅的な核の応酬につながる可能性を誰が否定できるだろうか。*)「核大国を蝕む野心と猜疑心」2018.2.8

 NATOに追い詰められたロシアが、仮に戦術核をヨーロッパのどこかに打ち込んだ場合のアメリカの対応は揺れている()。ロシアへの報復が核の応酬にエスカレートしないように、核攻撃を控えて通常兵器で対抗する案から、それでは核の傘を頼る同盟国を引き留められないとして、地域を限定して打ち込む案まである。しかし今は、戦術核が民間人に及ぼす非人道的な状況がSNSで世界に同時発信される時代である。それが憎しみを極限に増幅させて、さらなる核の応酬の引き金になるかも知れない。そして、その行き着く先は世界的な地獄である。

◆核戦争がもたらす絶望的被害
 仮に、核の応酬が始まった場合。そのシミュレーションがプリンストン大学で行われている(*)ロシアが威嚇のためにNATOのどこかにミサイルを撃ち込む。NATOは報復のために大規模空爆をロシアに実施。それに対抗してロシアが300発の核弾頭をヨーロッパに。NATOはその対抗として180発の核をロシアに。これで最初の核ミサイルから3時間ほどで260万人が死ぬ。さらに、応酬が拡大してアメリカが核ミサイルを発射。ロシアもアメリカ各都市へのミサイルを。これで僅か4時間半後には9000万人以上が死ぬというものである。

 もちろん、影響は一次被害の死者の数だけではないだろう。これに倍する負傷者があり、二次被害である放射能汚染による影響、世界を覆う(核の冬のような)気候変動、さらには壊滅的な経済の冬が何十年と続く。世界の誰も土俵の外にいることは許されず、他人事のように評論している場合ではないことが分かる筈だ。さらに、こうした核の応酬によって消滅するのは今の人間社会だけではない。過去から人類が営々として築いてきた文明、文化の遺産が消える。また、将来世代が築くであろう未来の地球文明の可能性まで核戦争は奪い取ることになる。

◆一握りの人間が人類の運命を左右する
 問題は、こうした人類全体の運命を左右する核のボタンが(プーチンを始めとする)一握りの人間の決定権にゆだねられているという恐怖の現実である。サルトルはかつて、これを戦争の形態が中世の兵隊中心から、国民戦争へと変って来た歴史を覆す「歴史における最も反動的な逆転」と言った。一握りの人間が世界滅亡の戦争を始めるかも知れないとき、我々はどうすべきか。サルトルは、その本質に我々は団結して戦わなければならないと同時に、核廃絶に向けて我々内部の恐怖心とも戦わなければならないと言った(「核時代の想像力」大江健三郎)。

 サルトルの当時からさらに事態が深刻化し、切迫している今、私たちはその深刻さをより冷徹に見極める必要に迫られているわけだが、この点で、プーチンを支える取り巻きの実体は、まさに前回にも書いた「ロシアの底知れぬ闇」を思わせる。BBCがまとめた「この戦争はどういう顔ぶれが遂行しているのか」では、プーチンの側近達の横顔を紹介しているが、中でもKGB時代からプーチンの汚れ役をやって来たパトルシェフ(国家安全保障会議書記)は、タカ派中のタカ派で、西側への強硬策で知られる。数々の暗殺でも共犯関係にあったに違いない。

 さらに邪悪なのは、大統領補佐官に成り上がった歴史学者のメジンスキーである。彼は「ロシアは地獄の文明を作るべきだ」と言い、「ロシアには力さえあれば知性は必要ない。人間を成長させるのは恐怖である。偉大な権力は地上を楽園にするのではなく地獄に変える。ロシアはモンゴルなどの野蛮な騎馬民族に支配されていた時代があり、その残虐性の系譜こそがロシアの特徴だ」とまさに、恐怖と力による支配を目論む。

◆核時代の恐怖を共有して智恵を
 21世の現代に、こうした底知れぬ闇を抱えた一握りの人間が人類の運命を左右する核のボタンを握っている現実をどう考えるか。核の魔力に囚われた指導者は、ロシアばかりでなく、北朝鮮、中国、そしてアメリカのネオコンなどにもいる。この恐怖の現実を見極めることなく、核には核をとばかり、安直に「核のシェアリング」などと言う人間(安倍)もいるが、まずは目の前の核の使用をどう食い止めるのかである。そのためには、プーチンが始めたこの愚かな戦争をどのように停戦のテーブルに乗せるのかに、皆が智恵を絞る必要があるだろう。

 できる限り時間を稼ぎつつ、どう核兵器使用のリスクを下げていくのか。武器支援やロシアへの経済封鎖ばかりに前のめりになる現在だが、ロシアを追い詰めるだけではなく、一方では国連などを中心として事態収拾のための高度な戦略も追求する必要がある筈だ。極めて困難だが、誰もが核戦争の瀬戸際にいることを考えれば、大国の面子は面子として、何らかの落としどころを見つける作業が必要になる。そのためにも、世界は今一度、核兵器の使用がどのような悲惨を人類にもたらすかという「核時代の想像力」を共有する必要がある。

◆将来的には核廃絶への道を
 わずか5ヶ月前の1月3日、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、フランスの核保有国5か国は、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」とする共同声明を発表したばかりである。それが2月24日にロシアがウクライナに侵攻してからわずかな間に、世界は核戦争の脅威に直面している。この解決には様々な困難がある。世界がロシアの核の脅しに屈した印象を与えれば北朝鮮のように核保有を目指す国が次々と現れるだろう。それを防ぐには、プーチンにも懲罰と反省を迫りながら、差し迫った危機の収拾を図らなければならない。

 人類が生き残るためには、プーチン一派が如何に邪悪でも、世界はそれを乗り越える理性を取り戻さなければならない。地球上に暮らす70億人には大事な家族があり、暮らしがあり、未来がある。それを無残に断ち切らせないための智恵を探す。そのためには時間がいる。核戦争の恐怖を共有しながら、焦らず粘り強く終戦への道を、さらにこれを機会に核廃絶への道まで探って欲しいと思う。

ロシアが抱える底知れぬ闇 22.4.24

 2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから2ヶ月が経過した。この間、ウクライナ、ロシア双方に出た犠牲者は何万人になるのだろうか。国外に脱出した避難民は500万人とも言われる。同時に、南部マリウポリに見られるような各都市の徹底的な破壊は、ゼレンスキー大統領が復興に70兆円を要すると言うほどだ。この先の戦争がどう展開するのかは分からないが、5月9日のロシアの対ドイツ戦勝記念日に一つの区切りがあるとして、さらに来年末まで続くという見方もある(英首相)。ロシア国内のプーチン支持層には、首都キーウまで制圧すべしとの声も根強いという。

 このまま戦争が続くとなると、世界はさらに残酷な死と破壊を見せられることになり、ロシアへの強硬意見がヒートアップして武器支援がエスカレートし、一方で追い詰められるプーチンが(核を含む)危険な武力行使に踏み切るリスクも高まっていく。どこかでこの愚かな戦争の終結を探る動きが出て欲しいと思うのだが、バイデンのアメリカもプーチン批判を強めて戦争当事者になりつつあるし、それに追随する日本も同じだ。みんな火に薪をくべるだけで、水を掛けようとする者がいない。国連事務総長のロシア訪問もどうなるか。

◆ロシアによる様々な国際法違反と戦争犯罪
 そうした戦況の推移とは別に、少し距離をおいて見ると、この戦争は戦後しばらく核戦争の残虐さと不条理を忘れていた世界に、深刻な問題を提起していることが分かる。同時に、第二次世界大戦の反省から人類が様々に取り組んできた国際的な平和維持の枠組みが如何に不備なものだったかをさらけ出す結果ともなっている。ロシアが行っている戦争の禁じ手の数々を思いつくままに整理してみると、まずは、今回のロシアによる一方的なウクライナ侵攻が明かな侵略行為(武力による国境変更)で国連憲章違反にあたることである。プーチンが言うような自衛のための戦争などとはとても言えない。

 さらにはジュネーヴ条約(国際人道法)に違反する行為とされる、病院を含む民間施設への無差別攻撃と住民の虐殺や略奪がある。東南部では組織的な性的暴行や拷問も報告されている。ロシアはこれらのおぞましい犯罪を否定しているが、首都キーウ近郊のブチャで発覚した住民の虐殺については、既に国際刑事裁判所(ICC)が捜査を始めている。さらには、ジュネーヴ条約で禁止されている原発への危険な攻撃もあった。もちろん、大量の民間人を巻き込む核兵器の使用も「国際人道法違反」である。

◆国際的な規定が強制力を持てない現実
 問題は、これらの国際法の不備ないしは強制力の欠如である。長(おさ)有紀枝(立教大教授、毎日4/15)によれば、国連憲章は武力行使について「禁止」ではなく、「慎まなければならない」と表現するだけ。核兵器の使用についても国際司法裁判所(JCJ)は、絶対的に違法との見解を出していない。それをいいことに、プーチンは国家の存立が危ぶまれる状況にはこれを使うと脅している。国連では常任理事国のロシアが拒否権を行使すれば、ロシア非難の議案が通らないという国連の仕組みそのものも、欠陥を露呈している。

 また、戦後の世界は破滅的な核戦争のリスクを下げるために、(核不拡散などの)国際的な枠組みを作ってきたが、今回のプーチンの脅しによって、核抑止の考え方そのものが揺らいで、機能不全に陥っている問題も浮上した。一方で、私たち(特に自由主義陣営)は、グローバル化によって、人道主義、人権尊重、民主主義などの普遍的な価値観を世界が共有して来たと思い込んで来たが、それが幻想だったことも露わになった。今回の戦争は、人類の未来に不可欠なそうした価値観が、私たちの足元で空洞化している深刻さをも示している。

◆実は、価値観を共有してこなかった世界
 人類共通の価値観の空洞化もさることながら、それを担保する国連を始めとする国際機関や国際条約の再構築には、どの位の時間と努力が必要になるのか。特に、今回の戦争で仮に核兵器が使われたりすれば、世界はかつてない「再生の苦しみ」を味わうことになるだろう。ロシア、中国を始めとして世界で非民主的な強権国家が増え、時計の針が逆戻りしている現在、果たして今一度、自由主義に基づく国際機関や規定が作れるかどうか。人類破滅の核戦争を抑制することが出来るか。ウクライナ戦争後の世界は、再び大きな試練に直面することになる。

 それにしてもプーチンのロシアである。プーチンの時代錯誤的な大ロシア主義への野望、或いはNATOの包囲やナチズムに対する被害妄想についてはこれまでも書いてきたが、一方で、そのプーチンにいわば盲目的ついていくロシア国民の精神構造である。いくら国内のプロパガンダにさらされているとは言え、80%近くの支持率でプーチンを信じる国民感情はどこから生まれるのか。あるいは、21世紀の現在においてなお、おぞましい戦争犯罪に走る兵士達とそれを許す(黙認する)プーチンや軍中枢や意識構造は、どこに由来するのか。

◆ロシアが抱える底知れぬ闇
 この2つの疑問に関して「ロシア人の精神の闇」を提起するのが、ロシア文学者の亀山郁夫である(毎日、特集4/15、4/22)。帝政ロシアの時代、大多数が農奴だったロシア人は、心に闇を抱えて生きていた。その闇は信じる神を持たない人々の闇であり、ドストエフスキーが言うように、神がいないのであれば「すべてが許される」というアナーキーな精神性につながっていく。その闇に一旦落ち込み始めたら、堕落はとどまることを知らなくなる。逆にそうした自覚があるからこそ、彼らは強い支配者を半ばマゾヒスティックに待ち望んできたという。

 そうした闇を抱えた精神性は、個人の自立を著しく遅らせて来た。そのために他者に対する想像力を欠き、戦場を「すべてが許される世界」と思わせて来たのだと言う。プーチンを強い指導者として崇めてついていく。その心の闇に直面させないためにも、プーチンはロシア民族の栄光をうたい、どんな手段を使ってでも大ロシアを復活しようとする。その意味では、プーチン自身もロシア人に共通の底知れぬ闇を抱えて生きていると言っていい。考えて見れば、ロシア民族は(一部の目覚めた人々を除いて)農奴で虐げられていた時代から精神の自立の機会を奪われてきた。

◆戦後世界はロシアの人々の自立を支援できるか
 一部の貴族層や地主によって搾取され、抑圧されてきた農奴や労働者を救う筈のロシア革命は、すぐにスターリンの全体主義に移行しロシア人は70年間も共産主義の圧政と官僚主義に閉じ込められて来た。ソ連が崩壊した1991年、西側と同じような自由な国になるかと思ったら、たちまちプーチンの独裁が始まってしまった。東欧の旧ソ連国やウクライナが独立し、自由と民主主義の有り難さを知ったのと対照的に、ロシアは闇を抱えたままの国で来たわけである。気の毒と言えば気の毒だが、その闇を利用しているプーチンがいる限り、ロシアは絶望の国のままと言える。

 その意味では、まずはプーチンに退陣して貰うことが肝心だが、仮にプーチンがいなくなっても、ロシアは巨大な闇を抱えた核大国として、戦後世界の大きな問題として残ることになる(ジャック・アタリ「ETV特集」4/2)。これと世界はどう向き合って行くのか。亀山郁夫は、ロシアが変るためには国民一人一人が如何に自立するかにかかっていると言う。今は抑え込まれているが、戦争反対に声を上げる若者やジャーナリストたちが、新しいロシアを作ってくれること。それを国際社会が支援していくことが、極めて重要になる。

 考えて見れば、アジア各地で残虐な殺戮を犯していた、80年近く前の日本も同じような状況だった。その日本がアメリカ占領を機に、悪夢から覚めたように戦後民主主義を根付かせて来た。その幸福を思うと同時に、21世紀の今になっても分断された世界には自由と民主主義の共通の価値観がないこと、未体験のまま圧政にあえぐ人々が、まだまだ多くいる現実に私たちは真剣に向き合う必要がある。