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衆院選挙で自民党が圧勝した衝撃は、むしろこれからが本番だろう。この先 、日本の政治に待ち構える現実を、私たちは嫌でも見続けることになる。よく言われることだが、この選挙で自民党は衆院の定数(465)の68%(316議席)を獲得した。特に小選挙区での議員獲得数(289)は小選挙区全体の86%にもなる。これは小選挙区制の特性でもあるが、これを有権者全体の選択という面からみると、少し違った風景にもなる。すなわち、投票率が56%だったので、自民党は小選挙区で有権者全体の27%の得票で、86%の議員を獲得したことになる。
また、比例代表における自民党の得票率は歴代2位の37%だったが、これも有権者全体から見れば20%という数字になる。つまり、全有権者の4人に1人程度の選択によって、自民の絶対安定多数が作られたということである。自民に投票しなかった有権者の70%以上が、これからの高市一強時代の政治をどう評価するかも、見ておく必要がある。いずれにしても、今回の高市一強がなぜ生まれたかについては、この先の政治動向と合わせて、これから詳細に分析する必要があるだろう。何しろ、この先の日本政治は未知の領域に入っていくのだから。
◆自民の絶対安定多数を生んだ後で
全有権者のうち自民党に投票した30%弱の人たちの間でも、そのポイントは幾つかに分かれるだろう。一つは、「強い日本、豊かな日本」というフレーズに今の経済停滞の打開と物価高の解消を重ねた人。また、中国脅威論に対して防衛力強化(安全保障)を望んだ人。増えつつある移民に対する違和感や警戒感からの保守への選択。もう一つは社会に広まる分断を嫌がって、幅広く自民にまとまろうという選択など。こうした種々の思いが、実績はないながら何かやってくれそうな「サナエ推し(人気)」にまとまって、自民党の圧勝につながったのだろう。
従って、自民に投票した有権者の思いは案外バラバラだとも言えるし、フワッとした人気投票的なものも含まれるので、高市政権の支持率は実際に政治が始まれば、大きな変動を見せるだろう。しかし、圧倒的多数を得た高市政権は、こうした世論の動向には左右されずに、その周辺を(維新も含む)右派的な政治家で固めて、国論を二分するような政策を次々に進めていくだろう。それが、安全保障関連3文書の改定、防衛費増額、軍需産業育成と武器輸出促進、スパイ防止法、そして憲法改正となった時、国民はどのような選択に迫られるのだろうか。
◆「中道」惨敗の理由と今後の課題
一方で、これらの議論は、水膨れした自民党内にどのような波紋を引き起こすだろうか。そこに、 自民党内野党と言うようなものが生まれる可能性はあるだろうか。さらに問題は、野党第一党の「中道」である。3分の1以下に数を減らしたその敗因についても様々に言われているが、「中道というのが曖昧」で、明確な対抗軸を立てられなかったという指摘に尽きそうだ。もちろん、2人の代表が清新さに欠け、賞味期限切れの感じだったこともある。それに気づかない集団と言うのが情けないが、何より「右でも左でもない」というメッセージが弱かった。
今の社会は様々な点で、社会的公平さが失われている。例えば、大企業、富裕層は税制的に手厚い優遇策によってより富裕になる一方で、平均年収216万円といったアンダークラスの層が増えつつある(「新しい階級社会」橋本健二、早大教授)。その数は890万人。全労働者の14%を占め、多くは非正規で同年代に比べて未婚率も高い。老後の年金も殆ど期待出来ないこうした人々を、社会がどう支えて行くのか。このまま問題を放置すると社会の分断が米欧のように極端になって、社会の不安定を招く。こうした格差問題に「中道」はどう手を打って行くのか。
◆格差と分断を乗り越える対抗軸
アメリカで今、行き過ぎた新自由主義に対する2つの流れがある。一つは、白人貧困層を支持層にしたトランプ共和党だったが、今のトランプはむしろ超富裕層に囲まれてビジネス感覚優先の政治で、支持層の幻滅を招いている。その一方で、家賃の凍結や富裕層への増税など、生活者の声を救い上げて当選したNY市長のゾーラン・マムダニのような政治の潮流もアメリカ各地で生まれている。左派の斎藤幸平(東大準教授)などは、一律バラまきの後は自己責任と突き放す、今の政治に代わって、社会全体で弱者に寄り添う「包摂的な政治」を主張する。
格差と分断を乗り越える、自民への対抗軸を「中道」が立てられるかどうか。そこには、もう一つ重要なポイントがある。それは多様なリベラル同志で互いに細分化するのではなく、中間層を大きく包摂する理念が必要なことである。さらには、戦争を回避する国際協調の枠組みに、どうリーダーシップを発揮するのか。水膨れの自民党を視野に入れながら、旧立憲と旧公明が徹底的に議論し、勢力を拡大できる清新な対抗軸を打ち出せるか。さもないと、「中道」は多弱の一角に逼塞し、日本は戦前の「大政翼賛会」のような一党独裁になってしまう。

◆国民的熱狂が歴史を動かした戦前
殆ど興味がなかったが、ネットで振り返ると、選挙期間中の高市の演説会場には多い時で1万人、平均5千人が詰めかけたという。これはこれで、一つの「国民的熱狂状態」だったのかも知れないと思う。こんな時、前々回にも取り上げた「人びとの社会戦争」を図書館から借りて読み終えた。570頁、上下二段の小さい文字で書かれた大著なので、斜め読みだったが、そこに書かれていたのは、先の戦争に日本が(無謀にも)突入したのは、何も政治家や軍部の独走だけではなかったということである。彼らを突き動かしたのは、圧倒的な国民的熱狂だった。
国際連盟を脱退した時(1933年)の外相、松岡洋右などは、大の人気者で日中戦争が泥沼化する中で、(日本をアジアの盟主とする)大東亜共栄圏をといった構想を各地で演説し、そこには常に5千人を超える聴衆が集まったという。僅かな行き違いに過ぎなかった中国、盧溝橋での衝突(1937年)も、当初の不拡大方針にもかかわらず、全国で「中国を懲らしめろ」と言った熱狂的集会が開かれ、軍部や政治を突き上げた。松岡らは日本の国論を統一、強化するために政党を解体して一党独裁にすべきと主張し、大政翼賛会(1940年)が実現する。
◆解放と引き締めを巡る社会戦争
日米開戦はその翌年(1941年)だった。著者の益田肇(歴史家)は、こうした歴史の動きの背景にあったものを、解放と引き締めの両軸を巡る「人びとの社会戦争」と呼ぶ。例えば、大正時代の人々が自由を享受した解放の時代。大衆は欧米的な個人主義に目覚め、享楽的な文化に走った。直後に不景気になり、その揺り戻しが日本文化に帰れという引き締めの世論だった。さらに満州国の建設による好景気とその後の引き締めなど、その振り子のサイクルは30年ごとに変わったという。2つの価値観の間で起こる「社会戦争」が、政治を動かしていく。
その引き締めが、戦前の全体主義への欲求になったとする著者は、今の時代をこう見る。自由主義や個人主義の広がりによって失われた国民の一体感が、新たな「引き締めの時代」を望んでいるのではないか。格差と分断、ネット時代の孤立。その中で、国民的統一を求める動きが、ひそかに広がっているとすれば、それも今回の自民大勝の要因の一つかもしれない。問題は、それがさらなる「国民的熱狂」につながるかどうか。 この先の高市一強政治が、その熱狂に強く動かされて行くとすれば、これから先の政治が戦前のように、非現実的なものになる懸念もある。
◆国民的熱狂を作ってはいけない
非現実的とは、問題のありかを直視せずに、国民も含めて自分に都合のいいことしか見ない政治である。昭和史研究の作家、半藤一利は先の大戦を顧みて、戦争を防ぐためには、「国民的熱狂を作ってはいけない」と言った。ネット社会の今は、皆が自分に心地よい情報しか手にしないし、発信しない。その中で、政治をどう平和と安定に向けて舵取りして行くか、与野党ともに極めて難しい選択を迫られる。
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