1月末に、近況をアップしてから1か月半。この間、直近2回のコラムにアップしたように、世界の状況は目まぐるしく動いている。トランプによる政治の異常さが日常になり始めると、世界全体がそれに引きずられるようにして、異常さをエスカレートさせていくのが怖い。トランプに呼応するように、プーチンもネタニヤフも、そしてヨーロッパの極右もが過激になって行く。一方で、そうした異常さに、異議を申し立てるべき民主的勢力がなりをひそめ、誰も止めることが出来ない。先の大戦前夜の不気味な雰囲気も似たようなものだったかもしれない。
一方で日本は、相変わらず「政治とカネ」の不祥事続きで政治が停滞。与党も野党も、永田町の政治家たちは目の前の攻防で忙しく何かやってる感じかもしれないが、生産的なものは何もない。時限爆弾的に時を刻む日本の課題に手を打てる、まともな政権が出来るには、あと何回、選挙を経ないとダメなのだろう。このまま日本は沈んで行くのだろうか。そう思うと、その行き着く先を見届けたいと思う一方で、身の回りの手が届く範囲で楽しんでいたいという気も起きて来る。そんな落ち着かない状況の中だが、身近な近況報告をまとめておきたい。
◆父の50回忌にきょうだいが集まる
3月16日は、あいにくの雨模様だったが、きょうだい4人と連れ合い、姪が水戸の菩提寺に参集して亡き父の50回忌を執り行った。父が67歳で逝ったのは、49年前の2月で、今年がちょうど50年目になる。親の50回忌が出来るのは、めでたいことだとも言われるが、上から姉(85歳)、次姉(82歳)、私(79歳)、弟(77歳)の4人のきょうだいが、そろって元気なのが何よりありがたい。法要の後、卒塔婆を受け取り、冷たい雨の墓前で般若心境を唱え、急いで車に乗り込んだ。それから連れ合いも含めて7人でホテルの中華料理店で会食した。
50年という時の長さを思い出話で噛みしめると同時に、互いの健康や日頃の努力、趣味についてなど、多岐にわたる話題を繰り広げながら、賑やかに会食を終えた。父が逝った時に生後11カ月だった私の長男は、この3月で満50歳になった。孫の姿を見せることが出来たのがせめてものことだった。その時、私の方は科学番組部で「あすへの記録」というドキュメンタリーを制作中で、仕事の合間に父が入院している千葉の病院に通ったことを思い出す。次は93歳で逝った母の13回忌(2年後)になるが、それまで皆、元気でいたいものである。
◆遅まきながらの多チャンネル時代
2月後半に、我が家のメディア環境に一つの転機があった。 長年、我が家はアンテナによる地上波とBSだけを視聴して来たが、勧誘を受けて、ついにケーブルTV(J:COM)に加入した。その結果、我が家でもドラマやゴルフのチャンネルを含めて100以上のチャンネルが視聴可能になった。同時に、Netflix(映画)やYouTubeもテレビで見られるようになり、遅まきながら、我が家にも多チャンネル時代が到来したわけである。ついでに、電気店で購入した外付けのハードディスクを取りつけたので、何と400時間もの番組が録画可能になった。
テレビは買い替えなくてもBS4Kも従来の画質で見られて、いわゆる「スマートテレビ」になった。何だかすごいことである。特に便利なのは録画機能。同じ時間帯の収録もOKなので、画面上の案内を見てどんどん収録する。ただし、これを全部見るのは大変だ。4倍速までの早送りも出来るが、ゴルフ番組やシリーズドラマまであるので、下手をすると、一日中テレビの前にいることになる。まだとてもYouTubeまで手が回らない。ということで、この多チャンネル環境を有効に活用するために、暫くはテレビとの上手な付き合い方を研究してみたい。
◆平和を願う、孫たちそれぞれの春
そのほか、2月、3月には、上の姉が趣味で取り組んでいるコーラスの発表会が新宿のオペラハウスであって、在京のきょうだいたちで聞きに行ったり、在京の高校の同級生の集まりがあったり、講師として参加した科学技術ジャーナリスト塾の修了式に出たり、ゴルフをしたりと、寒いなりに退屈せずに過ごした。同時に、孫たちもそれぞれに卒業や入学という人生の区切りも迎えている。孫たちは、上から21歳(女子)、19歳(女子)、17歳(男子)、14歳(女子)、10歳(男子)、8歳(男子)、6歳(女子)の7人だが、卒園式や高校の入試(NY)などがあった。
カミさんは、その度にお祝いを送っているが、孫たちがそれぞれに頑張っているのを見ると、彼らの未来が平和で豊かなものであって欲しいと願わざるを得ない。NYの14歳(女子)は、全米でもトップクラスの芸術系高校に合格したと報告があった。ネットで見るとセレブの子女たちがいる学校らしく、お金は大丈夫?とカミさんが心配したら「公立だからタダなのだ」、「だから入るのが異常に厳しいのだ!」と息子からLineが。まあ、トランプのアメリカがこの先どうなるか分からないが、自由に好きなことが学べる環境が続いて欲しいと切に思う。
◆仏教的生活を続けると言うこと
仏教の学習もそれなりに続いている。空海の真言密教の内容から始まった読書も、 釈迦が悟った初期の仏教がどういうものだったのかという興味に移って、このところは、初期仏教の本などを図書館から借りて読んで来た。「ブッダ入門」、「ブッダ・釈尊とは」、「インド仏教思想史(上下)」などである。その結果、ブッダの悟りを伝える初期仏教が、ブッダの死後、どのような経緯をたどって仏像崇拝に変化し、また「空」の思想との融合から、宇宙的なブッダ(ダルマ:法)になって行ったか。そして空海の真言密教までの道のりが少し分かって来た。
最近、図書館から借りた本は「科学化する仏教」、「仏の発見」。こうした本を読みながら、大事なところをメモして行く。それが、読むそばから忘れて行く老化した頭には不可欠。そうして行くとおぼろげながら仏教の教義の流れが 頭に出来て来る。もちろん、それで何か悟ると言うことではない。先日、かつての名作「永平寺」(NHK特集、1977年)の再放送があったが、そこではマイナス10以上の厳寒の中、150人の若い修行僧たちが文字通り命がけで禅に取り組んでいた。こうした厳しい修行に比べれば、私などは超ぬるま湯に浸っているようなものである。
それでも、毎日お寺にお参りして般若心境を唱え、少しの座禅を組み、釈迦が唱えた正しい行いを心がけていれば、多少は心の中に軸のようなものが出来てくるかも知れないなどと考えている。暴虐の嵐が吹き荒れる世界ではあるが、そうした嵐の中でも、せめて手の届く身の回りだけでも平穏に過ごして行きたい。あと2カ月で80歳を迎える自分を楽しみにしながらの日々である。
|