「風」の日めくり                     日めくり一覧         
定年後に直面する体と心の様々な変化は、初めて経験する「未知との遭遇」です。定年後の人生をどう生きればいいのか、新たな自分探しを通して、終末へのソフトランディングの知恵を探求しようと思います。

「国民的熱狂」の先に待つもの 26.2.14

 衆院選挙で自民党が圧勝した衝撃は、むしろこれからが本番だろう。この先日本の政治に待ち構える現実を、私たちは嫌でも見続けることになる。よく言われることだが、この選挙で自民党は衆院の定数(465)の68%(316議席)を獲得した。特に小選挙区での議員獲得数(289)は小選挙区全体の86%にもなる。これは小選挙区制の特性でもあるが、これを有権者全体の選択という面からみると、少し違った風景にもなる。すなわち、投票率が56%だったので、自民党は小選挙区で有権者全体の27%の得票で、86%の議員を獲得したことになる。

 また、比例代表における自民党の得票率は歴代2位の37%だったが、これも有権者全体から見れば20%という数字になる。つまり、全有権者の4人に1人程度の選択によって、自民の絶対安定多数が作られたということである。自民に投票しなかった有権者の70%以上が、これからの高市一強時代の政治をどう評価するかも、見ておく必要がある。いずれにしても、今回の高市一強がなぜ生まれたかについては、この先の政治動向と合わせて、これから詳細に分析する必要があるだろう。何しろ、この先の日本政治は未知の領域に入っていくのだから。

◆自民の絶対安定多数を生んだ後で
 全有権者のうち自民党に投票した30%弱の人たちの間でも、そのポイントは幾つかに分かれるだろう。一つは、「強い日本、豊かな日本」というフレーズに今の経済停滞の打開と物価高の解消を重ねた人。また、中国脅威論に対して防衛力強化(安全保障)を望んだ人。増えつつある移民に対する違和感や警戒感からの保守への選択。もう一つは社会に広まる分断を嫌がって、幅広く自民にまとまろうという選択など。こうした種々の思いが、実績はないながら何かやってくれそうな「サナエ推し(人気)」にまとまって、自民党の圧勝につながったのだろう。

 従って、自民に投票した有権者の思いは案外バラバラだとも言えるし、フワッとした人気投票的なものも含まれるので、高市政権の支持率は実際に政治が始まれば、大きな変動を見せるだろう。しかし、圧倒的多数を得た高市政権は、こうした世論の動向には左右されずに、その周辺を(維新も含む)右派的な政治家で固めて、国論を二分するような政策を次々に進めていくだろう。それが、安全保障関連3文書の改定、防衛費増額、軍需産業育成と武器輸出促進、スパイ防止法、そして憲法改正となった時、国民はどのような選択に迫られるのだろうか。

◆「中道」惨敗の理由と今後の課題
 一方で、これらの議論は、水膨れした自民党内にどのような波紋を引き起こすだろうか。そこに、自民党内野党と言うようなものが生まれる可能性はあるだろうか。さらに問題は、野党第一党の「中道」である。3分の1以下に数を減らしたその敗因についても様々に言われているが、「中道というのが曖昧」で、明確な対抗軸を立てられなかったという指摘に尽きそうだ。もちろん、2人の代表が清新さに欠け、賞味期限切れの感じだったこともある。それに気づかない集団と言うのが情けないが、何より「右でも左でもない」というメッセージが弱かった。

 今の社会は様々な点で、社会的公平さが失われている。例えば、大企業、富裕層は税制的に手厚い優遇策によってより富裕になる一方で、平均年収216万円といったアンダークラスの層が増えつつある(「新しい階級社会」橋本健二、早大教授)。その数は890万人。全労働者の14%を占め、多くは非正規で同年代に比べて未婚率も高い。老後の年金も殆ど期待出来ないこうした人々を、社会がどう支えて行くのか。このまま問題を放置すると社会の分断が米欧のように極端になって、社会の不安定を招く。こうした格差問題に「中道」はどう手を打って行くのか。

◆格差と分断を乗り越える対抗軸
 アメリカで今、行き過ぎた新自由主義に対する2つの流れがある。一つは、白人貧困層を支持層にしたトランプ共和党だったが、今のトランプはむしろ超富裕層に囲まれてビジネス感覚優先の政治で、支持層の幻滅を招いている。その一方で、家賃の凍結や富裕層への増税など、生活者の声を救い上げて当選したNY市長のゾーラン・マムダニのような政治の潮流もアメリカ各地で生まれている。左派の斎藤幸平(東大準教授)などは、一律バラまきの後は自己責任と突き放す、今の政治に代わって、社会全体で弱者に寄り添う「包摂的な政治」を主張する。

 格差と分断を乗り越える、自民への対抗軸を「中道」が立てられるかどうか。そこには、もう一つ重要なポイントがある。それは多様なリベラル同志で互いに細分化するのではなく、中間層を大きく包摂する理念が必要なことである。さらには、戦争を回避する国際協調の枠組みに、どうリーダーシップを発揮するのか。水膨れの自民党を視野に入れながら、旧立憲と旧公明が徹底的に議論し、勢力を拡大できる清新な対抗軸を打ち出せるか。さもないと、「中道」は多弱の一角に逼塞し、日本は戦前の「大政翼賛会」のような一党独裁になってしまう。

◆国民的熱狂が歴史を動かした戦前
 殆ど興味がなかったが、ネットで振り返ると、選挙期間中の高市の演説会場には多い時で1万人、平均5千人が詰めかけたという。これはこれで、一つの「国民的熱狂状態」だったのかも知れないと思う。こんな時、前々回にも取り上げた「人びとの社会戦争」を図書館から借りて読み終えた。570頁、上下二段の小さい文字で書かれた大著なので、斜め読みだったが、そこに書かれていたのは、先の戦争に日本が(無謀にも)突入したのは、何も政治家や軍部の独走だけではなかったということである。彼らを突き動かしたのは、圧倒的な国民的熱狂だった。

 国際連盟を脱退した時(1933年)の外相、松岡洋右などは、大の人気者で日中戦争が泥沼化する中で、(日本をアジアの盟主とする)大東亜共栄圏をといった構想を各地で演説し、そこには常に5千人を超える聴衆が集まったという。僅かな行き違いに過ぎなかった中国、盧溝橋での衝突(1937年)も、当初の不拡大方針にもかかわらず、全国で「中国を懲らしめろ」と言った熱狂的集会が開かれ、軍部や政治を突き上げた。松岡らは日本の国論を統一、強化するために政党を解体して一党独裁にすべきと主張し、大政翼賛会(1940年)が実現する。

◆解放と引き締めを巡る社会戦争
 日米開戦はその翌年(1941年)だった。著者の益田肇(歴史家)は、こうした歴史の動きの背景にあったものを、解放と引き締めの両軸を巡る「人びとの社会戦争」と呼ぶ。例えば、大正時代の人々が自由を享受した解放の時代。大衆は欧米的な個人主義に目覚め、享楽的な文化に走った。直後に不景気になり、その揺り戻しが日本文化に帰れという引き締めの世論だった。さらに満州国の建設による好景気とその後の引き締めなど、その振り子のサイクルは30年ごとに変わったという。2つの価値観の間で起こる「社会戦争」が、政治を動かしていく。

 その引き締めが、戦前の全体主義への欲求になったとする著者は、今の時代をこう見る。自由主義や個人主義の広がりによって失われた国民の一体感が、新たな「引き締めの時代」を望んでいるのではないか。格差と分断、ネット時代の孤立。その中で、国民的統一を求める動きが、ひそかに広がっているとすれば、それも今回の自民大勝の要因の一つかもしれない。問題は、それがさらなる「国民的熱狂」につながるかどうか。この先の高市一強政治が、その熱狂に強く動かされて行くとすれば、これから先の政治が戦前のように、非現実的なものになる懸念もある。

◆国民的熱狂を作ってはいけない
 非現実的とは、問題のありかを直視せずに、国民も含めて自分に都合のいいことしか見ない政治である。昭和史研究の作家、半藤一利は先の大戦を顧みて、戦争を防ぐためには、「国民的熱狂を作ってはいけない」と言った。ネット社会の今は、皆が自分に心地よい情報しか手にしないし、発信しない。その中で、政治をどう平和と安定に向けて舵取りして行くか、与野党ともに極めて難しい選択を迫られる。

日に日に世界が悪くなる? 26.1.24

 2026年の年明け早々から、世界は先行き不透明のまま、新たな時代的変化に入ろうとしている。就任1年のトランプ米大統領は、権力と武力にものを言わせて世界を我が物顔にかき回しているし、それに呼応するように大国の権威主義者たちが「自国ファースト」を掲げて覇権を広げようとしている。これは、19世紀後半から20世紀前半にかけて世界を食い荒らした「帝国主義」の新たな形、「新・帝国主義」とも言われるが、核を持った超大国が互いに周辺国を従えて対峙しあう異様な姿は、いわば核大国による「多極化時代」の到来を思わせる。

◆米中(G2)が支配を目論む世界
 5500万から8000万人といわれる膨大な戦争犠牲者を出した第二次世界大戦の反省から、人類は国連を立ち上げ、様々な人類的価値観と理念に基づいた戦争回避策を模索してきた。そのベースになっている自由と平等の民主主義、国際法と言った理念が、「私に国際法は必要ない。私を止められるのは、私自身の道徳観と心だ」と言うトランプによって揺さぶられている。米中(G2)に加えて核大国のロシア、或いは人口最大のインドなど、世界を分割統治したい国々の間にあって、EUや日本はどのように生きて行くのか。世界は新たな局面に入りつつある。

 トランプは、ベネズエラ、グリーンランド、ウクライナ、パレスチナなどの問題について、国連の役割を無視するような、自分をトップとする新たな国際的枠組み(「平和評議会」など)の設立を画策し始めている。一方で、巨大国家・中国も同様に中国主導の国際紛争調停の枠組み(国際調停院)を作りつつある。そこにグローバルサウスの国々を招いて調停者の役割を果たそうと目論む。対して、影が薄くなる一方のUEや日本は国連的枠組みとその価値観を守って行けるのか。こうした「新・帝国主義」という時代の変化に加えて、人類が否応なく直面する大問題がある。

◆とてつもない国とどう向き合うのか
 その一つが、トランプが「史上最大の詐欺」と攻撃する地球温暖化の問題である。しかし、最新のシミュレーションによれば、2050年には世界各地で気温50度が頻発する。その時の日本も例外でなく、50度超の酷暑と巨大台風に見舞われる。一方、アメリカと反対に脱炭素分野で世界の覇権を握りたいのが大国・中国。世界最大のCO2排出国の中国(25%)は、今や太陽光発電では世界の半分の発電量、輸出で80%を占める。風力発電でも世界の40%強を占め、原発では稼働中の59基に建設中の28基を加えると、アメリカと並ぶ世界最大の原発国になるという。

 こうした巨大国家に挟まれて日本はどうするか。特に高市首相が立ち向かおうとしている中国は今や、製造業においても、とてつもない国になりつつある。中国では今、人工知能AIが管理する自動化ロボット工場が24時間体制でスマホやEVを大量生産している。無人の工場内は真っ暗で、「ダーク・ファクトリー」と呼ばれている(選択1月号)。こうして生産された激安の製品が世界中にあふれ出し、輸出先の地場産業を破壊する。資源、エネルギー、製造、軍事の、あらゆる分野で驀進する中国とどう向き合うのか。日本が直面する大問題である。

◆日に日に世界が悪くなる?
 その人工知能AIも、今や社会の隅々に浸透し始めており、その急速な進化から、今年あたりは「汎用人工知能(AGI)元年」になるのではないかとさえ言われている。これまで人類が解けなかった数学の問題も解き始めており、やがては、AI自身が自分を教育して独自に進化して行く時代になるかも知れない。こうした人間を超える知能とどう付き合うのか。エネルギーや地球温暖化を解決する新技術を見つけてくれるかも知れないが、その前に人類を滅ぼすような未知の軍事技術を覇権国家に与えるかも知れず、その動向も注視して行く必要がある。

 トランプの傍若無人さがもたらす「新・帝国主義」の時代。とてつもない国になりつつある中国。急進する地球温暖化。そして、人知を超え始めた人工知能。これらの時代的変化が否応のない現実になる頃には、私はこの世にいないかも知れない。しかし、年明けからの急速な変化を見るにつけ、テレビ小説「ばけばけ」の主題歌の「日に日に世界が悪くなる」が、妙に胸に迫って来る。既にコラムを書く生活から足を洗った自分としては、「老境の日々」を見つめることを中心にせざるを得ないが、多少はこうした「時代的テーマ」とも向き合って行きたい。

◆「老境の日々」から学ぶこと
 さて、その「老境の日々」である。年末に始めた26年間の「できごと年表」作りは終わり、加えてその間に「風の日めくり」の方にアップした懐かしいブログ30編余りをプリントしてファイルに。それは都合2冊になった。作業しながら感じたことは前々回のブログに載せたが、もう少し付け加えると、自分の命があと何年かで尽きることを想えば、一日一日、一年一年を積み重ねることの大切さである。それは自分にとって、ますます貴重な時間になって行くだろう。それが何年なのかは分からないが、この間に学ぶことも様々にありそうだと感じる。

 それは自分にとって「未知との遭遇」なのである。例えば、身体がより衰えてきた5年後に自分がどんな心の状態になるのかは未知の領域だ。もちろん、街で自分より年齢のいった年寄りを見かけることは多いが、それは外見だけで、心の中までは分からない。その意味で、年明けに高校と大学の2つの同期会に参加したことは、ある種の感慨を抱かせた。それぞれ80歳から81歳の集まりである。特に大学の場合は、親しく参加者の近況が聞けたので、皆思いのほか、若々しい精神状態にあることに感心した。それぞれに様々なことに挑戦している。

◆老境の心の風景の変化を楽しむ
 参加者は皆、身体的にまだ元気だから参加しているわけだが、ひと昔前の80歳のイメージとは程遠い。知的好奇心も旺盛に今を生きている。その意味では、この先の時間も、ただ衰えて行くだけではない何かを発見させてくれるかも知れない。同級生たちを見ていて、そんな可能性を感じた。それが何なのか。身体の変化はともかく、心の中の風景がこの先の加齢に伴ってどのように変化していくのか。健康維持にも努力しなければならないが、その変化を発見し、楽しんで行くことが出来れば、老境の日々が多少とも意味あるものにも思えてくる。

 某日。映画監督の友人に勧められて「世阿弥 最後の花」(藤沢周)を読んだ。時の将軍、足利義教の勘気に触れて70歳を超えて佐渡に流された世阿弥の晩年を描いた小説である。当時70歳と言えば今では80歳を優に超える老境だろうが、その過酷な状況の中で能楽論を著しながら、佐渡で能舞台にも挑戦する。その最後は謎だが、島流しは足掛け10年に及んだ。その間の世阿弥の心の風景を微細に描いている。佐渡は7年前に一人旅で行った時に能舞台も回ったので風景が目に浮かんだが、老境にあってなお自分を見つめ続ける姿が心に響いた。

◆日本の政治はどう変わるのか
 さて現実に戻ると、冒頭に書いたように世界は激変の時代を迎えている。その中で、日本ではコップの中の嵐のような総選挙が始まっている。一人で張り切る高市首相に国会議員みんなが翻弄されている形だが、では高市に代わる政治家は日本に残っているかどうか。皆、似たような面々なのではないだろうか。あと2週間後に、日本の政治風景はどう変わるのか。「日に日に世界が悪くなる」のかどうか、これはこれで、今の世界の時代的変化とシンクロするようで怖いところがあるが、その変化もまた見続けていくしかない。難儀なことである。

戦争に向かわせる多様な要因 26.1.8

 年明け早々から、世界はきな臭さが一段と高まって来た。依然として続いているロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザ侵攻、中国の台湾沿海での大規模演習、そしてアメリカ軍によるベネズエラの首都急襲と大統領拉致である。トランプの中南米支配の圧力が、隣国のコロンビアやメキシコにも飛び火するのではないかと言った観測もある。一方で、高市発言に端を発する日中間の緊張も高まっている。この状況で、世界では戦争に向かう勢いと、国際秩序を守って冷静に対処すべきだとする意見とが、様々な利害関係国の間でしのぎを削っている。

◆「別次元の安保政策」を後押しするもの
 そんなきな臭さが漂う中で、日本はどうなるのか。高市政権はこうした世界状況を理由に、従来の安全保障政策を一気に別次元に持っていこうとしている。史上最大級の防衛費増額、武器輸出(防衛装備移転三原則)の見直しによる軍需産業育成と武器輸出促進、安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、外交・安全保障戦略、防衛計画大綱等)の改定、スパイ防止法の制定、情報・インテリジェンス機能の強化としての国家情報機関の創設、国家サイバーセキュリティ局等の統合的運用などなどである。加えてアメリカやASEANとの防衛協力の強化もある。

 そんな高市内閣の支持率は依然として65%超を維持しており、特に若い世代(18歳〜29歳)では92%と驚異的な数字になっている(*)。物価高対策などよりも、日本を取り巻く世界状況のきな臭さ(特に中国)が、その支持率にも反映しているのだろうが、これが高市首相の「別次元の安保政策」を後押ししている。そんなザワザワした雰囲気が、日本を危うい戦争に近づけないか。戦争を始めるものは為政者、軍部だけでなく、戦争を煽り立てるメディア、そして世論であったことを学んできた私などは、国民が一方向に熱くなっている今の状況を、危惧せざるを得ない。*)産経12.22

◆戦争のことをもっと知るために
 ところで先日、私が通う番組制作会社の若いディレクターが「私は広島出身なので、戦争のことをもっと知りたい」と言うので、私がこれまでコラムにも取り上げてきた入門的な本を幾つか紹介した。例えば、『検証 戦争責任』(上下)読売新聞戦争責任検証委、『昭和史(1926〜1945)』半藤一利、『それでも、日本人は“戦争”を選んだ』加藤陽子、『日本軍兵士―アジア太平洋戦争の現実』吉田裕、『散るぞ悲しき 硫黄島指揮官 栗林忠道』梯久美子、『日本のいちばん長い日』半藤一利、『日本殲滅〜日本本土進攻作戦の全貌〜』トーマス・アレンほか。

 さらに、『本土決戦幻想〜オリンピック作戦編』『本土決戦幻想〜コロネット作戦編』保坂正康、『日本はなぜ敗れるのか 敗因21か条』山本七平などである。それぞれ簡単な紹介を付けようと思ってAIに注文したら、たちどころに的確な紹介文を答えて来た。例えば『検証 戦争責任』については、「戦後日本における戦争責任論争を、新聞社内の独立委員会が長期検証した報告書。政治指導者・軍部・官僚・メディア・国民の責任の所在を、個人責任と構造責任の両面から分析。東京裁判史観にも批判的距離を取りつつ、免罪論にも与しない姿勢が特徴」。

◆戦争に向かわせる多様な要因の解明
 さらに、「学術とジャーナリズムの中間に位置する、極めてバランス志向の総括。戦後史認識を冷静に再点検する基礎文献」といった具合である。『昭和史(1926〜1945)』については、「昭和初期から敗戦までを、政治・軍事・外交・社会を横断して描く通史。膨大な資料を背景にしながらも、語り口は平易で物語性が高い。軍部の暴走というより「止められなかった日本社会全体」に焦点を当てる。特定のイデオロギーに寄らない穏健な歴史観が特徴。戦争期昭和史の定番的入門書」と答えてきた。とにかく最近のAI(GPT5)の進化には目を見張るものがある。

 また、『日本軍兵士については、「前線の兵士たちの体験から、日本軍の実態を描く社会史的研究。補給軽視、過酷な規律、兵士の消耗を構造的に分析。精神主義が兵士の命をいかに軽視したかを明らかにする。英雄的戦争像を解体する視点が特徴。戦争を下から見る重要文献」とある。上記の本には、軍部や政治家の現実無視、彼らを取り巻く無責任の体系の実体が縷々述べられている。戦争の悲劇や悲惨を伝えるのは当然のことだが、その戦争がどのように作られていったかを解明することで、「戦争に向かわせる多様な要因」を私たちに教えてくれる。

◆新たな角度から戦争への要因を解明
 さらに最近、また新たな角度から戦争への要因を解明する研究があることを知った。それは、「人びとの社会戦争〜日本はなぜ戦争への道を歩んだのか」の著者の益田肇(歴史家)へのインタビュー記事である(朝日10/1)。益田は、戦前国民の膨大な日記や手紙、新聞や雑誌への投書を読み解きながら、当時の市民がいかに戦争に共鳴・加担して行ったかを詳述している。その著書はかなりの厚さで高額(*)なので、新聞記事とこれもAIの概説(30ページ超)から要点を書いてみたい。益田はあの戦争は、軍部の暴走だけでは説明が不十分だと言う。*)4730円。現在、市立図書館に予約中。

 彼は、日本の戦争が政治家や軍部によって引き起こされたという「上から見る歴史」では抜け落ちて来た庶民、国民と言った下からの要因に光を当てている。その庶民はいかにして戦争を支持するようになって行ったのか。なぜ戦争に「魅力」を感じるようになったのか。様々な要因を挙げているが、例えば、職場や近所での「男らしさや信用」といった評価の高まり、或いは個人主義や多様性の拡大で、「らしさ」が消える社会への反発。その乱れた世の中に喝を入れる爽快さ。さらに、兵役に就くことが生活の安定につながるといった現実的な理由もあった。

◆「戦争が合理的に見える社会」を作らないこと
 つまり、生活不安、貧困、階層格差、将来への焦燥、共同体内の思惑など、切実な現実に直面した人々が、半ば合理的判断として積極的に戦争に適応して行ったという分析であり、社会や政治の機能不全を戦争や全体主義で克服しよう、一体感を取り戻そうという庶民の希求である。また、社会の中で一つの声が大きくなって行くときの「同調圧力」も働いていた。そこには当然、戦争を煽り立てたメディアの存在も大きかった。詳しくは本文を読んでもらいたいが、こうした庶民の戦争支持は「狂気」ではなく、庶民間の“社会戦争”の帰結だったという。

 さて、益田のこうした論述から何を教訓とするべきか。これをAIに聞くと、最大の教訓は「戦争が合理的に見える社会」を作らないことだと答えた。戦争は、狂気や洗脳、独裁によって始まるのではなく、生活不安、競争の激化、排除の恐怖、同調しないことのコスト増大の中で、「戦争に協力する方が、個人にとって合理的」に見えた時に「社会化」する。従って、社会の中間層(職場、学校、業界団体、メディアなど)が、戦争を肯定する空気に染まり、忠誠心の競争の場になって、反戦の声が上げにくくなるのを防ぐことでもある(朝日の社説1/3)。

◆戦争で死ぬのは誰なのか
 あの戦争が始まって85年になる今年、戦争の悲惨な記憶を若い世代に引き継ぐことが難しくなっている。それ以上に、日本社会がなぜ、あのような無謀な戦争に突入したのか、その経緯を知ることも少なくなった。世界が一気にきな臭くなり、日中の緊張が高まる今、ネット空間には威勢のいい言説が満ち溢れている。自身もSNSで発信する高市首相をはじめとして、政党党首たちもその同じネット空間の声を気にするようになっている。それらの声を含めて、社会の多数が力のぶつかり合いを容認する空気になれば、戦争へのハードルは下がって行く。

 あの敗戦の教訓から日本が国是として来た、「戦争は万難を排して防がなければならない」という「不戦の誓い」が今、世界中で揺らいでいる。威勢のいい意見に同調する前に、戦争で死ぬのは誰なのかを、私たちは常に肝に銘じていたい。

26年分の「できごと年表」を 25.12.25

 2025年も終わろうとしているこの時期、1か月ほどかけて一つのことをやり終えた。それは、毎日手帳の半ページにメモしてきた「その日の出来事」の26年分を振り返る作業である。一年、12か月の間にあった出来事を、手帳に書いたメモを見ながら、年ごとに毎月1行から3行程度にまとめる作業である。やってみると、忘れていることも多く、様々な感慨が湧いてきた。子供の結婚や孫の誕生などの家族の歴史、海外出張など仕事の出来事、友人との会食や旅行など。それを2025年から1年ずつさかのぼって手帳が残る2000年まで書き出した。

◆2000年に始まった日々の記録
 私が、手帳に日々の出来事をメモするようになったのは、2000年5月に、ある会合で放送評論家の志賀信夫さんに会ったのがきっかけだった。彼はある時、交通事故で瀕死の重傷から生還した後、この先をよりよく生きていくために、その日にあった出来事を手帳にメモして振り返えることにしたのだそうだ。それを聞いて私も、(当時貰っていたSONYの)ちょっと大きめの手帳に、毎日、時系列に出来事をメモするようになった。1ページの半分を1日分にすると、1年でちょうど1冊になる。定年後も同じような大きさの手帳を見つけて続けてきた。

 それは中学以来、時折つけている日記とは違って、何時に何があったか、何をしたか、誰と会ったかなどの時系列的なメモである。1日の最後にそれを振り返って、そのうち自分にとって意味があると思う項目にマーカーで線を引く。そうすることによって、ただ漫然と日々を過ごすのを避けようとした訳である。線を引く事柄としては、日々のストレッチや体操、寺参り、読書、家族の出来事や旅行、お付き合いなどである。手帳の最初には月ごとの予定表もついているので、1か月を概観することも出来る。これらを参考に、一年を25行程度にまとめて26年分の年表を作った。

◆年表つくりの中から見えてくるもの
 何しろこの歳になると過去の出来事が、霞がかかったようになって来る。年表が出来れば、あれはいつだったかというのが、見つかりやすくなるというのが直接の動機だった。26年というと、定年3年前に始まり、定年後の2つの会社勤め、フリーになってからの大学の非常勤講師や、サイエンスニュースの編集長、そして今も続いている番組制作会社などとの関係がある。その間に、足掛け十年、一年に一度カナダ取材に出かけたり、家族と海外に行ったりもした。また、幾つかのトラブル、ガンの手術なども経験した。それらが一目で見渡せるようになった。

 作業をしている間にふと、これが終わったら何かが見えてくるかも知れないという期待を抱いた。その感慨を胸に、これからを暮らして行けるか。それが何なのか、まだはっきりとは見えていないが、幾つか感じることはある。一つは、家族の命のつながりの不思議さである。この26年間に、3人の子供は結婚して今は7人の孫がいる。それぞれに結婚に至る小さなドラマがあり、私たち夫婦も何かと心を砕いたものだった。それらを乗り越え、その結果として7人の孫たちがすくすくと成長している。その運命の糸の姿に心打たれるものがあった。

◆晩年の母との交流、家人や友人に支えられ
 あるいは、老境にあった母との交流である。記録を見ると、母が存命のうちは正月、お彼岸、お盆に一緒に墓参りをした。そのついでに、時々は実家に1泊して母といろいろ話をした。忘れていたが、若い頃の子供たちも結構それに同行してくれていた。俳句が趣味の母は、2004年と8年に「潮音」という小さな句集を出した。その句集は私がPCに打ち込み、デザイナーの次男が挿絵を描いた。その母も2015年、93歳で逝ったが、前日まですこぶる元気だった(「93歳の母の死と葬儀(1)」)。母との思い出は私の子供たちにどのくらい残って行くのだろうか。

 さらには長い人生ではもちろん、この26年間の間にも、いろいろな仕事上のトラブルにも見舞われたし、幾つかの手術も経験したが、その都度、様々な人に助けられたという思いである。私が第二の会社で強いストレスにさらされるようなトラブルに見舞われた時も、家人にはもちろんのこと、長い付き合いの友人たちには、それこそ助けられ、支えてもらった(「ストレスをやり過ごした日々」)。あるいは、今は亡き先輩、友人との懐かしい思い出もある。そういう長いお付き合いを持てたことに、改めて感謝の念が湧いてきた(「しみじみとした会食」)。

◆「風の日めくり」から選んだ28章
 さて、こうして出来た年表をどんな形にするかである。一昨年夏に子供たちに残すために作った「我が家のファミリー・ヒストリー」のように、ファイルにすることも考えたが、全体が30ページほどでちょっと物足りない。そこでまたまた考えた。このHPを始めた時からの近況報告「風の日めくり」にアップして来た、思い出深い文章を選んでこれに加えることである。そうするとある程度まとまった「私の晩年史」になるかも知れない。私にしか意味がない、全くの個人的なものだが、たまにそれを眺めれば、この先を生きる元気を得られるかもしれない。

 こうして選び出したブログは全部で28編になった。その主なものを、最近のものからさかのぼると、「紅葉の湖東三山を巡る旅」、「O君の死と命を巡るあれこれ」、「下北半島弾丸ツアー印象記」、「命のつながりを感じる夏に」、「久しぶりの家族再会が実現」、「老人がストレスに出会う時」、「出版を終えて肩の荷を下ろす」、「孫たちのコロナショック」、「娘が子連れで里帰りお産(上中下)」、「第二の書斎を見つけて」、「NY、次男一家の挑戦」、「意外に大変だった摘出手術」など。

◆26年間のいろどりを味わいながら
 さらにさかのぼって、「娘のお産に付き合った80日」、「紅葉最後の京都行き」、「ストレスをやり過ごした日々」、母死後の「きょうだい会」、「しみじみとした会食」、「人生の下り坂を生きる」、「死にかけた日の物語(1、2)」、「上海空港に緊急着陸」などである。ほかに読んでいて懐かしかったのは、赤毛のアンのふるさと、プリンスエドワード島(カナダ)のおいしい料理をとことん体験した取材記である。世界のジャーナリストを集めたGoMedia会議に参加した時のものだが、若い女性陣4人に私が一人で5日間も行動を共にした(「島を食べ歩いた日々」2013年)。

 英語が不自由な私が、どのようにして彼女たちと心を通い合わせたか。読んでいて心が和んでくる。これは9回にわたってカナダ観光局のサイトに連載したが、こちらにも残した。定年後、足掛け10年に及んだGoMediaで出会った日本人仲間の会は年に1回、今も続いている。冒頭の年表に、これらの28編を付加したファイルは100ページくらいになるだろう。これを年明けに完成させようと思っている。私に残された時間があと何年あるか分からないが、私の死後は残しておいても仕方がないので、この個人的ファイルは捨てるか棺桶の中にでも入れてくれればいいと思っている。

感謝の気持ちで大切にしたい日々
 それにしても、NHKの先輩や後輩、高校の同級生などとは、この26年間と言わず、途切れることのない長いお付き合いをして貰ったことに今さらながら気づく。既に亡くなった方もいれば、認知症でままならない人もいるが、4人組と称して毎年のように温泉巡りをした仲間もいる。その中で、今年満99歳になった大先輩とは定期的に電話で話をしているが、驚異的に元気で毎回感動する。80歳という私の年齢を考えれば、今後もますます大事になる、家人、きょうだい、子供たち、孫たち、それに仲間たちとの残された時間を大切にして行きたいと思う。(というわけで、この文章を選んだ28編の冒頭に置くことにした)

紅葉の「湖東三山」を巡る旅 25.12.2

 このところ、ちょっとした心配事が続いたせいか、10日ほど前から夕方になると脈の乱れが頻発するようになった。結滞という不整脈らしいが、1分間に10回ほども脈が抜ける症状である。なんか気になって心配していると、血圧も上昇し、上が170くらいにも。そこで近くのクリニックで調べてもらったら、午前中だったせいか心電図にも異常はみられず、12月に入ってから(前にもやった24時間心電計)を付けて調べることになった。だが、そうこうしているうちに5日ほどでその症状が消えて、血圧の方も(何日か降圧剤を服用して)収まって来た。

◆「湖東三山」の寺々と紅葉を巡る旅
 そこで一時はどうしようかと迷ったが、予定通り旅に出かけることにした。それは夫婦限定参加の「湖東三山」紅葉ツアーという旅で、琵琶湖東岸に点在する紅葉で名高い古い寺々を巡る2泊3日のツアーである。新幹線で米原まで行き、そこからバスに乗る。参加者(19組38人)は皆同じような年ごろだった。西明寺、金剛輪寺、百済寺の「湖東三山」は、いずれも歴史は古いが、今は最澄が開いた比叡山延暦寺につながる天台宗の寺になっている。当初予定より1週間早めたのがよかったのか、どこも目に鮮やかな深紅の紅葉が迎えてくれた。

 







 最初に訪ねた「西明寺」は、日本の国宝第一号に指定された本堂、三重塔を擁する。この二つの建物は鎌倉時代のもので釘を一本も使っていないという。山あいの寺なので、本堂にたどり着くには、不揃いの石を並べた数百段の石段を登って行かなければならない。山門を入ってから長い石段が続くが、途中に見事な日本庭園がある。ここには、約千本の紅葉があるというが、それらが真っ赤に色づいていた。次の「金剛輪寺」も石畳の長い坂を上っていく。坂の両側には千体を超える小さな地蔵が並んでいた。ここの本堂も国宝。境内に真っ赤な紅葉がある。









◆「戦乱の寺や血染めの冬紅葉」
 これを「血染めの紅葉」という。その昔、比叡山が織田信長の焼き討ちにあった時、ここも攻められそうになったが、僧侶たちが山門近くに薪を積み上げて燃やしたために、既に焼き払われたと誤解した兵が引き上げ、辛くも本堂と三重塔が残ったという。バスに戻ってLine仲間に写真を送ったら、友人が「戦乱の寺や血染めの冬紅葉」という句を送って来た。今回はLine仲間に逐次、紅葉の写真を送りながらの旅だったが、その都度やり取りが出来て楽しい旅になった。三山の最後は、「百済(ひゃくさい)寺」。近江で最古(606年建立)と言われる。








 ここも山門から本堂まで延々と石段が続いたが、カミさんと2人、途中で何度も休みながらやっと本堂にたどり着いた。色とりどりの紅葉が美しい。このツアーでは、湖東三山の他にも様々な所を訪ねた。普段は非公開の(小堀遠州が作庭したという)「教林坊」の庭園では、紅葉ライトアップを鑑賞。ツアー3日目には、比叡山の延暦寺(その日は霧に包まれていた)や、庭園の紅葉が室内の漆塗りのテーブルに美しく映り込む「旧竹林院」(延暦寺の僧侶の隠居所)。そして奇岩の上に建つ国宝の「石山寺」。ここでは紫式部が源氏物語を執筆したそうだ。









◆達成感のある紅葉の寺巡りだったかも
 これらの寺々の本尊は、延暦寺や西明寺の薬師如来をはじめ、聖観世音菩薩(金剛輪寺)、十一面観世音(百済寺)などだが、秘仏になっていて普段は見られない。多くは、扉の前の「お前立ち」という仏や脇侍という仏像に手を合わせることになる。見事な紅葉を鑑賞することと祈りが一体になった旅ではあった。私も、その都度手を合わせながら、行く前から続いていた「ちょっとした心配事」が無事に行くようにと祈って来た。さて、そうして3日間のツアーを終えて帰宅して、あれだけ駆使した足腰に影響が出ないかと心配したが当初は何もなかった。

 何しろ、3日間で2万7千歩もハードな石段を上り下りした計算である。石の形も高さも不揃いなので、上るときはまだしも、下るときが余計にきつい。そのせいか、3日後くらいから膝と足首が痛くなって来た。ツアーは同じホテルに連泊で、荷物を部屋に置いておけたのは良かったが、風呂は部屋内の小さなものしかない。これが温泉ならなどと贅沢なことを言っていたが、まあ、このひざ痛も一時的なものと思うので、今度は近場の温泉に行きたいねと話している。それでも、行く前の不整脈騒ぎを思えば、達成感のある紅葉の寺巡りだったと言える。

◆特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
 このツアーをメインにして、今月は幾つかの出来事があった。某日。60年前の大学入学時にお世話になった茨城県人寮(水戸徳川家が創設した水戸塾)のOBと現役学生との懇親会があった。両国にある、関東大震災と東京大空襲で亡くなった人びとをお祀りした記念館を見学した後、隅田川の屋形船に乗って40人ほどで会食し旧交を温めた。同期入塾は既に半分が亡くなっているが、今回はいつもの4人が参加した。現役学生の元気な(応援団風の)自己紹介に遠い学生時代を思い出した。某日。上野で特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」を鑑賞した。

 かつてカナダでの会議で一緒だったメンバーの、年に一回の会食(GoMediaの会)で仲間の一人から頂いたチケットである。この運慶展は期間中30万人が訪れたと言うが、人数を区切りながらの鑑賞でも沢山の人が会場に詰めかけていた。国宝 弥勒如来坐像と両脇に控える国宝 無著(むじゃく) ・世親(せしん)菩薩立像の見事さである。ETV「日曜美術館」で事前に見て行ったが、芸術的な鑑賞と祈りとの両面をどう考えるのか。もう一度仏教の根本精神を確かめておかないと、それを作った仏師たちの思いに近づけないかもと、思ったことだった。

デジタル時代の現実感覚とは 25.11.16

 先日、年下の友人と会食した。その時の話を書きたい。二人は私より15歳と30歳ほどの年下である。一人が、私が生きてきた戦後80年の時代的変遷について、「この80年は、幼少期からは想像できないような変化だったのではないか」と尋ねた。実際、振り返ってみれば、それは本当に大きな変わりようだった。物がない敗戦直後の貧しい生活、自然の中で遊び惚けた小学校時代、そして、その後の右肩上がりの経済成長、サラリーマンになってからの放送技術の大きな変化(フィルムからデジタルへ)、そしてインターネット時代の到来という大変化である。

 太平洋岸の崖の上に住んでいた私は、中学生くらいまでは、自分が海外に出かけることなど考えたこともなかった。ただ、その海の向こうにアメリカがあるということを知るだけだった。それが今、世界のあらゆるところに日本人が出かけて、日々海外のニュースが飛び込んでくる。こうした幾つもの大変化の中で最も大きな時代的変化は、やはりデジタル時代の到来だろうという話になった。インターネットを介して、様々なプラットホームがその情報空間を日々巨大化させている時代であり、それ以前と比べて、情報と私たちの関係は劇的に変化した。

◆私たちの思考を絡めとる情報空間
 今や日々膨大な情報がデジタル空間にあふれ、人々は毎日何時間もそれを見る生活である。一説に、現代人が一日に受け取る情報量は平安時代の一生分であり、江戸時代の1年分だという。その膨大な情報の主役の一つがSNSの登場なのだろう。FacebookやYouTube、Xなどなど、誰もが簡単に発信できるSNSが生活に浸透してきたのは、わずか20年程のことである。それがたちまちにして、個人の情報空間を染め上げ、思考を絡めとる。最近は、そこにAIによって巧妙に加工された情報も加わって、何がフェイクで何がリアルなのかさえ判別しにくい。

 こうして日々肥大化する情報空間に個人が飲み込まれそうになっている現在、問われるのは私たちの現実感覚はこの先、どうなっていくのだろうか。あるいは、私たちが現実と思っていることは本当にリアルな現実なのだろうか。そういうかなり本質的な話題になった。情報と言えばラジオと新聞しかなかった時代を彼らより長く経験した私の方が、その落差の感覚は大きいかもしれない。今や、情報の洪水に溺れそうになってリアルな感覚を見失い、フェイクな情報に感情を揺さぶられて我を忘れて走り出す。それが社会現象化する時代である。

◆フェイク情報で「犬笛」を吹く
 例えば先般、名誉棄損で逮捕されたNHK党の立花孝志である。彼はそのフェイクな情報が多数の人々をどのように走らせるか計算していた。攻撃するターゲットを決め、それに対する悪意の陰謀論をでっちあげ、攻撃をけしかける「犬笛」を吹く。それを見た人々は何らかの正義感に駆られ、自らも情報を拡散しながら、対象者に「死ね」とか「消えろ」といった攻撃を行う。こうして立花は、相手の住所までさらし、結果、2人の自殺者まで生んでいるが、彼はネット空間の魔力を知り尽くしていたのだろう。一方で、アクセス拡大による収益まで計算していたのではないか。

 問題は、各種各様の「犬笛」に踊らされる大衆の方にもある。犬笛を聞いた人々は、自分の存在感をネット空間でより高めるために、さらに過激な言説を広げていく。その方が人々の注目を浴び、「承認欲求」が満たされるからだろう。こうして、「犬笛」の効果は相乗的に高まって行く。デジタル空間の巨大化に伴って、今やこの手の陰謀論的な言説がこだまのように反響し、大はトランプ現象(これについては次回以降に)から、小は身近な所にまで蔓延している。人々の現実感覚が薄れて何がフェイクで何がリアルか分からないまま、大衆の感情を右に左に揺さぶる時代になった。

◆「不安の壮大なストーリー」に転換されて
 先日のNHKクロ現「広がる“外国人不安”その陰で何が」(11/11)では、外国人を敵視するネット空間の高まりを扱っていた。排斥運動のデモに参加した女性は「もうなんか勝手に焦っています」と言っていたが、具体的な実態を知っているわけではなさそうだった。北海道江別市でのパキスタン人を巡る騒動も騒いでいるのは、実態を知らない人々が多い。こうした外国人に対する警戒心は、デジタル空間で増幅され「不安の壮大なストーリー」に転換されていく。それは、様々な発信が拡大解釈されファクトからフェイクに転換する過程でもある。

 いわく、「土地が乗っ取られる」、「侵略される」、「犯罪が増える」、「日本の税金が使われる」と言った言説が不安のストーリーに成長する。高市首相の「奈良では外国人が鹿を蹴飛ばしている」と言った類が、肥大化して排外主義に結びつく過程でもある。こうしたフェイク(犬笛)に感情をかき立てられて、一方向に走り出す人々は、どこかで立ち止まって「実際はどうなのか」と自身に問いかけることがあるのだろうか。(もちろん実際の犯罪者は論外だが)そうして排斥される一般の外国人の身になって考えるときに、相手がどのような感情になるのかを思いやる余裕はあるのだろうか。

◆拠り所となる「現実感覚」を手にできるか
 「相手の身になって考えられるか」。これは、私も含めて重い問いかけである。一方向に走っているようで、人々は実生活上、互いに殆ど交流がない。ネットで盛り上がっていても案外に孤独で、互いにその実体を議論する場が少ない。そのため、私たちは現実を見る勇気を持てないのかも知れない。その方が、独り流れに逆らうより安心感があるのかも知れない。仮に、そういう時にでも立ち止まって何がリアルなのかを問うとすれば、その時にこそ、私たちが拠り所とする「真っ当な現実感覚」が必要になる。それを今の私たちはどう手に入れればいいのだろうか。

 かつて、デジタル空間が今のように膨れ上がっていない頃、私たちは様々な現実に囲まれて生きていた。その時の現実感覚は、人々との触れ合いの中で、或いは自然との触れ合いの中で育まれていた。それが、長い年月の中で日本語としての様々な表現としても私たちの体内に染み込んでいた。それは芭蕉の俳句の中にみられる季節的な情感であり、「わびさび」の情緒でもある。そんな日本人の細やかな「情緒」について、数学者の岡潔は「何万年もかかって洗練されて来た」と書いている。彼は、さらに人間として備えるべき情緒についても書いている。

◆引き続き議論すべき大きなテーマ
 例えば、正義と恥の感覚、そして美しさ、はかなさ、清らかさ、つつましさ、雄雄しさ、潔(いさぎよ)さ、寂しさといった美しい日本的情緒である。このような情緒は、かつては日本人の誰もが説明抜きで分かっていた。立花の破廉恥な言動や、各自治体の首長が不祥事でも職にしがみつく時代を見るにつけ、これらは今、どこへ行ったのだろうと思う。 岡潔はこの「日本的情緒」を捨てようとしている日本社会に警鐘を鳴らし続けたわけだが、今では肥大化するフェイクな空間によって、人の生き方や自然の美しい日本的情緒が押しつぶされかかっている。

 岡はさらに、こうした美しい情緒が消えてくると子供たちの顔つきが「昆虫に似てくる」と、ギクリとするようなことも書いている。今の社会、「犬笛」によって思いつめたように相手を攻撃する人々、或いは立花本人も、そう言えばどこか昆虫に似ているかもしれない。「あの顔はさしずめ、カマキリだね」と友人の一人が納得したように言った。肥大化するデジタル空間、飛び交う陰謀論、敵意に満ちたフェイク情報。この中で私たちは、いかにして真っ当な現実感覚を維持していけるのか。大きなテーマなので引き続き議論しようということになった。