岸田政権は昨年末、日本の防衛戦略を構成する安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を作成。軍事力を強める中国、核ミサイルを増やす北朝鮮、そして理不尽な戦争を始めたロシアを念頭に、敵基地攻撃能力の保持、防衛費の増額(GDPの2%を目指す5年間に43兆円)など、日本の防衛政策の歴史的転換を打ち出した。ただし、その内容について岸田は国会でも「手の内は明かせない」などと言うだけで答えない。アメリカに迎合してミサイルを大量購入する思惑や、内容を伴わない2%の「数ありき」の看板という指摘もある。
この防衛力の強化(防衛費の増額)についての国民の反応は賛成が55%、反対が29%(NHK調査)。こうした反応には、ロシアのウクライナ侵攻によって戦争のきな臭さが漂っていることも影響していると思うが、一方で、台湾を巡る日米中の緊張の高まりも影響しているに違いない。特に、安倍元首相が「台湾有事は日本の有事」と唱えた頃(2021年11月)から、台湾問題は日本の防衛を考える上での大きな要因となった感がある。いったい台湾問題とは何なのか。この先、台湾を巡って米中の衝突はあるのか。出来るだけ“複眼的”に考えてみたい。
◆台湾統一を夢見る中国の強い願望
まず、中国にとっての台湾問題である。中国を封じ込めるアメリカに対抗して、「海洋強国」を目指す習近平体制は、「第一列島線」(日本列島から沖縄、台湾へとつなぐ防衛ライン)や、「第二列島線」(グアムやサイパンまで拡大)を想定して太平洋進出に着実に手を打っている(「膨張する中国との神経戦」16.8.23)。その中国の外洋進出構想をいわゆる「逆さ地図」(拡大)で見ると、広い太平洋への出口にふたをするように並ぶ沖縄南西諸島、尖閣諸島、台湾は目障りな存在である。中でも台湾の帰属は、中国にとって決して譲れない核心的利益となる。
仮に、台湾が中国の主張するように中国の主権下に帰属し、台湾の東側に軍港や基地を作れれば、中国は太平洋進出に関して莫大な便益を得る。かつて(2007年)中国海軍高官は太平洋を中国とアメリカで二分しようと持ち掛けてアメリカ側を仰天させたが、台湾は中国の太平洋進出の要であり、それに比べれば尖閣諸島などは芥子(けし)粒のようなものだ。反対に、台湾が独立して中国の手の届かない国になってアメリカと同盟でも結べば、ふたはより強固となり、こんな悪夢はない。それを防ぐためには武力も辞さないと、習近平は警告し続けている。
◆すれ違う中国の願望と台湾人の思い
中国は、台湾の主権は中国にあると考えており、台湾人の主権を認めない。台湾人が独立を目指したり、外国勢力と手を握って中国に対抗しようとしたりすることを極度に警戒する。去年8月にアメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問した際には、この時とばかりに中国軍が台湾を包囲するように展開し、戦力を誇示した。アメリカ側は、中国が2027年までに台湾を侵攻するなどと盛んに言い立てるが、武力による台湾統一は本当に迫っているのか。中国との統一を望まない場合、台湾はどのように自らを守って行くのか。以下は、台湾の考え方である。
戦後、中国で共産党に敗れた蒋介石の国民党は台湾に逃れ、大陸反攻を夢見ながら台湾を支配した。その台湾は現在、建前的に中国との統一を目指す国民党と独立を願う民進党に分かれている。しかし、その政治志向も、一国二制度を掲げた香港の民主主義が中国政府によって踏みにじられたのを見て変化。台湾人の意識調査では現在、自分を台湾人と考える人が63%で、中国人と考える人は3%に過ぎない(両方とみる人が30%)。また、独立志向は35%に対し統一志向は6%、現状維持が52%で最も多い。台湾人と中国政府との思いはすれ違っている。
◆ウクライナ戦争で注目される「非対称戦」の考え方
台湾の独自性を保ちながら、現状維持を図りたい民意を、蔡英文・ 民進党政権も国民党も無視するわけには行かない。来年1月に予定されている総統選挙では中国との融和を唱える国民党が優勢との見方もあるが、いずれにしても、軍事大国の中国と武力衝突を避けながら、軍事的に劣勢の台湾をどう守っていくのかである。この点で今、台湾元参謀総長(李喜明)が唱える「非対称戦」という戦略が注目されているという(毎日1/13)。それは、ロシアの侵攻に直面したウクライナにも当てはまる、軍事小国が軍事大国に対抗する際の考え方である。
「非対称戦」とは「弱者が非常に限られた資源の中で、従来と異なる作戦の方式で効果的に自己を守る方式」のこと。まず考えるべきは、「台湾にとって最大の勝利は戦争の回避」であり、相手を打ち負かすことではないと考えることである。そのために、相手に攻撃を断念させるだけの、効果的に練られた抑止力を持つ必要がある。台湾の20倍もの軍事費を有する中国を考えれば、「拒否的抑止」が唯一の選択肢であり、高価な戦闘機や戦車ではなく、対艦ミサイルやドローン、機雷など、コストが安く大量に入手できる武器を分散配置することだと彼は言う。
◆「最大の勝利は戦争の回避」と思い定める
その上で、最も重要なのは「中国の国民全体を敵に回してはならない」ことだと言う。自衛能力を高めながら、中台の住民同士が友好的に共存できる関係を作らなければならない。多くの中国人が武力行使を支持しなければ、それだけ戦争のリスクは低下する。その点で、敵基地(中枢)を攻撃する能力は必要ない。攻撃の成果を上げるには極めて高い精度での攻撃が求められるし、仮に大陸を直接攻撃すれば一般市民の怒りに火をつけかねない。中国社会が団結して台湾への攻撃を支持するような事態は避けなければならない、と言う。
このインタビューで彼は、台湾人が一致して防衛する意思を示してこそ、中国に「うかつに手を出せない」と思わせることが出来ると言う。同時に、自由で民主的な陣営に立つ台湾の存在は日本にとっても重要なはずだとも言っているが、日本が台湾問題をどう考えるかについては次回に譲るとして、こうしてハリネズミのように自衛を固めながら、「最大の勝利は戦争の回避」と思い定めてじっくり時を稼ぐことが、「非対称戦」の肝心なところだろう。それは、今にも戦争が起きそうだと騒ぎ立てるのとは、対極にある考え方でもある。
◆世界は、戦争のない10年を稼ぐことが出来るか
このように、戦争を回避することを最大の勝利と思い定めながら、戦争のない時間を少しで長くすることがなぜ大事なのか。それは、仮に戦争のない10年を稼いだとすれば、現在70歳のプーチンも習近平も既に権力の座にはいないからだ。その時、世界がどうなっているかは分からないが、焦って(予防的に)戦争を始めることはない。何より非戦の状態こそが尊いからである。同時に、これから10年、15年を考えるときに、中国がどのように世界的な覇権を求めて行くのか、どう変わって行くのかは、慎重に注視していかなければならない。
日本と同じように、超高齢化と人口減少に移行していく中国は、これまでのように高い経済成長で、国民を満足させて行けるか。経済停滞や不動産バブルの崩壊、高齢者に対する社会福祉の遅れなどで大衆の不満が高まり、共産党政権の足元が揺ぎ始めた時、中国はどうするのか。台湾問題は二の次になるのか、或いは逆に、大衆の敵意を外に向けるために、台湾攻略に踏み切るのか。その時の経済的打撃に中国は耐えられるか。いずれにしても、世界と緊密につながりながら経済成長して来た中国にとって、台湾進攻は甚大な犠牲を覚悟の選択になるはずだ。
◆敵基地攻撃に前のめりの岸田政権は大丈夫か
こうしたことを見極めるためにも、出来るだけ非戦の時間を稼ぐ必要があるのだが、もう一方の当事者とも言うべき日本やアメリカはどうするのか。この点で、アメリカや日本の岸田政権の前のめりの態度は、いかにも危うく思えるが、「台湾問題を複眼的に見る」2回目は、日米から見た台湾問題を整理してみたい。
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